白坂小梅には双子の白坂梅乃がいた。小梅はアイドルにあこがれていて、梅乃は小梅にあこがれていた。

 というオリジナル設定。

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白坂小梅はアイドルになりたかった

 白坂小梅はかわいかった。ホラーが大好きで明るくて、いたずらっぽく笑う顔がとてもかわいかった。

 

「私……アイドルになりたいの。ホラー系アイドル。襲われるヒロインみたいな金髪にして、幽霊みたいにクマ作って、怖いゾンビみたいにピアス開けたい……っ」

 脳がとろけるような甘いボイスで、白坂小梅はささやくのだった。幽霊も殺せそうなくらいかわいい声だった。

 

「生きてる人間と、幽霊やゾンビ。みーんなと一緒に、ライブするの……。きっと、とっても楽しいよ?」

 

 小梅は笑う。その姿はもはや本物のアイドルと変わりない愛らしさにもかかわらず、恐ろしいオカルトオーラも出していた。

 

「小梅ちゃんなら……できるよ。私、応援する」

 私は精一杯の笑顔で伝えた。ああでも、白坂小梅のようにかわいく笑えない。すごくぎこちなくて、まるでブリキのよう。これじゃあアイドルどころか一般人レベルもあやしい。

 

「梅乃ちゃんもアイドルに、なろう?ホラーが苦手なら……ホラー系じゃなくても、いいんだよ?」

 

 白坂小梅はそんな誘いをしてくれる。気を使わなくてもいいのに。白坂小梅はとても優しい。

 

 世界で白坂小梅だけが、私を人間扱いしてくれる。私に優しさをくれる。だから私は白坂梅乃でいられる。

 白坂小梅と一卵性の双子にも関わらず、中身が全然違う私を。オバケみたいに暗い私を。白坂小梅は白坂梅乃を認めてくれる。

 

「私はアイドルにならないよ……。人と話すの、苦手だから……。でもね、嬉しいよ。ありがとう」

 白坂小梅にお礼を言う。白坂小梅がいなければ、私は死んでしまうだろう。

 

 そう。だから私は、白坂梅乃は死んだんだ。

 

♦︎

 

 夕暮れ時。人と魔が交差する時間。白坂小梅なら「楽しいよ」って言って、幽霊と一緒にワルツを踊るだろう。

 

 それぐらい不気味な夕方だった。

 

 踏切の音、突き飛ばされる身体、誰かの悲鳴、怒鳴り声、笑い声、ブレーキの音、助けを求める声。

 

 血しぶき。夕焼けがもっと真っ赤になって綺麗。血と空が混じり合って、酸化して黒くなる。やがて鉄臭い夜が来て、パトカーと救急車が踊り狂う。

 

 そう。思わず踊り出したくなるくらい、悲しい夜だった。

 

 気がつけば私は白い部屋に寝かされていた。消毒液の匂いが鼻につく。

 真っ白なシーツにおぼれて息ができなくなる。私を縛りつける白い包帯をほどきたい。いや、縛られてなんかない。単純に動かない。

 

 傷だらけの身体で、私、白坂梅乃は待った。白坂小梅が笑顔で現れてくれることをひたすら待った。

 

 やがて病室に入ってきたのは両親だった。

 

「良かった、生きてるっ」

 両親は入ってくるなり、私を抱きしめた。

 正直驚いた。親は私に冷たかった。虐待などはしないものの、私みたいな暗い子に嫌気がさしているのが見え見えだった。

 

「本当に良かった」

 こんなに優しい気持ちをこの人たちにぶつけられたのは初めてである。少し感動した。普段冷たかったけれど、本当は愛してくれていたのだろうか?

 

「ボロボロだけれど、生きていて良かった。小梅」

 

 ……。

 

「二人が事故にあったって聞いて本当に怖かった」

「子どもを失うんじゃないかって」

「でも良かった」

「小梅が生きていた」

「梅乃は死んだけれど、小梅が生きていたならそれでいい」

「梅乃、ありがとう。小梅の代わりに死んでくれて」

「梅乃、だめな子だと思っていたけれど、最期に良い仕事をしてくれたよ」

「梅乃は盾になった」

「梅乃は死ぬために生まれてきた」

「小梅を生かすために」

「小梅のために」

「死ぬために」

 

 両親は心の底から喜んでいた。両親は子どもを、小梅を愛していた。白坂小梅が生きていることを求めていた。

 梅乃という存在は、いらなかった。

 

「……」

 私は話そうとした。私の名前を伝えようとした。

 けれどできなかった。こんなに喜んでいる人達を幻滅させるようなこと、誰ができるだろう。最愛の子どもを失っただなんて真実を話すことが、誰にできるというのか。

 私にはできなかった。私は両親に笑顔でいて欲しかった。

 

 白坂小梅の笑顔を思い出せ。あの天使のような笑顔を思い浮かべろ。ちょっぴりいたずらチックでキュートな微笑みを模倣しろ。コピーしろ。ペーストしろ。

 あたかも本物の白坂小梅みたいに、この世のものではないくらいかわいく微笑め。そして言え。

 

「……ありがとう」

 そう伝えると、両親は感動して笑顔で泣き出した。とても麗しい愛あふれる風景だ。ああ、愛で温かい。きっとここはとても心地よいはずだ。

 

 私、白坂小梅はひどく冷たい目でそいつらを見つめていた。

 

♦︎

 

 ケガから回復した私は、白坂小梅の夢を少しずつかなえてあげた。

 短い髪は金色に染め、ピアスを開け、目の下に黒いクマのようなメイクをした。まるで不良のような姿だ。私にはとうてい理解できない。

 

 そう。私が白坂小梅を演じても、どうしてもひずみが出てしまう。両親からは「事故のショックで少し大人しくなってしまった白坂小梅」という烙印を押されている。

 親は私を励まそうと、色々としてくれた。白坂小梅が好きそうなことばかりだ。全くもって白坂小梅は愛されている。

 

 とうとう母親が私をアイドルのオーディションに連れてきた。せめてホラー映画の試写会にしてくれよ、とため息の一つもつきたくなった。

 

 私、白坂梅乃は人と話すことが大の苦手なのだ。

 

 白坂小梅はホラー系アイドルになりたいと、常日頃からそう言っていた。ホラーの良さを布教して、毎週水曜ゾンビデーにしたいとか言っていた。

 白坂小梅の夢をかなえたいけれど、アイドルになるなんて夢は私には難し過ぎる。

 

 そんな考えに悩まされていると、いつのまにか私の番がきてしまった。

 

 たくさんの審査員の前に私が放り出される。たくさんの目が私の方を向く。私は幽霊になりたい。誰とも話したくないし、見られたくもない。

 

 なんで白坂小梅が生きていない?あの子こそ生きてアイドルになるべきだったのに。

 

「なにか話してください」

 

 審査員の人に急かされる。

 

 私、しゃべれないんです。私、明るくなくて無口なんです。アイドルみたいにかわいくできません。

 

 そうは言えない。だって私は白坂小梅だから。ここにいるのは白坂梅乃じゃない。

 

「じゃあ……趣味のお話、します」

 にぱぁっと、白坂小梅が怪談でするような笑顔を浮かべる。審査員が少しざわつく。

 

 白坂小梅が好きなもの。白坂小梅は何が好きだっけ?

 

「ホラー映画が、好きです……」

 

 小梅のように明るくいたずらに、オカルトホラーに笑え。笑えっ。

 

「中でも特に好きなのは……ゾンビが出てくる映画で……」

 

 もっとかわいく。審査員の脳をとろっとろの血みどろにできるくらいかわいい声でっ。

 

「ゾンビって、ノロノロ歩いて、襲ってきて、かわいい……」

 

 ああ私誰だっけ?なんだか本当にホラーが好きな気がしてきた。

 

「あとパニックものは最高……っ。囲まれて、逃げ場なんてなくて……」

 

 私はあの子。あの子は私。私は。

 

「怖いけど、ゾンビはかわいくて。ふふ、ふふふふ……!」

 

 私が白坂小梅だ。

 

「かわいいから合格っ」

 一人の審査員の声が飛んでくる。合格?つまり白坂小梅はアイドルになれる?

 

 私、小梅ちゃんの……。ううん、あの子の夢を、かなえたよ?

 

 あんまりにも嬉しくって。白坂小梅は満面の笑みを浮かべた。



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