物語の初めにセンリさんを6タテした事により、本来の世界戦からズレたユウキ君が、どのような旅をするのかという話の冒頭部分です。
まあ、書き終わって一言目に出た言葉は、リヒトォ!でしたとだけ。
三年前のあの日、僕は決意した。
リビングにあるテレビで、画面越しに戦う父さんを応援する為に母さんと見ていたその時、僕はそれを見せつけられた。
圧倒的な力を持って、実力者である父さんのケッキングを捩じ伏せる彼のケッキングを。
その圧倒的な力を持つケッキングから、全幅の信頼…いや、忠誠心を寄せられる彼を。
そして、他者にどれだけ罵声を浴びせられようとも、眉一つ動かさず、怒り狂う手持ちを鎮める程の精神力を持つ彼を。
三年前の僕は、父さんの応援等頭から抜けていた。ただただ画面越しに映る彼の姿から、目が離せなかった。彼の一挙一動を、その指示やポケモンの動きを、絶対に忘れてなるものかと脳に
しかし、彼の力は圧倒的で、早まる決着に僕は非常に残念だった。もっと見ていたい、その姿を、戦いを、もっともっと__
気づけば、父さんが膝を着いていた。
その時になって、ようやく決着が着いたのだと僕は気付いた。隣では呆然とする母さんが、そして画面の向こうには魂が抜けたような様子の父さんが居た。しかし、僕の意識にあったのは、彼だけだった。
そしてその日から、僕の憧れは父さんから、あの人になった。
あの日から僕は、あの人の事を調べた。どうやら出身地は父さんがジムリーダーを務めているホウエン地方だが、それ以外ではあまり話を聞かない。念の為父さんにも聞いたが、ジムに来た事は無く、存在すら知らなかったそうだ。
だが、父さんを倒したあの日から、あの人の情報が増えた。
その中には、とても興味深い話があった。
どうやら彼は、地位や名誉等には興味が無く、それ故にジムを巡る等をしない。もしくは、したとしてもリーグに挑戦などをしないようだ。ただひたすらに己とポケモンを鍛え、各地を旅する。そこに名誉などの不純な物は要らず、己の道を求める求道者。
ああ、なんて素晴らしいのだろう。美しいとさえ思える。あの人位の年齢ならば、チャンピオン等の名誉等の承認欲求が盛んなころだろう。しかしあの人は、それを全て超越した境地に立っている。
素晴らしい、なんて眩しいのだろう。嗚呼、やはり僕はあの日からあの人のそんな苛烈なまでの美しさに、眼を灼かれていた。
だからこそ、憧れるのだ。
彼のその気高さに、美しさに、他を寄せつけぬ生き方に。
__だからこそ、
旅立ちの日、ポケモンに襲われるオダマキ博士の鞄から覗く未来の相棒の眼に、自身と同じ光を感じた時に。
__僕は、あの人を超えると。
そう、あの日の夜、興奮冷めやらぬ身体を冷やす為に出た夜空を見た時に、自分の魂に刻みつけるように
「……良い眼だ。強い意志を、
そして僕は三年後、あの日から夢見た邂逅を、旅立ちの日に果たされた。
突然のそれはまるで、旅立つ僕を祝福するように。そして__
__その先に待ち構えている、一年という短い時間の、しかしとても忘れはしないだろう、試練の日々を告げるようだった。
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カナズミシティ、自然と化学の融合を追求する街と呼ばれるこの街から、ジム巡りは始まる。
初めて訪れたこの街のジムは、いわタイプのジムだった。生憎僕の相棒とは相性が悪いが、それでも負ける事はないだろう。
それは自惚れでは無い、経験から来る、純真たる現実だ。僕は己のした努力に嘘をつく行為は嫌いだし、それは相棒もそうだ。
だからこそ、僕は少しだけ油断していたのだろう。相手は初めての相手で、初めのジムであるからこそ、というたかを括っていたのだろう。
だが、そんな甘い考えを打ち砕く現実が、目の前に広がっていた。
「
「アチャモ、躱せ!」
迫り来る岩石の群れを、必死に避ける相棒。しかしその挙動には疲労が各所に見られており、精彩に掛けていた。
当たり前だ、もうこの戦いは半刻を過ぎようかという程経過していた。
初めに出してきたポケモンは、イシツブテだった。
初めのジムに相応しい難易度の敵に、油断していたのだろう。難なく降した僕達を見た、僕と歳の大して離れていないジムリーダー__ツツジは、何かを確信したかのように頷くと、腰のボールを取った。
「…やはり貴方は、あの人の言う通り、少し違うようですね。まあ、あの人よりはまだマシですが」
「あの人?」
要領を得ないその言葉に、思わず首を傾げる僕に、ツツジは心底嫌な事を思い出すように吐き捨てた。
「リヒトさんですよ。貴方が来る前に、あの人から少しだけ貴方について言ってたんです。「見込のあるやつが、近々現れる」って、いきなりそれだけ伝えてきたんですよ」
「リヒトさんが……」
告げられた言葉に、胸に何か、言葉に出来ない感情が広がる。憧れの存在に、認められたことによるものだろうか。初めての感覚に戸惑う僕をよそに、ツツジは言葉を続ける。
「私は直接あの人と戦った事はありません。でも、私には出来ないです。あんな化け物は、災害と一緒です!」
少しだけ震えた様子のツツジ、どうやら昔の事を思い出しているようだ。どんな過去があったかは分からないが、どうやら彼女も、リヒトさんの戦う姿を間近で見た事があるようだ。
確かに、あれは一種の災害にも似ている。圧倒的な力の奔流とも、諦めるしか出来ないような怒濤の津波にも、全てを破壊する竜巻にも似ている。
だが___
「気に入らないな」
「……なんですって?」
少しだけ、眉を動かしたツツジを見る。その賢そうな眼から、確かに僕よりも聡明で、現実を見ているのだろう。
だからこそ、気に食わないのだ。
「確かにあの人は災害みたいな人だ。他人の長年の努力を、天才達の才能を、僅かな時間で全てを破壊してしまう、そんな圧倒的な人だ」
三年前のあの日を忘れない、あの日まで、僕の世界の頂点は父さんだった。鍛え上げたポケモンと、研鑽を忘れぬ父さんは、確かに強かった。
だが、それでもリヒトさんは勝った。
十歳で旅を許されるこの世界で、たった二年であの領域に立ったリヒトさんは、そしてそのポケモンは、いったいどれ程の努力を、研鑽を、そして修羅場をくぐったのだろう。
そして、現にあの人は、ああしてあの場に立っていた。
「だから、相手が化け物だから、という自分を守るための言い訳で、進むのを諦めるというのが気に食わないんだ。自分が諦めるのを、人の所為にするなよ。お前の歩みを止める怠慢を、他人に押し付けるのが、見ていて腹が立つんだ!」
「黙りなさい!!」
聞きたくないと、僕の声を遮るツツジ。すると彼女は、持っていたボールを、怒りに任せて叩きつけるように投げた。
そこから現れたのは、本来このような場所で現れるはずのないポケモンだった。
巨大な磁石と、トレードマークとも言える大きな鼻を持った、金属のような光沢を持つポケモン。
「私の相棒、ダイノーズですわ。貴方がそれ程言うのなら、貴方が私に啖呵を切るのなら。あの人が簡単に踏みつけていったこの試練を、突破してみなさい!!」
怒りで、熱くなっているツツジに、しかし何も言う気は無い。
本来なら止めるべきなのだろう、いくら僕が怒らせたとはいえ、ジムリーダーとして明らかに不平等な事を、咎めるべきなんだろう。
でも、僕はツツジの言葉に、引くことを止めた。
リヒトさんは、この試練をいとも簡単に越えていったのだと。彼女はそう言ったのだ。
それだけで、僕が引く理由は消え去った。残る選択肢は、目の前の試練に向かって進む事だけだ。
「アチャモ、行けるな?」
僕の問い掛けに、勿論だと言わんばかりに首を縦に振るアチャモ。頼もしい相棒のその姿に、僕は気合いを入れ直し、目の前の強敵に意識を向け直す。
「さあ行くぞアチャモ。初めての格上だ、出し惜しみなんてしない、全力で、やるぞ。
__勝つのは、僕達だ」
その言葉を切っ掛けに、戦いは再び開戦した。
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そして、今に至る。
そこでは、繰り出される技を避けるアチャモを、執拗に追い縋るダイノーズがあった。確実に追い詰める為に、一歩一歩論理的に詰めてくる。まるでツツジの論理的な思考が襲いかかってきているようだ。
「あれだけ啖呵を切っておいて、その程度ですの!?反撃でもしてみなさい!」
「挑発に乗るなアチャモ、じっくりと機を窺え!」
何度も何度も襲い来る攻撃の激しさに、手が出さずにいるアチャモ。それも仕方ないことだ。なんせ元々相性が悪い相手に、更にポケモンとしての絶対的な強さの差があるのだ。
ポケモンは、進化する度に強くなるのは、誰でも知っている。それは勿論進化前のポケモンと後のポケモンでは、そもそもステージが違う。
そんな、ポケモンとしての格の違いも加味しても、アチャモは押されている。だが、そんな攻撃にも、必ず隙が出来る筈だ。そう思い、避け続ける。
「無様ですわ!あの人ならこんな試練一蹴するわ!でも私は違う!貴方も、他の人、誰もあの人とは違うのよ!」
苦しそうに、血を吐くように言うツツジ。その表情には、まるで過去、誰かに癒えぬ傷をつけられたように、恐怖と苦しみに塗れた、絶望を浮かべていた。
「カナズミシティの前のジムリーダーは、私の父でした。父はとても強いトレーナーでした、カナズミシティの誰もが憧れる、私の自慢の父でした」
その言葉に、一瞬僕の思考が止まった。
まるで、誂えたように重なった。あの日の僕と、彼女が言う昔の事が。
ならばこそ、次の言葉が分かってしまう。それはあの日、僕の目の前で、経験した人が居たからだ。
「でもある日、カナズミシティにあの人が現れました!あの日、突然現れたあの人は、ジムトレーナーを蹴散らし、父に挑みました」
「そして父は、無残な敗北を喫しました。見極めるという役目を忘れ、己の全力を見せ、抗い……抗うことを許されないように、塵芥の如く吹き飛ばされましたわ」
悲痛に、言葉を紡ぐツツジに、僕は何も言えなくなる。
確かに僕は、あの日リヒトさんに憧れた。そして父さんは、いつかリベンジを誓い、更に努力を重ねている。
しかし、そのような人が全てでは無いのだ。
心折れ、挫折し、全てを諦めてしまう人も、どうしてもいるのだ。
全ての人が諦めない訳では無い。あの圧倒的な力の前に、屈する人は、少なくないのだ。
「あんな化け物を見て、どうして怯えずいられますの!?私には出来ません……父を抜け殻のようにしたあの人に初めてあった時私は、膝が震え、倒れ込むのを必死で堪えるので精一杯だったのです!」
恐怖に身体をかきだきながら、ツツジは叫ぶ。最早僕らは目の前の勝負に等意識が向いていなかった。あるのは悲鳴をあげる女の子と、それを見ているだけの僕だった。
しかし、事態は僕らを待ってはくれなかった。
突然の轟音に、思わず首を音の元へと向ける。その方向では、アチャモ達が戦っていた筈だと、砂煙が上がるその場所を見た。
どうやら、放たれたげんしのちからを、アチャモが避けていたようだった。下に向かって放たれた岩の群れを、
__いや、あれでは駄目だ。
「急いでそこから離れるんだアチャモ!」
気付いた頃には既に遅く、飛び上がっていたアチャモには、飛ぶ手段は無く、逃げ道は残されていなかった。
そして、無慈悲なその宣告は、告げられた。
「…さようならです、愚かなチャレンジャー」
昏い瞳で、その手を伸ばすツツジ。そしてその手をアチャモに向けた。
「ダイノーズ、ストーンエッジ」
逃げることの出来ないアチャモに、その鋭利な岩達が、殺到した。
そして、逃げ道のないアチャモは、その全てをその身で受け、力なく墜落して行った。
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「…だから、無理って言ったんですの」
ダイノーズのストーンエッジを受けて墜落するアチャモを眺めながら、ツツジは誰に聞かせるわけでもなく、そう呟いた。
彼が悪いのだ、身の丈に合わない力を持ち、そしてそれに勘違いをして増長したのが悪いのだ。そう、膨れ上がる罪悪感から逃れる為に、自分に言い聞かせていた。
いや、本当は分かっていたのだ。彼が言っていることは正しいのだと。
あの日から、私は恐怖で体が竦むようになった。あれだけ好きなポケモンバトルが、恐ろしくなっていた。
誰もが憧れる父が、一度のバトルでああも変わり果ててしまうのだと、まざまざと見せつけられた事が脳裏を離れず、いつもいつもフラッシュバックするのだ。
だからこそ、あの人を災害だと思うことにした。
そうすることで、あの人をどうすることも出来ないと、そう言い聞かせることで、自分を守っていたのだ。
そうして刃向かう心を殺す事で、私も父のようになりたくないと、逃げるために。
だが、目の前の少年は違った。
ある日、ジムリーダーとの会合があった。その中で、ノーマルタイプのジムリーダーであるセンリが、自慢げに言っていた事を思い出した。
「俺の息子はツツジちゃんと同じぐらいの歳だが、きっと俺より強くなる!なんせあいつは、やると決めたら、出来るまで絶対に止まらないからな」
センリさんが負けた日、彼もその姿を見ていたのだろう。あの日その実力差に、歯牙にもかけられずに一蹴され、力尽きたようになったセンリさんを、彼も見ていたのだろう。
それでも、彼は私と違い、あの人を目標にして、前に進んでいた。
それが、酷く眩しく、そして妬ましかった。同じ境遇なのに、何故自分は出来なかったのか、それを心のどこかで責めてしまう自分を自覚させる彼が、気に食わなかった。
でも、それも終わりだ。この戦いで、彼は身の程を知るだろう。あの人とは違う自分に、絶望するだろう。そして夢を閉ざすのだろう。
一人の男の子の夢を閉ざす、最低の行為。自身の臆病さの代償行為に、吐き気すら覚える。そうすることになんの意味があるのか。
そして、アチャモの身体が地面へと迫る。気を失い、無数の傷がついた身体では、どう足掻いても起き上がれまい。
そう、分かっている。そうしたのは自分だ、踏みにじったのも、貶したのも自分だ。
でももし、
そんなifは無い、そう思考を切り上げ、踵を返そうとして___
「まだだ!!!」
ジムに響き渡る程に、そしてジムを揺るがすようなその声に、私は思わず振り向く。どれだけ叫んでも無駄なのに、それでも叫んだその彼の姿を視界におさめる。
そこには、しっかりと自分の足で立つアチャモと、その後ろで、私を真っ直ぐと見つめる彼の姿があった。
「なんで…ですの」
思わず口から出てしまった問に、私は気づいていなかった。それだけ衝撃的な光景に、私の思考は、どこか遠くへと飛んで行ってしまっていた。
馬鹿な、ありえない、何かのまやかしだ。頭の中で浮かんでくるそれらの言葉、しかしそれらが口から溢れる前に、彼は突然、頭を下げた。
「先程はすまなかった、」
深く頭を下げる彼に、私は呆然とする。踏みにじったのは私だ、貶めたのは私だ、糾弾されるのは私の筈だ。なのに、彼は私に向かって頭を下げた。
「思えば、全員が僕のように行くわけではない。あの人は圧倒的で、それを前に挫ける人も居るのだと、僕はこの三年間で多く知った筈だった」
悔いるようなその表情から、その言葉の真偽は自ずと分かった。
確かに、彼程あの人に憧れる者ならば、彼を調べる内にあることを知る筈である。
あの人__リヒトに心を折られた人は、それこそ数多く居ると。
多くの土地を旅するあの人は、それだけ多くの人々と関わってきた。だからこそ、多くの人々が彼のあの異常なまでの強さに、絶望するのだ。そうして、あの人は本人の意思に関係なく、多くの人々を絶望の底へと落としていった。
それを、彼が知らぬ筈がない。
「分かっていたつもりだった。だが、それでも目の前にするまで実感がわかなかった。父さんは立ち直り、僕と一緒にリベンジを誓ったから」
「だからこそ、僕はあの人を超える為に、あの人とは別の道を行くんだ」
そう言った彼に応えるように、アチャモが一歩前に進む。ボロボロで、傷が無いところが見当たらない程の重症にも関わらず、その足取りは強く、気迫が溢れ出ていた。
「あの人は、強すぎて全てを捨てていった。天性の強者であり、並び立つ者が居ないからか、あの人は全ての人々を捨て去ることしか出来ていない」
いつかを思い出すように呟く彼、そしてその眼をこちらに向け直すと、拳を握り、言葉を紡いだ。
「でも、僕はそんな生まれながらに強いわけじゃない。ポケモンバトルは得意な方だが、あんなにずば抜けているかって言われればそこまでだし、ポケモンもまだアチャモしか居ないから、あんなにポケモンに信頼されてるなんて言えない」
「だからこそ僕は、あの人とは違う道を___」
「あの人が捨てていった分も、僕が全て背負って、胸に刻んで進んで行くって決めたんだ!」
「あの人のように、強さの為に全てを捨てる事は、まだ出来ない。それだけ僕は強くないし、アチャモもまだまだだ。でも、戦った皆の想いを背負って、歩む事は出来る!」
力強く握る拳に、彼の思いの固さが現れているようだった。その眼は、確かにあの人に似ていて、強い瞳だった。
でも、どこかあの人とは違う、弱さを持った瞳だった。
「ツツジみたいに、心折れる人も居る。恐怖に竦み、立ち上がれない人も、無念に、諦める人も居る。でも、だからこそ僕は、その人達を捨てない。その人達は、等しく僕を成長させ、作り上げてきた人達だからだ!」
一歩一歩、アチャモが前に進む。その圧力に、ダイノーズが思わず後退る。
「自惚れですわ!そんな事をでなんになるというのです!!」
「確かに自惚れだ。勝手に背負って、勝手に満足して、それで僕が勝手に進むだけだ。でもね、それでも覚えてて欲しいんだよ」
真っ直ぐに私を見る彼は、突然微笑んだ。全てを包むように、そして鋼のように強く、微笑んだ。
「僕が勝てたのは、僕だけじゃない。ツツジ達が居たからだって、胸を張って言う為だって、僕は
「黙りなさい!」
告げられた言葉に、思わず叫ぶ。そして、ダイノーズに攻撃を指示した。これ以上言わせない為に、その口を閉じさせるために。
これ以上、私に幻想を見させない為に。
「ダイノーズ、ラスターカノン!」
吹き荒れる銀色の砲撃、恐ろしい威力を誇るその技は、はがねタイプの中でも有数の威力を誇る大技である。
ましてや、瀕死に限りなく近いアチャモが受けて、無事な筈が無い。
今度こそ終わりだ、最早受ければ立ち上がることは出来ない。これが、正真正銘の最後なのだ。
そして飛来するその砲撃。それが彼のアチャモを覆い隠したその時__
「そうだ、アチャモ。僕達はこんな所じゃ終わらない、終われやしない。そうだろ?」
巨大な炎の柱が上がり、ラスターカノンを消し飛ばした。
突如として現れたその炎に、私は唖然とする。今度はなんだ、最早手は尽きたはずだ、反抗の芽は無いはずだ。なのに何故……。
混乱する頭の中、しかしそれでも目の前の光景から目を逸らすものかと、何故かその光景を見続ける。
まるであの日、恐ろしさから目を逸らしたあの人に、立ち向かうように。
「終われないさ、僕達は。出会った時に誓ったんだ。僕達二人で
炎から現れたアチャモの姿に、私は愕然とした。
その身は、雛を思わせる姿からは大きく異なっていた。
短い足は伸び、人型を思わせる二足歩行に。
そしてあどけなさを残していた瞳は、凛々しさを湛えた意志ある瞳へと変貌を遂げていた。
相棒の
「始めよう
「僕達と皆の、
まるで炎の柱は、反撃の狼煙のように立ち上る。そして、それを背にこちらに向かって1歩ずつ踏み出して来るワカシャモに、私はいつの日か感じていた、あの人を重ねていた。
でも何故か、どうしてか彼の方が、暖かい気がした。
「ダイノーズ、げんしのちから!」
「ワカシャモ、
飛来する岩石群を、その硬質な爪で切り裂き、突貫するワカシャモ。その速さは進化前とは段違いで、正しく正当に生物として進化したのだと、実感させられる。
今なら、手も足も出なかった目の前の強敵に、勝てる。いまなら、なんだって出来る。ユウキがそう錯覚してしまう程に、強くなっていた。
「ワカシャモ、ニトロチャージ!」
ユウキの指示に、ワカシャモは炎を身体に纏わせることで応えた。
炎を纏わせることで、敵を攻撃するニトロチャージ。本来ならばワカシャモに進化する時には使えないが、それには、ある理由があった。
それは、ユウキとアチャモが行っていた、常軌を逸した訓練の数である。
ユウキはアチャモを迎えてから、アチャモに対しての知識を集めた。過去に観測されたアチャモの技を、全てを覚えた。
そして、その中からのいくつかを、映像を見せ、何度も何度も特訓することによって、無理矢理己がものとした。
そう、前例があるのなら、僕達に出来ないことは無い。
出来ないということを否定し、道理をねじ伏せたのだ。
「デタラメね、本当に誰かに似てるわ!」
「最高の褒め言葉だ!」
「皮肉なのよ!!」
荒い言葉の応酬。だが、その中には不思議と、初めの啀み合うような棘はなかった。
目まぐるしく変わる戦況。バトルの中で進化したワカシャモは、そのスピードを活かし迫るが、ダイノーズも範囲を広く攻撃するため近付けない。
膠着状態になった状況、しかしそれでも、ダメージを受けた量はワカシャモが多く、とても有利とは言えない。
だが__
「ダイノーズ、すてみタックル!」
この一言から、戦局は終わりを告げ始めた。
業を煮やしたツツジの指示に、ダイノーズがワカシャモに向かって突撃する。
だがすてみタックルは、当たれば強力な技だが、それは当たればの話である。
突撃するダイノーズを、ワカシャモは横に飛ぶことによって避ける。そして、無防備な土手っ腹に目掛けて、攻撃を叩き込んだ。
「きしかいせい!」
接触_そして轟音。その音が響き渡り、ダイノーズの巨体が、真横に吹き飛んだ。
きしかいせいの特性は、HPが少なければ少ないほど、攻撃の威力が加算されるというものである。
先程まで、瀕死寸前まで追い詰められていたワカシャモが、それもかくとうが弱点のダイノーズに食らわせた一撃。
その威力は、想像を絶するだろう。
吹き飛んだダイノーズは、ゆっくりと起き上がる。しかし、その挙動の中に、無視出来ない程のダメージが見え隠れする。
対するワカシャモも、蓄積されているダメージが祟り、最早技を撃つのも精一杯という体である。
「次で…最後ですわ」
「ああ…最後だ」
お互いのトレーナーがそういうと、それぞれ離れている相手を見据え、技を使った。
ワカシャモは、体の周りに纏わせる炎_ニトロチャージを。
ダイノーズは無数の宙に浮かぶ岩の刃_ストーンエッジを。
それぞれが展開した時、言葉もなく火蓋は切られた。
飛来する岩の刃を、ワカシャモは炎を纏ったまま避ける。しかし、全ては避けきれず、その鋭利な岩が体のあちこちを切り裂いてくる。
だが、ワカシャモは止まらない。全ては目の前の強敵を倒す為、敵の懐に飛び込み、この一撃を叩き込む為に。
避ける、避ける。致命傷になりうる刃を避け、それ以外を全て無視する。無数の傷が出来ようとも止まらないワカシャモは、ついにダイノーズの懐まで潜り込み__
「それを待っていました!!」
近距離に躍り出たワカシャモに、ダイノーズが突撃した。
ツツジは、初めからこれを狙っていた。致命傷となりうるストーンエッジを全て躱しきり、油断した所への、最大級の技を叩きつける。生半可な攻撃を喰らわないワカシャモへと取った、強硬策。
放たれたすてみタックルに、ワカシャモは仰け反る。まるで糸が切れたマリオネットのように、後ろへと倒れ込むワカシャモ。勝負あり、誰しもがそう思った瞬間___
「まだだ!」
ユウキのその言葉を受けたワカシャモが、突如としてその状態から復帰し、再びダイノーズの前に躍り出る。
突如とした復活に、ツツジの表情は驚愕に染まる。またしても、完璧に倒したと思われる所から、奇跡のような復活を遂げたワカシャモに、疑問が抑えられなかった。
「なんでって顔してるから、教えてあげるよ」
ユウキは、拳を握っていた。脇を締め、力いっぱいに握るその拳は、何かを待っているように、震えている。
しかし、顔は冷静に、ツツジに向き合う。そして、本日見せた中で、1番の笑顔で、高らかに叫んだ。
「僕達は、一度
年相応の、少年の顔を浮かべ、ユウキは告げた。
「ワカシャモ、カウンター!!」
そして、超至近距離から放たれたカウンターは、正面からダイノーズに炸裂し……
……ダイノーズは、目を回して倒れた。
__________________________
「……負けましたわ」
死力を出し尽くし、チャレンジーを叩き潰そうとして、破れてしまった。
しかも、一時の感情に左右され、己の役目を忘れてしまうという失態を犯してしまった。
でも、対峙する彼は、それすらも乗り越えてみせたのだ。
巨大な、理不尽なまでの試練を前に、決意を持って前に進んだのだ。
勝利を分かち合う彼に、私は歩み寄る。すると彼も私に気付いたのか、こちらに向かって歩いてくる。その後ろでは、彼のワカシャモが私のダイノーズに近づき、健闘をたたえるように笑っていた。
「おめでとうございますわ、それとすみませんでした。本来ならジムチャレンジに私情を挟むなどご法度であるのに」
「気にしないで、僕にも非はある。僕は僕の我儘を、そして君は君の意地をぶつけただけの事だよ」
そう言って微笑む彼の笑顔に、眩しくて思わず目を逸らす。
どうにも顔が熱い、試合の後で体がほてっているせいなのか。少し鼓動が早くなる。
目を逸らした私に、彼は不思議そうに首を傾げると、そのまま右手を差し出してきた。
その手に、私は少しだけ躊躇ったが、しっかりと握り返した。
「本当に、私のこの想いを背負う、覚悟があるの?」
改めて、私は彼に問うた。
彼は、敗者の無念を背負うと、負けて、破れて、燃え尽きたもの達の全てを、背負うと言い放ったのだ。
それが、何を意味するか、彼は分かっているのだろう。
「貴方は、これから先、あの人に倒され、牙を折られた全ての人からの、
言葉通り、あの人に負けた人はごまんといる。しかし彼もまた、その全てを超えて、そして背負うと告げるのだろう。
ならばこそ、折れた者たちは彼に全てを託すのだ。
己が成し遂げられないことでも、お前なら出来るのだろう?私達を倒したお前には、あの人を超える責任があると。
身勝手な怨嗟の声が、期待という名の嫉妬の鎖が、一生彼にまとわりつく。彼があの人に近づく度に、それは重く、多くのしかかる。
立ち止まる事等許さないと、お前はあの人を倒すまで倒れる事は許さないと。巻き付くその声が、彼を一生離さないだろう。
だが__
「愚問だよ」
その私の、暗い心の内を祓うかのように、彼は宣言した。思わずその顔を見る。彼は、バトルの時と同じ、決意を輝かせていた。その輝きは、まるで太陽のようにも見え、私は思わず、眼を灼かれそうになった。
「誰に会おうと、誰に託されようと、そしてそれがどれだけ僕にのしかかろうとも、折れはしないさ」
「僕は、決めたんだ。誰でもない僕に、三年前のあの日見せられた光に、人生を決められたんだ」
力強く叫ぶその声に、私は確信する。この人は、折れないのだろう。固く、研ぎ澄まされたような彼に、私は、懐から取り出したものを渡した。
何せ私は、硬く、逞しいものに誰よりも詳しい、いわタイプのジムリーダーなのだから。
「託さないわ、でも、
そう言って私は、いわを象った意匠のバッジを彼に渡した。
でも私は、彼に託さない。背負わせない。
だからこそ、私は彼に追いつくのだ。そして、彼に打ち勝ち、この日の出会いを、胸を張って誇ってやるのだ。
そう、私はこの日、誰でもない私自身に誓ったのだった。
ハイライトオフトラウマ持ちツツジちゃんVSメンタルクソ強ガンギマリミシロ人でした。
まあ書いてる本人も、軽く「まだだ」ってやるだけだった筈なのに、思いの外リヒトがした事が膨れ上がるし、その所為でトラウマ植え付けるし、その皺寄せがユウキ君に来るというギリシャ神話みたいなことになるとは、書き始めた時には思わなかったです。
これも全部、リヒトって奴の仕業なんだ(草加スマイル)
出てないくせに面倒とか地の文先輩キレ散らかしそう。