鬼滅の刃~幸せのために~   作:響雪

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栗花落カナヲ(おにぎり合戦)

 次の日から私の密かな修行は始まった。

 

 といっても、朝におにぎりを握るだけ。

 

 アオイからの助言をもとにして、少しでも食べれるおにぎりにしていく。

 

 お塩はふりすぎない。形はできるだけ綺麗な三角形に。

 

 刀と一緒で、やった分だけ成果が出る。

 

 初日のおにぎりと比べるとそれなりの形になったおにぎりを、私も握れるようになったと思う。

 

 ……さすがにみとの握るおにぎりと比べると見劣りしてしまうけど。

 

 そうして握ったものを修行の後に陽吉津に食べてもらう。

 

 だけどあの表情を見ることはできずにいた。

 

 陽吉津の顔色が悪くなったりはしていないから、ちゃんと食べれるものにはなっているはず。

 

 それだけじゃ足りないのだろうか? 

 

「なぁ、カナヲ。何で急におにぎりを握ってきてくれるようになったんだ?」

 

「……」

 

 それは突然だった。

 

 いや、むしろ今まで訊かれなかったことがおかしいかもしれない。

 

 どう答えたらいいんだろう? 

 

 考えるけど、頭に浮かんできたのは理由じゃなくて、一抹の不安。

 

 ……もしかして迷惑に思われた? 

 

 考え出すと止まらない。

 

 そういえばここのところ陽吉津は毎日おにぎりを食べている。気付かなかったけど、さすがに飽きてしまうだろう。

 

 陽吉津のことだから断れないだけで、本当は迷惑にしているのかもしれない。

 

「……迷惑だった?」

 

 そう訊かずにはいられなかった。

 

 もし本当にそうなら、私は自分のことばかりで陽吉津のことを考えてなかったことになる。

 

 私の質問に、陽吉津は慌てた様子で否定してきた。

 

「迷惑だなんて思っていないから。ただ、突然毎日おにぎりを握ってくるようになったから、その理由が気になっただけで」

 

「……」

 

 陽吉津の言葉から、迷惑じゃないと本心で言っていることが伝わったので一安心できた。

 

 でも陽吉津は、私が突然おにぎりを握ってくるようになった理由を知りたがっている。

 

 おにぎりを握ってくる理由はただ一つ。

 

 陽吉津の、まだ私に向けられたことのない表情を見たいから。みとのおにぎりを食べている時みたいな、あの表情を見たいからだ。

 

 でもそれを陽吉津本人を前にして言葉にするのは恥ずかしかった。

 

 悩みに悩んだ末、陽吉津は毎日私のおにぎりを食べてくれるのだから、理由を正直に話すべきだと思って、打ち明けることを決めた。

 

 陽吉津はそんな私をじっと見つめて待ってくれている。

 

「……陽吉津が」

 

 一瞬恥ずかしさが勝るけど、勢いに任せて言ってしまう。

 

「……陽吉津が、みとのおにぎりをおいしそうに食べてたから」

 

 チラッと陽吉津の顔を盗み見た。

 

 ポカンとしている。

 

 あぁ、きっと呆れているんだ。

 

 そう思うと、先程の羞恥心が一気に襲ってきた。

 

 居た堪れなくなり、私はおにぎりだけを置いて、訓練場から飛び出した。

 

 途中きよたちが驚いているみたいだったけど、気にせずそのまま自分の部屋に駆け込む。

 

「……っ、……っ」

 

 戸を背にしてずるずると座り込んだ。

 

 恥ずかしい。顔が熱い。

 

 言わなければよかったかもしれないと、少しだけ後悔もする。

 

 陽吉津はどう思っただろう。

 

 呆れたのは確実だと思う。

 

 意識はしてなかったけど、私の行為は完全にみとを意識したものだった。

 

 私らしくもない、誰かに対抗意識を持って、大人げないものだった。

 

 陽吉津はこれくらいで嫌ったりしない人だとは思うけど、もしかしたらいい印象は持たなかったかもしれない。

 

 明日から陽吉津にどんな顔して会えばいいんだろう。

 

 そうしてしばらく落ち着かないまま過ごしていた。

 

 すると背にしていた戸がコンコンと二回叩かれる。

 

「カナヲ様。わたしです。みとです」

 

 突然の来客だった。

 

 なぜ? どうして? そう考えながらも、無視はできない。

 

 私は立ち上がって、静かに戸を開いた。

 

「……どうしたの?」

 

「あの、またお話しできないかなと思って……」

 

 また相談事だろうか。

 

 今はそんな気分じゃないけど、みとの様子から断るのも憚られる。

 

 結局銅貨を投げて決めることにした。裏なら話をしよう。表なら悪いけど引き下がってもらう。

 

 そうして結果は、みとの話を聞くことになった。

 

 場所を移すのも手間だったから、自分の部屋に招き入れる。みとは少し緊張している様子だったけど、みとの部屋だって私と変わらない造りだから、そこまで緊張する必要はないと思う。

 

「……」

 

「……」

 

 沈黙。

 

 話しがあるのはみとの方だから、みとが話し始めないと始まらない。

 

 そのことに気付いたみとが、ようやく話し始めた。

 

「カナヲ様は料理が得意なんですか?」

 

 料理? どうしてそんな話をするのだろうか。

 

 みとの真意はわからないけど、答えはもちろん「得意じゃない」だ。

 

 そう返すとみとは「そうですか」とだけ言った。

 

 私が料理できないことを聞いて何になるのだろう。

 

 そう思っていると、再度みとから質問があった。

 

「なら、カナヲ様が陽吉津さんにおにぎりを握っているのはなぜですか?」

 

 アオイだけじゃなくて、みとにまで知られていた。そのことに最早、驚きはしない。

 

 問題はそこじゃない。

 

 みとはその理由を訊いている。陽吉津と同じだ。ただ異なる点は、その理由に目の前のみとが関与しているということ。

 

 さすがに本人に言うのは気後れする。

 

 だから少しだけぼかして理由を言った。

 

「……陽吉津に喜んでほしいから」

 

 これもれっきとした私の本心だ。

 

 だからこそ、みとも納得してくれた。

 

「それはどうしてですか?」

 

 さらに追及してくるみと。

 

「それは……」

 

 言い淀む私に、みとは「それじゃ」と言って質問を変えてきた。だけどそれは質問なんかじゃなかった。

 

「……カナヲ様は、陽吉津さんのことが好きなんですよね」

 

「え……」

 

 みとの言葉が衝撃的過ぎて、声を漏らすことしかできなかった。

 

 私が陽吉津を好き? 好きって何? 

 

 戸惑う私に、みとはそれが予想外の反応だったのか、驚いている。

 

「え? あれ? カナヲ様?」

 

「?」

 

 好き……そういう感情があるのは知っているけど、私が陽吉津にそういう感情を持っているの? 

 

 みとから言われてもいまいちわからない。

 

 陽吉津と一緒に居たいとは思っていたけど、それは好きということになるのだろうか? 

 

「カナヲ様、落ち着いてください。その様子だと……気付いてなかったんですか?」

 

「気付く?」

 

 好き? 

 

 ……そうなのかな? 

 

「……陽吉津と一緒に居たいとは思うけど……でも」

 

 私の言葉に対して、みとは苦笑いを浮かべていた。

 

「……カナヲ様のそれは、恋だと思いますよ」

 

 みとは確信を持ってそう言っているみたいだった。

 

 どうしてみとはそう思ったんだろう? 

 

 何か理由があるなら、聞いておきたい。そしたら何かわかるかもしれないから。

 

「どうしてそう思うの?」

 

 そう訊くと、みとは理由を話してくれた。

 

「カナヲ様の握ったおにぎりが、わたしのと同じだったからです」

 

 それはどういう意味だろうか。

 

 私とみとのおにぎりが同じとは思えなかった。

 

 形も味も、明らかにみとの方が上だろう。

 

 そんな考えは、続くみとの言葉でかき消された。

 

「わたしも陽吉津さんが好きですから」

 

 思わずみとの目を見つめた。

 

 みとは恥ずかしそうにしながらも、私の視線を正面から受け止めている。

 

「仕方ないですよ。わたしのことを颯爽と助けてくれたのは陽吉津さんなんです。好きにならないはずがないです」

 

 それは……みとが言っているのだからそうなのだろう。

 

「だから少しでもわたしを見てほしくて、それで陽吉津さんに構ってもらえるように頑張ってきました。おにぎりもその一つなんです」

 

 そう言うみとは、人を好きになることがわからない私でも何となく理解できるほど、陽吉津のことが好きなのだろうということが伝わってきた。

 

「そんなわたしだから、カナヲ様の握ったおにぎりを見た時に気付いたんです。カナヲ様のおにぎりは、陽吉津さんのことを思って握られているんだって」

 

 確かに、私は陽吉津のためにおにぎりを握った。

 

 でもそれは単に私に向けられたことない表情を見るためでもあって、少し邪な気持ちもあったわけで。

 

 みとの純粋な気持ちと比べると、申し訳なく思えるくらいだ。

 

「それに、陽吉津さんもです」

 

 陽吉津がどうしだんだろう? 

 

「カナヲ様のおにぎりを陽吉津さん、わたしが見たことないような幸せそうな表情で食べてました」

 

 耳を疑った。

 

 陽吉津が私の握ったおにぎりを幸せそうに食べていた? 

 

 そんな表情、私に見せてはくれなかったはずだ。

 

 それに、みとは見たことないような表情と言った。ということは、私が見た、みとに見せていたような表情とはまた別ということになる。

 

 一体どんな表情なんだろうか? 

 

「わたし、陽吉津さんのことが好きですけど、だからこそ幸せになってもらいたいんです」

 

 みとはそう言うけど、それでいいのだろうか。

 

 好きという感情は、とても素敵なものだと聞いたことがある。なら、それをみとはどうするつもりなのか。

 

「……みとの『好き』はどうなるの?」

 

「好きですよ。好きだからです。わたしが思うに、カナヲ様と陽吉津さんがお似合いの二人だなと思うんです」

 

 わからない。

 

 好きなら、それを伝えるものじゃないのか。

 

 それを、そんな風に思えるものなのか。

 

「カナヲ様は不思議に思うでしょうけど、わたしはそれで納得できるんです。それも、一つの好きの形だとわたしは思います」

 

 何だかみとの方が私より大人びているように感じる。

 

「カナヲ様は陽吉津さんと一緒に居たいと思っているんですよね?」

 

「……」

 

 頷いた。

 

 それは思っている。

 

「ならきっと、カナヲ様は陽吉津さんのことが好きなはずです。今は気付かなくても、きっと後々気付くことができます」

 

 みとは私のこの気持ちが好きという感情だと断言している。

 

 だけどやっぱり私にはわからない。

 

「……ごめんなさい、みと。やっぱりわからない」

 

「……とにかく、今日はそれだけを言おうと思って来ました」

 

 みとの話はそれだけのようで、部屋から出ていこうとする。

 

 その背中に、何か声を掛けないといけない。そう思った。

 

「……みと」

 

「? はい」

 

「……」

 

 何を言えばいいんだろう。

 

 呼び止めておいて、すぐに言葉が思い浮かばない。

 

「……ありがとう?」

 

 よくわからないけど、そう口に出していた。

 

 この場にふさわしい言葉だったのかはわからないけど、みとは一瞬呆けた後、笑顔で「いえ、どういたしまして」と言ってから、部屋を出ていった。

 

 みとが出て行った後、私は部屋でさっきまでの会話を思い返していた。

 

 そして次に思い浮かべるのは陽吉津の顔。

 

「……好き?」

 

 わからないけど、陽吉津と一緒に居たい気持ちに変わりはない。

 

 みとの言うように、いつか好きというのがわかる日が来るのだろうか。

 

 自分の内に、よくわからない何かが燻っているのを感じながら、私はその日を過ごした。


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