誰彼ヒーロー   作:どうしようもない

6 / 18
章を追加しました。一応この物語の大きな伏線部分です。


少女

「天下の雄英も他愛ないね」

 

「壊せたんですか」

 

 暗く、淀んだバーで黒霧と死柄木は言葉を交わす。

 

「ああ、ちょっと見てたらマスコミがわらわらと」

 

「そう言う輩ですからね」

 

 何かを握っては離す様な仕草を繰り返しながら、死柄木はふと全く別の空間に繋がってしまったバー奥の扉を見た。

 

()()。どう思う」

 

 死柄木はその扉を凝視しながら、呟いた。

 

「個性は、確か「巻き戻し」。発動型の中でも類を見ない特殊な個性ですし、価値はあると思います」

 

「いやぁ……どうにも、キナ臭い」

 

 黒霧は彼の少年、ヨルと名乗ったあの人物をどちらかと言えばかなり好意的に捉えている。自分の個性に酔っている訳でも無ければ、命令をこなすだけの人形になるつもりも無い様に見える。

 それは、つまり高性能の自動人形(オートマタ)が一つ駒に加わったと捉える事も出来る。見たところ、あちらもこちらの目的を理解し始めているようで、上手く利用できればあの少年程、鬼札になるカードもそうない。

 

 黒霧は、てっきり死柄木もそう考えているものかと思っていたが、そうではないらしい。確かに、信用するには早計だが、利用する、という選択においては同意見だと疑わなかった黒霧は死柄木の発言に多少の驚きがあっても、それを声に出す事は無かった。

 

「まぁ、雄英の襲撃もあるし、今はそっちだ」

 

「ええ、そうですね。脳無でしたか? あれもこちらに渡して頂けるようですし」

 

「有象無象は適当になげときゃ邪魔にならない。ああ、楽しみだ。ラスボス戦が初陣だよ」

 

 夜が更けていく。

 黒霧と、死柄木はその夜に溶け込む様に一言二言、言葉を積み重ねた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「3日後、雄英を襲撃する。お前は山岳ゾーン担当だ」

 

 早朝、適当なものを口に入れながらバーに向かうと、死柄木はヨルにそう言った。

 その内容は飲み込むにはあまりに唐突過ぎて、食べていたパンが喉に詰まり、思い切り咳き込む。それを見た死柄木はあからさまに嫌な感情をヨルに向けたが、それ以上の衝撃がヨルの中には巻き起こっていた為、それに気付く事は無かった。

 

「襲撃? 雄英を、一週間後? 分担するのか。どうやって? 算段はどうなってる?」

 

 あまりの唐突さに疑問が渋滞を起こす。

 死柄木はそれに嫌気が差したのか、黒霧に一度視線を向ける。すると先程まで、グラスを静かに磨いていた黒霧がそのグラスを置き、ヨルに向かって言葉を並べだした。

 

「襲撃するのは、簡単に言えば雄英の災害演習施設です。倒壊、水難、火災、土砂などのゾーンがありますが、そのうちの一つ山岳を担当してもらいます。貴方の他にもかなりの数、襲撃に参加しますので、そこまで心配はいらないかと。襲撃手段は私の個性「ワープゲート」での一斉ワープで行います」

 

 その後の質問には死柄木は答えようとしなかった。黒霧は奥に引っ込んでしまったし、情報は得られそうにない。しかし、思わぬ機会でチャンスが転がり込んだ。ヨルは静かに笑みを浮かべ、朝の街に繰り出した。

 

 

 

 

 

 少し遠くで建物が倒壊している。

 近づいていくとヴィランとヒーローが戦闘をしているのが見えた。ヨルはその一つ一つを静かに、それでいて冷静に観察し、考察していく。

 

「ヒーローは、シンリンカムイ。ヴィランは……変形型か?」

 

 ヒーロー、シンリンカムイが技を繰り出し、拘束してもヴィラン側は拘束された途端に体が突然収縮したり、逆に化け物の様な巨体になったりとシンリンカムイは中々に苦戦を強いられている様だ。

 ヨルは暫くその戦闘を見ていたが、結局ヴィランが集まりだしたヒーローに集団戦闘に持ち込まれ、そのままなし崩し的に戦闘不能まで追い込まれていた。

 

 ヴィランにはこれがある。

 人の目が多いところで戦うと、時間が経つにつれ、不利になっていく数的差分。それがあるからヴィランは長期戦に向かないし、好めない。

 

 ヨルはポケットのスタンガンを優しく撫でながら、昨日とは違う道を歩いた。まだ、朝早いからほとんどの店は開いておらず、人も少ない。閑散とした路地を少し速足で歩いていると、不意に座り込んでいる()()と目が合って──、

 

「……あ」

 

「え」

 

 小さく声に出したのが失敗だったと、ヨルは直ぐに後悔した。

 なにせ、昨日の今日。どうしてまだいるのか、と疑問に思うのは当然で、寧ろその疑問を抱かない方が不自然というもので。

 

 ヨルは何故か、どうして、昨日助けたばかりの少女と偶然の再会を果たしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 気まずい沈黙が二人を包む。

 どうしてこんな事に。そんな後悔がヨルの脳裏に過るが、そんなの全てたらればだと自らを叱責する。どう切り出したものか、いっそ何事も無かったかのように歩きだそうか、とヨルがその行動を起こそうと一歩踏み出す直前、遂に少女から会話の火蓋が切って落とされた。

 

「えっと、昨日は助けていただいてありがとうございます……」

 

「あー、別に」

 

 少女からの言葉をヨルは適当に返す。と言っても、他にどう返せばいいかが分からないからこその返答であり、ヨルはその辺の知識はほぼ無いに等しい。

 この沈黙をどう処理したらいいのか、とヨルが辟易していると、

 

 

 ぐぅ~

 

 

 と、可愛らしい音が二人の間に響き渡った。

 ヨルは何事か、と一瞬視線だけを張り巡らせるが、特に変化は無い。何の音か分からないまま、ヨルは再び少女の顔を見ると、少女は茹蛸のように赤面し、俯いている。

 

 そこでヨルはやっと先程の音の正体に気付く。

 

「あ、腹の音」

 

「い、言わないでください……」

 

 震えた声が少女の口から洩れた。

 

 

 




ヨルは一度オール・フォー・ワンと出会った際、彼にワープ能力を使われています。体から血みたいのが出てくるあれです。

評価、感想、お気に入り登録ありがとうございます。
一つ一つが投稿意欲に繋がります。頑張ります。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。