鬼滅の刃~幸せのために~   作:響雪

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栗花落カナヲ(顔合わせ ~ 個性的な同期)

 この日、私は急に師範に呼び出された。

 

 陽吉津の部屋へと来るよう伝えられて、内容は聞かされていない。

 

 そして向かう途中でアオイやなほ、きよ、すみの三人とも合流した。皆、私と同じように内容は知らない様子だった。

 

 陽吉津の部屋の前まで来ると、そこには師範の姿があった。

 

「よく来ましたね。実は、皆にお知らせしたいことがあって集まってもらいました」

 

 私だけじゃなくて全員、心当たりがなかった。何だろうか? 

 

「しのぶ様。それで、その知らせたいこととは何ですか?」

 

 皆が思っているだろうことを代表してアオイが言う。

 

「それはですね……この蝶屋敷に新しく住む子の紹介ですよ」

 

 陽吉津に続いて二人目となる、新しい蝶屋敷の住人。

 

 それぞれが各々驚いた反応を見せた。かくいう私も少しだけど驚いている。

 

「既に陽吉津君には紹介済みですから、後はあなたたちだけです」

 

 どうして陽吉津にだけ先に紹介したのだろう? 

 

 師範の意図はわからないけど、既に陽吉津の部屋で待機しているらしい。

 

「では、中に入ってください」

 

 師範はそう言って戸を開けた。

 

 ぞろぞろ中へと入った私たちの前にいたのは、確かここで治療を受けていた稀血の女の子だ。

 

 この子が師範の言っていた、新しい住人みたい。

 

 女の子は端から見ても緊張しているのがまるわかりで、少しかわいそうに思う。

 

 陽吉津はそんな女の子を後ろから優しい眼差しで見守っていた。

 

「全員知っていると思いますが、この子は陽吉津君が助け出した子です。さ、お嬢さん、自己紹介をいいですか?」

 

「は、はいっ! あ、あの、緋旿壬十といいます。 その……よろしくお願いします!」

 

 顔を赤くしながらも、みとは最後まで言い切った。その後は恥ずかしさからか顔を俯かせてしまう。

 

「それじゃカナヲたちも自己紹介をしましょうか」

 

 師範から声が掛かり、今度は私たちの自己紹介を始める。

 

「……栗花落カナヲ」

 

 私は名前を名乗って終わった。

 

 師範と陽吉津が微妙な表情を浮かべているけど、一体どうしたのだろう? 

 

 するとアオイが咳ばらいを挟んで仕切り直した。

 

「私は神崎アオイです。みとさん……いえ、みと。これからよろしくお願いします」

 

「私はなほです。みとちゃん、仲良くしましょう」

 

「きよっていいます。なんでも相談してくださいね」

 

「すみです。今日から一緒ですね」

 

 一通りの自己紹介が終わった。

 

「カナヲさん、アオイさん、なほちゃん、きよちゃん、すみちゃん……」

 

 それぞれの名前を反芻している。物覚えのいい子なのかもしれない。

 

「さて、これでもうお互いの名前を知りましたね。では今日この時から、みとは私たちの家族同然ということで」

 

 こうしてまた一人、蝶屋敷に人が増えた。

 

 

────────────────

 

 

「……すごいです」

 

 場所は訓練場。炭治郎という人と、反射訓練をしていた。私としては普通のことをしているだけだったけど、ことあるごとにみとから称賛の声が飛んできていた。

 

 みとが蝶屋敷の一員となって翌日から、既に師範やアオイの指導の下、仕事を覚えさせている。当然、みとが訓練場にいるのもその一環。

 

 アオイやきよ、すみ、なほもそれぞれの仕事をこなしている。

 

 みとが担当するのはきよたちと一緒に柔軟だけだ。さすがに隊士相手に反射訓練や全身訓練はできない。

 

 そして柔軟は訓練の最初に行うから、それが終わると手持ち無沙汰になる。だから反射訓練や全身訓練を見学しているようだ。

 

「……勝てねぇ」

 

「……そうだな」

 

 炭治郎と伊之助という人。この二人は全集中・常中が使えないみたいで、動きが遅い。

 

 陽吉津ならもっと早く反応するし、もっと早く動く。

 

 ……陽吉津と早く修行したいな。

 

 早く明日になればいいのに。

 

 怪我の酷かった陽吉津も、ようやく師範からの許可が下りて、明日からこの機能回復訓練に参加できる。

 

 待ち遠しい。

 

 そんなことを考えながら、反射訓練、全身訓練共に難なく相手していく。

 

 気が付けば二人はいつもみたいに肩を落としながら帰っていった。

 

 これで今日の機能回復訓練は終了だ。

 

 この後はどうしよう。日課の修行はもう終えている。陽吉津のところに顔を出してみようかな。

 

「カナヲさん」

 

 訓練場を後にしようとした時、呼び止める声がした。振り返れば、みとが私を呼んでいた。

 

 小走り気味で駆け寄ってくるみとは、興奮している様子だ。

 

「あ、あのっ、お話ししたいんですけど、いいでしょうか?」

 

 私と話したいと言ってきたみと。どうしようか迷うけど、やっぱりこれを使おう。

 

 いつもみたいに取り出した銅貨を上へ弾いた。そして落ちてきたところを掴む。

 

 表ならみとと話をしよう。裏なら断って陽吉津のところへ行く。

 

 重ねていた手をどかして甲に乗せた銅貨を確認すれば、結果は表。

 

「わかった。いいよ」

 

 銅貨を投げて、みとと話すことを決めた私は、場所を縁側へと移した。

 

「……話すことは?」

 

「あ、はいっ、その……さっきの訓練がとてもすごくって」

 

 私からすればいつも通りやっただけだ。でもみとの目からはそうじゃないらしい。

 

「……カナヲ様と陽吉津さんは、つ……つぐ?」

 

「継子?」

 

 いくら物覚えがいいと言っても、たった数日で鬼殺隊に関する言葉まで覚えるのはさすがに無理だったようだ。

 

「そ、そうです。すみません」

 

 このくらい気にしないというのに、律義にもみとは謝ってくる。

 

「……継子というものには、どうしたらなれるんでしょうか?」

 

 みとの口から飛び出してきた言葉の内容を理解するのと同時に、みとの顔をまじまじと見つめた。

 

 話しというのはなるほど、その手の話だったのか。

 

 けどこの話は私には不相応だと思う。

 

 私は継子だけど、継子になろうとしていたわけじゃない。師範が継子として育ててくれただけだ。

 

 理由はわからないけど、みとは鬼殺隊の道を見据えているかもしれない。そのための話だろう。

 

「……私には詳しいことはわからない。でも強くならないといけないのだけは確か」

 

 結局こんなことしか言えない。

 

「……強く、ですか」

 

「みとは鬼殺隊に入るつもり? 何で?」

 

「……すみません。答えられないです」

 

 一応理由は訊いたけど、みとは答えられないと返してきた。

 

 だったら私はこれ以上詮索しない。みと自身の考えがあるなら、私が何かを言う必要もないだろう。

 

 でもそうだ。これだけは言っておこう。

 

「……陽吉津と話をしてみて」

 

「陽吉津さんと?」

 

「そう」

 

 みとの話は私じゃなくて陽吉津が適任だと思うから。

 

 陽吉津に丸投げする形になるけど、きっとその方がいい。

 

「……わかりました。考えておきます」

 

 そう言ったみと。後は自分で判断していくだろう。

 

「すみません。わたしなんかの話でお時間を……」

 

「大丈夫」

 

 どうせ使い道に迷っていた時間だったから、何も問題はない。

 

 頭を下げてお礼を言うみとを制して、私はその場から去った。

 

 その後陽吉津の下へ、みとは話をしに行ったのかはわからない。だけどそれを確認するつもりはない。みと次第だ。

 

 ……変な感じ。

 

 私らしくない。こんな相談事のような話を聞くなんて、考えもしなかった。

 

 これが師範の言っていた成長というやつなのか? 

 

 私にはわからない私自身の変化に不思議な感覚を覚えながら、今日のところは部屋へと戻った。

 

 

────────────────

 

 

 みとの話を聞いてあげた翌日。

 

 今日から陽吉津も機能回復訓練に参加する。

 

 だけど訓練場にはまだ陽吉津の姿がない。

 

 アオイが入り口の方を睨みつけるように見ていると、戸が開いて陽吉津の姿があった。

 

「入ります」

 

 師範も言っていたけど、実際に見て陽吉津の怪我は完治しているようで安心した。

 

 陽吉津はというと、既に集まっていた三人を見て戸惑っているように見える。

 

「やっと来ましたか。遅いですよ陽吉津さん」

 

 呆れた声音で陽吉津を注意すると、そのままアオイは同じく今日から参加という金髪の人のために説明を始めた。

 

 その間私は陽吉津のことをじっと見つめる。

 

 陽吉津は陽吉津で、他の三人の様子を窺っているみたいだ。

 

 少しは私の方を見てくれないと、何だかおもしろくない。

 

 そんなことを考えていると、いつの間にかアオイの説明も終わっていた。

 

 すると金髪の人がおもむろに手を上げた。

 

「すみません、ちょっといいですか?」

 

「……? 何かわからないことでも?」

 

「いえ、ちょっと。……来い、二人共」

 

 説明に関してわからない所があったのかとアオイが訊くけど、どうやらそういうことではないらしい。

 

 炭治郎って人と猪の人を呼んでいるみたいだ。

 

 だけどその二人は立つ気配もなく、挙句猪の人が拒否するといきなりだった。

 

「いいから来いって言ってんだろうがぁぁぁ!!」

 

 すごい速さで二人を引っ張っていく。

 

 突然のことに陽吉津もアオイも驚きで固まってしまっていた。

 

 しばらくそのままで、やがて思い出したかのように陽吉津が動き出した。

 

「……えーと、あの人たちは? 炭治郎のことは知っているんだけど」

 

 どうやら陽吉津は既に炭治郎って人と知り合っていたらしい。

 

 陽吉津の質問に答えたのはアオイだった。

 

「あの人たちは陽吉津さんやカナヲと同期の人です。那田蜘蛛山の任務で負傷していて、ここで治療しています。金髪の人が我妻善逸さん。かぶりものしているのが嘴平伊之助さんです」

 

 名前を聞いてから、陽吉津は何やら思い出しているようだった。

 

「まさか我妻さんがあんな風になるとは」

 

 アオイの言う通り、さっきの金髪の人の豹変ぶりはすごかった。雰囲気だけだとそんな素振りはなかったのに。

 

「どういうこと?」

 

「我妻さんは度胸がなくてすぐに泣き事ばかり叫んでいましたから。それがあんな声出せるんですね」

 

 それを聞くと今度は項垂れている陽吉津の姿があった。

 

 どうしたんだろう? もしかして怪我が治りきっていなかったとかだろうか? 

 

「……何だかごめんね、みとちゃん」

 

 すると陽吉津は申し訳なさそうに、訓練に参加しているみとに謝っていた。

 

 そんなことをしていると、外に出た三人の会話だろう声が聞こえてくる。

 

 その内容は……アオイの表情が恐ろしいことになって、陽吉津がそれに怯えるくらい酷かった。

 

 やがて話を終えて戻ってきた三人。金髪の人と猪の人は何だか雰囲気が違った。

 

 いざ訓練を始めると、気合が入っている分、金髪の人と猪の人はアオイに勝ってしまう。もう一人の炭治郎って人は疲れ切っている様子で、アオイに勝つことはなかった。

 

 アオイの次は私の番。

 

 この金髪の人は確かに速い。でも私には十分目で追える速さでしかなかった。このくらいだと陽吉津でも捉えきれるだろう。

 

 猪の人は勢いだけ。動き方というか、どこか陽吉津と似ていたけど、陽吉津には遠く及ばない。

 

 炭治郎って人は普通だった。

 

 やっぱり相手は陽吉津がいい。

 

「さ、陽吉津さんも突っ立ってないで参加してください」

 

 一通り三人の相手をしたら、アオイが陽吉津に声を掛けていた。

 

 三人の動きを観察していた陽吉津も、その一言でようやく訓練に参加する。

 

「それじゃ、お願いします」

 

 机を挟んで、陽吉津の体面に座った。今からするのは反射訓練だ。

 

 周りから何か聞こえるけど、意識は完全に目の前の湯飲みと陽吉津に向いている。

 

 陽吉津と何かするのは楽しいけど、陽吉津は怪我が治ったばかりなんだ。ある程度手加減をしないと駄目だろう。陽吉津に無理はさせたくない。

 

 開始の合図が待ち遠しい。

 

「いいですね?」

 

 そう聞いてくるアオイ。私も陽吉津も準備万端だ。

 

「それでは……始め!」

 

「っ」

 

「っ」

 

 私も勿論、陽吉津も怪我が治ったばかりとは思えない速さで動き出した。

 

 もう何回と陽吉津とやってきたこの反射訓練。一般の隊士を相手にするときと違って、陽吉津や師範を相手にする反射訓練は立派な修行だ。

 

 手加減しているとはいえ、陽吉津の動きはすごい。今のところ拮抗している。

 

 私たちを見て周りで何か言っているけど、頭に入ってこなかった。

 

 手加減はしているけど、気を抜いたらあっという間に終わる。その確信があったから。

 

 だけどさすがに陽吉津の反応に隙ができた。私もそれを見逃すことなく、一瞬遅れて伸びてくる陽吉津の手を掻い潜って、持ち上げた湯飲みの中身を掛けた。

 

 髪と着ていた服から薬湯が滴り落ちる。

 

 これで私の勝ちだ。でもまだ終わらないはず。

 

「……もう一本」

 

 私の予想通り、陽吉津はめげることなく再び挑んできた。

 

 意外と陽吉津は負けず嫌いな一面があるから、想定内だ。

 

「っ」

 

「っ」

 

 再度アオイの合図で始まる反射訓練。だけど私は違和感を感じていた。

 

 さっきと違う? 

 

 疑問は確信に。陽吉津の動きが明らかにさっきと違うのだ。

 

 それに合わせて私も速度を上げる。けれど、陽吉津が怪我人だったというのが頭をよぎり、思うように動けなかった。

 

 そんな中、陽吉津は更に速くなる。

 

 これには私も驚いてしまった。私が何も知らない立場なら、怪我をしていたなんて思えない動きだ。

 

 そして今度は私が隙をつかれてしまった。

 

「あ……」

 

「はぁ、はぁ。俺の……勝ち」

 

 目の前に突き付けられる湯飲み。掛けてこないのは陽吉津の優しさだ。

 

 ……いつの間に陽吉津はこんなに強くなったんだろう。

 

 怪我で安静にしていたのに、陽吉津は前と比べて強くなっていた。

 

 考えられるのは下弦の肆との戦いだ。生死を彷徨うほどの戦いを経験して、それが陽吉津の糧になったとしか考えられない。

 

 炭治郎って人やみとたちが口々に陽吉津をほめる中、私は複雑だった。

 

 陽吉津が強くなったことは好ましい。だけどそれは、陽吉津が更に無茶を重ねていくことと同じ。

 

「……」

 

 私は何も言えなかった。

 

 じっと陽吉津を見る。

 

 騒ぎすぎてアオイに叱られているところだ。

 

 そんな陽吉津に決して言えない言葉を、胸の内でこっそり送る。

 

 ──戦わないで。

 

 訓練前は陽吉津と修行できることで浮ついていた気持ちは、陽吉津の成長を見て、不安でいっぱいだった。


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