第二次世界大戦でティーガーの車長だったけど質問ある?(没年:1944年) 作:味噌帝国
第一話:私を戦車で連れてって
娘は。私の一人娘は。いつから壊れてしまったのだろうか。
私は娘に言った。「戦争は、愚かだ。こちらが血を流して得るのは血塗れた領土と、悪評と、拭えない禍根だけだ」
「皆、ヒトラーが醸造し、我々が熟成させたワインに酔っているだけだ。酔いは直に醒める。賢いお前なら分かるだろう? 千年帝国など、夢のまた夢だと」
娘はドイツ軍の所属だった。本来であれば私のやっている事は自殺に近かったのだろう。戦争に否定的な親が子に売られるなんて、当時はよくあった事だった。
だが、娘はこう答えた。「確かに、そうだ。私は酔っているに違いないだろうね。但しそれは、生来のものさ。私は富にも、千年帝国の栄光にも、ヒトラーにも酔ってはいない」
そして娘は笑顔でこう言った。
「私は、どうしようもないくらいに戦車が大好きなんだ」
何故━━娘は平和な、それこそ戦争が過去となった時代に生まれてくれなかったのか。
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私がなぜこの世界に転生したかは分からないが、やるべき事は、人生を楽しむ事だと分かっていた。
前の人生は、今思えば酷く退屈だった。何となく皆と同じように過ごして、勉強して、就職して。そうした苦労の先には幸福が待ち受けていると信じていた。
しかし私は何も得られなかった。最期は地下鉄のホームで突き飛ばされて、それで終わった。25歳だった。理由なんて大して無かったのだろう。誰かのストレスの捌け口として死んだのだ。
私は前世で得られなかった充実を、戦車に求めた。
実に━━実に奇妙な事だが、この世界は、戦車を運転するのは、女性が当たり前なのだ。
銃をとり、脚を使い、地を駆ける栄えある戦士が男。
鋼鉄の獣を操り、男達を支援する頼もしい存在が女。
男女それぞれの役割が、お互いを支えあっていた。歩兵は機関銃を積んだ戦車が怖いし、戦車は爆弾を抱えた歩兵が怖い。互いが互いを必要としていた。別にフェミニストになった覚えは無いが、前の世界よりは女性の立場が強いのは単純に嬉しかった。
戦車に惹かれた私は、そのまま軍に志願した。1939年、私は23歳だった。
訓練は過酷だったが、優秀な成績を修める事が出来た。私は車長として戦車を指揮するのが得意だった。戦車を操るのは楽しくて仕方が無かった。弾丸を弾いて突き進む様が、キャタピラで塹壕や地面を踏破する様が、主砲で敵陣を粉微塵にする様が、平和な日本に生きていた私にとっては新鮮で、素晴らしい体験に思えた。
いつしか『戦車バカ』の異名が付いたらしい。『戦車バカ』。うん。いい響きじゃないか。
実戦で初めて乗った戦車はⅢ号突撃砲。仲間のドイツ兵に随分信頼されていた戦車だった。
最初の任務はダンケルクだった。ビーチに追い詰められた連合国軍はバリケードなどで抵抗したが、それを吹き飛ばすのが私達戦車部隊の役目だった。
たくさんの敵兵を機関銃で殺したし、何人かは主砲で土嚢ごと粉微塵にするよう指示もした。人を殺したのは初めてだったし、戦車の恐ろしさも知った。
でも仲間達は皆私の功績を賞賛した。その後も敵戦車を破壊する度に歓声が上がったし、私の階級も上がった。
悪くない気分だった。転生という訳の分からない事に巻き込まれた私は、半ばヤケになっていたのかも知れない。
足掛け三年を暴れ回った。各地に転属されたりもして、ソビエトとも戦った。Ⅲ号突撃砲以外にも様々な戦車に乗った。周りからすれば私はベテランだ。ときには小規模な戦車隊を率いる事もあった。
燃え盛る戦車から必死の脱出をしたり、ティーガーに乗って四両のKV-Ⅰ相手に大立ち回りも繰り広げた。数多の死線を潜り抜けてきた私はいつしか敵にも味方にも色々と恐れられた。
だが…………やはり、やはりドイツは負けるのだろう。私は今、歴史の転換点に立っている。
その場所は━━━
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1942年9月5日
「隊長? なに書いてるんですか? 遺書ですか? 隊長らしくもない」
「…………いや、今年見かけたいい男のリストよ。強い人が私の好みなんだけどな~」
「……そんなんだから『残念美人』とか言われるんですよ。戦争で男漁りをする胆力があるのなんて隊長だけです」
「やめろ。その言葉は刺さる……」
パタン、と手帳を閉じた隊長はヘラヘラと笑った。だが私は知っている。隊長がこういう態度を取るのは心に余裕がない時だ。
「……そこまで、この戦場は不味いですか」
「ハッキリ行って底なし沼だよ。ここは」
スターリングラード。それが私達の今いる戦場だ。市街地中心から少し離れた広場に私達は停車している。
「防衛ならともかく、市街に攻め込むのに戦車を持ち込むなんて馬鹿のやる事さ。少し前の味方さんの爆撃やらで街は瓦礫と、穴と、敵さんの掘った地下道だらけだ。いつどこからダイナマイトが降ってくるか分かったもんじゃない」
「……上は何を考えてるのでしょうか」
「知らないさ。多分もう一押しだと思ったんだろーね。……ま、私はそんなにせっかちじゃないからな。一眠りするとするかな」
「ちょっと、隊長! 「おやすみ~」…………はぁ……」
隊長が横になった瞬間にはもう眠っている。「すぐに寝て、あ、ヤバいなと思ったらすぐに起きて行動する」という野生動物みたいな睡眠を隊長はする。
隊長の寝顔はそんな物騒な行動とは裏腹に、クウクウと寝息をたてる様子は、やはり一人の女性だった。『悪魔』『戦車バカ』『鬼才』と恐れられた『レナ・シュヴァルツ大尉』(26歳)は、普段の態度こそ褒められたものでは無いが、車長としての実力とカリスマ性は本物だ。
私━アナ・ベッカーは隊長と一年共に戦車を乗り回しているが、未だに隊長の事を掴みきれずにいた。
子供のように気ままな人に思えて、老人のように経験は豊富で、夫人のように大胆で、淑女のように繊細な人だ。
不思議な人だ、と思う。でも私はこの人がそばに居るから、この戦争を今まで生きられているのだと思う。
スターリングラードは、今は9月。この時は知らなかったが、ソ連は反攻の準備を着々と進めていたのである。
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1942年11月
寒い。
寒すぎる。
ソ連は寒い。ティーガーのエンジンまで凍りそうな寒さだ。うっかりその辺の銃や柱に素手で触ると、指がペッタリとくっついてしまうらしい。手袋は必須だ。
できる範囲で暴れ回った私達だが、敵のゲリラ兵が危険で、迂闊に戦車を動かせない。今ではティーガーが機嫌を損ねないように整備するので精一杯だ。この広場━━なんという名前かは忘れた━━には今憔悴しきったドイツ兵達が身を寄せあっている。
敵さんは外側でバンバン対空砲を撃ってるし、アホみたいにスナイパーが湧いてるし、補給は来ないし、寒いし、敵が多すぎるし……
「…………ねえアナ、遺書はもう書いた?」
「それ戦車の外で言わないで下さいよ。私は10枚書きました。もう暗唱出来ますよ」
「あぁいつも『私の自慢の弟へ』から始まるヤツ?」
「他人の遺書を見ないで下さい!」
横で一緒に整備しているアナの士気はまぁ高い。私の頼れる右腕、という訳だ。操縦士としての技量はピカイチだ。
勿論他にもあと3人、このティーガーの乗員はいる。砲手のエマ、装填手のグレータ、通信士のヘルガだ。今は3人とも外で見張りをしている。
エマは少しのんびりした性格だが、相手の戦車の弱点を的確に穿つエースだ。この間、敵の戦車の砲身に見事命中させた。
グレータは寡黙で、装填手なので当然力持ちだ。装填速度は普通だが、恐るべきはその耐久性。戦闘している最中は全く装填スピードが落ちない。
ヘルガはおしゃべりだが、盗み聞きが上手い。無線を2台用意し、1台を自軍、もう1台を相手の無線の盗聴に使っている。正直な話ヘルガに助けられた場面がいくつもあった。
今まで5人でどんなにヤバい戦場も乗り越えてきた。何十台も戦車を破壊してきた。だから。
━━突然、仲間がいなくなるなんて、考えた事も無かった。
ガルパン要素は薄めですがもう少ししたらちゃんと原作に関わるから許して