いつもとなりの友希那さん   作:葛葉一壱

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いつもとなりの友希那さん

 突然だが、日常とはどこからが日常なのだろうかと問いかけてみる。

 今日始めた『特別』を何回続ければ日常になるのか。

 ではそれまで特別だったものが日常になってしまったとき、果たして価値はなくなってしまうのか。

 

 

 

「おはようございまーす」

 

「はい、おはよう! 今日もいつものルームでいい?」

 

「お願いします。機材もいつも通りで……」

 

 

 

 何が言いたいかと言うと、『特別』とは一瞬の煌めきなのだと、そう思うのだ。

 今そこにしかない時間、体験、場所。そういったものを『特別』と呼ぶ。

 煌めきを感じなくなってしまえば、それは『特別』から遠ざかって、ただの『日常』に成ってしまう。

 

 要は、そこに価値はなくなってしまう。

 

 

「さて、始めますかね」

 

 

 いつものように扉を開け、一人では持て余すほどのレッスンルームの確りと防音の行届いた静寂を噛みしめる。

 アンプ、よし。シールド、よし。

 

 テキパキと手荷物の中から必要なものを取り出して用意を始める。

 これもまた俺の『日常』で、変わらない日々の一ページになるものだ。

 

 例え価値なきものになったとしても、積み重ねたそれは糧となる。蔑ろにしてはならない。

 特別とはまた別に、日常とは人格を構成するうえで最も重視すべきものであるからこそ。

 

 

「チューナーよし。ピックよし」

 

 

 最後に、一際大きいバッグから取り出したるは一本の青いギター。

 エレキギターの中でも一番メジャーといっても過言ではないストラトキャスター型のごく普通のモデルだ。お値段4万ちょっとの教本付き。

 駆け出しが買うお得なセットについてきたものではあるが、そこそこ年季の入ったこれが一番手に馴染むので結局コイツ、命名『アイバちゃん』に落ち着いてしまう安い男なのであった。

 

 

「最後に本体よーし。ではチューニングをば」

 

 

 発声ついでに独り言を大きく声に出しながら確認作業。

 ベンベンとアンプにつないでいないとき特有のシュールな音が木霊する。

 初めて触った時は(え、ギュインギュイン言わんやん……)と落胆したものだが、今振り返れば懐かしい思い出だ。

 

 

 

「おーるおっけー。したらば適当に――――」

 

 

 アンプにシールドを通してギターを繋ぎ、普段ならばヘッドフォンで周囲に気を遣うがここはライブスタジオのレッスンルーム。何を気にするという話。

 備え付けの大きなスピーカーに接続してみればこのベンベンとした地味な音は一気に変身を遂げる。

 

 

「――――!!」

 

 

 気の向くまま、想いの繋がるままに音色を弾き出す。

 一見すればコード進行やらどこからがサビだよと突っ込まれ放題な雑すぎるそれが、実のところ一番この普段からボーっとしている脳に刺激を与えてくれる。

 浮かんでくるのは一曲の全体図。漠然としたそれを弾きながら少しずつ形になるように修正しつつ、適度に思いついた歌詞をつけていけば。

 

 

「――――! ……~♪」

 

 

 数分? いや十数分? 或いはもっとだろうか。

 時間を忘れて弾き続け、まとまりのない音の塊であったものが歌に変わる。

 衝動のままに口ずさんでいた言葉を歌詞に変えて、曲のイメージを掴みきったと理解した瞬間には最早語ることもない。

 一気にラストまで駆け抜けて、痺れが来るほどに弾き続けていた指を止めてギターを傍に置いたスタンドに立て掛けて鞄の中からノートと鉛筆を取り出す。

 

 

「~……~? 違うな。……~♪ うん。これだ」

 

 

 浮かんだ歌詞が再び沈んでいかないうちに書きなぐり、その上に簡単なTABをつけて記録付けていけば、ただの弾き語りからそれはもう立派な『作曲』作業に早変わり。

 その場その場で実際に口ずさんで都度修正を繰り返し繰り返し行う。

 

 

 

「ふんふん……ギターちょっと主張強いかな。まあそこは追々……あでもソロは欲しいからちゃんと決めておかないとダメかぁ」

 

「私はもっとリズム感を意識して細かく歌詞とメロディを修正した方がいいと思うわ」

 

「あー確かにおんなじリズム続きすぎかぁ。でも小賢しくならんかなあ」

 

「それをテクニックとして昇華させるのがボーカルの務めよ。やれるなら修正するべきだと思う」

 

「うーんためになるなぁ……んん?」

 

 

 しまった。没頭のあまり幻覚と話してしまうとは。

 今日は少し疲れたのかなー。と目を擦り眉間の皺を解す。

 

 

「……」

 

 

 目の前には麗しい銀髪の少女が一人。

 

 あっれぇ幻覚消えないなー。と立ち上がって肩をグルグル回して血行をよくしてポケットから目薬を取り出して数滴垂らしてみる。

 

 

「……ぁ、~♪ こうかしら

 

 

 あらやだ上手い。

 まだちゃんとした譜面として完成していないのに直感だけで数フレーズ歌うのは大したものだ。

 

 

「うん。うん……いい曲じゃない」

 

 

 お気に召して何よりでございます。

 あまり表情に出してはいないけれども少し柔らかくなった声色から褒められてることはかろうじて理解できた。

 まあこんな歌上手な娘に歌ってもらえれば曲も幸せというもの――――

 

 

 ――――いやいや待て待て。

 

 

 

「……おっかしいなぁ俺一人でこの部屋使ってたんだけどなぁ」

 

「奇遇ね。私も隣のスタジオを借りて練習していたの」

 

「ふぅん? んで?」

 

「聞き馴染のある声が聞こえたから、ちょっと失礼させてもらったわ」

 

「少なくともドヤ顔は今違うと思うぞ。湊」

 

 

 

 ふふん。と得意げにするその姿に突っ込みながらため息をひとつ。

 この銀髪の少女の名前は湊友希那。

 

 最近になって現れた、俺にとってのまだ『特別』な知り合いの一人だ。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「次のライブにも出ることにしたのだけれど、曲目がまだ思いついてないのよ」

 

「それで俺にか? 言っとくけどアレはまだ全然仕上がる目処立ってないぞー」

 

「そうなの……勿体ないわね」

 

 

 あれからしばらくこちらの即興で拵えた曲にあれこれアドバイスと言う名のお小言をくれたクールビューティー様と作曲と言う名の殴り合いを行い、そろそろスタジオから出なければならない時間へと差し掛かっていた。

 

 アンプにつないでいたギターの機材をテキパキと外しながら、ふと彼女のほうを流し見る。

 

 

「……」

 

 

 どうやら先程の曲がよほどお気に召したのか、それとも気に入らないのか。

 そのどちらにせよ食い入るように最低限曲としてまとめた楽譜もどきになったノートを食い入るように見つめ続ける姿がそこにあった。

 ……いや、本当に穴が空きそうなくらい見つめてらっしゃる。流石に恥ずかしくなってきた。

 わざとらしくこほんと咳払いをひとつしてから、これまたわざとらしく伸びをしながら独り言ちる。

 

 

「あーっと。片付け終わったなー……!」

 

「! そう。ごめんなさい。手伝えばよかったかしら」

 

「いやいや。相棒の世話は自分でしろってね。んで……そんなに気に入ったのかよ。それ」

 

 

 よっこらせ。とバンドマンらしく肩にギターケースを担いで近寄ると、先程までの姿を見られていたことを言葉から察したのかその頬に珍しく朱が差す。

 おお。本当に珍しく照れている。いつも氷かと思われるくらいに表情筋が冷めきっていることでこのライブハウスでは定評のある歌姫には、まだ人の心は残っていたらしい。

 あまりはっきりとした意思表示はない。もにょもにょと口を動かすその仕草がどうにもまどろっこしくて、つい結論を急いでしまった。

 

 

「……本気で()りたいんなら。用意してやるよ」

 

「ぇ……いいの?」

 

「ああ。次の定例ライブ。確か二週間後だろ。一週間以内に完璧にしてやるから。一週間でお前も完璧に落とし込め。約束するなら曲はくれてやる」

 

 

 本当は、先程「無理」と言った手前あまり大口は叩きたくなかったのだが。

 ……だがまあ。あれほど熱心に見つめられてくれれば、それは作った側としてはやはり嬉しいものだ。

 

 それに、彼女ならば。

 このまだ生まれたての整えられただけの音の塊を、きちんとした場所で『音楽』として世に解き放ってくれると信じている。

 

 

「余裕だよな? 孤高の歌姫サマならよ?」

 

「……一週間ね。いいじゃない。乗った。だけど貴方もなるべく早く形にしなさい。できるでしょ?」

 

 

 おう。中々いい返しが飛んできたじゃないか。

 大分はっきりとしたあおり返しだが、乗ってやらねば男が廃る。

 これでも、創作という行為に関しては謙遜はしない性質だ。

 

 

「……ハッ。5日でやってやる。本番トチったら覚えとけコラ」

 

「安心しなさい。『絶対にない』から」

 

「頼もしいことで。んじゃあそろそろ出るか。湊はこのあとどうすんだ」

 

「私ももう遅いし、流石に帰るわ」

 

 

 ……勢いとはいえ、一曲作るのに五日は流石に盛りすぎただろうか。

 先程叩きたくないと言ったばかりの口からは大言が飛び出して既に引っ込みはつかない。

 冷や汗を誤魔化しながらスタジオから出れば、既に太陽は沈み切ったあとであった。

 

 既に返却の手続きを終えた友希那はそのまま受付に会釈をひとつしてから外へ。

 俺は俺でまだ終わっていない手続きをするために数時間前にあいさつを交わした女性のもとへと向かう。

 

 

「ありがとうございました。まりなさん。撤収終わりました」

 

「はい。お疲れ様! ……ふふ。今日も友希那ちゃん、一緒に居たみたいだね?」

 

「揶揄わないで下さいよ……。いつも気づいたら隣にいるだけです」

 

「まるで君の音に吸い寄せられるように、ね? いやぁ友希那ちゃんホイホイとはこのことかぁ」

 

「なんすかそれ……」

 

 

 最近うちで噂になってるよー。とニマニマ嫌らしい笑顔を浮かべながら告げられるその言葉に、げ。マジかと顔をしかめる。

 バンドマンとはかくも女性関係にだらしないものが多い。

 週刊誌にすっぱ抜かれる女性の交際相手がバンドマンだったときの絶望感たるや計り知れないのだ。

 

 

「あんまあることないこと撒かないで下さいよ? アイツが可哀想だ」

 

「しないしない! 私はしてないったら。まあ、ちょっと乗っかっちゃったりはしたけど……」

 

「アウトです。それに、湊は音楽以外には興味ないですよ……」

 

 

 そう、あくまで彼女が興味があるのは俺が作る曲であって俺ではない。

 外を一瞥すると、扉の向こうには何やら物思いに耽っている様子がうかがえる。

 ああしているときも、きっと考えているのだろう。歌のことを。

 

 だから。と付け加えてから、手元の書類にサインを残してまりなさんへ渡しながら、苦笑に乗せて言葉を放つ。

 

 

「俺はそんなアイツをちょっとだけ応援してやりたいだけなんですよ。はいこれ書類」

 

「……まあ、キミがそう言うなら。私からもあんまり茶化さないように言っておくね。はい、受け取りました」

 

 

 支払いを済ませ、手を振るまりなさんに別れを告げてライブハウスを出る。

 扉をくぐった先には、まだ彼女がいた。

 

 

「……」

 

 

 月明りに照らされたその姿はいっそ神秘的と言っても過言ではない位に、綺麗だった。

 一瞬どう声をかけていいか分からないコミュ障染みた動きでわたわたとしていれば、ふとこちらに空を見上げていた目線が流れてくる。

 吸い込まれるような金色の目。

 ほんの少しだけそれが細められると、小さな口から透き通る声が耳へと届けられる。

 

 

「遅かったじゃない」

 

「ぉ、ぁ。……ぉう。悪い。駅まで送るわ」

 

「助かるわ」

 

 

 こちらがどもってもお構いなしなクールビューティーさで思い切り詰まった言葉をスルーしてもらい、その小柄な体の歩幅に合わせて道を歩く。

 いつの間にか、彼女が横に来るようになってから行われるようになった夜道を送る行為は、まだ『日常』にはなっていない。

 眩い位に光って見えるこのとなりの人物を見て、一人この瞬間を噛みしめながら歩くのだった。

 

 

 


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