ドールズピアース・サバイバー   作:何もかんもダルい

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生存遂行

 ―――――困惑。それがが、目を覚ました少女が初めて感じたものだった。

 

 どうして自分ばかり、という思考が過る。

 どうしてこんなに意地悪なの、という妄想も過る。

 

 何も分からない。気が付いたら倒れていて、そして追われる。悪鬼の形相をした死人のような兵器達に、当たり前のように命を狙われて追撃される。

 戦う方法なんて知らない。逃げる方法なんて分からない。ただひたすらに走って走って走って、疲れたら少しだけ休んで、また走る。命の続く限り走って、その後なんて知るもんか。

 

「……いたい」

 

 ぽつりと声が漏れる。ふと何も履いていない己の足を見れば、どこかで踏み抜いたのだろう鋭利な瓦礫が肉を貫いており、あまつさえ融合し始めていた。

 力任せに、強引に瓦礫を引き抜く。まとわりついた肉がぶちぶちと千切れる嫌な音が響くが、気にしている余裕はない。近くに落ちていたぼろ布を裂いて包帯代わりにし、抉れたような形になった傷跡を覆う。

 

「……っ、う、あ」

 

 不意に零れる涙を拭う。泣いている暇はない、はやく、もっと距離を取らなければ。裸足だから薄く積もった雪の冷たさも辛いが、気にしている余裕はない。どうせ食べれば直るのだからと強引に自分で自分を説得して、血と傷跡だらけになりながら、褐色の少女は走り出した。

 

 

 

 

 ―――――狂気。それが、目を覚ました少女が初めて感じたものだった。

 

 全員同じ顔で、全員同じ衣装で、全員同じ思想。そんな生命体があってたまるかと絶叫したくなった。

 

「ふざけてる、あんなモノが命だと?」

 

 あの場所は狂っている。構成する全てが異常異質。あんな場所にいれば、どれだけ精神の強い者でも数日で発狂しかねない。いいや、確実に発狂する。アレはもう、この世にあってはならない―――――地獄だ。

 

「――――速い」

 

 追撃が来た。連中は思想だけじゃなく身体能力も常軌を逸している。幸いだったのはソレが此方にも反映されていること。自分が連中と全く同じ容姿というのはぞっとするが、その分身体能力も高い。

 

 何の抵抗もなく爆弾を手に突っ込んでくる純白の兵器5体。鋼鉄の足でその首を蹴り折って殺し、続いて飛来する大鎌を踵落としの要領で地面にめり込ませ、その白い髪の頭を派手に蹴り上げた。向こうはふらついており、脳震盪を起こしたらしいと判断して再び疾走。5体の持っていた爆弾が起爆したと同時に拾った煙幕と閃光弾をありったけばら撒いて目くらましにして、黒髪の少女はどうにか逃げ切った。

 

 

 

 

 ―――――殺意。それが、目を覚ました少女が初めて感じたものだった。

 

 殺したい、とにかく何かを殺したい。自分は見知らぬ誰かに似ているらしいが、そんなことはどうでもいい。

 

 最初はネズミや虫、猫やらで我慢していたが、どうにも物足りない。人間、あるいはあの機械人間―――――人形といったか。とにかく自分と同じ形をしたものを殺したくてたまらなかった。

 悲鳴はうるさいし、血や内容物は臭いしでどうにも不快だが、己の手で殺したという快感だけはそれの何十倍も心地よかった。ついでに洗えば食えたし、食った分だけ傷も癒えた。

 

「……ッチ、来たか」

 

 当然、敵は一方的に殺されてくれるわけがない。抵抗するし、仲間だって呼ぶ。殺しては逃げを繰り返していたら、いつの間にか特級のお尋ね者扱いをされていた。

 ああ、面倒だ。面倒で面倒で仕方がない。

 

「殺させろ、殺させろ、とにもかくにも殺したいんだ私は」

 

 隠れ家を早々に放棄し、拾ったトマホークと巨大な片刃剣を手に、黒髪にオレンジのメッシュが入った少女は走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何のために生まれて、何のために生きているのか。

 目標を見失い、意味もなくただ生きて、結局手に入ったのは耐え難い空白だけ。

 

 何かに熱中できる時間も余裕もなく、誰かに共感される生き方をしてきたわけでもない。

 好きな物や趣味は一応出来たが、少し腹を括れば投げ捨てられる程度の執着。

 

 空っぽ、虚無、白色。

 

 無意味に一日を費やして、何かが欲しいという欲も沸かず、ただぼんやりと風と青空を感じられればそれで幸せ、無味乾燥。

 挙げ句の果てに世界が悪いアイツが悪いなんて適当抜かして自身の罪から逃避するのだから、どこまで救えないんだお前はと自分で自分を[[rb:詰 > なじ]]りたくなる。

 

 自分勝手、自己中心的。

 

 そんな怪物に救いなんて要らない。そんな生き方に意味も価値も無くていい。

 

 人間の悪辣さを見過ぎて、人間に興味がなくなった。

 自分の惨めさを自覚して、自分が誰より嫌いになった。

 

 

 まず断言しよう。何処まで来ても、自分は―――――ヨシムラという男は、屑でしかないのだと。

 

 

 

 

 

 襲い来る人間に瓦礫を投擲。脳震盪でぐらついた隙に銃火器を奪って銃床で思いっきりぶん殴って頭蓋骨を陥没させ、倒れたところを踏みつけて首を圧し折る。これで「元」犯罪者が一丁あがり。

 当然相手も馬鹿じゃない。此方を敵と見なして銃弾の雨霰をぶちまける。

 

 けれどほら、ここに良い[[rb:肉塊 > たて]]が有るわけで。

 背中側のプロテクターを引っ掴んで持ち上げて弾除けとして使い、ついでにぽろりと落ちた首を回収、小細工を施す。

 一瞬銃弾が止む。瞬間、手に持ったまだ温かい生首を投擲。口腔内に捻じ込んだ手榴弾が炸裂し、脳漿と血肉の雨を降らせる。

 

 いくら死体慣れしていても、結局は人間。ほんの先ほどまで談笑していた仲間が眼前で無残に炸裂すれば、物理的な殺傷能力が無くとも隙を晒す。

 

「―――――あ」

「じゃあな」

 

 手に持った拾い物の銃火器の引き金を引けば、乱射される散弾で後ろの数人ごと木っ端微塵。何が起きたと呆然としている若者の頸動脈をナイフで裂いて赤い噴水を作り、その首を掴んで振り回し血で視界を潰す。

 

 ほら、どうしたよベテランさん、なんて安い挑発はしない。そんなことをしている暇があるなら引き金を6回は引ける。そして、それだけやれば十二分だ。貫通と衝撃波で周囲を挽き肉だらけに出来る。

 

 ほんの数分かそこらで、邪魔だった連中は軒並み排除完了。生存者はゼロになった。

 

「土産は……これでいいか」

 

 転がっていた片腕と片足を拾い集める。内臓は食えないことはないが臭いし処理も大変だから、なるべく避けるし掃除する。しかし、今回の相手は外も内も真っ黒なカルト連中だったから後始末の必要はないだろうと、入り口を向いた―――――瞬間。

 

「……」

 

 響いた銃声の方向を振り向く。銃弾はあらぬ方向へ飛んでいき、此方を掠りもしていない。

 其処にいたのは、まだ年若い少年だった。見た目からして十代後半。片腕と脇腹が吹っ飛んで、無残な姿を晒しながらも気骨一本で立って、こちらへとハンドガンの銃口を向けている。

 

「……なんだ、生きていたのか、君」

 

 見覚えのある顔。自分が吐いた入信希望という妄言を信じて案内した張本人が、そこにいた。純真そうで優しかった人柄は何処にもなく、ただただ修羅のような顔で此方を睨みつけ、壁に身体を押しつけながら銃を持つ。

 

「う、ぎィ……黙れ、この、悪魔が」

「……」

「我らの、希望を、安寧を打ち砕き、人間を駆逐する悪魔の手先、お前は、お前だけは……!!」

「ご立派だね、本当に」

 

 失血寸前、激痛は全身に。もはや意識を保つのもままならないだろうに、こうして動こうとするのは何なのか。

 狂信か、信念か。意志の力がそうさせているのだろう。自分たちが正義で、相手が悪魔だと本気で信じ、そして信じる正しさのために駆け抜けようとしている。確かにカルト教団で、テロリストだ。しかし、そこにあるのは紛れもない救いへの願いだった。

 

 嗚呼、尊敬するよ。こんな人でなしより何倍も格好良いさ。でも―――――――

 

 

「悪いね」

 

 

 でも、それはそれ、これはこれ。

 

 

「顔見られたから、死ね」

 

 

 顔を覚えて追われては困るから、躊躇いなく引き金を引いた。

 

 その後ろにいた想い人であろう少女と、首魁であろう痩せぎすの男の胴体も、諸共に吹き飛ばしながら。

 

 

 

 

 

 走り抜ける。獲物は既に得た、後は逃げ帰るだけ。

 人間ならばともかく、戦術人形の一団を相手に戦えると思える程自惚れてはいない。

 

「くそ、速い!」

「待てえっ!!」

 

 制止を勧める声と共に放たれる弾丸を、姿勢を低くすると共に左右へ小刻みに動いてかわす。回避というよりは狙いを絞らせないための技術だが、走りながらの発砲という非常に狙いにくい状態だった事も幸いしてか、一発も食らうことなく弾切れへと持って行くことができた。

 

 銃火器という武器である以上は当然ながら弾が切れれば補充するし、その間一瞬は此方から目を離す。その隙に閃光手榴弾を放って視界を眩ませ、動きが止まると同時に煙幕も張り、相手が困惑している間に逃げおおせた。

 

 

 

 

 煙幕が晴れたと同時に周囲を見渡すも、標的の姿は既に何処にも無い。仲間と自身のダミーを利用して周囲を探るもその影はなく、まんまと取り逃がしてしまう失態を晒したことに、落胆しながら人形は連絡を行う。

 

『……また、逃げられたか』

「ごめんなさい指揮官……何て詫びれば良いか」

『いや、いい。逃走については一家言あるような連中だからな、仕方ない』

「……ええ」

『とにかく、一度戻ってきてくれ。作戦はまた練り直せばいい』

「了解」

 

 通信を切断し、仲間を呼び集める。任務失敗ということもあってか、やはり皆の顔はどこか暗い。

 

「帰るわよ、皆。指揮官も、もともと捕まえられる可能性の方が低かったし仕方ないってさ」

「そっか……でもちょっと自信なくすなぁ。これでも足には自信あったのに」

「帰ったらお説教とかでは無いんですよね……?」

「そこまで鬼畜じゃないでしょ」

「でも凄かったよね、走ってる途中で狙いは付けてなかったにしてもスコーピオンの乱射を避けるなんて」

「うーん、一発くらいは当たると思ったんだけど」

 

 あれこれと姦しく、追跡中の剣呑さが嘘のように騒がしく基地への帰路に付く少女達。その手には無骨な銃器が握られ、いっそ不釣り合いですらある。

 

 彼女達は人間ではない。人型の機械兵士―――――戦術人形。各々の武装と刻印により繋がり、そして銃の名を己の名として纏う戦士達。

 

 

「……放浪者、貴方達は一体何者なの……?」

 

 

 その一人、小隊のリーダーであるSR-3MPは小さく呟く。姿以外の情報が何も無く、依頼人が探しているから捕まえろとだけ伝えられたその任務にずっと疑問を抱きながらも、兵士として忠実に指令を執行する。

 

 その衣服には、彼女の所属するPMC「グリフィン&クルーガー」のエンブレムバッジが輝いていた。

 

 

 

 

 

 

 廃ビルの地下に作った拠点に戻り、深く息を吐いた。それだけで、何もかもがすっきり消えていくような感覚に襲われる。

 ―――――何も感じない。どこまで行っても空っぽのまま。人を殺したという罪悪感も、久々の食糧を確保したという達成感も、なにもかもほんの少し意識すればきれいさっぱり真っ白。表面的な感情は幾らでも感じ取れるのに、その奥へ触れようとした瞬間に霧散してしまう。

 どうしようもないほど「人でなし」だと自嘲しつつ、そんな感傷もすぐに消えてしまった。

 

 

 仲間を殆ど失ってから長い時間が経った。実際にどのくらいなのかはカレンダーも時計もないから分からないが、新しいPMCの基地が近辺に出来て難民キャンプが形成される程度の時間は過ぎている。

 仲間の死体を食ったヨレイは、数日を一緒に過ごしてから姿を消した。独りぼっちで身軽になった自分は、人殺しと死体漁りを始めた。サトウの捜索を諦めていないせいか、あるいは本当にただの洗脳や催眠の類だったのかは分からないが、未だに自滅装置は起動していない。

 

 時折ヨレイと再会することは有ったが、互いに成果はないままだった。依然サトウも他の200人近く居るはずの同胞も行方知れず。

 加えて、彼女は名前を改めて40-Dと名乗っているらしい。人形めいてると揶揄ったら苦笑いしていたのは記憶に新しい。

 

 ごく最近聞いた噂では、何でも鉄血工造のハイエンドモデルに遭遇する頻度が上がっているらしい。

 ただ上がっているだけならばともかく、生還者からの情報となれば別だ。それはすなわち、目撃者を殺して回るよりも重要な何かが起きたかと推測が出来る。なんにせよ、人間でも人形でもない自分達は襲われないと決まったわけではない。戦術人形に勝てない自分が、軍用設計の鉄血に勝てるとは考えたことも無いし、あんなバケモノ共には遭遇しないことが一番だろう。

 

「んぐ、やっぱり不味い」

 

 ぎちり、めちりと音を立てながら、腕を食い千切る。色白で柔らかそうな見た目に反して、その音は何処までも生々しく、そして異質。

 通常の生物であれば真面な栄養にはならないだろう人間の血肉を食って、栄養としていく。

 

「……物資が見つからないんだ、しょうがないだろう」

 

 自分で自分を納得させる。苦労して缶詰やレーションでも探せばいいのに、“そっちの方が楽だから”という理由で人肉食に手を染めて、あまつさえ自己弁護。とうとうヒトから外れた怪物だと自嘲しながら、骨もバキバキと噛み砕いて腹に収めていく。ゴミ袋一杯に集めたはずの亡骸は、30分も経たずに空となっていた。

 

「これでも腹が膨れないとは、いよいよバケモノになって来たな」

 

 そもそも食人自体が問題なのだが、それ以外にも異常はあった。[[rb:40-D > ヨレイ]]と別れた日から、明らかに身体の燃費が悪化しているのだ。当時は1カ月に手足の数本食えば十分だったのに、今や大型のゴミ袋一杯に集めてもまだ足りない。いつか街一つ分食い散らかしても空腹になる日が来るのではないかと怯えたくもなる。

 

「……行く、か」

 

 食糧とサトウの手掛かりを求めて、ヨシムラは再び動き出す。ほぼ視覚の代替といって差し支えないほどの機能となった聴覚は、音の反響を立体地図に変換して情報を伝える。

 

 

「―――――あとどれだけ、こんなことを続ければいいんだろうな」

 

 

 夜明けの日が射しこむ中、フードを目深に被ってヨシムラは地上へと出て行った。

 

 市街地に侵入し、そのまま路地裏へと進んでいく。PMC主導で都市が建築されていたとしても、路地裏という日の当たらない存在からはどうしても避けられない。そして、そう言った場所は往々にして―――――

 

「やめ、 ぁ」

「ひ   」

「く   ぴ ぁ??」

 

 死のうが生きようがどうでもいいモノの巣窟故に、どれだけ事を起こしたとしても気にする者はいない。ついでに言えば、此処にたむろする数が減れば減るほど犯罪の温床も減っていく。

 ついでに言えば、どれだけ狩ろうともこういう存在は減らない。一つの町から駆除する間に、一度駆除し切った街に再び湧いている始末だ。ゴキブリよりも質が悪い。三度の共食いを経験しようとも、人間の本質は変わらないのだとうんざりもしたくなる。

 

「これだけ死臭を撒き散らしても警備兵の一人も来ない、か。いっそ不気味だな」

 

 成果物を大型のゴミ袋に詰め込みながらぼやく。その行為への嫌悪すら塗りつぶさんと襲ってくる空腹感を血の臭いで誤魔化しながら、自身がどんどん人間から離れていくのを実感する。

 

「……あれは」

 

 袋一杯に詰め込んだところで、ふと目に付くものがあった。綺麗であったはずの衣類は無残に破かれ汚され、綺麗だったであろう長髪がくすみ、鼻をつんざく異臭が漂っている。傍に転がるのは、長大であっただろう真っ二つに折られた銃身。

 自分が今いる場所と、その穢れながらも整った顔立ち、そして劣情を誘っていたのであろう肉感。何が起きたかは明白だった。

 

「―――――」

「……不幸だったな、アンタ」

「―――ろ、 して」

「悪いが俺には関係ない。俺の耳の届かないところで、勝手に死んでくれ」

 

 冷淡に、そう突き放す。他人を気に掛けている余裕など此方には微塵たりとも無いのだと言い聞かせてその場を去ろうとするが、コートの裾を人間らしからぬ膂力で掴まれ、そのまま死を望む目で見つめられた。

 

「……ああ、なるほど。アンタ、人形か」

「こ してよ」

「知るか。俺はお前の死神じゃない。介錯なら同じ人形にでも頼んでくれ」

「ころ て 」

 

 もはや用を為さぬ程に潰れ、人工血液を吐くばかりの喉を更に酷使して何度も懇願してくる。華奢な身体で地面に這いつくばって、涙を流す余力すらなく必死に死を願う姿は余りにも惨め。

 そして、喪失している視覚の分鋭敏化した聴覚は、機械的に絞り出される「殺して」という言葉の合間に挟まれた本心を嫌でも感じ取ってしまう。

 

 殺してくれ、殺してくれ、殺してくれ―――――――――助けて。何度求めても与えられなかったものを、目の前の機械兵士が安易に求めているという事実に吐き気すら覚える。

 

「……無視して、殺そうとしてきたくせに」

「―――ろして」

「捕まったらどうなるって言った? 尋問だって俺は聞いたぞ、お前の仲間から」

「こ   て」

「その気になれば両手足軽く砕いて捕まえられる癖に散々追い回して、どんな気分だった?」

「ころ、 て よ」

「逃げるために一人ずつ犠牲になって自決したんだぞ、手榴弾と崩壊液の小瓶で!!」

「―――――て」

「……」

 

 ああ、腹立たしい。恨めしい。憎たらしい。何より、惨めで、眼前の死に体に八つ当たりしている自分がどこまでも嫌になる。だから……

 

「殺してなんて、やるものか」

 

 手っ取り早く目の前のイヤナモノから目を背けるために、その細い首を裂いた。

 

 

 

 

 

 

 からり、と小さな音が鳴って扉が開く。

 市街地の片隅にぽつりと存在している古びた店。軒下の看板には“fix(修理)”と申し訳程度の看板が提げられている。その中では金属を弄る音が鳴り響き、赤熱した物体が叩き上げられては冷却され、そして削られて再び叩かれる。

 作業をしているのは、両腕が機械義手の老人。枯れ丸太のような屈強な身体が作業服へ窮屈そうに押し込まれ、その表情は当人の偏屈さを如実に語っている。

 

「……また来たのか、このボンクラが」

「俺はアンタ以上に信用できる人間を知らないぞ、ウォッカ爺」

「後ろ暗い事をやっている自覚があるのならとっとと去れ愚物」

 

 口を開けば出るのは罵倒。しかし、それを気にする様子もなく適当に受け流し、ヨシムラはその手に持った布の塊の中身を広げた。

 転がり出たのは、無残な姿の人形。首の回路をナイフで切断され、人工皮膚はあちこち剥がれて内部の機械が露出、ボロボロの衣服を申し訳程度に纏った華奢な四肢はズタズタになっていた。

 当然、そんなものを自宅の床にぶち撒かれて苛立たない家主は居ない。舌打ちを一つ、今の今まで扱っていた部品を静置してウォッカは道具を片付け始めた。

 

「……どこで拾った」

「その辺の路地裏だ。食料調達のついでに、な」

「悪食も大概にしろゴミ。失踪者が増えたと喧しくてかなわんのだぞ」

「そこら辺の缶詰より悪人の方が安上がりなんでな」

「ハッ、違いないな。お前のような屑畜生が山ほどいる世の中だ」

 

 罵倒の雨あられをぶつけながらも人形の様子を確認していく。そして、苛立たしげに数回舌打ちをしてからヨシムラへと向き直った。

 

「抵抗されぬように首の伝達系を裂いたか、まったく、総交換とは面倒な。……それにしても貴様、コイツをどうする気だ? 戦術人形なぞ一つや二つ消えたところで雇い主は大して気にせんだろうが、それにしても使い道などあるまい」

「……」

 

 返答に詰まり、そして言葉をかみ砕く。何故、と聞かれれば八つ当たりとしか答えられないのだから、自分の矮小さに反吐が出そうになる。

 

「……随分と尊厳も何もかも蹂躙されたらしいからな、生かすには十分な理由だろ」

「フン、またそれか。己と同じように惨めに生きろと? 随分阿呆のような発想よな、矮小が」

「………………そんなことは」

「自分が一番わかっている、とでも? ハッ、だから貴様は何時まで経っても愚図なのだボケが」

「……」

「そうやって拾うだけ拾って野放しにする輩が一番タチが悪いのだ。責任も取れんのならその場で食い荒らしてしまえばいい」

 

 それなりの付き合いとはいえ、本心を見透かされての口撃はかなり堪える。しかし本心故に言い返すことも出来ず、不貞腐れて黙る事しか出来なかった。

 

「……とりあえずは直してやろう。金は要らん、ゴミを多少マシなガラクタにするような仕事で貰った所で嬉しくも無いわ」

「……分かった」

 

 明後日の夕方に取りに来い、という言葉を聞きながら、ヨシムラはウォッカの住処を後にした。

 

 

###

 

 食う、食う、食う。

 拾い集め、狩り集めた“食料”を食い荒らす。

 

「ぐ、が、ぐううぅ」

 

 死臭が蔓延する地獄のような様相の中、有機無機の区別すらつかずに一心不乱に喰い漁る。大して美味くもないのに、空腹を誤魔化すために血と肉片を散らかしながら消費していく。

 既に一日で食べた量は大型のゴミ袋で4つを越えている。だと言うのに腹の虫は鳴り止まず、それどころかもっと寄越せと主張して止まない。

 

 何かを考える暇も無く食い尽くし、袋の中の金属片すら咀嚼して飲み込む。しかし、それでも膨らまずに空腹の合図を出す腹。

 

「クソ、がぁ!!――――――げほ、えほ」

 

 いい加減腹が立って自分で自分を殴るも、返ってくるのは激痛のみ。どうしようもない程に非生産的なループを繰り返している。ただひたすらに苛立ちと言いようのない焦りのようなものが、心を蝕んでいく。

 

「……どうなってんだ、俺の身体は」

 

 何度目かも分からない弱音を吐く。気分が紛れるかと点けてみたラジオも、何の役にも立たないバラエティを垂れ流すばかりで気休めにもなっていない。聞いているうちに苛立って、遂には手で弾いて壊してしまった。

 

「くそ、くそ、畜生、何も手が無い」

 

 頭をぐしゃぐしゃと掻き回して髪を掴む。その行動が何の意味も持たないと分かっていながら、八つ当たり先を求めてうろうろと歩き回るしかなかった。

 

#####

 

 

 正規軍の施設の一室。そこで、二人の男が話していた。片方は儀礼的な軍服に身を包み、その顔に皺を刻んでいる。もう片方は煤だらけの白衣を着ている無精髭の若者。軍という環境において、年齢と身分の差というのはほぼ比例している。余程の例外を除けば親子ほどの年の差があろう見た目の人間が対等に喋っているというのは、見る者が見れば違和感しか覚えない光景だった。

 

 

「――――では、リコリスの成果は未だ手に入れられず、と」

「そういうことになるな。まぁ自分から逃げたというのなら仕方がない」

 

 多少の苛立ちすら込めて、軍服の男が白衣の男に問いかける。それなりの威圧を掛けられているのだろうに、白衣の男は微動だにしていなかった。それどころか、その状況をどこか楽しんでいるようにも見える。

 

「あくまで白を切るか、サトウ。お前の差し金だろう」

「何を言うかと思えばそれかカーター? 私だって彼の研究成果は喉から手が出るほどに欲しいよ。君たちが少し頑張れば手に入るというのなら、それを邪魔する気は無い」

「どうだかな。世界平和などという妄言を掲げる狂人を信じるほど、私は馬鹿ではない」

「はは、良く分かっているじゃないか。我々の関係は利害の一致だ」

 

 軍服―――――カーターが殺意すら込めて睨みつけるも、白衣―――――サトウは一切意に介していなかった。それどころか笑い、そして疑うことも無く差し出された紅茶を飲む。そして、渋面を作り半眼で下手人を睨んだ。

 

「……ふむ。カーター、毒を盛るならもっと分かりづらくしなければ駄目だよ? これではすぐに気づかれ、そしてその瞬間に反撃される」

「………………チッ、化け物が」

 

 空気は険悪の一言に尽きる。互いが互いの寝首を掻くことに躊躇いが無い。カーターの後方に構える軍用人形と、サトウの後方でアサルトライフルを構える男―――――エゴールの存在も相まって、小心者が入り込めば心停止を起こしてしまいそうなほどの重圧が一室を満たしていた。

 

「そうだね、化け物だ。僕の理想はそういうものだよ、知っているだろカーター? 一体何十年の仲だ?」

「ふん、軍に技術を貸し与えているのは知っていたが、貴様が旧知の仲だとして信用する気は微塵もない」

「やれやれ、昔からそうだな。一途で頑固だ」

 

 和気藹々と話すサトウに、親の仇を見るかのようなカーター。対になるかのようなその雰囲気が、更なる殺意を呼び起こす。

 

「そう、いつもそうだカーター。だから―――――――――

 

 

 

 

 ―――――――君は此処までだ」

「な―――――」

 

 

 ずぷり。その音と共に、エゴールの投擲したナイフがカーターの右腕に突き立つ。それだけに留まらず、カーターの背後に居た軍用人形がナイフを強引に捩じって腕をもぎ取った。

 

「ぐっ、ぎぃあ、が」

「ああ、勘違いしないでくれよ? 僕は元々こうするつもりだったんだ。正規軍は強すぎるからね、少しばかり貰っても問題は無いだろう」

 

 ぎしり、という異音にカーターが振り向けば、その原因は軍用人形だった。

 

 

 

「A aaaA e aa eeeeeee」

 

ぎし、ぎし、メリメリメリ。金属骨格を内側から破るように肉塊が這い出す。歯が、舌が、喉が形成され、そしてその手に持った人間の腕を咀嚼し始める。

 余りに冒涜的で、余りに非生物的。地球に存在しない、してはいけない魔獣が顕現し、そしてその空腹を満たすために稼働する。

 

 そして、眼前で人間の一部を食っている怪物が居るというのにエゴールは微動だにしない。それどころか急速に肉体が老化し、瞳孔が白化し始めた。

 

「げ、か、かかかかかかかかかかか―――――――」

「ふむ、維持薬はここらが限界か。それでも96時間も保ったのだから合格だ」

「………………なる、ほどな、最初からか。となれば、これは……私のミスか……」

「ああそうだね、君がほんの少しの違和感にも気づけなかったのが悪い」

 

 もう片方の腕も掴まれ、無残に食い荒らされる。その酸鼻極まる光景を前にして、サトウは未だ嗤っている。そして、気味が悪い程に静謐な声でカーターを諭すように話していく。

 

「しかし心配しないでくれ。正規軍というシステムは維持するさ。コレが無いとELIDは止められない。ただ民衆の知らない上層の首が総じて挿げ変わるだけだ。表面上は何も変わらないし、君達の作戦にも変更はないから安心していい」

「ぐぅ、あああああああッ!!!」

 

 笑う笑う、嗤う嗤う嗤う。眼前で嬲られていく昔馴染みを前にして、そして嗤っている。

 

「そろそろ僕も動かなければならないからね、少しばかり借りるとするよ。先程も言ったが、何も心配することは無い。安心して眠ってくれ」

 

 

 そして、怪物に肩を掴まれたカーターを尻目に、淀んだヘドロのような瞳を向けて呟いた。

 

 

「君たちの義務は、僕が果たしておく」

 

 

 めきり。

 その音を最後に、カーターの意識は閉ざされた。




Tips

・ヨシムラ
 盲目の青年。はめ込まれた義眼は、瞬間的とはいえ人形の視覚をハックして操作できる。
 主人公という運命は、間違いなく彼を苦しめるだろう。

・40-D(ヨレイ)
 ヨシムラとは別行動をしながら、サトウの行方を探っている。
 彼女を囲う過去は、決して彼女を逃がそうとはしないだろう。

・サトウ
 情報がありません

・エゴール
 既に死亡証明が出ています

・カーター
 彼は多忙の身です

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