「箒はまあ、束さんの妹だからなんとなく居るだろうなとは思ってたけど、鈴がここに居るのはびっくりしたなあ」
「そうだな。私も入学してくると聞いて驚いたものだ」
遠巻きに囲まれつつも、別段気にした様子もなく織斑姉弟は食事をしていた。
話題は、先程再会した二人の事だ。
「しかも鈴は一年足らずで代表候補生だ。キャリアはお前のほうが上なのに、抜かれたな」
「まあ、俺の立場で代表候補生なんてやってたら一発でバレるしな。……つーか鈴は一年で代表候補生かよ」
「それだけ努力したという事だろうな。……ただまあ、これより上を目指すならもう少し落ち着きが欲しいところではあるが」
「違いない」
先程の鈴の様子を思い出しながら一夏がと笑みを浮かべる。
「箒はどうなんだ? ISの乗り手としては」
「適正はC。まあ、適正が全てという訳ではないが厳しいな……ところで一夏」
そこで千冬は声をひそめた。
遠巻きに見られているとはいえ、声が聞こえないこともないからだ。
「お前、適正どれくらいになった?」
「Sだ。千冬姉と同じ」
「……そうか。もうそこまで伸びたか」
「ああ」
一夏の当初の適正ランクはB。
ある程度乗っていくとランクが上がるとは言え、最高峰のSランクになるのは前例がないことだった。
ただ、千冬の口ぶりからすると伸びたスピードに驚きこそすれ、Sランクになったこと自体は驚いていないようだが。
「そういや、俺も聞いときたい事があったんだけどさ」
「なんだ? 言ってみろ」
「俺ら以外にさ。家族っているのか?」
瞬間、千冬が息を呑み緊張感を纏ったのを感じた。
「どうした。急に」
「いや、俺らは捨てられたってのは知ってるけどさ。他に姉弟とかはいなかったのかなって」
「興味ないな」
「……なるほど。いなかったじゃなくて興味がない、ね」
ニヤリと一夏が口角をあげた。
反対に千冬はどこか居心地が悪そうにしている。
その姿に、何か隠し事があるのだろうと一夏は見当を付けた。
家族の事を思い出したくない。怒りを再燃させるならもっと苛立ちや怒りを醸し出すだろう。
だが、今の千冬は何か触れられたくない事を隠している様に感じた。
「俺と千冬姉は一緒に捨てられたが、他にも姉弟はいたんだな」
「一夏、お前は何を言っている? 何度も言わせるな。私にはお前以外家族は──」
「──織斑マドカ。千冬姉とおんなじ顔で、織斑性だ。他人だとは思えないんだが?」
遮るようにして放たれた一夏の言葉に千冬が息を呑む。
もはや二人の間に、姉弟の親密な空気感は無くなっていた。
さながら戦場で対峙する兵士同士のような緊張感が漂う。
「………………」
「………………」
二人は言葉を発することなく、視線のみで語り合う。
永遠とも思える数秒の後、先に視線を外したのは一夏の方だ。
「まあ千冬姉が知らないんならそれはそれでいいさ。実際、他に家族がいたなんて千冬姉も本当に知らなかったのかもしれんし」
「一夏……」
「俺だって、俺の家族は千冬姉だけだと思ってるよ。俺らを捨てた親なんか家族とも思ってねえし、他に姉弟がいたとしても……まあ、俺には関係のない事だったんだ」
でもな、と一夏は続ける。
「織斑マドカはそうじゃないみたいでな。なんでかは知らんが、あの女は俺に因縁を持ってるらしい。決着をつけるとかって言ってたから、近いうちに顔を合わせる事になるだろうな」
「………………」
「千冬姉が知らないってんなら、それはそれでいいさ。だったら俺は俺で勝手に動くだけだ。だから、後から邪魔だけはしてくれるなよ。……俺だってあの女のせいで、こんな目に遭ってるんだ。少しはお礼をしたい気持ちもある」
話は終わりだと言わんばかりに一夏が席を立つ。
残された千冬は、一夏を呼び止める事もなく、ただただ拳を握りしめ彼を見送ることしか出来なかった。
「……すまない。一夏」
ようやく絞り出した一言。
唇を噛み締めた悲痛な表情が、彼女の辛さを物語っていた。
ちなみに、そんな千冬の姿は本当に珍しく、彼女をそうさせた一夏に対して周りで見ていた生徒たちは畏怖を覚えた。
織斑千冬を凹ませる程に怖い人なのではないかという噂が、一日にして学園中を駆け巡った。
彼の穏やかな学園生活は、程遠いようだ。
◆◆◆
食堂を出た一夏は、寮の自室に戻るわけでなく、あてもなく校舎を歩いて回っていた。
部屋に行きたくても、まだ鍵を貰っていないから入れないという理由もあるが、一番は頭を冷やしたかったのだ。
(言い過ぎたよな……)
食堂での千冬への対応を思い出す。
自分が求めていた答えが返ってこなくて苛ついていたのか。
だとしても、それで千冬を責めるのは、あまりにも酷だった。
千冬としても、突然の質問で困惑していたのが正直なところだろう。
そもそも、それ以前に久しぶりに再開した姉弟の会話の話題としては不正解もいいところだ。
どれくらい彷徨っていただろうか。
いつの間にか一夏はアリーナ内のピットにたどり着いていた。
先程の千冬の説明では、アリーナ内では自由に専用機を展開できる。そして、普段は申請が必要となるアリーナも休日は開放されていて自由に使えるそうだ。
視線を上げると、先程食堂で出会ったセシリアが専用機を展開しアリーナを飛行していた。
付近には鈴や箒はいないから自主練習だろうか。
最初の印象は真面目そうなお嬢様だったが、あながち間違ってはない気がしてきた。
「食後の運動にしちゃハードじゃないか?」
「……織斑さん? どうしたんですの?」
「いや、飛んでるお前を見て声をかけただけだ。邪魔なら大人しく退散するが」
距離が離れていても、IS同士であれば通信を繋ぐことはできる。
それを利用して一夏はセシリアに声をかけたのだ。
「折角、専用機を持ってらっしゃるならご一緒に如何ですか? どうやら学園の訓練機はメンテナンスだとかで一般の生徒はいらっしゃいませんし、今なら広く使えますわ」
「そういう事なら、お言葉に甘えようかな」
言葉と同時にヴァイスリッターを展開。
本来はISスーツに着替えた方が運用効率が良いのだが、なにも今は戦闘をしたりするつもりはないから横着をした訳だ。
程なくしてアリーナに飛び立った一夏を、セシリアは直ぐに見つけた。
地上に降り立った一夏の隣に並ぶように、彼女も自身の機体を降下させる。
やはり目につくのは全身装甲だ。もっとも、これまでの事情を考えれば当然かも知れないが。
「ヴァイスリッター……ドイツ語で白騎士、ですか」
「ああ。世代としちゃ第二世代機かな。武装的には試験的なものもあるが」
にしても、と一夏はセシリアの機体、『ブルー・ティアーズ』を見定める。
調べによると、この前襲ってきた織斑マドカが乗っていたのは、ブルー・ティアーズ二号機だそうだが、フォルムとしては似てないなというのが正直な感想だった。
それに、なにより──
「──色、お揃いじゃねえか。そっちは青を基調に白のワンポイント。こっちは白を基調に青のワンポイント」
「だからなんだと言うのですか。わたくしとしてはどうでもいいことですわ」
「なかなか辛辣じゃねえの……」
やれやれ、と一夏は肩をすくめる。
どうやら、少し嫌われているかもしれない。
「チラッと見せてもらったけどオルコットはどんな練習してたんだ? 飛行訓練か?」
「ええ、まあ。たまには基本に立ち返るのも良いかと思いまして」
「違いないな。良ければ、俺も付き合わせて貰ってもいいか? イギリスの代表候補生がどんな練習してるかも気になるし」
「そんな特別な事をしてる訳ではないので、退屈かもしれませんけど……それでもよろしければ」
「んじゃま、よろしく頼むわ」
言うやいなや、セシリアが間髪入れずに動く。
単純な急上昇だったが、そのスピードはかなりの物だった。
最高速もそうだが、なによりも加速が素晴らしかった。初速の時点でほぼほぼトップスピードに達している。
とはいえ、一夏も負けてはいない。
セシリアの後を追う一夏も、彼女に離されることなくついていく。
その後はセシリアが宣言していた通り、あくまでも基本的な動き。ともすればマニュアルに書いてある動きを繰り返す。
とはいえ、だ。
(いくらなんでもマニュアル通りに動きすぎだろ。普通は自分の色が混ざったりするんだが……機械かよこいつ)
動きの一つ一つ。そして次の行動に移る予備動作に至るまで全てがマニュアル通り。
まさにお手本となる洗練された動きだ。
基本に立ち返るとは言っていたがまさかここまで忠実にやるのは一夏としても、正直想像していなかった。
(基本的な機動とはいえ、わたくしの動きにほぼノータイムでついてきますわね……。これは見てから動いているのではなく、わたくしの意図を察して、動きを合わせている訳ですか……)
セシリアもセシリアで一夏の動きに舌を巻いていた。
動き自体は単純だ。だが、セシリアが驚いたのは自身の動きを読み切ったスピードだ。
自分の行っている機動がマニュアルに書いてある機動の一例とはいえ、それをしていることを僅かの間に読み切ったその観察眼。
やはり、彼はISを動かしたキャリアは相当なものと見て間違い無いだろう。
「いや、凄いな。ただ単にマニュアル通りの動きをするだけなら意味はないが、お前は明確に意図を持って動かしやがる。全ての動きに意味を持ってるタイプも中々珍しいな」
「普通、そうではなくて?」
「いーや。お前の場合は極端だな。……それに普通はやるって言うが鈴は絶対やらないと思うぞ。マニュアルとかも『なんでこんなの読まなないといけないの?』って読まないに決まってる」
「それは、確かに」
互いに笑みを浮かべる合う。
一夏も今は顔の装甲を解除し、表情を晒しているが中々どうして。
(確かに顔はイケメン、と言われる部類ではありますね。箒さん達が惚れるのも無理はないですわ)
真剣な表情を浮かべている一夏は格好良い。セシリアも素直にそう思った。
だからといって、どうこうなるつもりは毛頭ないが。
「さて、わたくしは少しだけISを動かしたかっただけですので、もう上がりますが」
「俺もまあ、こっち来たてだし上がるかな」
ピットに並んでもどると、そのままISを解除。
一夏はISスーツに着替えていなかったからそのまま私服に戻るのだが、セシリアも同じように制服姿になっていた。
「おいおい。随分と不真面目な事してやがるな」
「そういう織斑さんこそ」
どうやら、真面目一辺倒な訳ではなさそうだ、と一夏はセシリアへの評価を改めた。
「この後は暇か?」
「ええ、まあ」
「だったらお茶とかどうだ? 今日のお礼も兼ねて奢ってやるよ」
「誘い文句としてはまあ、及第ですわね」
「そいつはどうも」
肩をすくめると一夏はピットの出口に向かって歩きだ出す。
「あら、ご一緒して頂けるのではなくて?」
「ん? いや、シャワーとか浴びるのかなって。ドイツにいた頃はみんな訓練終わりにシャワー浴びてたし」
「自分で言うのはアレですが、まあ大丈夫でしょう。そこまで動いてないですし」
早足で歩いて、一夏の隣に並ぶ。
「……ふうん」
「? どうかなさいまして?」
「うん、安心しろ。汗臭くないしむしろ良い匂いがするなあ、と。良い香水とか使ってんのか?」
くんくんと鼻を動かす一夏、だがそれを聞いたセシリアがパッと身を離す。
恥ずかしさからか、心なしか頬も紅く染めている。
「じょ、女性の匂いを嗅ぐなんて……非常識ですわ!」
「まあ、あからさまに匂いを嗅いだのは悪いと思っているが……隣にいる以上、嗅ごうと思わなくたって匂いはわかるだろ」
「だからって言葉にしなくても良いでしょう!?」
「……つまり黙って嗅ぎ続けていろと」
「そ、そういう事でもありませんわ!」
まったくもう、と早足で歩いていくセシリア。
そんな反応を見せる彼女の姿が面白くて、一夏はこれからの学園生活が少し楽しく思えて来た。
言い忘れてましたが、自分はオルコッ党所属です。