鬼滅の刃~幸せのために~   作:響雪

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個性的な同期

 蝶屋敷に、みとちゃんが加わって二、三日経った。

 

 あれからアオイさんたちやカナヲ、きよちゃん、すみちゃん、なほちゃんの皆にも正式にミトちゃんの紹介があった。

 

 中でもきよちゃん、すみちゃん、なほちゃんの三人は年が近いこともあって大喜びだった。あの様子ならすぐに打ち解けると思う。

 

 さて、そんなこともあったがいよいよ今日だ。

 

 昨日でようやくしのぶさんから、決して無茶をしない範囲でなら、機能回復訓練に参加してもいいとのお許しが出た。

 

 また薬湯を被るのかと思うと少し憂鬱にもなるが、ようやく体を動かせる。

 

 そう思いながら訓練場へと向かう。

 

 そういえば炭治郎は一足先に機能回復訓練に参加してるんだったな。

 

 どうなっているか容易に想像がつく。

 

「入ります」

 

 既に訓練場には全員集合しているようで、俺で最後だった。

 

 訓練場の中にはアオイさんとカナヲ、それからきよちゃん、すみちゃん、なほちゃんに加えて、みとちゃん。

 

 そして機能回復訓練に参加するであろう人が三人。炭治郎と金髪の男と……猪頭の男がいた。

 

「え? 面子が濃ゆすぎない?」

 

「やっと来ましたか。遅いですよ陽吉津さん」

 

 俺のつぶやきは誰にも聞かれず、アオイさんから注意された。

 

「それでは揃ったことですし、善逸さんは初めてですのでご説明させていただきますね」

 

 そう言ってアオイさんは機能回復訓練の説明を始めた。

 

 といっても俺は既に受けたことがあるし、炭治郎だって既に体験済みだろうからあまり意味はない。

 

 炭治郎と、猪頭の男はかなり落ち込んでいる様子だ。既に洗礼を受けたに違いないだろう。

 

 だけど金髪の男は何やら様子がおかしい。呆気に取られているというか、拍子抜けしたような顔だ。

 

 俺がそんなことを考えている間にアオイさんの説明が終わった。

 

 すると金髪の男がおもむろに手を上げた。

 

「すみません、ちょっといいですか?」

 

「……? 何かわからないことでも?」

 

「いえ、ちょっと。……来い、二人共」

 

 金髪の男は炭治郎と猪頭の男を呼びつけた。

 

 どうやらこの三人は面識のある仲らしい。

 

 だけど猪頭の男は動く気はないらしく「行かねー」と拒否した。

 

 と、次の瞬間だ。

 

「いいから来いって言ってんだろうがぁぁぁ!!」

 

 何事!? 

 

 金髪の男の突然の豹変ぶりに、俺を始め炭治郎、猪頭の男、それからあのアオイさんまでも驚いてしまっていた。

 

 そしてあれよあれよという間に訓練場の外へと引きずられていく炭治郎と猪頭の男。

 

 残された俺たちはというと未だに状況を呑み込めないでいたが、少しして思い出したかのようにさっきのことについて話し合った。

 

「……えーと、あの人たちは? 炭治郎のことは知っているんだけど」

 

「あの人たちは陽吉津さんやカナヲと同期の人です。那田蜘蛛山の任務で負傷していて、ここで治療しています。金髪の人が我妻善逸さん。かぶりものしているのが嘴平伊之助さんです」

 

 あの濃ゆい面子が同期だったのか。

 

 というか今思い出した。あの猪頭は最終選別の時に見た猪人間だ。

 

 ……生きてたんだな。あの時、姿がなかったからてっきりやられてしまったのかと思っていた。

 

「まさか善逸さんがあんな風になるとは」

 

「どういうこと?」

 

「善逸さんは度胸がなくてすぐに泣き事ばかり叫んでいましたから。それがあんな声出せるんですね」

 

 ここ最近聞こえていた泣き言を叫んでいる主はまさかの金髪の男──善逸らしかった。

 

 同期にろくな奴がいない気がする。

 

「……何だかごめんね、みとちゃん」

 

 みとちゃんは機能回復訓練の内容を覚えるため頑張っているというのに、何だか雲行きが怪しい。

 

「い、いえ、わたしは大丈夫ですからっ」

 

 お礼を言いに来てくれた時から思っていたが、みとちゃんは礼儀正しくてとてもいい子だった。だからこそ蝶屋敷の皆もすんなりとみとちゃんを受け入れたのだと思う。

 

 そんな風にほっこりしていると外から声が聞こえてきた。

 

「正座しろ! 正座! この馬鹿野郎共!」

 

 十中八九さっき出ていった炭治郎たちだ。

 

 一体どういう理由で出ていったのか気になっていたから、自然と耳を澄ましてしまう。

 

「テメェ……」

 

 ボカンッ! 

 

 殴った!? 

 

「なんてことするんだ善逸! 伊之助に謝れ!」

 

「お前が謝れ! お前らが詫びれ! 天国にいたのに地獄にいたような顔してんじゃねぇぇ!」

 

 何で!? 

 

「女の子と毎日キャッキャしてただけのくせに何をやつれた顔して帰ってきてんだよ! 土下座しろ! 切腹しろ!」

 

「何てこと言うんだ!」

 

「黙れこの堅物デコ真面目が!」

 

 とんでもない言い草だな!? 

 

「女の子に触れるんだぞっ。体揉んでもらえて! 湯飲みで遊んでいる時は手を! 鬼ごっこの時は体触れるだろうがぁぁ!」

 

 うわぁ……。

 

「女の子一人につき、おっぱい二つ、お尻二つ、太もも二つ付いてんだよ! すれ違えばいい匂いだし、見てるだけでも楽しいじゃろがい!」

 

 恐る恐るアオイさんたちの方を見ればヒッと息を呑んでしまった。

 

 とてつもない表情をしていらっしゃる。

 

「幸せ! うわああぁぁ幸せ!」

 

「……」

 

 本人は丸聞こえということに気付いていないのだろうか。

 

 きっと気付いていないんだろうなと思いながら、三人が帰ってくるのをただ待っていた。

 

 その後も少し話してから、再び訓練場に戻ってきた。

 

「……何かすごい気迫が見えるんだけど」

 

 なぜか出ていく前と後でやる気に満ち満ちている。善逸とやら、そこまで女の子に飢えているのか? 

 

 機能回復訓練を始める前からどっと疲れてしまった。

 

「……善逸がすまない。悪い奴じゃないんだ」

 

 疲れた様子を見せる俺に気付いた炭治郎が声を掛けてきた。

 

「あー、それは何となくわかる。けど外の会話、全部聞こえてたぞ」

 

「そうか……本当にすまない」

 

 炭治郎が謝る必要はないのに、律義な奴だ。

 

 へとへとの俺たちとは対照的に、善逸は最初の柔軟へと向かっていった。

 

 そこで俺は信じられないものを見た。

 

「えへへへ」

 

 再確認しておくが、これは寝たきりだった体を治療を受ける前に近づけるための訓練だ。当然、動かさない体は固まり衰えている。

 

 つまり柔軟はとんでもなく痛い。

 

「あいつ、やる奴だぜ。俺でも涙が出るくらい痛いのに笑ってやがる」

 

 猪人間──伊之助の言う通り、笑ってる。

 

 あの柔軟の地獄を、それはもう天国のようにだ。

 

「うふふふ、だいじょぶだいじょぶー」

 

「い、痛くないのか?」

 

 きよちゃんたちが手加減しているわけでもない。というより、全力でやっているようだ。

 

 俺なら無理だ。激痛に悶え打つ自信しかない。

 

 柔軟を楽しそうにやってのけた善逸はさっそくアオイさん相手に反射訓練だ。

 

 アオイさんだってこの機能回復訓練を受け持って長い。今まで怪我をしていた隊士には簡単には負けないはずだ。

 

「っ」

 

「……おいおい」

 

 アオイさんも早かったけど、善逸の動きが異様に早かった。あっさりとアオイさんは負ける。

 

「俺は女の子にお茶をぶっかけたりしないぜ」

 

 そのかっこつけるのはいるか? 

 

 外での会話を丸ごと聞いてたアオイさんの表情といったら、滅多に見れるものじゃなかった。

 

 そして続く鬼ごっこでまたもやアオイさんが負けた。

 

 いや、善逸ってやつの動き速すぎるだろ。

 

「……善逸は雷の呼吸を使うんだ」

 

「あー、それであの速さか」

 

 炭治郎のおかげで納得した。決しておさわりできるからという邪な理由からというわけではなかったらしい。

 

 でも抱き着くのはだめだと思う。

 

 顔を殴られて腫らしているが、これはアオイさんの正当防衛だろう。

 

 するとその姿に触発されたのか、伊之助が急にやる気を出した。

 

 何と伊之助にもアオイさんが負けたのだ。少しあれだけど、もしかしてこの二人は実力者なんじゃないかと思った。

 

 残念ながら炭治郎は一度も勝てなかったが。

 

 善逸と伊之助に感心していたが、その二人の勢いも止まってしまった。

 

 相手がカナヲになったのだ。

 

 途端に反射訓練も鬼ごっこも勝てなくなる。

 

「さ、陽吉津さんも突っ立ってないで参加してください」

 

 そうだった。柔軟だけ終えてからは、ずっと炭治郎たちの様子を眺めてしまっていた。これでは何のための機能回復訓練かわからない。

 

「それじゃ、お願いします」

 

 そして俺は反射訓練のために準備された机の前に座る。その対面に座ったのはカナヲだった。

 

「え? 陽吉津の相手はいきなりカナヲなのか?」

 

 そのことに炭治郎が驚いていた。

 

「問題ありません。陽吉津さんに私では力不足ですから」

 

「あぁん? そういえば誰だあいつ」

 

「確か同期の……」

 

 驚くことに俺の存在はたった今認知されたようだった。あの猪どういうことだ。

 

「陽吉津だよ。蝶屋敷に住んでいるんだって」

 

 俺に代わって炭治郎が紹介してくれた。知り合って間もないが本当にいい奴だよ、炭治郎。

 

「会津? あいつって会津なのか。変な名前だな!」

 

「なにぃ!? こんな女の子だらけの屋敷に住んでいるのか! 理不尽だっ、羨ましいっ」

 

「そこの二人、お前らどういう思考回路してんだよ!」

 

 我慢ならず口をはさんでしまった。さすがに無視なんてできないぞ。

 

「んだよ」

 

「俺は陽吉津! 瑞山陽吉津! なんだよ会津って。別人だわ!」

 

「会津は会津だろうが。そんなこともわからねぇのか」

 

 今ちゃんと名前教えたよ? 何で間違えたままなの? 

 

「おい、陽吉津! 女の子と毎日楽しく過ごしやがって!」

 

「さっきから女の子関係に敏感すぎるだろ! 少しは自重しろ!」

 

「むきーっ、ああそうですか、勝者の余裕ってやつですか!」

 

 だめだこいつ。話が通じてない。

 

「こらっ、止めないか二人共! 陽吉津の邪魔をしちゃいけない」

 

 騒然となりそうだったのを、炭治郎が二人を食い止めることでそれ以上の騒ぎにはならなかった。

 

「……はぁ」

 

「……大丈夫?」

 

「あぁ、ごめん。始めようか」

 

 少々狂ってしまったが、気を引き締めて集中する。

 

 治ったばかりだというのにカナヲを相手にするのはきついが、そう言ってはいられない。ここで勝つつもりでいかないと、カナヲに偶然でも勝てるわけがないのだから。

 

「……」

 

「……」

 

 俺とカナヲ、お互いに黙って目の前の湯飲みに意識を向けた。

 

「いいですね? それでは……始め!」

 

「っ」

 

「っ」

 

 ほぼ同時に動き出す俺とカナヲ。お互い片手を湯飲み、もう片方を相手の持つ湯飲みへと伸ばしていた。湯飲みを持ち上げることを防いだのを確認したらすぐに次の湯飲みへと。ただその繰り返しだ。

 

「……」

 

「えぇー」

 

「……すごい」

 

 三者三様の反応だった。無理もない。自分たちでは瞬殺だったのが、今目の前で激しい攻防が繰り広げられているのだから。

 

「……っ」

 

 一瞬の隙をつかれて手が間に合わず、カナヲに薬湯を掛けらてしまった。

 

「……もう一本」

 

 ここで俺の負けず嫌いが発動。カナヲに再戦を申し込んだ。カナヲもそれを受け入れてくれて二戦目が叶う。

 

「っ」

 

「っ」

 

 再び始まる激しい攻防。

 

 普通なら怪我が治ったばかりの俺が、何度挑んだところで勝てはしない。だけどいける気がしたのだ。

 

 見える? というか感じる? 

 

 カナヲの手の動きが以前より目で捉えられるようになっている気がした。それから次に狙うだろう湯飲みも感じ取ることができる。

 

 理由はよくわからないが、感覚的なものなんかは全く衰えていない。それどころか冴えているくらいだ。

 

「さっきより動き早くなってない? 本当に人間なの?」

 

「善逸!」

 

「……」

 

 感覚的なものは大丈夫でも、体力はどうしようもなく落ちている。あまり長くやっていると追い詰められるだけだ。

 

 俺はもう一段階自分の中の段階を上げた。これで決めないと俺は負けてしまう。

 

 カナヲはここで俺が更に早くなるとは思わなかったのだろう、段々と後手に回ってきた。

 

 それからすぐに決着はついた。

 

「あ……」

 

「はぁ、はぁ。俺の……勝ち」

 

 ギリギリのところでカナヲの手を躱し、湯飲みを目の前に突き付けた。

 

 ぱちぱちと瞬きを繰り返すカナヲだが、負けたことを理解すると少しだけ悔しそうに見えた。

 

「す、すごいじゃないか、陽吉津!」

 

 少し息を乱した俺に炭治郎が駆け寄ってきた。

 

「あ、ありがとう。にしても、つ、疲れた」

 

 水がほしい。あ、湯飲み……て、これは薬湯しか入ってないんだった。

 

「くそっ、会津にできて俺様にできないわけねぇ!」

 

「いや、無理だって。あの動き見たろ?」

 

「うるせぇ!」

 

 悔しそうにする伊之助に対して善逸がそう言うと、八つ当たりのように伊之助が善逸に突っ込んでいった。

 

「……賑やかだなぁ」

 

「あはは……。それにしても本当にすごいな」

 

「当然です。陽吉津さんとあなたたちでは鍛え方が違いますから」

 

 なぜかアオイさんが誇らしげに喋り始めた。

 

「それはどういうことなんですか?」

 

「陽吉津さんはカナヲと同じ、しのぶ様の継子ですよ」

 

「そ、そうだったのか!?」

 

 ものすごい勢いで俺の方へと向き直った炭治郎に気圧され、たどたどしくも肯定した。

 

「陽吉津はすごいんだな……」

 

「え、いや、俺はそんなすごい奴じゃないぞ」

 

「何っ、お前強いのか!? だったら俺様と勝負しやがれ!」

 

「陽吉津強いの!? だったら俺を守っておくれよぅ」

 

 もうやだ。

 

 炭治郎はともかく、伊之助は戦えと連呼するし、善逸は急に守れと言ってしがみついてくるし何なんだ? 

 

 今まで俺の周りにこんな種類の人はいなかったから、ただただ戸惑う。

 

 結局、騒々しくなってしまったことにアオイさんの堪忍袋の緒が切れて、なぜか俺もまとめて叱られてしまった。


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