鬼滅の刃~幸せのために~   作:響雪

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話し合い

 機能回復訓練に参加してから数日経った。

 

 俺の経過は順調で、もうほとんど怪我をする前に戻ったと言ってもいい。

 

 炭治郎たちも恐らく怪我は完全に癒えている。だけど問題が起きた。

 

 カナヲに負け続けた結果、伊之助と善逸が訓練に参加しなくなったのだ。

 

 そればかりは個人の自由とは思うけど、炭治郎だけはずっと訓練に参加している。

 

 だけど結果は芳しくなく、カナヲにだけは勝てなかった。

 

 それもそうだ。後から知ったことだが、炭治郎たちは全集中・常中の存在すら知らない。知っていればカナヲにだって勝てるはずだ。

 

 そして今日も、トボトボと訓練場から出ていく炭治郎の背中を見送った。

 

 何だかかわいそうだ。

 

「……教えるだけするか」

 

 他の二人は知らないけど、炭治郎ならきっと全集中・常中を習得できるはずだ。

 

 思い立ったら即行動。炭治郎を捕まえるべく俺は訓練を早めに切り上げた。

 

 炭治郎の部屋までの道を進んで行くと、ちょうど炭治郎を見つけた。だけど炭治郎はきよちゃんたちと話しているようだった、

 

 聞こえてきた会話から、どうやらきよちゃんたちに先を越されたようだ。

 

「炭治郎」

 

 話しが終わってきよちゃんたちが立ち去ってから声を掛けた。

 

「あ、陽吉津! どうしたんだ?」

 

「いや、炭治郎に全集中・常中ってのを教えておこうと思ったんだ。まぁ、三人に先越されちゃったけど」

 

 きよちゃんたちも随分と炭治郎を気に入っているようだ。炭治郎も仲良くしてくれているからありがたい話だ。

 

「そうか、ありがとう。陽吉津も使えるんだよな? その……」

 

「全集中・常中な。勿論使える」

 

 継子は柱の素質を見出された者。もしくはそれに準ずる者だ。だから柱は継子に必ず全集中・常中を教える。

 

 まぁ、俺は異例だったけど。

 

「本当に寝る時もやるのか?」

 

 半信半疑といった風に訊いてくる炭治郎には申し訳ないが、本当に四六時中やっている。

 

「やるさ。いつでもどこでも常中はやってる。というか、慣れてくれば意識しないでも普段からできるようになるさ」

 

 あくまで事実を言ったのだが、炭治郎の顔は引きつっている。

 

「一つ助言しておく。呼吸を使ってきついと感じるのは、まだまだ肺が未熟だからだ。それで常中を使おうなんてまず無理。もう一度体を鍛え直すんだ」

 

 常中を使えば日に日に代謝も体力も上がっていく。だけどそれには土台となる体が必要だ。俺もしのぶさんにかなりしごかれた。

 

 俺の助言に何度も頷いている炭治郎を見ると、つい応援したくなる。

 

「わかった、ありがとう陽吉津!」

 

「別にこのくらい大したことないさ。それより、何か訊きたいことがあれば俺に訊いていいぞ。炭治郎なら大歓迎だ」

 

「本当か? それじゃ、その時は頼らせてもらうよ」

 

 自分の中で目標ができた炭治郎は、訓練場から出る時の後姿が嘘のように明るくなり、部屋へと戻っていった。

 

「さて、俺も部屋に戻るか」

 

「陽吉津さんっ」

 

 これからやることも思いつかず、部屋に戻ろうとする俺を呼び止めたのはみとちゃんだった。

 

「どうしたの、みとちゃん」

 

 みとちゃんと俺は仲がいい。というか、すごく懐かれている。

 

「あの、おにぎりを握ってきたので」

 

 そう言って、後ろ手に隠されていた綺麗な形の三角形のおにぎりを差し出してきた。

 

 こんな風にみとちゃんから何かをもらうことが多い。おにぎりだったり、水だったり、手拭いだったり。

 

 俺としても、懐かれて悪い気はしない。

 

「おいしそうだね。ありがとう」

 

 ありがたくおにぎりを受け取った。小さい手で一生懸命握られたであろうおにぎりはとてもおいしそうに見える。

 

「あ、そうだ。みとちゃんが作ったものだから俺が言いうのも変だけど、一緒に食べようか」

 

 作ってきてくれたおにぎりは二つ。俺とみとちゃんで分ければ二人で食べられる。せっかくだからその方がいいだろう。

 

「いえ、わたしはお腹も減ってませんし、陽吉津さんに食べてもらいたくて握ったので」

 

 誘いはしたが、みとちゃんがそう言うなら仕方ない。ありがたくいただこう。

 

「そっか。それじゃ、いただきます」

 

 さっそく一つ手に取って口に運んだ。柔らかく握られてて塩加減がいい感じだ。

 

「うん。おいしいよ、みとちゃん」

 

 俺がそう伝えるとみとちゃんは嬉しそうにはにかんだ。

 

「そうだ、みとちゃんは時間大丈夫?」

 

「はい、大丈夫ですけど……」

 

「少し話そうか。縁側の方に行こう」

 

 ちょうどよかった。みとちゃんとじっくり話す機会が意外となかったから、一度話してみたいと思っていたのだ。

 

 そして二人で縁側に移動し座った。俺はふちに腰掛けて庭の方に足を投げ出し、みとちゃんはちょこんと正座している。

 

「みとちゃんが蝶屋敷に住んでからもう十日以上経つのか。どう? 不便なこととかあるかな?」

 

「いえ、皆さんとても優しくて不便に感じたことは一つもありません。きよちゃんとなほちゃんとすみちゃんとも仲良くやってます」

 

 本心からの笑顔で、みとちゃんは蝶屋敷に住んでよかったと思ってくれていた。

 

「それはよかった。何かあれば遠慮なく言ってくれていいからね。しのぶさんも言っていたけど、蝶屋敷に住んでいる俺らは家族同然なんだから」

 

 家族という単語を聞いて、みとちゃんは少し寂しそうな表情を浮かべた。

 

 しまった。少し無神経だったか。

 

「……ごめん」

 

「あ、いえっ、わたしの方こそすみません」

 

 みとちゃんは鬼に攫われ、衰弱していたところを俺が助けた。しのぶさんから聞いた話では、みとちゃんは両親と家で団欒を楽しんでいた時に襲われたという。

 

 あの場に、みとちゃん以外の生存者はいなかった。ということは、攫われた時に喰われたか、あの場で既に朽ちていたかのどっちか。

 

 両親が喰われる様を見ないで済んでよかった思うべきか、両親と最後の言葉を交わせなかったことを悲しむべきか。

 

「……みとちゃんはさ、鬼は嫌い?」

 

「……嫌い、です」

 

 それはそうだ。親を奪われ、挙げ句自分は喰べられそうになったのだから嫌うのも無理はない。というか、それが正しい。

 

「……それじゃ、禰豆子ちゃんのことはどう?」

 

 鬼である禰豆子ちゃんを蝶屋敷に置く以上、蝶屋敷に住まう者は全員に知らされている。これは鬼殺隊であろうと、そうでなかろうと関係ない。だからみとちゃんも禰豆子ちゃんが鬼であることは知っているわけだ。

 

「……鬼、なんですよね?」

 

 確かにそう訊いてしまうのも無理はない。俺だって禰豆子ちゃんみたいな鬼は見たことないのだ。話だけ聞いたならまったくもって信じられないだろう。

 

 だけど禰豆子ちゃんが鬼ということは事実。

 

「そうだね。なんであれ、禰豆子ちゃんは鬼だ」

 

「……」

 

 みとちゃんは考え込んでしまった。

 

 これが人を襲い、人を喰った鬼なら迷うことなんてないだろう。

 

 でも禰豆子ちゃんは人を襲ったことも、喰ったこともないという。そしてそれはこれから先も。

 

「禰豆子ちゃんは鬼だけど、それは鬼という存在になっただけ。俺はそう思う。禰豆子ちゃんはまだ人の道を踏み外していないんだ」

 

 これはあくまで俺の考え。

 

 俺の直感が、禰豆子ちゃんと炭治郎の二人が信用に足る人物だと告げた。だから俺はあの二人を全面的に信じている。

 

 ところで何でこんな話をしたのか。

 

 みとちゃんは礼儀正しく、頑張り屋だ。その甲斐あって、炭治郎らとも親しくしている。

 

 でも時折表情に変化が出る時があった。それが禰豆子ちゃんと接していた時だ。

 

 余計なお世話かもしれない。だけどみとちゃんが無理をしていないか気になったから、こうして話をした。

 

「俺もしのぶさんも、ある人の言葉と想いを背負ってるんだ。だから、禰豆子ちゃんのような鬼がいてくれたことが嬉しい」

 

 人を襲わない鬼という存在は、これから必ず何らかの変化を起こす。それはカナエさんの思い描いた未来かもしれない。

 

「だけど、鬼が許せない人も世の中に入はいる。だからもしみとちゃんが何か吐き出せないものがあったりしたら、できるだけ力になってあげたい。だから本心で話してほしいかな」

 

 言いたいことは言った。後はみとちゃんの反応を待つだけだ。

 

 ずっと目を閉じて考え込んでいたみとちゃんは、考えがまとまったのかゆっくりと目を開いた。

 

「……わたしは、陽吉津さんを信じます」

 

「みとちゃん……」

 

「鬼は嫌いですし、怖いです。でも、陽吉津さんの言うように、禰豆子さんは特別なのかもしれません」

 

 俺は黙って聞き入った。

 

「でも、体は鬼という存在に反応してしまうんです。また襲われるんじゃないか。禰豆子さんのことは理解しているんですけど、わたし自身どうしようもなく不安になるんです」

 

 一度体へと染みついた鬼への恐怖心は簡単には拭えない。それは本人の意思とは裏腹に存在するものだから。

 

「そっか。それなら──」

 

「だから陽吉津さんを信じます」

 

 早とちりして喋りだした俺を遮るように、みとちゃんははっきりとそう口に出した。

 

「わたしは鬼を……禰豆子さんを信じたくても、今はまだ無理なんです。だから禰豆子さんを信じる陽吉津さんを信じることにします」

 

 禰豆子ちゃんを信じる俺を信じる。そう言ってくれたみとちゃん。

 

「陽吉津さんはわたしが一番信用できる人なんです。何せ命の恩人ですから」

 

「それは、そうかもだけど。でも、俺はそこまで信用できるたいそうな人間じゃ……」

 

「陽吉津さんはわたしが鬼に襲われそうになったらどうしますか?」

 

 そんなの決まっている。大切な人を傷つけさせはしない。

 

「それは当然守るさ。絶対に」

 

 俺が即答するとみとちゃんは「ほら」と言って笑った。

 

 なるほど。こういうことか。

 

「わたしは禰豆子さんを信じたいです。でも、それはまだできなくて……だから、それまでは陽吉津さんのことを信じさせてください」

 

 みとちゃんは自分の本心をしっかりと打ち明けてくれた。

 

 鬼に思うところはあっても、それで禰豆子ちゃんのことを嫌いにはならない。

 

 つまり、そういうことだ。

 

 純粋に嬉しかった。

 

 俺を信じると言ってくれたことはもちろんだが、禰豆子ちゃんが嫌いということではないと言ってくれたことが。

 

 もし、禰豆子ちゃんのような鬼が他にもいて、そうすればみとちゃんもカナエさんの想いを理解してくれるかもしれない。

 

 今はまだ無理でも、きっといつか。

 

「心配してくれてありがとうございます。陽吉津さんに気にかけてもらえて、嬉しかったです」

 

「そう? 俺だけじゃなくてしのぶさんとかも気づいてるだろうけどね。たまたま俺だっただけだよ」

 

「それでもですよ。感謝は受け取ってください」

 

「わかったよ。どういたしまして。これからも何かあれば相談に乗るからね」

 

「はい、頼りにしてますね」

 

 その後は、ゆっくりと過ごしながら、みとちゃんと二人で他愛のない話に花を咲かせて、一日が終わった。


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