千恋*英録 作:エクスカリバー!!
『守りたいもの』
月が照らす夜道を1人歩き続ける雪斗。
その表情は曇っていた。
理由は明白。将臣たちに過去を話したからだ。
英霊の力を見られた以上、知って貰うしかないが、やはり気分が良いものでは無い。
ソロ~リ……
まだ話していない事が少しあるが、それでもやはり嫌だった。
本当は知られたく無かった。
自分の正体を。自分の過去を。
ソロ~リ……
このまま彼らには知られず、唯の友達で有り続けたかった。
だが、そうもいかない。
少なからず祟り神と関わるなら、将臣たちに全てを話さなければならないのだ。
ソロ~リ……
果たして明日から、どんな顔で会えば良いのか。
今からでも気が重くなる。
スゥ……
「あまいっ!」
ベシッ!
「あ痛っ!?」
先ほどから背後に感じる邪気にいつものチョップを食らわす。
「もぉー、女の子に手を出すなんて、最低ですよ?」
頭を擦りながら、ブゥーと抗議の視線を送る茉子。
「毎度毎度しつこく眼帯を狙うアホに言われたくない。」
ジィーと視線を送り返すと、あはっ♪と誤魔化す。
いつもの、当たり前のやり取り。
だが────
「くだらない事してないでサッサと帰れよ」
「あっ……」
今の雪斗には、煩わしかった。
早く帰って、布団にくるんで寝ようと足を進めようとした時───
グイ……
「ん?」
僅かに抵抗を感じる。
原因は茉子が雪斗の服の端を掴んでいたからだ。
「あの……一緒に帰りませんか……?」
いつもの彼女らしからぬ弱々しい声。
まるで、何かに怯えているような。
「……分かった。」
雪斗自身、サッサと帰りたかったが、放っておく事が出来ず、了承してしまう。
どうせ家の方向は一緒。彼女の方が少し遠いが構わなかった。
「………………」
「………………」
茉子と帰り始めてから数分、服から手を離さない茉子との間に沈黙が続く。
「………………おい、家政婦くノ一。」
「………………なんですか?」
やはり、おかしい。いつもなら言い返すはずが反応が無い。
ずっと手を離さず、顔を俯いたままだ。
「俺の過去がそんなにショックか?」
「………………」
返事が無い。
「別に同情して欲しくて話した訳じゃ無い。もう過ぎ去った事だ。」
「………………」
反応が無い。となると
「…………英霊の力が怖かったのか?」
「……はい」
まあ、無理も無い。英霊の力はその気になれば国の一つを相手取れる程のものだ。
怖がるな、と言うのが無理な話だ。
将臣たちが苦戦しかけたあの祟り神をあっさり倒した雪斗に恐怖を覚えるのも納得出来る。
なら、何故彼女は雪斗と帰りたがったのか?
「朝武から化け物の監視でも命じられたか?」
「明司君が化け物並に腹黒い事は知ってます。」
「てめぇ……」
「芳乃様からは特に何も……ただ、私が一緒に居たかっただけです。」
「?俺の力が怖いんじゃないのか?」
「怖いです。でも……一番は明司君が
「………………」
茉子の言うことには覚えがある。
雪斗自身も、英霊を宿した当時は自分の存在が分からなかった。
◇◇◇◇◇◇◇
鏡を見たとき、こんな顔してたっけ?と思ったのが始めだった。
自宅は全焼したので、叔父の家にあったアルバムと自分の顔を見比べた。
一見、同じ顔だが雪斗自身は別人に見えてしまう。
それから、他人からの視線が怖くなった。
特に自分を知る者たちからのが。
彼らの目に写っているのは、『明司雪斗』なのか?
それとも、『英霊』の方か?
感情さえも分からなくなってしまった。
この感情は、考えは、意思は自分の物か?
だんだん自分が自分で無くなってしまう恐怖を味わっていた。
それは穂織に来てからも続いていた。
学校に来ても、友達作りなど出来なかった。
そんなとき────
スゥ……
「ん?」
背後に邪気を感じ取ったので、手で払うと
「あれま?バレてしまいましたか?」
頭にピョコッとクセ毛の目立つ少女が立っていた。
「何……?」
「いえいえ、転校してきたばかりの人に、このお優しい常陸さんが案内しようかと?」
「その前に、何しようとした?」
「単純に眼帯を狙っただけですけど?」
「単純に狙うな。」
なんだ、この馴れ馴れしい奴は……
そんな事を感じる雪斗。
とにかく、他人と関わりたくなかった雪斗は断ろうとした時────
「さあ、行きましょうか……えっと……お名前なんでしたっけ?」
変なちょっかい出しておいて、転校生の名前を忘れるのか?
「雪斗……『明司雪斗』だ……」
ふと、自然に出た名前。
それは英霊の真名では無く、紛れもなく、正真正銘、彼の、雪斗の名前だ。
強大な力を宿し、その力を振るっても、それは全て明司雪斗という自身が為すことなのだ。
彼では無い。
ありがとう……あの時、その彼女に感謝した。
彼女の方は、何の事やら?と分からないようだったが、それでいい。
彼女のお陰でもう雪斗は迷わずに済むのだから。
◇◇◇◇◇◇◇
「だから、俺は戦える。お前が……俺を俺だと気付かせてくれたから。穂織の人達が俺を、『明司雪斗』を認めてくれたから。」
ならば、戦おう。守りたいものが、確かにここにあるのだから。
そうこうしている間に、明司邸の前に着いた。
門を開けて、中に入ろうとした時
「いなくなったりしない?」
背後から聞こえるその問いに、雪斗は
「安心しろ。今のところその予定は無い。もしそうなった時は、ちゃんと挨拶に行ってやるから。そん時は盛大なお別れパーティーを期待する。」
「あはっ、そんな人には寄せ書きだけで充分ですよ。」
そう言い、茉子は自身の家の方向へ向き
「では、また明日」
「ああ、また明日」
それから、自室に戻って布団に寝転がった雪斗は、あっという間に眠りについた。
その夜は、久々に何の夢も見ずにぐっすり眠れた。