世にも奇妙な喋る鴉には驚かされたが、鬼殺隊としての初任務だ。
鴉が言うには南東の街道にある一軒の茶屋で待っている他の鬼殺隊と合流し任務にあたるようにとのこと。
肝心な任務内容については、相方の奴が知っているらしい。
何で俺には教えられないのか謎だけど、とにかく他の鬼殺隊と合流しよう。話はそれからだ。
ということで支給された真新しい隊服に着替え、件の茶屋へと向かっている途中なわけだ。
それにしてもこの隊服は着心地がいい。鬼と戦うときは盾にもなるらしいから便利すぎる。
結局あの後も槌塚さんの残した言葉の意味を考えていたが何もわからなかった。
俺の刀を俺が振るのは当然だし、そういうこととはどういうことだろうか。
「揶揄われてる……わけじゃないだろうし」
あの人は直感的にそういう人じゃないと思っている。
何かあるからこそあの言葉を残したんだろうし、それが俺に必要なことだと俺の直感も告げている。
ただ考えても考えてもわからない。
そうやって頭を捻らせていると目的の茶屋が見えてきた。
あそこに今回の任務の相方が待っているはずだ。
せっかくの茶屋だし、お団子とお茶を一杯いただきながら任務の内容を訊こう。
茶屋の店先には確かに隊服を着た人が座っている。
相手は先輩なのかもしれないので失礼のないようにしないといけないな。
「あの、鬼殺隊の方ですよ……ね……」
「……」
結果から言うと、今回の任務の相方は先輩ではなかった。そこは少し安心できた。
だけどその相方はまさかだった。
「もしかして、今回の任務は君と?」
「……」
まただ。また何も言わずに俺を見ている。
相方というのは選別試験の時、説明を受けている間ずっと俺を見つめ続けていた女の子だった。そしてそれは今でも続いていた。
「えーと、選別試験の時いたよね?」
「……」
「お互いこれがたぶん初任務だし死なないよう頑張ろうか」
「……」
ダメだ、辛い!
喋りかけているけど返事してくれないし。かといって無視しているとかじゃなくて、ひたすら俺を見ている。
それが逆にどうしたらいいのかわからなくしていた。
いっそ嫌って無視してくれる方がまだ反応しやすいくらいだ。
後地味に可愛い女の子から見られ続けるのはきつい。
ほとほと困りかけていた俺に一羽の鴉が近づいてきた。
「カァッ! コレヨリ瑞山 陽吉津ト栗落花 カナヲ両名ハ更ニ南ヘ向カイ、村ニ潜ム鬼ヲ討伐セヨ! 南ヘ向カエ! 向カエェ!」
やっと今回の任務について知ることができた。
喋る鴉、意外と便利だな。
俺の初任務はここから更に南にあるという村に潜む鬼を切ること。
しっかり任務を終えて鬼殺隊としていい滑り出しをしたいところだけど。
「……」
大丈夫だろうか?
今は鬼の潜む村を目指して街道から外れたところを歩いている。俺が先頭を歩き、その少し後ろから鴉の言っていた名前が間違いないなら栗落花カナヲが付いてきている形だ。それは別に構わない。
問題なのは。
「……すっごい視線を感じる」
そろそろ止めていただきたいほど見られている。
何かしたのか俺は?
いや、彼女には何もしていないはずだ。そもそも彼女と会ったのだって最終選別の時が初めてなのに俺が何かできるはずがない。
さすがに理由を訊いてもいいよな?
もう結構我慢してるぞ。
そりゃ出会って最初の方だと自意識過剰の勘違い野郎だけど、これはもういいよな?
訊くよ? よし、訊こう。主に俺の精神安定のために。
「あのー、栗落花さん?」
「……」
返事がないのは想定済みだ。というか、これで返事が返ってくるくらいならこんなことになっていない。
「単刀直入に訊くけど、なんでずっと俺を見てるの?」
「……」
まだだ。まだ諦めない。
「さすがにずっと見られ続けるのは恥ずかしいし、そろそろお互いに改めて自己紹介しておいた方がこの後の任務もつつがなく事が進むと思うんだけど」
「……」
「……」
「……」
足を止めて根気強く見つめ返していると栗落花は何かを取り出した。
取り出したのは銅貨だった。
あれだろうか、これやるから何も訊くな的な?
そんな俺の考えは盛大に外れていたようで、銅貨は栗花落の手によって勢いよく空中へ弾き出された。
その軌道を目で追う。勢いよく回転する銅貨は丸い球のようにも見えた。
それはそのまま次第に重力に従って落ちてくる。その銅貨を栗花落はパシッと捕まえた。そして何かを確認している。
「覚えてない?」
「え?」
急に言われては何のことかわからない。それは何に対しての言葉なんだ?
「……」
栗花落は俺の返事を待っているらしくまた黙ってしまう。
訊かれているのはたぶん栗花落カナヲを覚えているかということだろうけど、何で今そんなことを訊いてくるのだろうか。
「覚えてるよ。最終選別の時いただろ」
俺が「覚えてるよ」と言った時に栗花落は少し目を見開いたが、続く言葉で再び元の表情に戻ってしまった。
何なのだろうか?
「そう」
「お、おう」
何だか気落ちしているように見えるけど、この場合俺が悪いのだろうか?
いや、俺は何も間違ったことは言っていないはずだ。
栗花落を見たのはあの時が初めてで間違いない。それを俺はちゃんと覚えている。
だから答え方に何も問題なかったはずなんだけど。
「……」
何で俺がこんなにも申し訳ない気持ちになっているの。
もしかして前にどこかで会ったことがあったとか?
その可能性を信じて覚えている限りのことを思い返すけど、やっぱり栗花落を見たのはあの時が初めてで間違いない。
「その、一応改めて。俺は瑞山──」
「知ってる」
やっぱどこかで会ってるやつだった!
名前教えた覚えなんてないのに「知ってる」とか言われたよ。
これ完全に俺が忘れてしまってるだけのやつだ。
どうしようか。道理で申し訳ない気持ちになるはずだよ。だって悪いの俺だし。
でも本当に覚えていない。思い出せない。
何度も「栗花落 カナヲ」で記憶に引っ掛からないか探しているけど全然だめだった。
「……栗花落さんのことは何とお呼びすれば」
「カナヲ」
申し訳なさから同期なのにかなり下手に出てしまった。
でもしょうがない。忘れている俺が悪い。
「わかった。それじゃカナヲ、改めてよろしく」
「……」
一先ず自己紹介、それからカナヲが俺をじっと見ていた理由もわかった。
カナヲについて忘れてしまっているのは申し訳ないが、今は任務中だ。引きずる訳にもいかない。
俺たちは止めていた足を再び動かした。
目的の村まではあと少し。油断することなく任務にあたろう。