いつもとなりの友希那さん   作:葛葉一壱

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狂犬現る


バンドつくるよ友希那さん

「という訳で、素晴らしいギターの演奏者と組むことができそうよ」

 

「いやまだ決まったわけじゃないだろ。次のライブで……ああ、まあ結果は分かってるか」

 

 

 本番を前日に控えた金曜の昼。

 少しはやめに学業を終えた友希那はCiRCLEのスタジオ受付をする俺を見つけると、さあ行こうと当然のようについてきて今に至る。

 

 何やら興奮冷めやらぬといった感じでその『紗夜』という女性に関して話を続けていたが、どうやら相当なギタリストらしい。1フレーズのミスを正確に覚えているのはかなりのストイックさだ。

 おまけに主義主張が湊そっくりとくれば、もうこれは勝ちだ。絶対にこいつは『紗夜』をバンドに引き込むだろう。

 

 何故なら条件は歌で認めさせること。この湊友希那の歌声を、音楽に真摯に取り組む人が聴いて評価しないはずがないのだから。

 

 

「……ん。ふふ。そうね、結果は分かってる――――紗夜は絶対に、私にとって重要な存在。そんな気がするの」

 

 

 湊は満足気に少し口角をあげてから、そんなロマンチックなことを言い出した。

 結果的に言えば、あのテキトーな助言はまさに適当だった。ということなのかもしれない。

 

 

「なんだ。見つけられたじゃねーか。これだ! っていう楽器隊」

 

「……そうね。今になってみればいい案を出してくれていたわ。結果論だけど」

 

 

 ちょっと弄ってみるもすぐさま切り返されて痛み分け。

 最近の湊は弄り慣れてきたような気がする。いや、もしかしたら元からよくいじられるような娘だったのかもしれない。

 ふふん。と鼻を鳴らして傍に置いてあるの俺のアイバちゃんを撫でるその所作は、あまりにも手慣れている。

 しっかりと感触を確かめるように、しかし繊細な手つきは見る人が見ればドキッとするようなものだ。

 湊の場合、見てくれがとても良いので非常に絵になる。

 これに接近されたときとくればそれはもう理性は溢れ出る若造魂をせき止めるのに総動員しなければいけない位だ。

 

 

「あなたのギターも大分年季が入ってるわね。買い替えはしないの?」

 

「あーなんだかんだコイツが一番手に馴染んでなあ……グレード上げようにも、俺ギター専門ってわけじゃないからどこまで上げればいいのか按配が分からん」

 

「そう……。でも手入れは行き届いてる。こんなに持つのも納得ね。流石だわ」

 

「お、おぅ……さんきゅ。んで、当たり前のように着いてきたけど今日はどうしたよ?」

 

 

 よっ。とギターをケースに嵌った状態から取り出してチューニングを行いながらそう問いかける。

 あまりにも自然な動作で一緒に来たもんだから今の今まで失念していたが、そういえば俺スペース一人で予約してたのに何故まりなさんは当たり前のように湊を通したのか。

 職務怠慢だ。これは今度約束していた焼肉をグレードアップしてもらうしかない。

 

 

「え。どうしたって……ライブ、明日じゃない」

 

「? おう。明日だな。練習したほうがいいんじゃないのかよ」

 

「だから練習しにきてるのだけれど……」

 

 

 あれーおかしいなーここ俺が予約してたスタジオなんだけどなー。

 んー? と頭をこんがらせている俺に、湊はマイクの置かれた前方へと歩いて行って、その前に立つと後ろに座る俺に向き直った。

 堂々たる金色の眼が正面から射貫いてくる。

 この圧倒される感じ。普段の湊とは違う、ステージで歌を届けるボーカル湊友希那の顔で。

 

 

「最終調整、付き合ってくれるんでしょ? 『絶対に失敗するな』と作詞作曲した貴方から脅されているんだもの。貴方の意見を聞きたいと思うことは不自然かしら?」

 

「――――はっ。そりゃごもっとも。言っとくけど料金二倍になってたら割り勘だかんな?」

 

「あら? いたいけな女子高生からたかるの?」

 

「どこに作曲家脅して練習付き合わせるいたいけな女子高生がいるんだよ……んじゃ、始めっか」

 

「ええ。もっと高みへ行くために……見ていなさい。紘汰」

 

 

 ずっと見てるよ。これまでも。これからも。

 そんな歯の浮くような言葉の1つでも吐ければ俺もイケメンの仲間入りなんだろうか?

 それとも勘違い野郎? どちらにしても、あまりノリのいい返事を思いつかなかったので軽く笑ってから近くのスピーカーに鞄から取り出したPCを接続する。

 

 流れ出す音楽に乗せて、孤高の歌姫が孤高でなくなるための最終稽古が今、始まった。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「……う~っ」

 

「何もそんなにそわそわしなくてもいいんじゃない~?」

 

「で、でもまりなさん。俺なんか落ち着かなくってっ……」

 

「まるで子供の発表会に来た親ね……。友希那ちゃんだってステージ何回もこなしてるし、きっと大丈夫だよ!」

 

「今回は色々賭けてるもんが違うんでぇ……」

 

 

 翌日。

 普段よりロビー付近には人気が多い中、俺はカウンター近くでこの浮き足立った気持ちをまりなさんにぶつけていた。

 これまで知り合いが出ているライブは何度か見てきたし、様々な立場で関わったライブもそこそこ経験してきたとは思っている。……が。

 何だろう。この逸る気持ちが止まらない。

 まりなさんのいう通り、これではまるで発表会に来た親ではないか。

 

 

「あと30分……湊、緊張してなけりゃいいけど」

 

「あははっ。ないない。友希那ちゃんに限ってそれはないよー」

 

「うぅ。で、ですよねぇ……」

 

 

 ううむ。しかしどう感情を落ち着けたものか……。

 なんてそわそわしながらあっちこっちに目線を飛ばしていれば、既に観客が地下ライブスタジオへと向かいだしていることに気が付いた。

 話しているうちに大分時間が過ぎていたらしい。さて、あの歌姫のことだ。最前列にいなければ今回に限り愚痴られること間違いなし。

 

 

「開いたみたいですね。んじゃあ俺、行ってきますわ」

 

「うん! 楽しんでおいで。あ、それと健闘を祈ってるよ!」

 

「演るのは俺じゃなくて湊ですけどね……。けど一応、ありがとうございます!」

 

 

 カウンターから離れて地下ライブスタジオへ向かう。

 かつて、孤高の歌姫に初めて出会ったこのスタジオで、今日彼女は孤高でなくなれるかもしれない。

 ほかでもない、俺が作った歌で湊友希那を高みへ羽ばたかせて見せる。

 それだけの歌を作ったはずだ。ならば、この舞台はきっと至高のものとなる。

 

 

(信じてるぞ。湊――――!!)

 

 

 ブザーと共に開場のアナウンスがスタジオに響く。

 ぎりぎり最前列。ど真ん中でステージを見据えた俺は、まっすぐ目を離さずその瞬間を待ち続けるだけだ。

 次いで一瞬の静寂を破る旋律は聞き間違えはしない。

 他の誰よりも、俺と彼女が聞いたはずのイントロ、そして照明がステージを照らし――――

 

 

 さあ、開演だ。派手に舞って見せろ。湊。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ええ。分かってる。最高のステージにしてみせる。

 最前列、言わずとも目の届く位置からこちらを凝視していた彼と一瞬、目が合った。

 伝わる意思がそこにある。きっとあれは『派手にやれ』とでも思っているに違いない。

 ならば期待に応えよう。誰よりも真っすぐに、今日この場に集った全員余すところなく表現して見せる。

 

 不思議と緊張はしなかった。歌い出しも完璧だ。

 ほんのミスが致命傷になる。紗夜は見逃しはしないだろう。そして、彼女が妥協しない性格であるのはあの演奏が見て取れる。

 ならば魅せるべきは一切の失敗のない完璧なステージ。

 やってみせる。孤高だなんて言わせない。

 

 

(ねえ、そうでしょ? 貴方は絶対に、私を見失わない。分かってる)

 

 

 頭のほんの片隅で、食い入るように見つめる彼を想う。

 紗夜、貴女もどこかで見ているのでしょう?

 私の評価は耳にしているはず。格下とは接しない。薄情で冷徹な女。

 当然だ。私は目指すべき場所がある。その為に全てを捨てる覚悟もある。

 だけど、それでも、貴女が私の歌に希望を見出してくれたのなら。

 

 

(これから共に、高め合いましょう。紗夜。そして――――)

 

 

 紗夜はすぐに見つかった。

 私を真っすぐ見つめて、その目に確固たる意思を宿している。

 このライブが終われば、手を取ってくれることを伝えてくれている目だ。

 

 歌が終わり、出番が終わる。

 歓声に包まれたステージから捌ける時、自然と目線は彼へ向いた。

 

 

(これからも、見ていて……ね)

 

 

 意思を汲み取ってくれたのだろうか。

 目線に対して深くうなづいた彼にほんの少し心が暖かくなる。

 そんな気持ちを胸に抱いて、私は今日という大事なステージを終えたのだった。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「おめでとう。湊……」

 

 

 ライブが終わった後のCiRCLEの外。

 人気が既になくなったそこで、湊は『紗夜』と何やら話し込んでいた。

 きっとこれからのことだろう。見た所、握手をしているみたいだし上手く行ったみたいだ。

 

 そのことに惜しみない賛辞を送りたい。今まで誰からもその音楽観を理解されてこなかった湊に、よい理解者ができたことに。

 これでもう俺が傍にいて一々見守ってやる必要はないだろう。

 今まで通りとはいかなくなるが、彼女の応援は続けていくつもりだった。

 形を変えても、湊友希那の音楽を見続けていこう……。

 

 

 そう思った。のだが……。

 

 

 

 

 

 

「なんッッで増えてんだよッッ!!?」

 

 

「ちょっと紘汰? いきなり大声はやめて頂戴」

「……?」

 

 

 思っていた。はずだったのだ。

 時刻は一日経って日曜日。ああ少し寂しい気持ちもあるが一人で音楽と殴り合うのも悪くないと気持ちよくなること数刻。

 気づけばそこにヤツがいた。と言っておけばいいのだろうか。

 振り向けば湊友希那、横に面識のない少女を添えて。だ。

 

 結論から言えば、『紗夜』を連れて何故か湊が居た。いつも通り、隣に。

 

 理解しきれず叫んでみれば抗議される始末。非常に解せない。

 ほら紗夜さん、何が起きたかわかんなくて訝しんでるでしょうが。

 こいつ誰? って思ってるのが丸わかりだ。表情はもうちょっと隠すことをお勧めする。

 

 

「……んで、なんでいるんだよ。まったく気づかんかったぞ」

 

「楽しそうに演奏していたのものね。ああ、こちらが紗夜。ギター担当で私と組むことになったわ」

 

「知っているよ延々と聞かされたからな。……俺が聞いてるのはなんでいるかってことなんだが」

 

 

 延々と聞かされた。の部分でちょっとびっくりしたような紗夜さんではあったが、すぐにそのツラを鉄面皮へと逆戻り。

 ああ、こりゃ昔の湊にそっくりだわ……。と一瞬懐かしんでしまった。いや、今も表情中々読めないから似たようなものだが。

 まるで私には音楽以外にないんです。って顔をしている。

 実際、そうなんだろうな……俺も当時はそんな感じだった。いやはや懐かしい。

 おっと、感傷に浸るのは爺臭くなる。やめだやめ。

 

 

 

「……あの、湊さん? 面白いものが見れると聞いて連れてこられたのですが、まさか彼が?」

 

「ええ。彼が紘汰。……中々いい演奏をするでしょう?」

 

 

 そう言って湊は勝手にマイクを設定しに少し離れていってしまった。

 目の前で歌姫に褒められるのは中々貴重だが、紗夜さんは不機嫌オーラをちょっと強める。

 そりゃそうだろうなぁ……。ようやく音楽一本で一緒に高め合える仲間に出会えたと思ったら、いきなり知らない男の前に引っ張り出されればお前マジかよってなりはする。俺だってなる。

 そして肝心の俺の演奏はお世辞にも上手くはない。紗夜さんと比べられれば10も100も足りないことだらけだ。

 

 

「あまり、初対面の方に言うのは憚れるのですが……」

 

「ああいいよ。俺が一番分かってるから。上手くはないだろう? 俺の演奏は」

 

「! ならば何故、貴方の前に私を……」

 

「そうさなあ……アイツの考えてる事は、今でも分からないことだらけだけど……まあ分かる理由は一個だけ」

 

「……聞きましょう」

 

「ここ一年近く湊友希那の音楽を傍で聞いてきた。あいつと一緒に曲もいくつか作った。これからバンドを始めるにあたって、問題点を指摘するくらいはできる」

 

 

 恐れながらね。と付け加えてギターを置くと、紗夜さんはムッと口を噤んだ。

 お前如きが何を意見すると言うのだ下手くそめ。って顔だな、それは。

 確かに俺には天才的な指捌きはない、ないが……。

 

 

「肥やしまくった耳がある。1フレーズたりとも見逃してやらん位の自信はある。何より……自慢じゃないが10年間、音楽に関しては誰よりも妥協を許さなかった男だ」

 

「っ……自信があるというのは分かりました。けれど私達は先ほどのようなお遊びの音楽は必要としていない。私達の目標への足枷になる。その時は――――」

 

「大人しく傍からは引き下がるよ。っていうか、俺は元々そのつもりだったんだけどな……」

 

「いいえ紘汰、貴方には紗夜に示してもらうわ。貴方の価値を」

 

 

 話は聞いていたのだろう。

 つかつかと歩いてきた湊は普段より厳しく俺にそう言い聞かせる。

 ――示せ。というのがどういうことでなのかは、あまりにも曖昧だが。

 

 

「私たちは本気でフェスに行く。その為に紘汰の助力は不可欠と私は思っている。私にそう思わせたように、紗夜にも示しなさい。決して遊びではない、貴方の『音楽』を」

 

「……あぁ。そりゃ随分分かりやすくなった。遊びじゃないってことはいくらでも見せてやれるぞ」

 

「当然ね。貴方の力を私は知っている。必要でなければわざわざこうして引き留めていないわ」

 

 

 続く二の句ではっきりと条件を叩きつけられた。

 天才湊友希那にそこまで発破をかけられて、やる気を出さない訳にはいかない。

 輝くものはとうに見つけられなくなったが、それでも日常として積み上げられたものはある。

 その日々を、『遊び』だなんて誰にも言わせはしない。

 

 

「あのくれてやった曲、お前の方でメロディ詰めてんだろ? 今できるか」

 

「ええ勿論。紗夜、貴女は――」

 

「言われた通り、担当パートの部分を詰めてきましたが……」

 

「ならやりましょう。紗夜も、紘汰に見せてあげなさい。その実力を」

 

 

 言われなくとも。と言った感じに紗夜さんはギターを取り出して準備を始めた。

 やれやれ随分と衝突しまくったが、ようやく湊の目指す目標への第一歩を踏み出せたようだ。

 あとは俺が蹴られるか認められるかだが、ここで踏ん張らねば本気で歌姫に軽蔑されそうなので久々に全力で挑んでみようじゃないか。

 

 これからも彼女の飛翔を見守るために、まずは俺も第一歩、だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う~~~っ! 絶対、ぜーったい友希那さんとバンドやりたい!」

 

「あこちゃん……私は、応援……してるからね」

 

 

 青薔薇の花びらは、着々と揃いつつあった。




紘汰さんメモ:年齢不詳。音楽歴10年以上。楽器はそこそこ。友希那さんとの出会いは追々

あれからお気に入り200超評価300超と大変ご好評いだたき驚いております。
これからも距離近い系友希那さんを頑張って書いていきますので、感想評価お気に入り、お待ちしております。

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