鬼滅の刃~幸せのために~   作:響雪

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微妙だったので、二話分をつなげて一話にまとめました。


入隊理由~伊之助~

「……あ」

 

 炭治郎に続いて、善逸とも話ができた。

 

 このままあわよくば伊之助とも話がしてみたいと思っていると、本当に偶然だが見つけることができた。

 

 何か裏山の方に駆け出している。

 

 はて、裏山に何かあっただろうか? 

 

 不思議に思う俺のことなど露知らず、伊之助は裏山へと姿を消した。

 

 ハッとなって慌てて後を追う。

 

 蝶屋敷に住んでから結構経つけど、裏山に入るのはこれが初めてだった。

 

 思ったよりは木々や草木が生い茂っていたりはしない。

 

「どこだ? どこに行った?」

 

 だけど伊之助の足は速くて、既に姿を見失ってしまっていた。

 

 出遅れはしたが、まさか見失うほどとは思っていなかった。ぐるりと見回しても、影すら見当たらない。

 

 諦めて帰ろうと、踵を返した時だった。

 

 咄嗟に俺はその場にしゃがみこんだ。

 

 すると頭上を何かが通り過ぎる。

 

 まさか鬼か!? 

 

 そう思って警戒を顕わにしたが、襲ってきた者の正体を見て、それは杞憂に終わった。

 

「なんだ、伊之助か」

 

 襲ってきたのは伊之助だった。

 

 襲ってきたという事実には目を瞑るとして、鬼じゃなかったことに安心する。

 

「ああぁん? テメェ何コソコソついて来てやがんだ!」

 

「あ、いや悪い。……待て待て、だからっていきなり飛び掛からなくたっていいだろ」

 

「うるせぇ! 猪突猛進!」

 

 掛け声とともに伊之助が突っ込んでくる。

 

 なぜそうなるんだよ、と抗議したかったが、まずは落ち着かせることが先決だ。

 

 何も考えず一直線に向かってくる伊之助。それを捌くことは簡単だった。

 

 腕をからめとり、勢いを利用して背負い投げる。

 

 だけど投げられたにもかかわらず、空中で体勢を立て直した伊之助。それは感心できたが、再び直線で突っ込んできていた。

 

 ただ投げ飛ばすだけじゃ終わりそうにない。

 

 そう思った俺は、再び伊之助の腕を掴んだ。そしてそのまま背負い投げの姿勢に入る。

 

 ただ、さっきと違うのは投げるのではなく、叩きつける。

 

「よっと」

 

「がっ……」

 

 力は全然込めていない。むしろあまり痛くないよう配慮したくらいだ。それでもまぁ、元々の勢いがあったから痛いだろう。

 

 だけどこれで伊之助を止めることができた。

 

 伊之助は全然人の話を聞こうとしない性格だ。今回のやり方は手荒だけど仕方ない。

 

 背中を打ったことで鈍い痛みがあるのだろう伊之助は、呻き声を漏らしながら悶えている。

 

「力は込めてないから、そこまで痛くはないはずだけど、大丈夫か?」

 

「くっ、チクショウ……」

 

 多少の痛みはあるものの、俺への恨み言を返すくらいの余裕はあるようだ。

 

 よかったよかった。これは正当防衛だし、その痛みは自業自得ということで納得してもらおう。

 

「いきなり襲ってきた方が悪い」

 

 俺を睨みながら、伊之助は起き上がって座り直した。

 

「ちっ、おい空き巣」

 

「人聞き悪いな!? 陽吉津だって」

 

「あ? 空地だ?」

 

「お前って学習能力ないのか! 陽・吉・津っ」

 

「んだよ、うるせぇな。さっきから陽吉津って言ってんだろうが!」

 

「だからっ……ん? いや今は普通だったか」

 

 わからない。こいつは名前を覚えない奴かと思いきや、突然正しく呼びだす。

 

 人の名前を覚えるって基本だと思うのだが? たまに言い当てるだけってのもおかしいと思うぞ。

 

「なんで俺様の後をつけてきやがった?」

 

「あー、それは少し伊之助と話がしたいと思ってな」

 

「話だ? 戦いてぇのか、そうなんだな!」

 

 なんでそうなるんだよ! 

 

 戦いと言って嬉しそうにする思考回路がわからなかった。肉体言語なんて使わないからな。

 

「戦わない。話をするだけだ」

 

「なんだよ、つまらねぇな」

 

 初めて見たときもだったが、伊之助はかなり好戦的だ。短気なのと相まって、手が付けられないほどに。

 

 こんなのと一緒にいた炭治郎と善逸の心労を察した。

 

 猪の被り物までして、一緒に居たら間違いなく注目の的だろう。

 

「前々から気になってたんだが、それなんだよ」

 

 被り物を指さして言った。

 

 個性が強すぎる。

 

 短気で好戦的、上半身裸で乱暴な言葉遣い、極めつけに被り物。

 

 せめて被り物だけでも取れば、まだマシだ。

 

「文句でもあんのか、コラァ」

 

「いや、気になっただけだって言ってるだろ」

 

 もうなんでこんな常時キレ気味なの? 

 

「フン! 俺様は山の王だからな。その象徴だ!」

 

「あ、そう」

 

 もう流すことにした。山の王という言葉に触れれば、更にわけのわからないことになりそうだったとは言えない。

 

 座ったまま腕を組み、ふんぞり返っている。被り物で表情は窺えないが、威張りきっているのが手に取るようにわかった。

 

「そうだ! 陽吉津、お前を特別に俺様の子分にしてやってもいいぞ!」

 

「結構です」

 

「んだと!」

 

 速攻で断ると、伊之助は立ち上がり俺へと詰め寄ってきた。俺は軽くのけぞり、両手でこれ以上伊之助が近寄ってこないように押しとどめている。

 

「紋次郎も紋逸も、俺様の子分に喜んでなってんだぞ!」

 

 いや、それはない。

 

 口に出せば余計突っかかってくると思って、声には出さなかった。

 

「まぁまぁ、落ち着けよ。俺には勿体ない話だったんでな、うん」

 

 もはや適当だ。

 

 まともに相手してるとこっちが疲れてしまう。

 

 だけど失敗した。こんな見え透いた嘘なんて、誰も信じるわけがないだろう。

 

 これでまた突っかかってくると思うとうんざりした。

 

「そうかそうか!」

 

「えー……」

 

 予想に反して、伊之助は満足げに頷いている。

 

 まさか今の言い訳を信じたのか? 

 

 そうとしか思えない反応だ。信じられない。

 

 こんなこと本人を前にして絶対に言えないが、もう少し考えた方がいいと思う。今の程度の言葉を信じてたらさすがに心配だ。

 

 もしかして、馬鹿か? 

 

「俺様の偉大さをよくわかってんじゃねぇか! 気に入ったぞ、会津!」

 

「だから陽吉津だってば」

 

 急に気に入られてしまった。なんでだろうか、嬉しいとあまり思えない。

 

 今まで経験したことない相手で、何だかどっと疲れた。

 

 俺は何しにここまで来たんだっけ。

 

 あー、伊之助と話をしたいと思ってたんだ。

 

 なのにここまで話した内容は全く関係のないものばかり。

 

「んだよ、何疲れた顔してやがる?」

 

「あぁ、気にするな」

 

 ここまで来ておいてあれだけど、帰ろうかな。そんなことも思い始めた。

 

 今日は伊之助の性格を身をもって知れただけでも良しとしよう。

 

 そんな俺をよそに伊之助は「ちょっと待ってろ」と言って、何やら服の中をごそごそ探し始めた。

 

 その様子をただ黙って見ていると、伊之助が手を握りしめたまま突き出してきた。

 

「……?」

 

 どういう反応を期待されているのだろうか。

 

 拳を合わせればいいのか? 

 

 俺はとりあえず同じように拳を突き出そうとした。

 

「ちげぇよ! 手ぇ出せ、手っ」

 

 何だそういうことか。

 

 言われるがまま俺は手を差し出した。

 

 すると伊之助は握りしめていた手を開く。ぽとぽとと落ちてきたのはドングリだった。

 

 なぜ? 

 

「俺様秘蔵のドングリだ。特別にお前にくれてやる」

 

「あ、ありがとう?」

 

 知りたかったのは秘蔵とかじゃなくて、ドングリをくれた理由だったんだけど、厚意? っぽいから受け取っておいた。

 

「おう! 親分として子分の面倒を見るのも大事だからな!」

 

「いや、子分になった覚えがないんだが」

 

 断ったはずだ。

 

「細けぇ奴だな。なら俺と勝負だ! 俺が勝てば会津は子分。会津が勝てばドングリくれてやる」

 

 俺の利点が見当たらないのだけど。

 

 というか、戦わないっていうのも最初に言ってたはずなんだよな。

 

「俺としては戦いたくないんだけど?」

 

「うるせぇ! いいから俺と勝負しやがれ! お前強そうだからな。勝てば俺が強いって証明になる!」

 

 戦闘狂すぎるだろ。

 

 これは流そうと思っても、勝負を受けるまでずっと突っかかってきそうだった。

 

 だったらいっそのこと受けて、さっさと終わらせる方が賢い。

 

 俺はしぶしぶ勝負の申し込みを承諾した。

 

「勝負は受けるけど、激しいのはなしだからな」

 

「早くやんぞ!」

 

 俺の話聞いてくれてるのかな。

 

 それはわからなかったが、やるしかない。

 

「それじゃこの石を──」

 

「まどろっこしい! 猪突猛進!」

 

 石を投げて落ちたら開始の合図。そう言おうとしたのに、待ちきれなかった猪君は唐突に突っ込んできた。

 

 俺はその奇襲とも卑怯とも言うべき始め方に驚くこともしなかった。

 

 負ける気がしない。その一言に尽きる。

 

 さすがに常中も満足に使えないような奴に負けるはずがないと思っていた。

 

 そしてそれはその通りで、殴りかかってくる伊之助の攻撃を難なく躱し、背後に回って羽交い絞めにする。

 

 これで決着だ。そう思って油断していた。

 

「へっ……!」

 

「なっ!? ……がっ!」

 

 俺は確かに身動きの取れないよう、関節をきめて羽交い絞めにしていたはずだ。

 

 それが、ゴキゴキという鈍い音が聞こえたと思ったら、次の瞬間には伊之助が拘束から抜け出し、動揺した俺の顎に蹴りが直撃した。

 

 いくら鍛えていようと、顎の衝撃が脳を揺らして気持ち悪い。

 

「どうだ! 俺様は関節を外すことなんて造作もねェ!」

 

 関節を外すって言っても限度があるだろ。なんだよあれ。気持ち悪い。

 

「気持ち悪い」

 

「ぁあん! んだとテメェ!」

 

 しまったと思った時にはもう遅い。ついつい本音が漏れてしまっていた。

 

 実際に関節を外していく様を見せられても、気持ち悪いくらいしか言えることはない。

 

「バカにしたこと、後悔させてやるぜぇ!」

 

 再び突っ込んでくる伊之助。突っ込んでくるしかしないのな。

 

 とはいえ、拘束が無理なのは少々面倒だった。勝敗を決めるなら、無力化させるのが一番手っ取り早いからだ。

 

 揺れる視界をどうにか抑えて、伊之助の攻撃を適当にいなしていく。

 

 それにしても、伊之助の戦い方というのは独特だった。

 

 なんというか、野性的だ。たまに思いもよらない所から攻撃が飛んでくる。それでもさっきの一撃以外は全て捌いていた。

 

 どうすれば簡単に勝敗が決まるだろうか。

 

 拘束が駄目なら気絶させるのがいいのだけど、それはたかがこれくらいのことでするにはあんまりだろう。

 

 だけどそうも言ってられないかもしれない。

 

 気絶の一歩手前くらいまではやらないと、この猪突猛進馬鹿は止まらないはずだ。

 

 覚悟を決めて、俺は反撃に出た。

 

 攻撃の隙を狙って、鳩尾を目がけて拳を振るう。ここなら気絶まではいかなくとも、痛みに動きも止まるだろう。そう考えてのことだった。

 

 そして狙い通り、俺の拳は的確に鳩尾を捉える。

 

「ぐぇっ!」

 

 衝撃に伊之助は潰れたカエルのような声をあげた。そのまま拳を振りぬくと、伊之助も軽く吹き飛ばされる。

 

「……感触があまりなかった」

 

 俺は鈍痛に呻き声を上げる伊之助を見ながら、そんなことを考えていた。

 

 俺が殴る直前、伊之助はなぜか少しだけ後ろに跳んでいた。威力を逃そうとしていたのだ。

 

 まさかそんなことをされるとは思っていなかった。割と速度のあった俺の拳を、見てからそういう動作ができるとは考えにくい。何か別の理由がありそうだ。

 

 それは気になるところだが、一先ずこれで勝負の決着はついたと見て間違いなさそうだな。

 

「ぐぅぉ……」

 

「これで俺の勝ちってことでいいか?」

 

 尚も痛みにうずくまったままの伊之助にそう投げ掛けた。まぁ、確認するまでもなく俺の勝ちだろう。

 

 でも、終わらせるためとは言え、やり過ぎてしまっただろうか? 

 

 うずくまっている伊之助を見てそんな罪悪感を感じてしまった。

 

 だってものすごく苦しそうだ。

 

「大丈夫か? なんならしのぶさんに診てもらうこともできるけど」

 

「ひつ、ようねぇ……」

 

 強がりともとれる言葉を発しながら、よろよろと伊之助は立ち上がった。

 

 顔はすごく青褪めている。それを見て更に罪悪感が募った。

 

「そ、そうか。そんな状態であれなんだけど、勝負は俺の勝ちだよな?」

 

「……ちっ」

 

 明確に入ってくれなかったが、面白くなさそうに舌打ちをしたっていうことはそういうことでいいんだろう。

 

 これで俺が伊之助の子分になるという危機は回避できたわけだ。そもそも負けても子分になる気はなかったわけだが。

 

「それじゃ何を聞いてもらおうか」

 

「は? おいっ、話が違ぇじゃねぇか!」

 

「違うも何も、俺はドングリをもらう条件に同意した覚えはないぞ」

 

 勝手に決められた条件に従う義務はない。条件は勝った方が決めるというのが一般的だと思う。

 

 その後も何やら文句を言ってきた伊之助だが、その全てを「勝ったのは俺」という一言で切り捨ててきた。

 

 やがて伊之助も諦めたのか大人しくなり、俺はあらかじめ決めていたことを伝えた。

 

「それじゃ、伊之助に質問があるから、それに答えてもらおうか」

 

「……なんだよ」

 

「伊之助が鬼殺隊に入った理由だ。そいつが訊きたい」

 

 ようやく訊けた。それは今日ここに来た本来の目的だ。それが今ようやく訊けたのだから、一体俺は何をやっているんだと自分に呆れもする。

 

 伊之助はというと、被り物で表情はわからなかったが、拍子抜けという雰囲気が伝わってきた。

 

「さ、答えてもらおうか」

 

 拍子抜けでも何でも、俺が訊きたいのはこれだけ。サクッと答えてもらって帰りたい。

 

「そんなの、強い奴と戦うために決まってんだろ」

 

 薄っすら思っていたが、案の定だった。

 

 生粋の戦闘狂だよこいつは。

 

 鬼殺隊に入る奴はこんな奴もいるんだと思うと、本当に不思議だった。

 

「テメェはどうなんだよ?」

 

「え、俺?」

 

 疑問を返す俺に伊之助は「他に誰がいるってんだよ」と悪態をついていた。

 

 まさか伊之助が質問を返してくると思っていなかった俺は、一瞬だけ理解が遅れたがすぐに伊之助にも俺の入隊理由を話した。

 

 意外にも伊之助は俺の話している最中は静かにしており、馬鹿な奴と思っていた俺の評価が、少し訂正された。

 

 話し終えると、伊之助は面白くなさそうに息を一つ吐いていた。

 

「フン! ナヨナヨしい理由だな」

 

「悪かったな、ナヨナヨしくて」

 

 戦いが好きだと言うような奴には理解されない理由かもしれないな。だから伊之助にそう言われても、俺は特に怒りの感情が湧いたりはしなかった。

 

 ただ、伊之助もいつかわかってくれればいいなと思う。争い、戦いなんて本当はない方がいいんだということを。

 

「そんなナヨナヨした奴に負けた伊之助は、まだまだってことだな」

 

「んだとコラァ! テメェなんてすぐに追い越してやんよ!」

 

 俺のわかりやすい挑発に、伊之助は面白いくらいに乗った。

 

「だったら修行しろ。炭治郎はずっと一人で頑張ってるぞ」

 

「……」

 

 そこは黙らずに、「上等だやってやんぞ」くらいの言葉がほしかった。

 

「強くなるには修行が一番だ。負けるのが面白くないから逃げるのも、仕方ないと言えば仕方ないが、いつまでもへそ曲げてたって強くはなれねぇぞ」

 

 伊之助の性格を考えるに、何かきっかけがあれば、持ち前の勢いですぐにやる気を出して頑張ってくれるはずだ。

 

「俺は別に修行に参加しろと言ってるわけじゃないから。あくまで自己責任だってことを言っただけ。後は伊之助次第だな」

 

 言いたいことを言った俺は、屋敷へと足を向けた。

 

 一応これで三人と話をすることができたわけだ。

 

 改めて個性が強すぎる。というか濃ゆすぎる。誰とは言わないけど。

 

 いつかあの三人共任務にあたる時が来るのだと思うと、ため息しかない。その時は炭治郎に任せよう。

 

 そんな無責任なことを思いながら、俺はしのぶさんの部屋を目指した。

 

「顎痛い……」

 

 冷やすものをもらわないと。

 

 向かったしのぶさんの部屋で、「一体何をしているんですか」と説教を受けたのは、また別の話。


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