無事村に潜んでいた鬼達を倒した俺とカナヲ。
時刻は夜だったため村の近くで一晩過ごし、明日村の人に報告してからまた発とうということにした。
適当な木々を集め、摩擦で火を起こす。これで暖と明かりは確保できた。
「……」
火を起こして一息つくとカナヲが不思議そうに俺を見つめていた。
もしかすると火を起こしたのが珍しかったのかもしれない。
「家じゃ一人でいるからこういうのに慣れてるだけだよ」
「……」
何かを言いたそうに、だけど結局懐から銅貨を取り出した。
カナヲは基本喋らない。けど喋れないわけじゃない。そして喋るときは決まって今みたいに銅貨を取り出して表か裏で物事を決めているようだ。
何でそんなことをしているのかわからないが、それなりの理由があるのかもしれない。
弾いた結果銅貨は表。
「陽吉津は一人なの?」
今回は銅貨が表だと喋るということらしかった。
それにしてもかなり踏み込んだ質問だな。別に気にしないけど。
「親は死んだ。鬼殺隊だったけど任務中に殉職。まだ俺が小さかった時だ」
親の顔は今でもはっきりと覚えている。いなくなった寂しさも含めて。
カナヲはそれを聞いてハッと息を呑んでいた。無表情のように見えて意外と感情表現する方なんだな。
「寂しいけど、だからこそ俺は鬼殺隊に入ってる。俺みたいに家族や親しい人を失う悲しみを感じる人が少しでも減ればと思って」
そう、それが俺の鬼殺隊に入った最大の動機。その思いは俺が死ぬまでこの胸に掲げ続ける目標であり、理想であり、決意だ。
少し綺麗事すぎるかもしれないが、俺はこの決意が恥じる必要ない立派なものと思っている。
だからこうして今カナヲに話した。というか機会があれば誰にでも語りたいくらいだ。
そうして俺の綺麗事に共感してくれる奴がいれば、それがまた悲しみを減らす力になる。
「カナヲはどうして鬼殺隊に入ったんだ?」
「……」
純粋に気になったから訊いてみた。だけど返答はない。
銅貨を投げる様子もないから、答えは望めそうにないか。少し踏み込み過ぎたのかもしれないな。
「悪い。答えにくいことならそのまま流してもらっていいから」
「……」
せっかく少し打ち解けてきたんだ。ここは気まずくならないように話を振っておかないと。
「それにしてもカナヲは強いな。同期の中じゃ一番の実力だと思うし」
「……」
「悔しいけど俺なんか足元にも及ばないよ。恥ずかしい話、俺はさっき鬼が一匹だけでも手こずって一撃もろにもらったし」
「っ!」
急にカナヲが立ち上がった。それから俺の方へと詰め寄ってくる。
「え? 何、何っ?」
無言で詰め寄られるのは相手が可愛い女の子でも怖いものだと知った。
そして詰め寄ってくるだけならまだしもカナヲは俺の上着にを掴むと何を考えているのか脱がそうとしてくる。
「え? ちょ、ちょっと!?」
何これ。普通考えるなら逆じゃないのかなこれ。
とにかく突然の奇行を止めさせないといけない。いけないんだけど。
「力強いな!?」
女の子の手をどかすくらい簡単だと思ったらとんでもない事実が判明した。
カナヲ、とんでもないくらい力が強い。
最初こそ力を込めてなかったが、びくともしないカナヲの腕に俺も本気を出して抵抗している。だがそれでも敵わない。
なるほど、これなら鬼相手を相手にして不足なしだろう。ついでに同期の中で強いのも納得だ。人間の女の子ってこんなに力強かったっけと思わずにはいられない。
結局抵抗空しく上着は剥ぎ取られてしまった。夜風に晒されブルりと身震いしてしまう。
いきなりひん剥いてきた犯人は何やら注意深く俺の体を見ている様子。
一体何を見ているのだろうと思い俺も自分の体を見る。すると腹の方の一部分が赤黒く変色していた。
「あー、あの時のか」
内出血だ。原因は俺が油断して鬼の一撃をまともに受けたやつ。だけど咄嗟に呼吸で体に力を込めたから骨が折れたりはしていない。仮に折れていたら痛みで気付くはずだ。
内出血くらいなら放っておいても治るだろう。まさかこれを確認するためだけに俺はあんな怖い思いをしたのか?
「……任務が終わったら蝶屋敷までついてきて」
「蝶屋敷?」
蝶屋敷とはなんなのだろう?
ただ、その蝶屋敷という言葉は聞き覚えがあった。それも最近ではなくて昔に。
「カナヲ、蝶屋敷って……」
「……」
詳しいことを訊こうとしたがそれ以上カナヲは何も喋らなかった。
俺も別に蝶屋敷と言うところに行くのは構わないけど、他の任務とかどうするのだろうか?
剥ぎとられた上着を着直し、その後は特に何も起こることなく交代で見張りをしながら夜を明かした。
翌朝、俺とカナヲは早々に村人たちへ鬼はもういないことを伝えて、昨晩カナヲが言っていた蝶屋敷というところに向かった。
どうしても他の任務が気になってカナヲに尋ねたが、任務は基本鎹鴉を通してしか通達されないため、鴉の伝令がない今は自由に過ごせるらしかった。
気になっていたことが聞けて肩の荷が下りたことで、蝶屋敷とやらに集中できる。
そんなわけで少し日数を要したが、無事に俺とカナヲは蝶屋敷へと到着した。
カナヲ、どうしても言っておきたいんだが、この数日で内出血はほとんど治っているんですがどういうおつもりでしょうか。
俺のそんな微妙な心境など気にする素振りも見せないカナヲはそのまま敷地の中へと入っていった。
「……入るか。お邪魔します」
もう深くは考えないことにして俺も屋敷の敷地へと足を踏み入れた。
かなり広いお屋敷だ。それに植えてある草花がとても綺麗に咲いている。それに群がる蝶たちが、その空間一帯をまるで画家の描く風景画のように完成されたものにしている
そして俺はその景色に既視感を覚えた。
思えばそうだ。
この蝶屋敷に俺は初めて来るはずなのに、どこをどう進めばいいのか朧げにだがわかる。これは俺が別に直感を使っているわけじゃない。
「俺は……ここに来たことがあるのか?」
だけどなぜ?
だめだ、思い出せない。
「……」
「っ……」
考え込んでいたせいで足が止まっていたらしくカナヲがすぐ傍に立っていた。
「ごめん。少し考え事をしてた」
「……」
無言のまま手を掴まれる。そして俺が静止の声を上げる間もなく引っ張られた。
振りほどこうにも例の如くすごい力で握られているため不可能。というか少し痛い。
俺とカナヲの間には言葉はなく、ただ俺はされるがままだ。
ようやくカナヲが止まったと思ったら何かの部屋の扉がある。
「師範。ただいま戻りました」
師範という言葉に疑問を感じる間もなくまた手を引かれて部屋へと入った。
「よく戻りましたね、カナヲ。……あら、そちらの方は?」
連れられて入った部屋の中には女性が一人いた。隊服を着ているからこの人も鬼殺隊だろうけど、独特な柄の羽織を着ている。それに髪飾りがカナヲと似ているようだけど、もしかして姉妹だろうか?
とりあえず初対面だし挨拶をしないといけないな。
「初めまして。今回の合同任務でカナヲさんと共に任務にあたりました、瑞山 陽吉津と申します!」
「……瑞、山?」
何かあったのだろうか?
俺の名前を聞いて衝撃を受けているような。
何か悪い噂でも流れてるの? まだ鬼殺隊としてひと月も経ってないけど?
「……師範」
「あ、ごめんなさい。ありがとう、カナヲ」
珍しくカナヲの方から声を掛けていた。その声で女性は正気に戻ったようで恥ずかしそうに居住まいを直した。
そして女性の名前を聞いて俺は忘れていた記憶を思い出すことになるとは思わなかった。
「ようこそ蝶屋敷へ。私はここの屋敷の持ち主で、『胡蝶 しのぶ』です。一応鬼殺隊の『蟲柱』を務めてます」
『胡蝶』この言葉が鍵となっていた。
脳裏に浮かぶ誰かの名前。
『胡蝶 カナエ』
それは確か……まだ俺の親が生きている時にこの蝶屋敷へ連れてこられた際の屋敷の持ち主の名前だったはずだ。そして『花柱』でもあった人だ。
それで……そうだ。
目の前の人はその胡蝶カナエさんの妹で『胡蝶 しのぶ』。その時はまだただの鬼殺隊の一人だったはず。
それからようやく思いだした『栗花落 カナヲ』。俺と同い年で二人から可愛がられていた女の子。昔から何かあったのか無口で、だけど一度だけここに来た時に二日間でなんとか仲良くなったんだ。
三人の名前を思い出すと同時に何で忘れていたのかも思いだした。俺の親が任務中に殉職したのは俺が両親と一緒にこの蝶屋敷を訪れた二週間後だった。その出来事が衝撃的でその前後の記憶が抜け落ちていたんだ。
「胡蝶さん……」
「しのぶでいいですよ」
「カナヲ」
「……」
「ようやく思いだした」
するとカナヲは肩をわかりやすく跳ねさせた。しのぶさんはいまいち状況を理解しかねているらしく頭を傾げている。
どうりでカナヲが「覚えてない?」と訊いてきたわけだ。どうりでこの蝶屋敷に既視感を覚えたわけだ。
まだ俺の親が生きていた頃に来ているじゃないか。思いだした今だからこそわかる。短い間だったけどとっても心に残る時間だった。
それにしても先ほどから胡蝶カナエさんの姿が見えない。あの人と親が親しげに話している光景が印象的だった。一言挨拶を言っておきたいところだけど。
そこまで考えたところであり得るかもしれない一つの可能性に行き当たった。
だけどそれだけはやめてほしい。でも悲しいかな、俺の直感が答えを告げている。
「……しのぶさん」
「はい、なんでしょう?」
「……カナエさんは、いらっしゃいますか?」
「っ! 姉は……」
当たってほしくないときほど真実に近くなる。
カナエさんはもういないのか。
「すみません。俺ついさっきまで蝶屋敷のこと忘れてて、それで思い出してから気になったので。一言の挨拶も来れず申し訳ありません」
「謝らないでください。むしろ謝るのは私の方です。ご両親のこと、今でも覚えていますよ。一人きりになった陽吉津君を気に掛けるようにしたかったんですがその頃に……」
「……お互いに積もる話がありそうなんで後で話しましょうか」
「わかりました」
場が重苦しい空気になってしまった。内容が内容だけに仕方ないことかもしれない。
「……それで、陽吉津君はどうしてここに?」
「あぁ、それなんですけどもう大──」
言い終わる前に隣にいたカナヲにあの日のように上着を剥ぎとられてしまった。突然のカナヲの行動にしのぶさんも固まってらっしゃる。
「……」
「……えーと、ここの内出血なんですけど」
診てもらわないと上着を返してもらえそうになかったので仕方なくしのぶさんに経緯を話した。
とにかく診察結果だけ言えば、内出血でした。見た目通りすぎる。わざわざ診てもらう必要はなかったわけです。
まぁ、蝶屋敷とカナヲたちのことを思い出せたからまったくの無駄というわけではなかったか。
さてと、今後どうしますかね。