鬼滅の刃~幸せのために~   作:響雪

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栗落花カナヲ(下弦・肆 ~ 心は折れず、意志は固く)

 師範にお館様から命が下った。

 

 私はそれに同行する形だ。

 

 そのこと自体に不満はない。私は言われたとおりに動くだけだから。

 

 でもできれば行きたくない、かもしれない。

 

 任務に出ればその間に陽吉津が帰ってきた時に出迎えられなくなる。

 

 けど優先させないといけないのはあくまで任務だ。それはわかっている。

 

 もし先に陽吉津が戻っていたらその時は後で「おかえり」と言えばいい。

 

「……」

 

 そろそろ那田蜘蛛山に着く。

 

 今回は負傷者の運搬や鬼の事後処理も行うため、隠の人たちも一緒だ。私が師範から言われたのは人命優先。鬼を見つけた場合は早急に処理するようにとのことだった。

 

「栗花落様、胡蝶様は西側から調査をしているとのことです」

 

「……」

 

 西側……だったら私も西側から行った方がいいかもしれない。

 

 師範の後を追うように山の西側へと向かった。

 

 

────────────────

 

 

 山の西側、少し進むと空けた場所があった。そこには蜘蛛の糸で廃れた家屋が宙吊りにされている。

 

「あぁ、カナヲ。いいところに来てくれました」

 

 そこには師範の姿もあった。

 

 周りを見れば蜘蛛の糸に人も吊るされている。

 

「隠の方たちに言ってここにいる人たちへ解毒剤を打ってから屋敷へ運ぶようにしますから、カナヲにはその間鬼の警戒をしていてほしいのです。いいですか?」

 

「わかりました」

 

 師範の言うことに異論はない。私は隠の人を守ればいいだけだ。

 

「ありがとう」

 

 それだけ言うと師範はまた鬼の調査を再開しに行ってしまった。

 

 既に師範の命令を受けて、隠の人たちは作業を開始していた。私も言われたことをやらないといけない。

 

「栗花落様、こちらも蝶屋敷へ?」

 

 隠の人が抱えるのは毒の影響で蜘蛛へと帰られてしまった人。

 

「そう。怪我人は皆うちへ。付近の鬼は私が狩るから安心して作業して」

 

 それから私は鬼を狩るべく駆け出した。

 

 

────────────────

 

 

 しばらく付近の鬼を狩り続けてある程度片付いた。

 

 一旦戻ろうかと思った時に、鬼を見つけた。

 

 だけど人も一緒にいる。

 

 鬼と人が一緒にいるという到底信じられないような光景。だけど目の前に鬼がいる事実に関係ない。

 

 何かから逃げるようにして背を向けているその人の後ろから、その手に抱える鬼を斬るべく向かった。

 

 木の上から無防備な背中に飛び乗り、そのまま踏みつけて動きを止める。

 

 逃げているから警戒されるものと思っていたのに意外だ。

 

 逃げている人がこけた拍子に鬼は地面へと投げ出されている。好機と思った私は日輪刀を頸目がけて降り下ろそうとしてできなかった。

 

「逃げろっ、禰豆子!」

 

 羽織を引っ張られてしまい体勢を崩してこけている人に乗ってしまった。その隙に鬼は逃げ出している。

 

「逃げっ!?」

 

 必死に叫ぶ後頭部目がけて踵を下ろす。とりあえず鬼を斬るためにこの人には黙ってもらうことにした。

 

 沈黙したのを確認してから再び鬼を追う。これでもう邪魔は入らない。

 

 鬼の逃げ足は決して速くなく、あっさり追いつくことができた。

 

 これで終わり。

 

 そう思って刀を振った瞬間、鬼の身長がいきなり縮んだ。まるで子供のような大きさに。そのせいでまたも頸を斬ることはできなかった。

 

 それでも鬼の後を追って刀を振るが、逃げるばかりで反撃してこない。

 

 どうして? 

 

 今までの鬼なら必ず襲い掛かってきた。なのにこの鬼は逃げるばかり。

 

 いや、そんなことは考えるな。私は言われた通りに鬼を斬ればいいんだ。

 

 気持ちを切り替えるが、振る刀は鬼に掠りもしない。そんな追いかけっこをしばらく続け、ようやく鬼を追い詰めた。

 

 だけどそんな時だった。

 

「伝令! 伝令! カァァァ。炭治郎及ビ鬼ノ禰豆子、拘束シ本部ヘ連レ帰レ! 炭治郎額ニ傷アリ、竹ヲ噛ンダ鬼禰豆子!」

 

 竹……もしかして目の前の鬼のことだろうか? 

 

「つ、栗花落様!」

 

 目の前の禰豆子という鬼をしげしげと見ていたら隠の人が慌てた様子で駆け寄ってきた。

 

「ヒィッ、鬼!?」

 

 鬼の姿を確認した隠の人は悲鳴を上げたが、咥えていた竹を見つけると鎹鴉の言っていた鬼ということがわかったらしく必要以上に取り乱したりはしなかった。

 

「そ、その、胡蝶様から伝言です」

 

 師範からの伝言? 

 

「何?」

 

「はっ。胡蝶様はここより東の方へ向かわれました。『十二鬼月』が出たとのことです」

 

『十二鬼月』が? 

 

 ここでも出たのにそんなにすぐ近くで出現するとは信じられない。

 

 だけど衝撃だったのは次の言葉だった。

 

「『十二鬼月』は現在鬼殺隊士と交戦中。その隊士というのが瑞山陽吉津様です」

 

「……え」

 

「胡蝶様はその救援に向かわれました。栗花落様には心配しなくていいからとのことで伝言を預かって参りました」

 

 陽吉津が『十二鬼月』と戦っている。なんで? 

 

 陽吉津は柱じゃないから『十二鬼月』の討伐任務なんて出ないはず。それに陽吉津は数日前から任務に出ているはずだ。

 

「……っ」

 

「栗花落様!」

 

 無意識だった。

 

 私は陽吉津のところへ駆け出そうとしていた。それを隠の人が止めてくれた。

 

「胡蝶様の伝言は、心配しなくていいとのことでした」

 

 そんなものわかっている。私がやるべきことはこの場を収めること。言われた通りするだけだ。

 

「……」

 

「……胡蝶様にお任せしましょう」

 

 普段の私では考えらえれない。私は師範の言葉を聞き入れるか迷ってしまっていた。そんな私をこの場に留めたのは隠の人の言葉だ。

 

 師範なら……大丈夫。

 

 そう思うことで無理やり自分の心を納得させた。

 

「それではお伝えしましたので。失礼します」

 

 この場に残されたのは私と禰豆子という鬼だけだった。

 

 胸の中にもやもやしたものが残っているけど、やるべきことをやろう。

 

 私は隠の人が炭治郎という人を拘束している場所に鬼を連れて戻った。

 

 陽吉津が無事戻ってきてくれることを祈りながら。

 

 

────────────────

 

 

 陽吉津と出会ったのはまだカナエ姉さんが生きていた頃だ。

 

 たった二日間。

 

 カナエ姉さんと仲の良かった二人組の鬼殺隊士が子供を連れてきた。それが陽吉津だった。

 

 私は特に何を思うでもなく、人が来た程度にしか思っていなかった。

 

 だけどそんな私に陽吉津は話し掛けてきた。

 

 何を話してきたかは忘れてしまったけど、特別なことなんてないとりとめのない話だったと思う。

 

 だけどそう、徐々に。陽吉津が私に話しかけてくれる度に陽吉津のことが視界に入るようになった。

 

 結果私は一日で陽吉津という存在が心に強く刻まれてしまった。カナエ姉さんと師範に続いて三人目。

 

 二日目はずっと陽吉津といたと思う。というかは一日目と同じように陽吉津が私にずっと話をしてくれていただけだ。でもその時間が楽しいものだったというのは覚えている。

 

 時間はあっという間に過ぎてしまい、陽吉津が帰る際に何だか胸が痛かった。

 

 そんな私を見てカナエ姉さんは笑っていたし、その頃の師範は口を開けて驚いていたような気がする。

 

 だけどそれ以降陽吉津と会うことはなかった。

 

 でも私の胸の中にはしっかり陽吉津の存在があった。だからあの時は驚いたのだ。

 

 最終選別。その生き残りが顔を合わせた時に陽吉津を見つけた。

 

 突然の再開にどう反応していいのかわからずずっと陽吉津を見ていたけど、陽吉津は私の方をあまり見てくれなかった。意図的に見ないようにしていたと思う。

 

 それから師範に少し様子が違うことを指摘されたけどしょうがない。

 

 そして初任務。

 

 忘れられていたのは悲しかった。でも陽吉津の過去を知れたんだ。そして怪我をしていたから蝶屋敷へと連れて行った。

 

 あれよあれよという間に陽吉津が蝶屋敷に住むことが決定したのは内心とても嬉しかったのだ。

 

 また話せる。今度は二日間だけじゃない。毎日だ。

 

 そう思っていた。

 

 なのに……。

 

 那田蜘蛛山での任務を終え蝶屋敷に戻った私はずっと玄関の方に意識を向けている。それはアオイやきよ、なほ、すみの三人も一緒だった。

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 一様に重い空気だった。理由はわかりきっている。

 

 皆師範の帰りを今か今かと待っているのだ。正確には師範の連れてくる人を。

 

 やがて玄関の方から戸を開く音がした。

 

「っ」

 

 全員玄関に向かって走る。私はその中でも一番に駆け出していた。

 

 玄関に向かうと師範の姿。そしてその腕には陽吉津が抱えられていた。

 

「……師範?」

 

 様子がおかしい。

 

 陽吉津を連れ帰ったのに師範の顔色は優れてないように見えた。

 

「カナヲ、アオイたちも。すぐに治療の準備に入ります。陽吉津君ですが、このままでは危険です」

 

 私たち全員が言葉を失った。だけど師範の叱責で我に返るとそれぞれ行動に移した。

 

 アオイは師範についていき治療部屋へ。きよ、なほ、すみの三人は道具などの必要なものの準備に。

 

 私もそれに遅れて道具の準備を手伝った。

 

 皆想いは一緒だ。陽吉津を死なせたくない。

 

「……陽吉津」

 

 まだ話したい。まだ一緒に修行したい。まだ蝶屋敷の皆でいたい。

 

 まだ……まだ……。

 

 だから……。

 

「死なないでっ」


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