FAIRYTAIL十字界   作:Nという

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第二話 ようこそ赤バラさん

 

「戻ったよ。急にすまなかった」

 

元いた街の元いた家。小さくはないが、屋敷と表現できるような大きさのない家。

ストラウスはその家の戸を叩き、中の返事を聞いてから中に入る。

「あらお帰りなさい」

青色の髪を腰まで伸ばした女性が赤子を抱きながらストラウスを出迎える。

お帰りなさいといわれてストラウスは照れるように頬をかいた。彼女は人がよすぎる。着の身着のままで異世界に来たストラウスを拾い、衣食住を提供してくれている。それだけでなく暖かく迎えてくれる。

「何事もなかっただろうか」

おそらくあの竜はこの街の上空を通ったはずだ。空から見た限りでは街に被害はなく混乱も起きていなかったが、高い視点では気づけないことがこの世には山ほどある。

 

「いいえ。しいて言うなら強風が吹きましたが、それも一瞬でしたから。何も壊れていませんし」

「そうか。ならいいんだ。これは出かけたついでに買ってきたものだ。役に立ててくれ」

「ありがとう。あらこんなに重たいものまで……手で持ってきたんですか?」

「いや、軽かったよ」

 

手ぶらで帰るのも悪いと思い、色々と買ってきた。滞在して数日、はっきりと言われてはいないがこの家には男手がない。ストラウスの借りている男物の靴や衣服は彼女はわざわざ家の奥からこれらを引っ張り出して貸し与えてくれたものだ。聞かずとも察せられる。

世話になっている分、働いて恩を返していこうと思っているところだ。

買ってきたものを片付ている間に、女性が紅茶を用意してくれた。紅茶の味は世界が変わっても変わらない。懐かしい味と香りに少し和んだ。

「明日は壊れた柵を修理するよ」

「まぁ、ありがとう。でもいいのよ、気にしないで」

「ただ飯を食うわけにもいかないから好きにやらせてくれ。あぁ、その子は私がみていようか」

女性の手から赤子を受け取る。娘を二人育てたが、彼女たちは養女のようなもので二人とも10歳前後から面倒をみていた。だから本当の赤子を抱いたのはこの世界に来てからだ。小さくて柔らかいぬくもりがストラウスの腕におさまる。赤子のぬくもりに色々と考えてしまいそうになるのを堪える。千年以上前の感傷は、今は置いておこう。

 

(いつここを出ていこうか。恩をかえしてからと言い聞かせていつまでもいるわけにはいかない)

自分のような存在が一般家庭に長く居座るべきではない。情報をある程度集め、整理しただ出ていくべきだ。

異世界の存在故にヴァンパイアの王がどれほど力を持っているのか誰一人として知らない。穏やかに暮らせる可能性はある。けれど、力を持つものは必ず争いを引き寄せる。だからこそ孤独に歩かなければならない。

頭ではもちろんわかっている。

しかしこの家にはストラウスを引き留める理由がある。

ひどく感傷的で、未練たらしい理由だ。だからこそ心が引きずられる。

 

ストラウスはこの世界に来た時を思い出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

頬に風を感じて、ローズレッド・ストラウスは意識を覚醒させた。

自分が意識を覚醒させたことが信じられなかった。

「なぜ、生きている……」

己は50代目の黒鳥・比良坂花雪と全力で戦い、そして敗北し、死んだはずだ。

両掌を見つめ、貫かれたはずの胸の上を触ると、そこには穴などなく、見事に完治している。

生きているはずがない。自分は確かに死んだはずだ。

ブラック・スワンに負わされた傷は無意識に治せるものではない。それに花雪が見逃すというミスをするはずもない。彼女は覚悟を決めていた。なによりも1000年をかけて成長したブラック・スワンはストラウスを完全に凌駕している。

自分が生き延びる可能性などない。

だが生きている。仰向けに倒れ、夜空を見上げている。

身を起こすのに痛みさえ伴わなかった。ストラウスはますます混乱した。

自分は生きているのか?それともここは死後の世界なのか。

空には現世と変わらず月が輝き、草木の香りが漂い、耳を澄ませば小さな動物の息遣いがする地獄にしてはのどかな世界。

立ち上がり、服についた土汚れを払う。

「私が落ちるにしては随分と平穏な地獄だ」

ステラと同じ場所にたどり着けるなどとは思っていない。ストラウスは死後の世界があるならば自分は地獄の、それも最下層にいくべきと思っている。

ともあれ、ここは死後の世界ではない。

つまり自分は何らかの理由により生き延びた。

そう結論をだしたストラウスの行動は早い。

あの戦いからどれほどの月日が経過したのか。最後の羽計画はどこまで進み、血族の月への移住は順調なのか。

自分が生きていることによる世界への影響。コンタクトを取るべきか、取らざるべきか。

王として考えるべきことの後に、二人の娘の顔が浮かんだ。彼女たちは元気にしているだろう。

(花雪は……難しいだろう。あの戦いで私を殺せなかった彼女を見限って、ブラック・スワンが食い殺している可能性が高い)

ストラウスが生きている、ということは黒鳥憑きの少女は死んだということ。

 

 

 

 

自身の魔力を使い、ストラウスは広範囲を探索する。探索だけを行うなら、1万キロ離れた場所から発射される核爆弾を探知できるのがこのヴァンパイアである。

街を超え、国を超え、大陸の一部さえもくまなく捜索し、血族の魔力、霊力を探す。

(なんだ、この地形は……待て、大陸の形が違う……⁉)

霊力は探知できなかった。魔力の反応は大から小まで数多に存在することにも驚いたが、それ以上に驚愕したのは探知した大陸の形がストラウスの知るどの大陸にも当てはまらなかったことだ。

世界中を旅していたストラウスの頭の中には精巧な地図が入っている。山脈の位置、高さ、河川の数、距離、海岸の形……何を見ても当てはまるものはない。

魔力の探知数も異常だ。魔力を持つものはヴァンパイアとその血族であるダムピールのみだがあきらかに血族の人口よりも多い。桁が違いすぎる。

また血の濃さにより魔力の強さは変わるが、ストラウスの今の探索ではダムピールほど強大な魔力は見つからず、逆に小規模のものばかりが見つかった。

地殻変動が起きたのか、それならばどれくらいの時間をストラウスは眠っていたのか。

さまざまな説を並べるが、魔力による探索では情報が乏しい

(すべては憶測の域をでない。ならばまずは)

すぐ近くに街の明かりが見える。さきほどの探索でも多少の魔力の反応があった街だ。

「情報収集といくか」

幸いにも服は着ている。宇宙人との戦いでは無傷だった鎧はブラック・スワンとの死闘で砕けちったのか、残骸さえ残っていない。マントもない状態だが現代の人間社会において鎧とマント姿では警察に通報されるのが関の山なので魔力で生み出さなかった。

飛んでしまうと、地上の変化に気づけないと思いストラウスは歩いて街へ向かう。

 

 

たどり着いた街の様子はストラウスをさらに驚かせる。

ストラウスとしては街で何人かに話を聞き、ネットカフェなどでパソコンに触れられればいいと考えていた。

一般のパソコンでは物理的に接続不可能なデータベースも魔力を使えば接続できる。国家の機密情報を探れば、夜の一族たちがどうしているか知れると踏んでいたのだ。

 

その街では人々は見慣れぬ民族衣装を身にまとっている。

これはいい。長い時間で文化が変化したと理解できる。

問題なのは誰一人として携帯電話やタブレットなどの電子端末を保有しておらず、文明のレベルが明らかに逆行していることだ。電波やそれに代わる通信方法があるのか探ったがすべて空振り。

街中には一切、電線がはっておらず、車の姿はない。代わりに馬車がいたるところを走っている。

観光地として景観を守るためにあえて文明のレベルを落としているにしては、街全体が繁盛している様子はない。

(これはどういうことだ)

通行人に怪しまれないように街と国の名前を聞いたが、聞き覚えのないものだった。

なのに言葉は通じる。

 

街の看板の文字さえ読めない。見たこともなく、どの言語体系にも属しているかもわからなかった。

さらに暦さえ聞いたことのない単位だった。しかも暦が変わってから700年以上経過している。

ストラウスは申し訳なく思いながら、一家団欒の様子を覗き観察した。どこの家にも冷蔵庫や電子レンジ、テレビなどの家電は一つもない。暖炉を囲む親子の姿は微笑ましいが、50年以上は昔の光景だ。

文明の発達レベルのみで判断するなら自分の置かれている状況は、タイムスリップか。

いくらストラウスの魔力が星さえ砕くものでも、時間を超えられるはずがない。

だがあり得ないなんてことは存在しないのかもしれない。

自分はヴァンパイアで体感時間ではついさきほど地球を侵略しに来た宇宙人と戦ってきたと、何も知らぬ人間に話したところであり得ないと否定される。

それと同じだ。

ただ過去へのタイムスリップと判断するのは暦や大陸の形はストラウスの1300年以上の記憶には存在しない。

 

 

ストラウスは街を離れ、空を飛び、さらに大きな街へと向かった。

そこの文明レベルも前の街と同じであった。

さらに聞き込みを行い、星人フィオの襲来さえ歴史の中に残っていないことが分かった時、ストラウスの頭の中に一つの結論が出た。

 

 

異世界に近い平行世界。

 

 

あまりにも分岐点が離れていて異なる生態系、異なる文化、歴史を歩む星。

そもそもこの星は地球という名前ではないかもしれない。

世界を飛び回りながら探ったが血族の気配は一つもない。

最後にと、足を運んだ月面にはステラの墓さえなかった。

 

 

荒唐無稽だが信じるしかない。

自分はいま、異世界にいるのだと。

 

月から地球に戻ってきたとき、ストラウスは最初の街へと再び訪れていた。

行く場所が、ここしか思い当たらなかった。

公園という文化、ベンチという道具が異世界にあってよかったと、座りながらストラウスは一人考える。

 

ストラウスはヴァンパイアであり、星を砕く力を持つ魔人であるが……もはや夜の王ではない。

守るべき血族はこの世界にはいない。滅んでしまっているのではなく、最初から存在しない。

夜の国の残滓や痕跡はどこにもない。

60歳にして夜の国の大将軍を務め、300歳で夜の一族の王になったストラウスには背負うべきもの、守るべきものが常にあった。

常に国のため、血族のため、世界のために生きてきた男は、ここではじめて使命もなく義務も持たない身になった。

どうも自分が死んだのは間違いないがどういうわけか異世界にやってきたらしい。

ブラック・スワンが解放され、ステラとその娘の魂が解放されたならよかった。花雪も死ぬことなく、その生を謳歌しているはずだ。もう誰も死ぬことはない。

ここでストラウスは世界の敵になる必要はない。誰かを殺す必要も、ストラウスが死ぬ必要もない。

誰一人としてストラウスを知らないのだから……

 

 

「さて、私はどうしたらいいのか……君はどう思う、ステラ?」

頭上の月に問う。月には彼女の墓はないが、ステラはいつも月のようにストラウスを見守り、幸せを願ってくれる存在だから、彼女の面影を月に求めてしまう。

胸に穴が開いたような虚無感、悲しみとは異なる感情は、寂しさと困惑だ。そんなものが自分の内側にあることにストラウスは苦笑した。

「目的もなく、追うべき責務もないが……力だけは健在か」

息を吸うと、空気と一緒に大気中の魔力が体の中に入ってくる。目覚めたとき落ち着いて大気の分析をしていれば、ここが異世界だともっとはやくわかったはずだ。

この世界の大気には魔力が満ちている。地球との大きな違いだ。

地球の大気に魔力や霊力は一切含まれておらず、魔力または霊力は己の体内から生み出しまかなうものだ。

この世界では自然から魔力を吸収し蓄積することで人の身でも魔力が使える。代わりなのか、霊力を使う人間はいない。

 

 

ヴァンパイアは魔力を生み出し、人間は霊力を扱い、ダムピールは魔力と霊力の両方を併せ持つのがストラウスの常識だがこの世界では通用しない。

さて、大気に魔力のない世界で、己の内側の魔力だけで月と同じ大きさの宇宙船さえ壊せるヴァンパイアが、魔力豊富な世界へ転生するとではどうなるか。

答えはシンプル。純粋にパワーアップをする。

使用した魔力の回復は早くなり、放出した魔力が大気の魔力を巻き込み、威力があがる。

絶大な力をもっている自覚はあるが、この世界との相性がよすぎて跳ね上がってしまったのはストラウスの悩みとなった。

本気を出さなくても破壊をまき散らすのに、パワーアップをしても嬉しくない。たとえ臣民が一人もいない、見知らぬ世界でも、ストラウスは王の矜持として破壊者になるつもりはない。

「……この力の使いどころがあるはずだ」

この星に宇宙からの侵略者が来ないとは限らない。

魔法が文明として発展をしているようだが、武器や兵器は現代の地球に劣っている。この星では宇宙からの侵略者に、各国が足並みをそろえて立ち向かうことはできない。

だからこそストラウスが流れ着いたのかもしれない。

いざというときはこの星を守ろう。その時が来ても来なくても、まずは生きよう。

ストラウスが月に誓いをたてていると、誰かが近づいてきた。

魔力の探知などせずとも優れた武人であるストラウスは素人の足音にすぐに気づいたがあえて反応はしない。敵はこの世界にはいないし、ずっと公園のベンチにいる自分のほうが不審者だ。

 

 

「もし、さきほどから何か悩んでおられる様子ですが、大丈夫ですか。旅のお方でしょう。もしや宿が取れなかったのですか?」

柔らかな女性の声はこちらの身を案じていた。不信感を与えぬよう微笑みながらストラウスは彼女と目を合わせた。

「お気遣いありがとう、私は―――」

少し夜風にあたって考え事をしていただけです。大丈夫ですよ。

差しさわりのない言葉は、ストラウスの中で鉛のように重くなり出てこなくなった。

言葉が出てこない失態を犯すとは自身でも信じられない。

女性の顔はストラウスを頭の先からつま先まで凍りつかせた。

「アーデルハイト……」

「あら、顔色も悪いですね」

その女性は、ストラウスの2番目の妻、ヴァンパイア王家の血を引く純血の王妃アーデルハイトに瓜二つだった。違うところはアーデルハイトは月光のごとく金色の髪をしているが、目の前の彼女は海のような青色の長い髪であること。

 

 

ストラウスが最も愛したのはステラ・ヘイゼルバーグという女性だ。彼女が死に、ストラウスは再婚をした。

 

しかし、もう一人の妻のアーデルハイトを愛していなかったのかと聞かれたら答えは否だ。

 

彼女はストラウスに惜しみなく愛をささげてくれた。対して夫としてストラウスが返せたものはほとんどない。その生涯のほとんどを封印状態で過ごし、のちに血族の新天地を作り出すために全魔力を使って月をテラフォーミングし、その生涯を閉じてしまった。いや、ストラウスが閉ざしたのだ。自分の考えた計画を実行させるために。ひどい夫だ。

「よろしければ我が家で休んでいかれませんか?すぐ近くなんです。宿がないなら泊っていってもかまいませんよ」

ストラウスの心の瑕の一人と瓜二つの彼女はそう言ってストラウスの手を握った。

 

 

そうしてフラフラと彼女についていき、そのまま世話になっているありさまだ。

 

 

かつての一国の王が情けない有様だが、赤子を抱く死んだ妻に似た女性というものは想像するよりもはるかに心にくる。

追い打ちのように、彼女の名前はアデライードという。名前さえ縁がある。

運命が何か違えば、アーデルハイトはストラウスの子を宿したかもしれない。何かが違えばストラウスには息子ができていたかもしれない。そういった想像を掻き立てられる。腕の中の赤子は男児だった。

 

 

 

 

 

 




ブラックスワン=1000年以上前に生み出された霊的な寄生体で、ヴァンパイア王を殺すために作られたもの。黒い白鳥。

魔力の溢れる世界ってそんなところに転生したら赤バラさんもっと強くなっちゃうよ。

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