千恋*英録   作:エクスカリバー!!

10 / 16
第10話

『それぞれの修業』

 

 

熱い─────

 

 

暑い─────

 

 

体中が燃えるようだ─────

 

 

当然だ。今の我は燃え上がっている─────

 

 

眼前にいるは我が敵◯◯◯◯─────

 

 

そして我が背後には護るべきお方がいる城◯◯◯◯◯◯◯が────

 

 

ならば戦わねば─────

 

 

倒さねばならない─────

 

 

我こそは最強の槍兵─────

 

 

それに相応しい戦いぶりを刮目するがいい─────

 

 

*  *  *  *  *

 

パチリ…

 

「………また、あの夢……」

 

ムクリと布団から起き上がる雪斗。

 

時間はいつも起きる5時30分頃。丁度よい時間帯だった。

 

いつもと変わらず、右目に眼帯をして、庭に出て朝稽古をする。

 

 

ブンッ!  ブンッ!  ブンッ!

 

 

槍に見立てた棒を振り、体の状態を確認する。

 

「(特に異常は感じない……相変わらず、()()()()()()()。問題なし!)」

 

少し汗をかいたので、風呂場でサッと汗を流し、居間に朝食を用意した。

 

そして仏壇の前に座り合掌する。

 

「おはよう叔父さん。今日も良い天気で、俺も快調だよ。」

 

そして朝食を済ませて、制服に着替えた雪斗は自宅を出た。

 

「行ってきます」

 

 

 

学院では、休み明けのテストの説明がされ、クラスの皆がそれぞれ文句言ったりする者、真面目に取り組もうとする者と様々に分かれた。

 

雪斗は特に興味が無さそうにする。別に勉強がニガテだからで無い。むしろ良い方だ。

 

魔術の勉強より、よっぽど簡単だからだ。

 

特に歴史は日本史、世界史共に学年では1位をキープしている。

 

英霊を宿している訳ではないが、雪斗自身過去の英雄や歴史上の偉人が好きでその延長でその分野が得意になった。

 

因みに芳乃や茉子も成績はそれなりに良い。

 

将臣の方は、何かサァーと青ざめていたような気がしたが、気のせいだろう。

 

その前の席の廉太郎が白く燃え尽きているように見えるのも、多分気のせいだろう。

 

 

 

放課後

 

「ほれ休むな!もっと打ち込んでこい!そんな乱れた打ち方では相手は崩せない。こうだ!」

 

 

バシッ!バシンッ!!

 

 

「くっ……やぁぁぁーーー!!」

 

空の色がオレンジに染まった時間帯。

 

公民館の中にある道場で、竹刀がぶつかる音と、少年の雄叫びが響く。

 

先日、雪斗に言われたように玄十朗に再び剣道の指南を頼んだ。玄十朗の方は二つ返事で了承を貰い、朝早くと放課後に稽古を付けて貰う事になった。

 

最初は慣らす程に竹刀を振るつもりが、いつの間にか本格的に打ち合っていた。

 

だが、それで良かったかもしれない。

 

早く腕を上げ、芳乃たちの足を引っ張らないように。そして、雪斗の負担にならないように。

 

「ほれ、もうバテたか!」

 

「はぁ……はぁ……はぁ……ま、まだ……まだまだ!」

 

「よーし、その息じゃ、ご主人っ!」

 

「よかろう!ならば来いっ!」

 

「はぁーーー!!」

 

 

 

 

 

健実神社 境内

 

 

一方、芳乃の方も智樹に稽古を付けて貰っていた。

 

正直、ホントに付けてくれるとは思わなかった。

 

この人も本当に呪いの事を考えてくれていたのだと、少し尊敬をした。

 

「イヤー、ちゃんと稽古を付けたら褒美にお酒くれるって言うからさ~。ちゃちゃっとやりますか、お酒の為に!」

 

「私の尊敬を返して下さい」

 

といった場面はさておき……

 

芳乃が行う修業は自分の戦い方の幅を広げる事だ。

 

そこで思い付いたのが────

 

「舞いながら戦うんですかっ!?」

 

智樹の口から出たその提案に驚愕を隠せない。

 

確かに、いつも祭り等で奉納しているあの舞は、祟り神の前で使うと、ヤツらの動きは鈍くなる。

 

しかし戦闘中でやれば、必ず芳乃は無防備になってしまう。ならばいっそのこと、舞いながら戦えば良いのではないか?

 

「ですが、そんな上手く戦えますか?」

 

「うん。難しく聞こえるかもしれないけど、要するに剣舞みたいに振る舞えば良いんだよ。」

 

と、言われても未だにぴんとこない芳乃。そこで智樹は、懐から剣の持ち手部分だけの物を取り出した。

 

「試しに僕がそれっぽい事をするから、適当にそれ(鉾鈴)で斬り掛かって来てよ。あ、一応本気で来ないと意味ないからね。」

 

「は、はい……」

 

そして言われたように、鉾鈴を構える芳乃。

 

智樹は、持ち手だけの物を片手に構える。すると、柄の部分から刃が伸びてきた。

 

「えっ!何ですかソレ!」

 

「ああ、(代行者時代)に使ってたものだよ。さ、遠慮せずにどうぞ。」

 

智樹の剣が気になるところだが、今は修業に集中しなければならない。

 

そう自分に言い聞かせ、智樹に向かって思いっ切り斬り掛かった。

 

「やぁぁぁーーー!!」

 

だが

 

「~……~♪……」

 

 

キンッ!

 

 

「えっ!?」

 

刃同士はぶつかった。しかし、それはたった一瞬だけ。

 

鉾鈴の刃は、智樹の持つ剣の刃にあっさり受け流された。智樹の方はまるで優しく撫でるかのような動きをして。しかも鼻息を歌いながら。

 

「くっ……!」

 

出鼻はくじかれたが、次こそは!と意気込み、もう一度斬り掛かった。

 

「~……~……♪」

 

しかしまた、刃は智樹の体に触れることはなく受け流された。だが、そう同じ事はさせない。

 

「えいっ!」

 

直ぐさま体を回転させ、ガラ空きの智樹の腹部に刃を向ける。

 

「~♪」

 

すると今度は、あっさり躱された。その動きは、風に流される落ち葉のように。

 

「くっ……このっ!」

 

それからしばらくの間、芳乃はひたすら智樹に一太刀当てようとしたが、それら全ては受け流されるか、躱された。

 

「はぁ~……はぁ~……な……何で……」

 

「フフフ……」

 

肩で息をしている芳乃。対して智樹はまだまだ余裕と言わんばかりにニコニコしていた。

 

「特に難しい事はしてないよ。頭の中で好きな歌を流しながら、踊ってただけさ。」

 

確かに、ヒラリ、フラリと動いてた感じはまるで踊りのように見えた。

 

「相手の動きを見ながら、曲のフレーズに合わせて、体を動かしただけ。攻撃される瞬間だって、ただ曲と相手の動きを重ね合わせて、踊っただけ。」

 

力も何も入れない。それだと動きがぎこちなくなってしまう。それだと、意味は無い。

 

「相手の動きを見る。そして力まない。この2つが重大なポイントだ。戦い方と言ったが、要は君は前線ではなく、後方で自分の身を護るやり方を学ぶんだ。」

 

「自分の身を護る……」

 

「そうすれば、雪斗君たちは思いっ切り戦う事が出来る。君自身はただ舞を踊りながら支援すればいい。もし敵が襲い掛かっても受け流すか、躱せばいい。それだけさ。」

 

まあそれを熟すには特訓は大変だけど、と言う智樹。

 

お酒の為にしか動こうとしないまるでダメな神父『マダシ』。だが、本当の彼は戦う術を教える事が出来る凄い人物なのだ。

 

「(なるほど、赤司くんが推薦するだけはありますね……)」

 

やっぱり、この人はある意味で尊敬に値するじんぶ『カシュッ!』……

 

「……あの……霧原さん?お手のソレは?」

 

「ん?何って……缶ビール。未成年は飲んじゃダメだよ。お酒は大人になってから~♪」

 

「修業中もダメですーーーーっ!!」

 

 

 

 

 

神社裏手

 

 

芳乃と智樹の修業が始まった同じ頃、雪斗と茉子も始めていた。

 

「さて、回路の起動はどうだ?」

 

「はい……スゥー……」

 

茉子が集中すると、青白い光の線が彼女の体に浮かび上がる。

 

「ほう……上達ぶりは良いな。まだまだスムーズとは言えないが、確実に早くなってる。」

 

「当然です!」

 

フンと胸を張る茉子。雪斗の方も、いつもの悪口は言わず、修業を続ける。

 

「言っただろう、まだまだスムーズじゃないって。起動の練習は続けろよ。そんじゃ、今日は魔術の基本。『強化』をやるぞ。」

 

そう言って、雪斗は足元に落ちている落ち葉を2枚拾い上げる。

 

「さて問題。この落ち葉を、あそこにある木に投げるとどうなる?」

 

「えっ、落ち葉をですか?」

 

キョトンとする茉子。それもそうだ、雪斗が持っているのは今拾った唯の落ち葉だ。

 

「そんなの、直ぐに地面に落ちちゃいますよ。」

 

茉子がそう答えると、雪斗は落ち葉を1枚片手に持ち、少し離れた木に向かって投げた。

 

だが茉子の言う通り、落ち葉は木に届くどころか、直ぐ手前に落ちていった。

 

「常陸の言う通り。何の種も仕掛けも無い落ち葉じゃ、あの木に届くどころの話じゃない。なら───」

 

もう一方の手に持った落ち葉を茉子に見せて同じ事を聞いた。

 

「だから、木に届く前に落ちちゃいますよ。さっきみたいに。」

 

一体何のつもりかと、思う茉子。すると雪斗はニヤリと笑い、落ち葉をまた木に向かって投げた。

 

すると───

 

 

トンッ!

 

 

「えっ!?」

 

落ち葉は落ちるどころか、真っ直ぐ木に向かって飛んで行った。

 

そして、まるで鉄のようなものが刺さった音を出して木に命中した。

 

「す、すごいです……」

 

これは素直に称賛の声が出る。

 

「これが強化の魔術。強化自体は然高い魔術ではないし、魔術師であれば大抵の者は使えるから覚えておいて損は無いだろう。」

 

つまり、今投げた落ち葉は拾った時点で既に魔術で落ち葉の強度を強化していた。

 

茉子が木に刺さった落ち葉を引っこ抜き、まじまじと見る。一見普通の落ち葉に見えるが、触って見ると確かに、鉄のような硬い感触がした。

 

「今は落ち葉に試したが、上達していけばそこらにある木の枝や、紙切れ、段ボールみたいな脆い物は勿論。自身の体に強化の魔術をかけて、一時的に肉体強化をする事が出来る。」

 

特に戦闘時には必須だ。肉体強化をすれば、あの素早く、重い一撃を与える祟り神相手でも遅れは取らない。

 

「そう言う事で、今日はひたすら落ち葉に強化の魔術を施す練習をして貰う。出来たら、実際に使えるかさっきみたいに木に向かって投げてみろ。」

 

「魔術を施すって……一体どうやって……?」

 

「回路を起動させた時と同じさ。お前の中で、ものを強化させるイメージを思い浮かべる。その状態で持てば自ずと頭の中で呪文が浮かび上がる。」

 

「イメージ……呪文ですか……?」

 

「ああ、魔術って言うのは世界の法則に介入し、それを自分の都合の良いように改編するもの。限度はあるがイメージが強ければ、そして魔力を上手く使えれば魔術は無限の()に変化する。」

 

だが複雑なものや、大がかりな魔術となると、それ相応の才能と、複雑な魔術公式が必要になる。

 

しかし、今はそこまでする必要は無い。とにかく今は簡単なもので充分だ。

 

そして呪文だが、魔術を起動させるための動作た。手続きで言うのなら、申請、受理、審査、発行の中の、申請の動作になる。

 

世界の法則に介入するのだから、それに向けての申請、訴えを出すもの。そして法則を自分の中で作り替えるための自己暗示。

 

それが決まり文句となったのが『呪文』なのだ。

 

これには正解、不正解は無い。

 

呪文は魔術師の数だけ、流派の数だけ様々だ。十人十色どころか、万人万色なのだ。

 

「因みに俺の場合は一族代々伝わるものだから参考には出来ない。常陸、お前が自分で見つけて()にするしかない。」

 

「私が……はい、やってみます!」

 

そして落ち葉を1枚拾い上げ、それに意識を集中させる。この落ち葉を先ほどのような硬いもの変化させる。

 

魔術回路をフルに稼働させ、そのイメージを探す。

 

「(硬いもの……鉄……ううん、ダメだ。単純過ぎるイメージじゃダメなんだ。もっと複雑に……そして自分が分かりやすい……硬く……頑丈に……そう言えば、忍術は魔術のダウンロード版って赤司くんは言ってた。と言うことはご先祖様も魔術が使えたのかな?……魔術……忍術……忍者……クナイ……?)」

 

 

バチンッ!

 

 

「きゃっ!」

 

「常陸っ!」

 

突如、落ち葉が弾け驚いた常陸が尻もちをつく。

 

「大丈夫か?」

 

いてて…と尻をさする茉子に手を差し伸ばす雪斗。しかし彼女は何か考え込む。

 

「今……一瞬……」

 

「イメージが掴めそうか?」

 

「なんとなく……」

 

「なら、忘れないうちにもう1回だ。」

 

そうして、雪斗の手を取り立ち上がった茉子は別の落ち葉を手に取り、意識を集中させる。

 

先ほどのイメージをもう一度思い浮かべる。

 

「(そうだ……無理に葉っぱの材質を変えるんじゃなくて、別の何かに置き換えれば……1番分かりやすいのは……クナイ!)」

 

イメージが出来た。後はそれを承認させるために申請(呪文)をせねば。しかし、まだそのワードは出て来ない。

 

ならいっそのこと単純に

 

「えっと……強化!」

 

茉子が唱えた瞬間、彼女回路から落ち葉に魔力が流れるのを感じる。すると、持っていた落ち葉に違和感を感じる。

 

落ち葉の柔らさはなくなり、代わりに硬い感触を感じる。それは先ほど雪斗が持っていた落ち葉に似た感触だった。

 

「よし、試しに投げてみろ。」

 

雪斗に言われ、いつもクナイを投げている要領で木に目掛けて投げた。

 

 

カツンッ!

 

 

「あれっ?」

 

確かに落ち葉は落ちず真っ直ぐ木に向かって飛んだ。

 

しかし、刺さることはなく弾かれて落ちてしまった。

 

「まだ強度が足りなかったな。だが良い調子だ。そのイメージを保って、今度は強度を上げる事に専念してみろ。」

 

「はいっ!」

 

それから2人は、日が沈む時間ギリギリまでひたすら落ち葉を拾っては、強度をし、投げて、また落ち葉を拾ってを繰り返した。

 

 

 

 

 

それから早数日後 

 

健実神社 将臣用の部屋

 

 

将臣、芳乃、茉子。3人はそれぞれの師からの教えを受け着々と成長していた。

 

そして今日も朝から将臣は玄十朗との朝稽古がある。

 

その為、ムラサメは新しく日課となった将臣の上に乗っかり、彼を起こしに来た。

 

「ご~主~人!さっさと起きんか!鍛錬に遅れ~る~ぞ~!お~き~ろ~!」

 

「うう……」

 

しかし朝早くであるからか、中々布団から起きようとしない将臣。いや───

 

「あの鍛錬……すっげー……キツい……手加減も何も無いよ……しくしく……」

 

───単純に出たくないだけかもしれない。

 

「お、おお……唸り声ではなく泣き声が出て来たか……さすがに我が輩もドン引きじゃ……」

 

「だって、準備運動の素振りだけでも軽く1時間は過ぎるし……切り返しや打ち合いなんかで2時間近く……真剣を使っての素振りがまた1時間半ぐらい……思い出しただけで……うぇぷっ……」

 

本人は加減しているつもりだろうが、将臣にとってはスーパーハードな特訓になっている。

 

だが、そんな言い訳が祟り神に通じる道理は無い。

 

雪斗に特訓を受けろと言われた時点で、覚悟はしていた。ここまでとは想定していなかったが。(因みに雪斗は予想していました)

 

「よしっ!……起きるかっ!」

 

「おお!その息じゃ、ご主人!」

 

ヒョイッと、将臣の上から下りる彼女。

 

霊体の筈なのに、心なしか、彼女が乗っていた腹に重みを感じた。

 

「(不思議だよな~……)」

 

 

 

芳乃達にバレないように、神社を出て玄十朗の待つ公民館へと向かった。

 

「来たか、将臣。」

 

「おはよう、祖父ちゃん。今日もよろしくお願いします!」

 

「うむ、おはよう。今日は1人、稽古に参加する者がいる。」

 

「えっ?」

 

するとそこに、運動着姿の雪斗が道場に入ってきた。

 

「あれっ、雪斗?」

 

「おはよう、将臣。ちょっとお前の様子が見たくてな。今日だけ参加させて貰ったんだ。」

 

勿論、玄十朗には雪斗自身が魔術師である事は少し話しており、将臣が特訓をする事になった経緯も話してある。

 

「まあ、俺の事は気にせずいつも通りにやってくれ。」

 

「お、おう。」

 

「よし、ではまずいつもの縄跳びから。その後はシャトルランだ。」

 

「はいっ!」

 

そして将臣は渡された縄跳びでいつものトレーニングを始めた。

 

雪斗も準備運動をしながら玄十朗に最近の将臣の調子を聞いた。

 

「うむ。まだまだ……と言ったところか。だが逃げず、真剣に取り組む姿勢があって儂も嬉しいかぎりだ。」

 

「それはなによりだ……」

 

「それと、お前には感謝している。祟り神の事や、今回の将臣の事。」

 

「別にお礼を言われるほどじゃないですよ。俺も……俺の目的が……(ボソッ)」

 

「ん?なんじゃ?」

 

「いえ、何でも。オーイ将臣。縄跳び終わったらシャトルランで勝負するか?」

 

「よっしゃ!望むところだ!」

 

 

 

そして、勝負の結果は将臣は72、雪斗は117で雪斗の圧勝となった。

 

「ま……マジっすか……」

 

「普段から鍛えてるからな。魔術師は体が基本なんだよ。」

 

近頃の魔術師たちは研究ばかりで疎かにするヤツらが多すぎる。困ったものだと、呆れる雪斗であった。

 

 

 

そうしていつものトレーニングを終えた将臣は直ぐさま神社へと戻ろうとしたが、足腰がパンパンで中々足が進まない。

 

「うぐっ……ヤッパ、キツいな……」

 

「なら送ってやろうか?」

 

そこに、運動着から制服に着替えた雪斗が将臣の前でしゃがみ込む。

 

「えっと……」

 

「おぶるからさっさと乗れ」

 

「けど……」

 

雪斗もさっきまで将臣に負けないくらいトレーニングをしていたはず。

 

それなのに申し訳ないような。

 

「言っただろう。普段から鍛えてるから問題無い。それに、俺には()()があるからな。」

 

()()が気になるが、ここは雪斗の好意に甘えさせて貰うことにした。

 

将臣を背に乗せ、しっかり体に掴ませる。そして、将臣の足を固定させ

 

「それじゃ、舌噛むなよ。」

 

「えっ、なんで───」

 

回路起動(オン)脚部強化(ブースト)認識付加(インビシブル)破裂(フレア)!」

 

 

バンッ!

 

 

「のわっ!?」

 

突如足元で爆竹が破裂したような音がしたと思ったら、一気に雪斗の体は跳び上がり、将臣の視界は一気に高くなった。

 

「なななななななななんだーーっ!?」

 

「黙ってろ、舌噛むぞ。」

 

 

タッ!  タッ!  タッ!

 

 

飛び上がった雪斗は、幾つもの住居の屋根を足場に飛び跳ねて行き、あっという間に健実神社に到着した。

 

「よし到着。」

 

「………………」

 

なんて事ないような顔をする雪斗に対し、将臣の方は口をポカンと開けた顔になっていた。

 

「どうだった、赤司タクシーの乗り心地は?」

 

「……絶叫マシンかと思った……」

 

「そりゃよかった。」

 

そう言いながら、まるでいたずらに成功した子供のように笑う雪斗であった。

 

「えっと……今のが魔術か?」

 

「基本的で簡単なものばかりだけどな。」

 

まずは魔術回路を起動させ、自分の脚部中心に強化の魔術を。次に、一般人に見られないように、自分たち中心に認識させにくい結界を張り。最後に足元に魔力を集中し、破裂させ、その勢いで飛び上がったのだ。

 

ほとんどの魔術師なら出来るものばかりだ。

 

「へぇ~……常陸さんも出来るのか?」

 

「上達ぶりは良いが、魔術師としても忍者としてもまだまだだからな~。」

 

「一言余計です。」

 

「「えっ?」」

 

振り返ると、いつの間にか茉子が玄関の前に立っていた。

 

制服の上にエプロンを着て、片手にはおたまを持っていた。

 

「ひ、常陸さんっ?い、いつの間にっ!?」

 

「これでも、()()、ですから!」

 

『忍者』の部分を強調しながら言う彼女。声からどこか不機嫌そうな感じがする。

 

「朝ごはんの支度をしてたら玄関に気配を感じたんで見に来たんですよ。こんなところで何やってるですか?」

 

「あっ、いや、その……」

 

素直に玄十朗との朝稽古をしていた。と言えば良いのに、何故か言いにくそうだった。

 

どうやら将臣は、茉子や芳乃には玄十朗との朝夕の特訓の事は内緒にしたいらしい。

 

そこで雪斗は

 

「おい、将臣。さっさと着替えて、支度しないと遅刻するぞ。」

 

「あっ!そうだ!それじゃ常陸さん、また後で!」

 

それだけ言い残し、ピューと部屋へと向かって行った。

 

そして、残った雪斗と茉子の2人。

 

「やっぱり、まだまだですか……」

 

「ん?」

 

何の事か、と聞こうとした時、先ほど自分が言った事を思い出す。

 

「ま、自分だって分かってますけど……」

 

少し声のトーンが下がり、俯く茉子。彼女のクセ毛もショボンとしているように見える。

 

それを見た雪斗は、彼女の頭に手を置き、撫でながら彼女の目線に合わせる。

 

 

ナデナデ…

 

 

「当たり前だ。そう簡単に一人前になれるなら、この世は魔術師だらけだ。それが出来ないからこそ、魔術って言うのはものすごい技術って事だ。俺だって始めて直ぐに一人前なれた訳じゃない。今だってまだまだ半人前だと思ってる。だからな、一緒に頑張っていこうぜ。お前には俺以上に飲み込みが早い。自信を持て。」

 

「明司くん……」

 

「お前が、世界初の忍者魔術師になれる日は案外近いかもな?」

 

茉子の頭を撫でながらニコリと笑う雪斗。その笑顔に彼女の心は満たされるように心地よくなる。

 

「そんじゃ、俺は先に学院に行くわ。」

 

「あっ……」

 

スゥと、茉子の頭を撫でていた手が離れると茉子は慌ててその手を掴む。

 

「ん?どうした常陸?」

 

「///あっ……えっと……あ、朝ごはん!明司くんも朝ごはん、いかがですか!」

 

顔を赤らめ、慌てながら雪斗を朝食に誘う。

 

けれど彼は公民館に行く前に、おにぎりを4つほど食べている。朝食は必要無いが

 

「ダメですよ明司くん!朝食は一日を過ごすためには必要なものなんですから。キチンと取らないと赤司くんが困るんですよ?」

 

「いや、俺まで一緒になったら支度するお前が大変だろう?」

 

「なら、明司くん手伝って下さいよ。」

 

「師匠に朝食手伝わせるのかよ……」

 

「今は魔術の修行じゃないですからね~」

 

ハァ~とため息をつく雪斗。こうなったら仕方ないかと茉子の提案を受けることにした。

 

「そんじゃ、さっさとやるぞ常陸。」

 

靴を脱いで朝武邸に入って行く雪斗。

 

その後ろで、先ほどまで撫でられていた自分の頭をそっと触れる。

 

父親に撫でられた事は多少あるが、他の、同級生に、そしてたまに口喧嘩する相手に撫でられたのは始めてだった。

 

けれど、そのぬくもりはとても心地よく、思い出すと、顔が熱くなる。

 

「///……変だな……わたし……」

 

確かに変だ。

 

さっき手を掴んだ時も、本当はもっと────

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。