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────燦燦と太陽が晴れ渡る日の放課後。私は大きな紙袋を持って廊下を駆けていた。
早くみんなに見てもらいたいものがあった。私はこれを渡した時のみんなの顔を想像して、夜も寝つけないくらいドキドキしてた。
息が上がる。私は立ち止まる事なく一つの部屋を目指して走る。角を一つ曲がって、体育館に繋がる渡り廊下を一息に抜けた。
それから体育館の入り口をくぐって、私はみんなが待ってる部室の扉を思いっきり力を込めて開けた。
「お待たせーいっ!!! 遂に完成したよーうッ!」
バーンとおっきな音を立てた私の登場に、ビクッと身体を反応させるAqoursのみんな。ルビイちゃんとダイヤさんは二人で『ピギィッ!?』とか言って椅子から転げ落ちてた。ビックリさせてごめんなさい。反省してます、少しだけだけど。
私は全員分の衣装が入った紙袋を机の上に置き、その中身を広げる。これは本当に試行錯誤して作り上げた超大作の衣装。
みんなはそれを見て歓声を上げてくれた。
「すごいね曜。なんだかいつもより気合い入ってない? コレ」
「ホントだね。お店で売っててもおかしくないくらい綺麗ずら」
「あ、私のに黒いマント付いてる。……フフ、曜もようやく私に似合う堕天使衣装が作れるリトルデーモンになったのね。嬉しいわ」
「これすごく可愛い。曜ちゃんまた衣装作るの上手くなったね」
私の衣装を見て各々感想をくれるAqoursのメンバー。私はた顔で腰に手を当てながらうんうんと頷いてみせる。
そりゃそうだよ。眠る間も惜しんで必死に作ったんだもん。今までで一番じゃなくちゃおかしいって。
みんなが喜ぶこの瞬間の為に、私は全身全霊をかけてこの衣装を作り上げた。
イメージよりも良い景色が見れて大満足な私なのです。
「シャイニーッ! よく頑張ったわね、よーうっ」
「むぎゅ!? ま、鞠莉ちゃん苦しいよ~」
「いいの~。今回は百点満点をあげまショーウ!」
鞠莉ちゃんにはなぜか全力のハグをもらった。暑いけど、これはこれで嬉しい。
お人形さんみたいに成されるがままになってると、鞠莉ちゃんは私の耳元に顔を近づけて誰にも聞こえないような声で語り掛けてくれた。
「…………ホントに頑張ったわね、曜」
「鞠莉、ちゃん」
「よくできました。えらいえらい」
そう言って、犬を撫でるみたいに私の髪をぐしぐしと撫でてくる鞠莉ちゃん。本当の苦労を知ってる人だからこそ、その言葉はすごく嬉しかった。
鞠莉ちゃんが居なかったら私は自分を責めたまま何も出来なかった。けど、あの言葉があったから私はこうして前に進めてる。
だから私もぎゅっと鞠莉ちゃんに抱きついて、そっと呟いた。
「ありがとう、鞠莉ちゃん」
「どーいたしまして。ほら、行ってきなさい」
鞠莉ちゃんは最後に私の背中を押してくれた。
そう、完成させられなかった最後の一枚を最愛の人に渡す為に私は足を踏み出した。
永い間悩み続けて、何度も何度も作り変えて、昨日の夜ようやく完成した一着。
千歌ちゃんが着る、私が今まで作ってきた中での最高傑作。いろんな思いが詰まった、特別な衣装。
「千歌ちゃん、はいっ」
「あ……ありがとう、曜ちゃん」
私の手から衣装を受け取った千歌ちゃんは腕に乗る服を見つめて、ふっと微笑んでくれた。
私はようやく、自然に千歌ちゃんの名前を呼べるようになって、顔を合わせる事が出来るようになった。
だけどこの想いは変わってない。千歌ちゃんはずっと特別なまま、私は想い続ける事だろう。
最後に付けたのは向日葵のブローチ。千歌ちゃんにピッタリな明るい花を私は衣装に装飾する事を選んだ。
私を笑顔にしてくれる、温かい一輪の花を私は千歌ちゃんに送る。
知ってる? 千歌ちゃん。向日葵の花言葉はね。
私はあなただけを見つめる、って言うんだって。
「よーしっ、じゃあ今日も張り切っていこーう!」
全員に衣装を渡して、私は大きな声を出してみんなを導く。
そんな千歌ちゃんみたいな太陽に、私もなりたかった。
おーっ、と声が返される。こんな私に応えてくれる仲間達が私は大好き。
だから、私は今日もこう言うんだ。
永い旅を続けるみんなを乗せた船の船長になり切って。
全ての人達を導く、航海者として。
「全速前進! ヨーソローッ!!!」
◇
Last Interlude/
これは、とある日の朝の出来事。
私はある夢を見て目を覚ました。
「…………」
記憶の中に刻まれてるのはオレンジ色に染められた海と空。見覚えのある海岸。夏の黄昏時に、夢の中の私は居た。
そして、もう一人。誰よりも大切な人が、登場人物として現れていたんだ。
私は、左手でそっと自分の唇に触れる。
右手には通話が切れた携帯電話。たった今まで会話をしてた筈なのに現実感が地平線のように遠く感じて、あれが本当の事だったのかどうかが曖昧になった。
でも私はちゃんと現実に生きてる。あの子が生きる世界で私も息をしてる。
どうしても伝えたい事があって電話をかけたのに、私は直前になって恥ずかしくなってしまって、咄嗟に嘘を吐いた。
あの子はいつも、私が嘘を吐かないって思ってる。小さい頃から私は純粋で正直な女の子なんだって、永い間ずっと勘違いし続けてる。
そんな訳ない。嘘を吐かない人なんて多分、この世界には何処にも居ない。ましてや幼い子供みたいな純粋さを持ち続けられる高校生なんて、存在する訳がない。
誰だって嘘は吐く。だから、私も例外なく小さな嘘を吐いた。
誰よりも大切な、世界で一番大好きな、かけがえのない一人の親友に向かって。
「あーぁ」
ため息を吐いて机の上に目を向ける。そこにあるのは、小さい頃に撮ってもらった私とあの子が二人で並んでる写真。
その笑顔を見ると夢が思い出されて、また胸が苦しくなる。触れてくれた身体が熱くなる。心臓がうるさいくらいに音を立てる。
私が見た夢は、海で溺れた
砂浜の上で、
外からは蝉時雨が聞こえてくる。襖の隙間から入り込む光を見て、今日も晴れだという事に気づかされた。
電話を切る直前、あの子は私に何かを言おうとした。私はもしかして、と思って期待したけど、すぐに誤魔化されてそのまま通話は切れた。
あの子も────私と同じ夢を見た、なんて淡い期待を抱いていた。
「…………ごめんね」
言えなかった謝罪の言葉を、幼い頃のあの子が映る写真に向かって私は言った。
当然返ってくる声は無い。こんな嘘つきな私をあの子は愛してくれない。
せめて、嘘を吐いた事を謝りたかった。でも、電話は既に切れていて私の想いは届かない。
私は通話が切れた携帯を耳につける。
想いよ届けと祈りながら、大切なあの子に向かって私は胸の中に咲いた気持ちを吐き出した。
「大好きだよ」
誰よりも大好き。
いつになったこの言葉を本人に向かって言えるのかな。いや、弱虫な私にはきっと無理だ。
普通過ぎる私に、そんな大それた事を言える勇気はない。
でも今なら言える筈。誰も聞いてない。誰にも届かないこんな小さな部屋の中でなら、あの子の名前を呼べる気がした。
だから私は呼ぶ。
世界で一番大切で、世界で一番幸せになって欲しい。
世界で一番大好きな、幼馴染の名前を。
不意に部屋の中に夏風が入り込んだ。
それは私の───蜜柑色の髪を、優しくそっと揺らした。
「曜ちゃん」
渡辺曜は蜜柑色の夢を見る
END