思い出すのは彼女の住むアパートの一室。初夏の風がレースのカーテンを踊らせる。床に寝転がる彼女の髪も、サラサラと撫で付けられていて。私も触ってみたくなったから、その薄い色素の中に指を落とした。お前はハーフなんだっけ。日本人離れした透明の髪の毛がキラキラと指の間をすり抜けて、床に散らばった。
「ねえ、蓮華。恋と依存の違いはなんだと思う?」
床に寝転んだまま、彼女がそうやって微笑んだから、私は内心ドキリとした。
私の回答なんか端から期待してなかったのか、それとも、自分で出した答えを聞かせたかっただけなのか、彼女はそのまま続けて話す。
「わたしはね、わたし達がしてることが依存で、外を歩く普通の男女がしていることが恋だと思うの」
今度は胸がじくりと痛むような感じがした。勿論、彼女が私を傷付けたくてこんなことを言い出したわけではないことを知っている。でも、傷付く、というのはこちらの受け取り方次第だ。彼女にその気がなくとも、私の心が痛みを嘆いているのだ。
私は少しだけ微笑んでみせたが、悲痛は微塵も隠せてはいなかっただろう。
「私の気持ちを否定されているようで、なんだか寂しい言い方だなあ」
彼女は床に腕をついて、体を僅かにもたげる。青い双眸に私が映っていた。
「だって、そうでしょう? 蓮華はわたしが寂しくないように側にいてくれるだけ。わたしのひとりぼっちを壊してくれるだけだもん」
私は左耳の上につけた自分の髪飾りに触れた。真っ赤な椿の髪飾り。これは、彼女がくれたものだった。それから手を伸ばして、彼女の頭部に触れる。彼女の右耳の上、青い花の髪飾りがついている。勿忘草。私が彼女を想って贈った花だ。私達は互いに花を贈りあった。花言葉にメッセージを込めて。私からは、片時も私のことを「忘れないで」と。彼女からは──意味は、まだ聞いていない。
「花を贈った意味、わかってるんでしょ」
髪飾りから手を放すと、私は彼女の頬を指先でなぞる。
「私は、1秒たりともお前を忘れはしない。お前が私を忘れないでいる限りは」
彼女は少し目を細めた後に、私の手を軽く振り払った。
「それが、依存だっていうんだよ」
それから彼女は立ち上がって、自分の髪飾りに触れる。
「なんで。私はこんなに、お前のことあいしてるのに」
私の声なんて聞かないふりして、彼女は勿忘草の髪飾りを外してしまうと、私に差し出してきた。一度貰ったものを、贈り主に渡す。それは、“返す”という意味だ。直感的に悟ったけれど、理由がわからないから、私はそれを受け取ることもできないで。
「ね、別れよう。わたしには、わかんないの。蓮華の気持ち」
私が受け取ろうとしないから、彼女は何も言わずに私の膝の上に髪飾りを置いた。
「恋っていうのはさ、男の子と女の子でするものだよ。蓮華の気持ちが依存じゃないならなんなの? わたしには、わからない」
わからないから、別れよう。
好き。あいしてる。こんなに、こんなに好きなのに。中学一年生の彼女には、理解されなかった。
私だって、きっと理解していなかった。この感情の答え。だから、もう自分の気持ちを表に出すことを、諦めてしまったのだ。
中学生にして知った青春の痛みは、卒業しても忘れられそうも無くて。
大きくなった私は、敢えて少し遠い高校に入学した。星花女子学園という場所だ。彼女と同じ高校にだけは行きたくなかったのだ。