第二次世界大戦でティーガーの車長だったけど質問ある?(没年:1944年) 作:味噌帝国
いやほんと皆さんありがとうございました
あと誤字訂正嬉しい…うれしい…
この高校では戦車道なるものに相当に力を入れているらしい。レナは敷地を見渡しながら思った。多少簡略化されているとは言え戦争当時の戦車を忠実に再現した戦車道用の戦車、演出用の戦車ダミー、設備の充実した整備場など、高校というより訓練所だった。
シャーマンの上に腰掛けながらレナはそう思った。隣にはパンターや三号、KV-2やチャーチル等様々な戦車が勢揃いだ。さながら戦争博物館である。レナは内心とてつもなく興奮していた。
あの事件の後レナは別室に連れていかれたが、戦車道の関連施設を見てみたい一心で抜け出してきた。胸には『見学許可証』と書かれたプレートを下げているが、部屋に落ちていた適当な物でレナが手作りしたものである。すれ違った学生には全くバレなかった。チョロいもんである。
何故か名前を聞かれた時に胸を張って「レナ・シュバルツだ!」と答えると何だか生暖かい目で見られてしまうのが気がかりだった。
ともあれレナは非常に満喫している。しているのだが…
「見て…あれが…」
「あぁ…死んだフリ作戦の…」
「自分の事をレナ・シュバルツだと思ってるらしい…」
「コスプレって奴かな…?」
学生達のこちらを見る目は冷たい、というか若干の哀れみが込められていた。黒歴史はもう二度と消えそうに無かった。穴があったら入りたい。
「いっそ殺して…」
仕方が無かったじゃないか。練習試合をめちゃくちゃにしたのは悪いが、こっちも生きるので必死だったのだ。とレナは内心呻いた。彼女らだって同じ経験をすれば同じ行動を…とっさに…取る…筈だ…多分…。
レナは頭を振って自分の残念な思考を止める。とにかく今の自分はドイツ軍人では無く唯の高校生(16)である以上、これ以上の特異な行動は慎み、怪しまれない様に優雅な美人としての行動を…
「いたわ! コラーッ! 待ちなさーい!」
「絶対逃げきってやる!」
しないことに決めた。教師らしき人間が複数の戦車道選手と追いかけてきた。よく見たらレナが人質にした選手がいる。顔がこわい。レナは走り出し、戦車置き場を抜け、長い廊下を駆ける。
「はぁ…どこか…隠れる…場所…あった!」
レナはドアが開きかけだった一室に飛び込み鍵を掛ける。暫くして足音は遠ざかっていった。上手く撒いたようだ。
ふぅ、と一息ついたレナは部屋をみる。どうやらお偉いさんの部屋のようだ。
落ち着いた雰囲気の部屋の中央には机と沢山の資料と筆記用具。だがどれもしっかりと整頓されており、持ち主の几帳面さが伺える。棚には戦車関連の本に、ケースに入ったティーガーの模型に………写真………
「あらあら、誰かいるのかしら?」
部屋の奥、別の扉から優しげな声がかかるが、レナの目線は写真に釘付けだった。白黒の古い写真に写っているのは、
「今お茶を持って行ってあげるわ。何だか外が騒がしいみたいだけれど、何が………」
そしてこれが本物ならば、今この場にいる声をかけてきた、お茶を持ったこの老婆は。
「………アナ?」
「………隊長?」
実に、約60年ぶりの再会だった。
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「………つまり死んだと思ったらいつの間にか演習場にいて、
「ぐうの音も出ない…」
レナは俯きながら机を挟んでアナと対面した。絵面が完全に『校長先生に怒られるやんちゃな女子生徒』である。
レナが聞いた話だとアナは今…戦車道の偉い人らしい。具体的には戦車道関連では多分世界で一番権力がある。更にこの学校の理事長を務めているらしい。相当歳をとっている筈だが、本人曰くまだ元気とのこと。
「うぅ…あんなに可愛かったアナが…ことある事に『隊長! 好きです!』って言いながらカルガモみたいに付いてきてたアナが…立派になって…」
「記憶の改竄があるみたいですね? やっぱりただのコスプレイヤーでしたか?」
「イイエナンデモアリマセン…」
いつの間にか先程の優しげな雰囲気は消え、レナのよく知るアナのそれに戻っていた。具体的にはレナの作戦にダメ出しする時の表情だ。
アナはレナより歳下だったはずだが、レナの歳を追い越していた。何を言っているのか分からないと思うが悲しい現実だった。レナの頭はアナには上がらない。
ここでレナは気にはなっていたが聞けなかった質問を投げかける。
「…グレータや、エマは生きているのか?」
「………戦争は無事生き延びましたが、去年に二人とも…逝ってしまいました。二人とも最期まで何も変わっていませんでしたよ」
「………そうか」
レナは複雑な気分だった。三人は確かに生き延びた。戦争でその命を散らす事は無かった。確かにそれは喜ばしい事だが…
仲間の死は。辛い。いつどんな時でも。自分の無力さを痛感する。
「全く隊長は…本当に何も変わっていませんね」
「?」
レナは顔を上げる。いつの間にかアナが隣にいた。
「私はもうしわくちゃのおばあちゃんです。隊長はあの時私達を守ってくれた。だから私は今こうして生きています」
「…そんな事は無い。私は徒に君達を危険に晒した」
「撤退すればあそこでジリ貧でしたよ。戦車戦にはこれでも詳しくなったつもりです。………それで隊長はあんな無茶をしたんでしょう」
アナが優しげな表情で、レナの頭を撫でる。
「とにかく、隊長は救えなかった人間にばかり目を向けて、
━━あなたはいつだって、私の憧れの隊長ですよ」
レナは顔を背けた。そうでもしないと、自分の頬を伝う物を隠しきれなそうだったから。アナはそんなレナを抱きしめた。ココアの香りが、ほんのりと甘かった。
レナ「ところで戦車道以外何やってたの?」
アナ「隊長についての本を出しました」
レナ「えっ」