夏とキミと素麺と   作:as☆know

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夏とキミと素麺と

「あーついー……」

「暑いなぁ……」

 

 

 山よりも高く、ずっとずーっと高く。

 真っ青な空に浮かぶ大きな入道雲の上で、胡座をかきながらニヤニヤと俺たちを見下ろすお天道様にホースで水をかけてやりたいと心から思える。

 そんな夏の日。

 

 壁掛け時計の針は12時を少し越しているくらい。近くにかけている温度計は35℃くらいを指しているように見える。

 これでも今日の最高気温は36℃。40℃近くないだけまだマシ、と頭では思っていられるが、実際は30℃を越してこれば、もう無条件で暑い以外の感情は燃え尽きて殲滅される。

 

 ここについた時には、都会よりかは幾ばくが涼しいだろう。俺もモカもそう思っていた。

 アスファルトからの放射熱から逃れられない都会住みからしたら、一面の緑と茶色を中心に形成された異世界のような山奥の田舎は天国だと。

 

 

「とーけるぅ……」

「溶けるなぁ……」

 

 

 それでも、やはりと言うべきか。暑いものは暑かった。暑くてなんぼ、夏とはそういうものだ。

 

 街中で聞こえる人の雑音が、今度はセミの歌に統一されただけ。煩いのには変わりない。寧ろ、何を言いたいのか理解できなくなっただけ酷い。

 近くを流れる小さな川で水遊びでもしたらマシになるんじゃないかと、隣で溶けてる彼女に持ちかけたが、下着が透けるし水着も替えの服もないと、至極真っ当な理由で拒否された。

 男の夏のロマンは、そう簡単に叶わないらしい。

 

 全ての窓やドアという空気の入り口を全てかっ開いて、湿気を大量に含んだ生ぬるい風の通り道にする。

 苦し紛れの対抗策も、多少はマシにはなる。所詮、苦し紛れには変わりないんだけど。

 

 照りつける陽の光から身を隠すように、出来るだけ外に近く、かつ日の当たらない和室で二人きり。仲良く溶けている。

 暑すぎて思考回路はオーバーヒート。

 考えることを放棄した頭は耳と目からたれ流される情報を永遠に受信するだけのモノに成り果てた。

 

 カタカタ言いながら動く扇風機の音も

 

 軒下の屋根にちょこんと引っ掛けられている風鈴の音も

 

 かすかに聞こえる彼女のおじいちゃんが見ている甲子園の中継の声も

 

 真夏の合唱団のセミ達の歌い声も

 

 全てが夏を彩る絵の具になる。

 

 さすれば、俺達は頭に映り込む背景を大空に描く通信役とも言ったところだろうか。

 夏という季節は人の感情すらエモくさせてくれるらしい。今なら芸術家になれるかもな。そんな気がしてくる。

 

 

「モカぁ……昼飯何が食いたい……」

 

 

 なんとか無事でいた脳の人部分で死ぬほど雑な文を作り出す。

 

 会話を続ける気力さえ削ぎ落としてくる夏の中で、俺が投げかけたあまりにも貧弱なパスを、隣で溶けたアイスみたいに寝転ぶ少女が受け取る。

 

 消え入りそうな声の唸り声が微かに聞こえる。

 

 

「モカちゃん、冷たい素麺が食べたいですなぁ……」

 

 

 少し覇気を取り戻した声で、相変わらず寝そべりながら、もう一度パスを渡してくる。

 

 お互いに最低限の言葉しか出てこない。普段はこんなんじゃ無いのにな。夏、恐ろしや。

 

 

「素麺か……」

 

 

 圧倒的偏見だが、素麺は麺類の中でも最弱との呼び声が高い麺類だ。

 

 夏になると母親が毎日のように素麺を出してくる、余った素麺を消費するためのアレンジ料理が大量に出てくる、味変しようにもレパートリーが限られてくる……等々、あげれば最弱と呼ばれる理由は切りなく出てくる。

 そんな素麺も今日に限っては話が別だ。

 

 最早、食べ物を噛む気力すら失せてくるこの暑さ。

 そんな時にさっぱりとし過ぎているほどさっぱりしている素麺はあり寄りのありかもしれない。

 

 

「今なら、素麺も美味しいだろうなぁ……」

 

 

 冷たい水に浸かった素麺を箸ですくい、水を切って、そのまま冷たいめんつゆにダイブさせて、勢いよく啜る。

 食欲すら無くなりかねない今ならピッタリだな。

 

 

「モカちゃんは薬味も希望しまーす」

 

 

 仰向けで寝そべったまま、真上に手を上げたのが横目で見える。

 

 半袖で少し汗に蒸れた腕は、眩しいほど明るい夏の色に染まって、何だかいつもより綺麗に見えた。なんか俺が変態みたいだな。

 これも全部モカが綺麗で可愛いのがいけないんだ。頭の中で膨れ上がるイケナイ妄想をうちわで吹き飛ばす。

 

 

「俺はそうだなぁ……まず、ネギかなぁ……」

「いーですなぁ……」

 

 

 細かく切った青ネギ。

 

 少し透明感のある茶色に浮かぶそれは、素麺のお供としてまず名前が出てくるであろう名脇役でもあり、人によっては主役でもあるとも言う。まさになくてはならない存在。

 人物で例えるなら、西武ライオンズの打線の中の源田のような立ち回りだろうか。少しばかり、通じにくかったかもしれない。

 

 ほんの少しピリッとした青ネギの辛みが、素麺というスタンダートな素材にとってあまりにも大きな刺激を与えてくれる。

 

 少し多く入れてしまっても問題がない。

 それでいて、主役である素麺は立てる。

 素麺の薬味といえばネギ。そう言えるくらいには定番の位置を確立している。

 

 

「モカちゃんはー……すりおろした生姜も好きですなぁ……」

「わかるなぁ……」

 

 

 すりおろし生姜は諸刃の剣だ。

 

 入れすぎてしまえば素麺の味もめんつゆの味も全て乗っ取ってしまう。

 刺激も強く、『緑の悪魔』との呼び声高いワサビと同じくらい生姜は食べれないという子供もいるだろう。

 

 そんな彼も、用途と分量を守りさえすれば、そのあまりあるポテンシャルを遺憾無く発揮してくれる。

 

 さっぱりとした素麺に食べ物をさっぱりとさせる生姜。

 これだけを聞くと、まるで意味がなく聞こえるが、生姜はここで引き立て役から影の主役へと躍り出る。

 

 普段の立ち位置であるサポート役から、素麺に刺激を与える攻撃役と化した生姜は、図らずともそのパワーを生かして眠る食欲に刺激を与えてくれるのだ。

 その爆発力は、ネギを上回ると言っても過言ではない。

 

 一度使えば永続魔法として、めんつゆを交換するまでその力は衰えないのがメリットでありデメリットでもあるが、それを差し置いても強い。それが薬味の中のロマン砲。生姜だ。

 

 流石はグルメなモカだ。いい所をついてくる。

 俺は少しお前が大魔王に見えてきたぞ。

 

 

「刻み海苔……」

「乙ですなぁ〜……」

 

 

 ボソッと零すように呟いた俺をしっかりと拾ってくれた。なんだろう、この謎の達成感。何故かとっても嬉しい。

 

 ここまで上げられてきたネギやしょうがは、偶然にも二つ揃ってシンプルな素麺に刺激を与えるタイプの薬味だった。

 だが、刻み海苔というのは一つも二つも別の角度から新たな世界を見せてくれる。

 

 磯感。

 

 その言葉が一番似合うだろう。

 素麺にぴったりと張り付く黒い魔法。口の中に含むと同時に鼻から抜けていくあの香りは、どこまでも広がる海のような食欲を体の底から湧き上がらせてくれる。

 

 

「素麺、食いてぇな……」

「食べたいなー……」

 

 

 自分の舌が唾液を生成しているのが分かる。腹、減ってるなぁ。

 

 夏の鳴き声の奥にゴトッ、と鈍い音が聞こえる。

 ご飯よー。その言葉が先程までふわふわした声音しか聞いていなかった耳を覚まさせる。

 

 さっきまで重かった体はどこへ行ったのか。体の底から溢れ出る力のまま、畳から背を離す。

 

 

「モカ」

「ご飯だ〜!」

 

 

 ほんとにまぁ、わかりやすい奴だ。俺もおんなじなんだろうけど。

 

 夏なのにまだ日焼けをしていない手を引っ張りあげる。さっきまでうっと惜しかったセミの歌も、もう怖くはない。俺達には昼飯がついているんだ。

 

 それでも、こうも暑くてはやはり参ってしまう。

 そんな日には、素麺が食べたいなぁ。



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