鬼滅の刃~幸せのために~   作:響雪

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休息

「そういえばアオイさん」

 

「何ですか?」

 

 件の鬼と突然の邂逅を果たした翌朝、俺はわざわざ朝食を運んできてくれたアオイさんにさっそく昨日のことを伝えた。

 

「昨日部屋に竹を咥えた鬼が来たんだけど」

 

「は?」

 

 威圧感たっぷりの返事に少しだけビクッとしてしまった。

 

「いや、昨日突然戸が開けられて、見たら竹を咥えた鬼がいたんですけど……」

 

「……」

 

 アオイさんは言動がハキハキした人だから沈黙がとても怖い。

 

「朝餉はここに置いておきます。私は少し用事ができたので後でまた来ますから何かあればその時に」

 

 話し掛ける間もなくアオイさんは去ってしまった。俺は何かまずいことを言ってしまったのだろうか? 

 

 それにしても人を襲わない鬼か。

 

 言葉だけ聞けば到底信じられるものじゃないけど、事実昨日は襲われることはなかった。襲わないというのは本当のことらしい。

 

「……しのぶさんはどう考えてるんだろうな」

 

 人を襲わない鬼という存在がいる。それはカナエさんの想いと重なる部分があるのだ。

 

 しのぶさんはカナエさんの想いを受け継いでいる。だけどそれは最愛の姉を鬼に奪われ、鬼に対して憎しみを持つしのぶさんにとって、枷のようなものだ。

 

 鬼が憎いけど、鬼と仲良く。

 

 そんな相反するものをしのぶさんは抱えていた。そしてそれに苦しんでもいた。

 

 でもあの鬼の存在。

 

 あれは希望なのかもしれない。

 

 もしああいう鬼がたくさんいたのだとしたら、カナエさんの想いを実現させるのも不可能ではなくなる。

 

 確かあの鬼は妹だったか? 

 

 そしてその兄は鬼殺隊だという。

 

 しのぶさんはその兄妹に何を見出すのだろうか。

 

 そんなことを考えていると、いつの間にか戸の方にカナヲがいることに気付いた。

 

「おはよう、カナヲ」

 

「……うん」

 

 いつものこの時間ならしのぶさんの修行があるはずだけど、どうしたのだろうか。

 

 カナヲは俺の傍までやってくると椅子に座った。

 

「……」

 

 椅子に座ったカナヲはただ一点──俺の前に用意された朝餉──をじっと見つめている。

 

 もしかしてお腹が減ったとか? 

 

 女の子に対して中々失礼なことを考えていると、カナヲは意を決したように話し掛けてきた。

 

「……食べられる?」

 

「え? あ、これか?」

 

 言葉が少なくて何についてのことか一瞬わからなかったが、すぐに言いたいことがわかった。

 

 俺は怪我をして固定されている左腕の方を見せた。

 

 カナヲはそれに頷く。

 

 カナヲの言いたかったことは、左腕が使えないけどしっかり食べれるのかということだ。

 

「食べづらくはあるけど右手が使えるから大丈夫。ありがとうな、カナヲ」

 

「……」

 

 心配してくれたカナヲにお礼を言った。だけどカナヲは何だか難しい顔をしている。実際には表情なんてほとんど変わっていないけど、そんな気がした。

 

「……必要なものはある?」

 

「いや、今のところはないかな」

 

「……痛むところは?」

 

「あまりないかな。大きな動きは控えるようにすればそこまで痛くないし」

 

「……」

 

 答える度にカナヲが不機嫌になっているような気がする。

 

 何か俺は選択肢を間違えているのだろうか。

 

 でもわざわざカナヲの手を煩わせるようなものはない。

 

 そこまで考えて一つの可能性に行きついた。

 

 もしかしてカナヲは俺のために何かしてくれようとしている? 

 

 そう考えるとなるほど合点がいく。そして本当にそうなら何だか頬が緩んでしまいそうだ。

 

「……どうしたの?」

 

 訂正、既に緩んでいた。嬉しいというのもあるし、微笑ましく感じてしまう……なんてカナヲには言えない。

 

「いや、何でもないんだ。ただの思い出し笑いだから」

 

「……そう」

 

 不審がられただろうけど、ここは誤魔化すしかなかった。

 

「そうだ。カナヲ、もしよかったら話し相手になってくれないか?」

 

 せっかくのカナヲの厚意。これを無駄にはしたくなかった俺は、咄嗟にそう口走っていた。

 

「……少しだけなら」

 

 少し悩むそぶりを見せた後、カナヲからの了承も得た。

 

 カナヲと話すために朝餉をできるだけ味わいながらも早く食べ進め、ものの数分で食べ終わった。

 

 食べ終わった後はアオイさんが回収に来るから隅の方へと置いておく。

 

「ごちそうさまでした。さてと」

 

 ということでカナヲとじっくり話す機会が久々にやってきたわけだけど、どんなことを話したらいいのか。

 

 頭を悩ませるけどもこれといった話は浮かんでこない。久しぶりに顔を合わせたのであれば積もる話とかあったりするけど、同じ場所に住んでいて積もる話なんてそうそうない。

 

「そういえば那田蜘蛛山での任務に下弦の鬼が関わってたって聞いたけど」

 

 結局、俺が任務に出ている間にあった任務のことを訊いた。

 

「カナヲもその任務に行ったんだよな?」

 

「……私は師範の付き添いで向かっただけだから。ほとんど負傷者の保護だったよ」

 

「そっか。たくさん人を助けたんだな」

 

 下弦の鬼が関わっていたという那田蜘蛛山での任務。詳しいことは何も知らないが、鬼殺隊にかなりの被害が出たらしい。今、蝶屋敷で治療を受けられている隊士たちは幸運だったということだろう。

 

「……陽吉津も人を助けた」

 

「……そうだな」

 

 昨日俺が泣いた場面にはカナヲもいた。だから俺の心情を気にしてくれたのだろう。

 

「人の命に小さいも大きいもない。俺はしっかり一人の命を守った」

 

 大丈夫、伊達に昨日みっともなく泣いちゃいない。救えなかった命もあるけど、救った命もあるんだ。そのことに何も後ろめたさを感じること必要はない。

 

「それに陽吉津は下弦の鬼と戦って生き残った」

 

 確かに生き残った。

 

 刺し違える覚悟で挑んで、殺されかけて、奇跡的に朝を迎えることで生き残った。

 

 無様で情けなくてみっともないかもしれないけど。

 

「……陽吉津が生きて帰ってきてくれただけで私は嬉しい」

 

「っ!」

 

 いつも浮かべている笑顔なんか比較できないくらいの笑みでそう言われた。その時カナヲと目が合って俺は慌てて視線を逸らしてしまった。

 

 どうしよう、カナヲの方を見れない。

 

 急に変な反応をした俺をカナヲが不思議そうに見ているのがわかる。だけど恥ずかしくてカナヲに目を向けられなかった。

 

 あの微笑みと言葉はずるい。心臓に悪い。

 

「……陽吉津、顔が赤い」

 

「うん、わかってる。わかってるから少し待って」

 

 ゆっくり深呼吸し、心を落ち着かせる。

 

 心臓のドキドキが収まったところでようやく俺はカナヲの方を向いた。……目を合わせられなかったが。

 

 その後も任務関係の話や、蝶屋敷のことについてカナヲと話した。少し話すつもりが十分、ニ十分と過ぎていく。

 

「あ、カナヲ。ここにいたの」

 

 俺とカナヲはアオイさんが戻ってくるまでずっと話していた。

 

「しのぶ様が呼んでたわ。修行の途中で抜けたから相当怒っていたわよ」

 

 アオイさんの言葉を聞き、カナヲの顔を見るとピシッと固まっていた。

 

 道理で本来なら修行しているこの時間にここにいるのかと思ったんだ。

 

 カナヲの気持ちは嬉しいけど、ここは素直にしのぶさんからお叱りを受けるしかない。

 

 カナヲはそれを聞き、一言も発さずにしのぶさんの下へと向かっていった。

 

「……あの子がねぇ」

 

「アオイさん?」

 

「何でもないです。食べ終わったものは片付けますね」

 

 そう言うとテキパキと片付けていく。アオイさんも負傷者の面倒や蝶屋敷のことで忙しいだろうに、俺のことで手を煩わせるのは忍びない。

 

「アオイさん、片付けぐらいなら俺でもできますから」

 

「駄目です。陽吉津さんは怪我人ですから安静にしておいてください」

 

 確かに怪我人だけど、足は骨折とかもないし、右腕は普通に使える。折れた個所は動けば痛むけど、我慢できないほどじゃないから片付けくらい大丈夫だ。

 

「いや、アオイさんだって忙しいでしょ。だから自分の食べ終えたものくらいは──」

 

「気にしないでください。これは私の仕事ですし、私がしたくてしてることなんで」

 

 アオイさんは中々強情だった。俺も大概かもしれないけど。

 

「いいですか? 陽吉津さんは骨折もしているんです。もし無理に動いて治りが遅くなったらどうするんですか」

 

「別に激しい運動ってわけじゃ──」

 

「何と言おうと駄目です。どうしても手伝いたいというなら早く怪我を治してからにしてください」

 

 過保護すぎる。

 

 最近になって思ってきたのが、しのぶさんとアオイさんの過保護が凄いということだ。

 

 何だか子ども扱いされているような気さえしてしまう。

 

 何でこうなったのか、蝶屋敷での日々を思い返した。

 

 しのぶさんやアオイさに頭を撫でられてほっこりしたことがあった。

 

 わりと蝶屋敷の住人の見ているところで泣いている姿を見られることが多かった気がする。

 

 怪我して帰って、心配させることもしばしばあった。

 

 ……結構、子ども扱いされる原因に心当たりがあって頭を抱えてしまう。

 

「いいですか? 絶対安静ですからね!」

 

 去り際に釘まで刺されてしまった。

 

 これで無茶しようものならこっぴどく叱られてしまうだろう。

 

「……はぁ」

 

 怪我のせいでしばらく続きそうな暇な日々を思うとため息が零れた。


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