鬼滅の刃~幸せのために~   作:響雪

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同期の成長

 炭治郎は怪我が治ってからは、毎日欠かさず修行を続けていた。

 

 その成果は確実に出ている。

 

 機能回復訓練では、カナヲと渡り合える一歩手前まできている。

 

 基礎体力も上がり、それに伴って肺も強化され、瓢箪を割るという目標も達成している。

 

 強くなっている実感が、炭治郎にもわかるのだろう。とても嬉しそうにしている。

 

 なにせ、修行や回復訓練でいいところまでいく度に、俺の方を「見たか!?」みたいな表情で見てくるのだ。否が応でもわかる。

 

 日が長い分、俺やカナヲの方が地力があるだろうけど、瞬間的に見れば炭治郎は俺たちのところまで来たと言える。

 

 炭治郎がカナヲに勝つ日は、すぐに来るだろうと思っていた。

 

 まぁ、炭治郎がカナヲに勝てば俺にも勝てること同然だ。

 

 これが後ろの奴から追い抜かされそうになる気持ちかなどと、一丁前に先輩面して考えていた。

 

 冗談はさておき、善逸と伊之助はあれからも修行の場に姿を見せることはなかった。

 

 だけど俺の言葉が効いたのかはわからないが、修行をしている炭治郎を遠巻きにコソコソして見ていたようだ。

 

 それには炭治郎も気づいて声を掛ける時もあったが、声を掛けられると途端に逃げ出す。

 

 何をやっているんだと思うが、二人にも思うところがあるのだろう。

 

 なんとかなると思いながら、俺は目の前のことに集中した。

 

「……」

 

「……」

 

 訓練場で対峙するカナヲと炭治郎。今から始めるのは全身訓練だ。

 

 訓練場には他に俺と、みとちゃん、それからきよちゃん、すみちゃん、なほちゃんがいる。審判役のアオイさんは、屋敷の仕事が忙しくてここにはいない。

 

 カナヲはいつも通りの表情。対して炭治郎は緊張した面持ちだ。その表情からは、今日こそ勝つという意思がありありと見えている。

 

 今日の審判役は俺。全身訓練は炭治郎が捕まえる役だ。

 

「準備はいいか?」

 

 俺の問いかけに、二人は軽く頷いた。後は開始の合図を出すだけだ。

 

「それじゃ……始め!」

 

 そして始まった全身訓練。以前はカナヲの身のこなしに翻弄されるだけだった炭治郎は、しっかりとカナヲの動きについていけている。

 

「炭治郎さん、勝てそうですか?」

 

「そうだね……勝てるだけの力はついてる。だから勝機はあるよ」

 

 追いかける炭治郎をみとちゃんが心配そうな表情で見つめている。チラッと見れば、きよちゃんたちも同じような表情だ。

 

 四人とも、炭治郎の修行に少なからず関わっていて、その心境は炭治郎に勝ってほしいのだろう。俺だってそうだ。

 

 所詮は訓練ということで、カナヲも本気ではない。それでも常中を使えないような奴には負けないから、後一歩のところまで来ている炭治郎はすごい奴だ。

 

 後ほんの少し。もう少しでカナヲの腕を捉えられる。そのもどかしい状況が続く。

 

 その差を零にするには、一瞬だけでいい。心で体を動かすんだ。そうすれば、今のカナヲになら追いつける。

 

 そう助言してやりたいが、審判である以上は公正にいなければいけない。

 

 だから俺は固唾をのんで見守った。

 

 すると炭治郎の動きが少しだけ増した。何かあったのだ。

 

 その結果、逃げるために振っていたカナヲの手をしっかりと掴む。

 

 そのことに驚いて立ち止まるカナヲ。それから大きく息を乱して、その手に掴むものを信じられないといった風に見る炭治郎。

 

「……勝負あり!」

 

 炭治郎がカナヲに勝ったという事実に衝撃を受け、遅れてしまったが決着の合図を出した。

 

 炭治郎にきよちゃんたちが駆け寄り、一緒になって喜んでいる。

 

 カナヲの方はというと、掴まれた方の腕をじっと見ていた。

 

 だけど訓練はこれで終わりじゃない。次は反射訓練だ。

 

「炭治郎、喜ぶのもいいが次だ」

 

 水を差すようで気が引けたが、ここで気が緩んで勝ちを逃してほしくない。申し訳ないと思いつつ、炭治郎に注意した。

 

 きよちゃんたちに頼んで道具類を準備してもらい、場が整う。

 

 喜んでいた炭治郎も気を引き締め直した。

 

 反射訓練でもカナヲに勝つことができれば、それは大きな自信につながるだろう。きっと善逸と伊之助も今以上に焦るに違いない。

 

「準備も整ったようだから合図を出すぞ」

 

 俺の言葉に炭治郎だけじゃなくて、みとちゃんやきよちゃんたちも緊張している。

 

「それじゃ……始め!」

 

「っ」

 

「……」

 

 カナヲを相手に炭治郎は、今まで攻防が続いた試しがなかった。だけど修行を経て着々と力をつけてきた炭治郎は、段々とカナヲとも攻防を続けられるようになってきている。

 

 それでも集中の切れた隙を突かれ、カナヲに勝てずにいた。

 

 それがどうだろうか。やっぱり今日の炭治郎はいつもと違っている。

 

 うまい具合に集中が続いていた。

 

 その分続く攻防戦に、思わず手を握ってしまう。

 

 頑張れよ、炭治郎。

 

「いい勝負です! 頑張って!」

 

 みとちゃんやきよちゃんたちも熱くなっているのか、炭治郎のことを応援していた。

 

 声援を受けてか、炭治郎の動きが僅かに速くなった気がする。その一瞬だけカナヲが出遅れた。

 

 炭治郎の持つ湯飲みを抑えようとしたカナヲの手は空を切る。

 

 さすがのカナヲも「あっ」という表情になった。

 

 ようやく反撃に出ることができた炭治郎は、湯飲みを勢いよくカナヲ目がけて──行くと思いきや、その頭に湯飲みをちょこんと置く。

 

 俺もカナヲもキョトンとしてしまったが、きよちゃんたちは違った。

 

「勝った──ー!」

 

「勝ったのかな?」

 

「掛けるのも置くのも同じだよ!」

 

「炭治郎さん、やりましたね!」

 

 炭治郎の勝利を我が事のように喜んでいる。

 

 炭治郎も、ようやく勝つことができて嬉しいのか、四人でわいわいと小躍りしながら喜んでいた。

 

 そんな様子を見て、俺はカナヲにそっと近づいた。

 

「お疲れ様」

 

「……」

 

 労いの言葉に、カナヲは器用に湯飲みを載せたまま頷いた。

 

 とりあえずその湯飲みを取ってやる。

 

「どうだ? 炭治郎は強くなっただろ?」

 

 カナヲに限って手加減なんてしない。だから今日の勝利は、炭治郎自身の手で掴み取ったものだ。

 

 しかし俺の言葉に、カナヲは頷いてくれる気配がない。

 

「どうしたんだ?」

 

 表情は変わらない。だけど何となく感じたものがあった。

 

 ……もしかして、拗ねてる? 

 

 雰囲気が微かにそういう感じがしただけで、思い過ごしかもしれない。だけど俺の推測は正しいもののように思えた。

 

 思い返せば、カナヲが機能回復訓練で負けた姿はほとんど見たことがない。

 

 しのぶさんや俺以外は、ほとんど一般隊士だった。当然、全集中・常中なんて知りもしない隊士がほとんどだ。だからまずカナヲが負けることはなかった。

 

 それが今日、常中を習得したとはいえまだまだ日の浅い炭治郎に負けてしまった。

 

 カナヲ本人は負けたことを気にしていないつもりでも、無意識で面白くないと思っているのかもしれない。

 

 そう考えると、炭治郎ばかり応援していたことが少し申し訳なく思える。

 

「カナヲもよく頑張ったな」

 

「……」

 

 目も合わせてくれなかったのに、カナヲからじーっと見つめられた。おかしいことは言ってないはずだけど、なんだろうか。

 

「……ありがとう」

 

「お、おう」

 

 急にお礼を言われて戸惑ってしまった。労ったのがそんなに嬉しかったのだろうか? 

 

 手に持っていた湯飲みを机の上に置いてから、もう一度炭治郎たちの方を見る。

 

 まだ喜び合っていた。

 

 いつまでやってるんだ? 

 

 そう思っていると、訓練場の入口の方から視線を感じた。振り返ると喜んでいる炭治郎の様子を見つめている二つの影が見えた。

 

 考えるまでもなく、善逸と伊之助だった。

 

 それはそれはもう、「やべぇよ……」と思っているというのがモロにわかる。

 

 その様子をじっと見ていると、向こうも俺に気付いたようだ。

 

 とりあえずほれ見ろといった思いを込めて、笑顔を返してやった。

 

 よほど焦っているのか、こんなことをしようものならまず真っ先に、伊之助が突っかかってきそうなものなのに叫ぶことすらしない。

 

 これは相当重症のようだ。

 

 だから一応言葉を投げかけておいたというのに。

 

 そのまま善逸と伊之助は去っていった。

 

 後で炭治郎に伝えておくか。

 

 炭治郎は善逸と伊之助に教える気でいたわけだし、きっと大丈夫だろう。

 

 そう思っていた俺は、後で顔を引き攣らせることになるとは思っていなかった。

 

 

────────────────

 

 

「ここをこうしてこう……それからこうだ」

 

「こ、こうか?」

 

「くそっ、わからねぇぜ」

 

「……嘘だろ」

 

 目の前では、炭治郎指導の下で善逸と伊之助のために常中習得講座が開かれていた。開かれていたのだが……。

 

 始まって早々、俺は頭を抱えていた。

 

 まさかこうなるなんて誰が想像できただろうか。

 

「違うそうじゃない。ここはこうだ」

 

「こう?」

 

「うがぁ」

 

 炭治郎……教えるのが絶望的に下手だったなんて。

 

 真面目で誠実で努力家だから、きっと大丈夫だと思っていた俺を殴り飛ばしたい。

 

 このままじゃだめだ。善逸と伊之助は絶対に常中を習得できない。

 

 そう思った俺は、助っ人を頼むことにした。恐らくこの場で一番の力になってくれるであろう人に。しのぶさんに。

 

 一旦席を外して、しのぶさんの部屋まで行き事情を説明する。

 

 快くしのぶさんが引き受けてくれたおかげでなんとかなりそうだった。

 

 しのぶさんと一緒に訓練場まで戻れば、炭治郎の講座はまだ続いていた。

 

 置いて行かれた焦りからか、できないのは自分たちのせいと思っている善逸たちは、炭治郎の教え方に問題があるとは微塵も思っていない。それがまた厄介だった。

 

「陽吉津君の話は本当だったようですね」

 

「……お願いします」

 

 炭治郎の背後からしのぶさんが近づいていく。そしてちょうど動きが止まったところで、さりげなくしのぶさんが炭治郎たちの中に入っていった。

 

「炭治郎君が会得したのは、全集中・常中という技です。全集中の呼吸を四六時中やることで、基礎体力が飛躍的に上がります」

 

 突然現れたしのぶさんに炭治郎たちは固まっていた。

 

「これはまぁ、基本の技というか初歩的な技術なので、できて当然ですけれども。会得するには相当な努力が必要ですよね」

 

 口調がなんだか違和感がある。

 

 というか、これは完全に煽っているようにしか聞こえない。

 

()()()()()ですけれども、できないなら仕方ないですよ。しょうがないしょうがない」

 

 そう言いながら、しのぶさんは伊之助の肩をポンポンと叩いた。

 

 これ絶対に確信犯だ。

 

 案の定、伊之助は見え透いた挑発に乗り、先ほどまでが嘘のようにやる気を見せる。

 

 すると今度は、しのぶさんはサッと善逸の手を取った。

 

「頑張ってくださいね、善逸君。()()応援していますから」

 

 それはもう、満面の笑みで言い切ってしまった。

 

 これで善逸までもやる気を見せ始める。

 

 あっという間に善逸と伊之助のやる気を出してしまったしのぶさんがこちらに戻ってきた。

 

「ふふ、これでいいですか?」

 

「……」

 

 しのぶさんはやっぱりしのぶさんだった。

 

 その後、無事に二人共が常中の習得に成功した。

 

 誰かに何かを教える時は、絶対炭治郎を頼らないようにしよう。そう誓った。


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