理を超える者   作:クズ餅

8 / 16

西日本を襲った竜巻擬きで家の屋根瓦が吹き飛ばされたので初投稿です。

今回はバトル描写を書いてみたのですが、なんともまあ、納得いかないというか、本人的には微妙になってきました。
後、感想でLight作品について触れてくる人が増えてきた為、みんな厨二心を忘れていないんだなぁと思った所存でございます。

後感想で言っていたエンペルトニキ、ごめんね、リヒト君はエンペルト使わないんだ。

リヒト君は。


神速

『エンキは、どうしてそこまで技を磨くのですか?』

 

 

ある日の昼下がり、いつもの様にキッサキシティのログハウスの前にて、鍛錬を続けるエンキに、突然問を投げ掛けるヴィーラ。少しだけ寒いのか、身体は震えていた。

それもその筈、ヴィーラは本日のエンキの鍛錬を最初から最後まで、凡そ八時間、傍に居続けその全てを見ていた。

故に、身体は凍え、さしものヴィーラも震えが抑えられなくなっている。途中からリヒトに防寒着を渡された。

 

だが、そうして身体を暖めていたヴィーラとは対照的に、件のエンキは、腰を大きく落とし、右拳を腰だめに構えていた。

膝を曲げ、足を前後に大きく開いたその構えは、まるで拳を打ち出す直前の、力を溜めているようだった。

 

『……え?ああごめん居たのかヴィーラ』

『ええ、()()3()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()隣にね』

 

 

キョトンとした眼でヴィーラを見るエンキ、どうやら本当に気づいていなかったらしく、少しだけヴィーラは苛立った。

しかし、邪魔をしているのは自分だと思い直し、再び先ほどと同じ問を投げ掛ける。するとエンキは、体勢を崩すことなく、笑顔で返した。

 

 

『それはな、俺が弱っちい雑魚だからだよ』

 

『__タチの悪い冗談ね。貴方私をバカにしているの?』

 

 

告げられた解に、ヴィーラは静かに怒っていた。

 

ヴィーラを端的に言葉で表すと、狂信者という他あるまい。

信者ではなく、信奉者でもない。正しく狂信者である。信ずる事に狂い、他を否定する狂った信徒。

では彼女は、一体何に狂っているのか。

 

 

 

簡単だ、彼女は自身の主たるリヒトに、狂っているのだ。

 

自身を使役するリヒトを神の如く信仰し、その手先として力を振るうことを至上の悦びと信ずる彼女は、己が役目である敵の殲滅に、大変意欲的である。主の威光を知らせる為、また主を愚弄する愚者達を屠る為、日々その力を付けている。

だからこそ、そんな彼女は文字通りリヒトを盲信している。リヒトが言う事こそが真実であり、他の有象無象の者の言うこと等塵芥に等しいと、本気で思っている。

 

だからこそ、許せなかった。

 

 

 

 

『貴方、今の自虐で誰を愚弄したのか分かっているのか?』

 

 

自身より上の実力者で、手持ちの中でNo.2とリヒトに認められた者が己を愚弄するなど、それは認めたリヒトを愚弄するのに等しい事だと。

底のない沼のように濁った眼で、エンキを睨みつけるヴィーラに対して、エンキは薄く笑い、口を開いた。

 

 

『いや、俺が弱いってのはお前以外全員分かってるよ。無論我が師もな』

 

 

清々しいまでにそう言い切るエンキに、ヴィーラは戸惑う。何故恥じないのか、己の弱さを。何故主の御本に居るお前が、その弱さを平然と語るのか。

 

何故自身より強い貴様が、弱いと宣うのか。

 

 

『……恥じは、ないのか』

 

『ないなぁ』

 

『貴様は、弱いことを何故恥じる事無く言い切るのだ!!』

 

 

湧き出る怒りに、思わずその爪をエンキに向けたヴィーラ。しかしそれでもエンキは動じない。少しも動くことはなく、同じ態勢を保ち続けている。それが余計癪に触り、あわやその爪が仲間を傷つけるという瞬間、エンキは口を開いた。

 

 

『確かに、弱いということは恥じだ!強く生まれなかった我が身を呪い、才がないこの身を憎み、また過去に産まれたことを嘆いたこともあった。でもな、そんな俺に、我が師は言ったのだ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『「……お前は弱い。()()()()()()()()()()。」とさ」』

 

 

そう言ったエンキに、ヴィーラは思わず爪を下げた。

未だ分からない、己を弱いと高らかに言うエンキが、それを許容する他の仲間達が。何より分からないのは……

 

 

 

 

 

 

それでいて尚、その弱さを愛する自らの神の御心が。

 

ただ、ヴィーラにはそれが、酷く眩しいものに見えていた。

 

 

 

__________________________

 

 

「しんそく」という技が、ポケモンの中に存在する。

元々はウィンディしか覚えなかった技で、その能力は中々強力なものだった。

 

それは、高威力の技でありながら、必ず先制攻撃が可能という事だ。

ある世代まで、限定で現れるポケモン達以外には持ちえなかったその技は、説明にこう書いてあった。

 

 

目にも 留まらぬ ものすごい 速さで 相手に 突進して 攻撃する と。

 

先制攻撃が可能なのだ、それはそうだろう。対ポケモン戦においての先手とはそれくらい出来ないと当たり前なのだ。

 

 

では、目にも留まらぬとは一体、どれくらいの速さなのか?

 

よくボクシングの試合等で実況が、目にも留まらぬパンチ等という事があるだろう。実際その瞬間は一瞬で、トップレベルの選手なら、いつの間にか敵が倒れているという現象が起こりうるのだろう。

しかし、それはあくまで人間から見た速さである。

それでは一体、対ポケモンにおける「目にも留まらぬ速さ」とは、一体どれ程なのか?

 

マッハを越える、そんなスピード?

 

いやいやいや、そんなものな筈が無い。ポケモンでマッハを越えるスピードを出す個体なんてごまんといるさ。

 

じゃあ、どんなの?

 

 

 

 

それはな、()()()()()()()()

 

 

 

__________________________

 

 

 

一歩踏み込んだ時、弾けるような音がした。空気の壁を叩きつけた音だろう。

 

二歩踏み込んだ時、姿が消えた。

 

そして三歩目からは、遅れて聞こえる土を蹴るような音だけが、エンキの周りから聞こえるだけとなった。

 

絶対に相手から先手を奪うというその性質上、そのスピードはどのポケモンが繰り出す技、そして個体特有のすばやさを超えなければならない。

その中で、ポケモンの技というものはとても不可思議な性質を持つ。それは、個体値に関係なく先手、もしくは後手に回るというものがあることだ。

 

どれ程の速さがあろうが、それでもその技を出せば、確実に先手がとれる技。それはゲーム時代でさえ大きなアドバンテージがあるが、では現実となったこの世界では、それはどう映るのか。

 

 

簡単だ、()()()()()()()()()()()

 

土を蹴る音が増える度、加速するルカリオは、最早影すら現れない。ただひたすらに速い、最早残像を残す程に、加速していた。

 

 

「確か、ゴウカザルは素早さに優れていたポケモン。なら、この速さについてこられるかしら」

 

 

薄く笑い、リヒトを見やるシロナ。しかし、リヒトはそんな挑発の言葉に対しても、無感動に、無表情に戦いを眺めている。

そのどうでもよいような顔に、シロナは思わず苛立つ。まるで戦いを見ていない、目の前の戦いを通して別の何かを見ているようなその眼に、プライドを逆撫でされたのだ。

 

だが、突然リヒトは、顎に手を当て考え込むような仕草を取った。そしてそのまま顔を上げて__

 

 

「…エンキ、置け

 

決して大きくない声、されど幼いながらによく通った声で、その言葉が呟かれたその瞬間__

 

 

 

 

 

 

とてつもない衝突音とともに、ルカリオが地面へと倒れ伏していた。

 

 

「なに…これ?」

 

 

突然起こったその現象に、シロナの頭は混乱していた。先程まで、圧倒的なスピードでゴウカザルを翻弄していた自分の手持ちが、瞬く間に地面に這いつくばっている光景に、頭がついて行かなかった。

何が起きたのか、それを理解する為にゴウカザルへと目を向ける。しかしそこには、ただ後ろに向けて拳を突き出した構えを取っているゴウカザルが居るだけだ。

 

 

「ルカリオ起きて!何があったの!」

 

 

呼びかける声に、ルカリオは少しふらつきながらも、立ち上がり始めた。しかしその動きはよろよろとノロマなものであり、立ち上がるまでに幾度となく追撃出来た筈だ。

 

 

『駄目だな、こりゃまるで駄目だ。ただ速いだけでなにも無い』

 

 

戦いの途中であるにも関わらず、ゴウカザルは吐き捨てるようにそう言った。勿論人間には聞こえる筈もないその言葉は、しかしてポケモンには聞こえる訳である。

 

 

『き…貴様!我が主と鍛えたこの技を、コケにしおって!!』

 

『当たり前だ、貴様のそれはただ速いだけの児戯だ。現に今、俺がお前の軌道に拳を構えただけで、お前は自滅した』

 

 

そう、今エンキがやった事は、リヒトの言葉通りに、拳を置いただけたのだ。

速すぎるしんそく、しかしそれは文字通り、神にすら届きうる速さ。しかしそれが、一ポケモンに完璧に扱う事が果たして出来るだろうか?

つまり、しんそくの弱点はその単調さである。常軌を逸したその速度により、直線攻撃しか出来ないのである。ならばそこに、その速さを利用されて破られるのは道理なのだ。

 

だが、当然のように語るエンキは気づいていない。単調だと切って捨てるそのしんそく、しかしその単調さを突くには、その速さを完璧に見切り、次の軌道にその速さよりも速く軌道に拳を置かなければならないのだ。

その発言の異常さに、ルカリオは気づいてしまった。なんだこいつは、これが名も知られぬ子供のポケモンなのかと、震え上がる。

 

 

「ルカリオ!じしん!」

 

 

しかし、シロナの指示に、その思考が目の前の戦いに戻った。

その指示通りに、ルカリオは一瞬で後退、そしてじしんを放とうとした。

 

 

そう、放とうとしたのだが__

 

 

 

『おいおい、逃げんなよ』

 

 

その後退するルカリオの真横に、エンキがピッタリと並走してきた。

驚愕するルカリオ、その驚きに一瞬身体が硬直した。しかし急いで対策を取ろうと、繰り出す技を思考した。

だがそれは、一瞬の空白を目の前の敵に晒すという結果を生み出した。

 

 

『判断が遅い』

 

 

呟かれたその言葉が終わる頃には、ルカリオは吹き飛んだ。

 

上体を大きく仰け反らせたまま、遠く吹き飛ばされたルカリオ。どうやら顔を狙われたらしく、しばらく起き上がらない。

そして、何かの攻撃を放ったであろうエンキは、またしても拳を突き出した構えのまま、制止していたを

 

 

「攻撃が……見えなかった」

 

 

目の前で起こった事に、シロナは絶望にも似た感覚を覚えた。今までチャンピオンになってから、彼女は一度も自身の手持ちが圧倒される等という経験がなかった。旅の中で成長し、自身と共に成長してきた彼らの全てが、音を立てて崩されていくような感覚に襲われる。

 

しかし、ふと思い出す。しんそくのように、確実に先手がとれる技を。今のように拳を使う技を。

 

 

「まさか、マッハパンチ?」

 

 

辿り着いた答えに納得すると共に、ルカリオを見やる。吹き飛ばされ、未だに立ち上がらないが、その眼は死んではいない。どうやら相手はこちらに情けをかけているようだが、それを逆手にとってやるとさえ考えていた。

最早シロナは、目の前のリヒトを、ただの生意気な子供と考えていなかった。目の前の者を、なんとしても倒すべき敵として、戦術を練っていた。

 

だが__

 

 

シロナの言葉を聞いたようなリヒトは、その言葉に少しだけ、不思議そうな仕草をする。相変わらずの無表情に、シロナはカラクリを暴いたと、突き付けてやろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

「タネは割れたわ、それなら他にやりようは…」

 

「お前は何を言っているんだ?」

 

がらんどうの、二つの瞳が、シロナを突き刺すような幻覚に、苛まれた。

こいつは何を言っているんだ、という彼の言葉に、シロナは上下を失ったような感覚に陥る。

タネは割った、それに対策を立てるだけだ。そんな言葉は挑発だ、はったりだ、そうあらねばならないのだ。

 

まくし立てるようなシロナの思考を、全て見透かしているようなその瞳が捉えるような幻覚。それを感じたシロナを嘲笑うかのように、リヒトは口を開いた。

 

 

「あれはマッハパンチではない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ただの正拳突きだ」

 

 

告げられた言葉に、今度こそ下半身の力が抜け落ちるのを自覚した。

立つ力が無くなったように、膝から崩れ落ちる脚に、自身の意思とは反するように震えている両足に、シロナは最早、言葉すら出なくなる。

 

世迷言をと切り捨てようとする思考と、目の前の少年からは一切虚偽の反応が無い。なによりその空虚な瞳が、それを雄弁に物語っている。

 

「…そろそろ、終わらせるか」

 

 

呟かれたその宣告にも似た言葉に、思わず自身のルカリオを見やる。そこには、立ち上がろうとするルカリオの目の前に立ち塞がる、ゴウカザルの姿があった。

 

 

「…ぁ、駄目、立っては駄目…」

 

 

本能からか、そんな言葉が口から零れ落ちる。しかしルカリオは立ち上がる、己に勝利を捧げる為、目の前の敵に立ち向かう為。

蛮勇を持った波動の戦士は、目の前の絶望に気付かず、愚かにも立ち向かうのだった。

 

 

 

 

__________________________

 

 

 

『…ああ、我が師からのお達しだ。そろそろ終わらせろとな』

 

 

明確な挑発、そして勝つと宣誓したエンキを、ルカリオは睨みつける。

 

 

『貴様、目は節穴か?私はまだ立っているぞ。決着はまだついていない!』

 

叫ぶルカリオに、エンキはわずかに興味を持った。勝敗は歴然、今にも倒れそうな姿の自分を自覚しながら、負けていないと啖呵をきる姿に、少しだけ喜びを覚える。

 

 

『じゃあ、なんでそこまで戦おうとするんだ?あと一撃食らわせれば多分倒れるのに、どうしてそう必死になる』

 

 

少し薄く笑い、そう問いかけるエンキ。まるで答えが分かっているかのような表情に、だがルカリオは気づかない。痛みや意識の混濁で、最早前すらまともに見えていないルカリオは、だがそれすらを忘れさせるように叫んだ。

 

 

『仕える主がいるのだ!私をここまで強くしてくれた、共に歩んでくれた主が!その主に私は報いねばならない!この勝利は私だけのものではない!貴様とて同じだろう!貴様は師と仰ぐ者の為に、そして私は主の為に!己の強さを譲らないのだ!』

 

 

叫び終わると同時に、ルカリオは駆け出した。その一歩目で音の壁を超える、乾いた音が響き渡る。

二度目の、それも先程破れた技を使うルカリオに、もし観客が見ていればどう思うだろうか。滑稽に見えるだろうか、バカの一つ覚えのように、それしか出来ないのかと考えるだろうか。

 

だが違う。ルカリオは、破られていると分かっていたしんそくで、あえて向かっていった。では何故か?それは__

 

 

 

 

『成程、主と己で作り上げた、一番信頼出来る技だからか』

 

 

ルカリオにとってこの技は、ただの得意な技ではない。この技は、ルカリオとシロナの成長の証であり、数多くの敵を倒してきた、信を寄せる最高の技だからだ。

 

 

『たとえ破られていたとしても、己の信ずるものを貫き通すか…その心意気、誠に素晴らしい!』

 

 

そう言うと、エンキは構えを解いた。

戦う気が失せたのか、そうもとれるその姿に、だが、ルカリオは気を緩めない。

 

 

『(トップスピードで!今までの全てを超える素早さで!全てを絞り出して倒す!細胞全てを使い切れ!この一瞬に、己の全てを掛けろ!!)』

 

 

加速する自身の脚が上げる悲鳴すらも無視して、ルカリオは加速する。この一瞬で、全てを終わらせてもいいと、己の全てを投げた出す程に、その加速に全てを注いだ。

そして、その素早さは、頂点に達した。

 

『いざ!尋常に…勝負!!』

 

 

宣言と共に、エンキへと向かって突進するルカリオ。己の全てをかけたその加速は、だが、エンキの瞳に捕らえられていた。

そして、エンキがその軌道に拳を置いた瞬間___

 

 

 

 

 

__ルカリオが、エンキの後方から現れた。

 

 

ルカリオは、初めから自身のスピードを見切られると分かっていた。どれだけ加速しようが、それを見切られ、拳を置かれると。

 

だからこそ、ルカリオは拳を置いたと視認した瞬間に、無理矢理進路を変え、エンキの後ろに回り込んだ。

 

 

そして、エンキの拳の射程外。確実に一歩以上踏み込まないと届かない場所に、ルカリオは回り込んだ。

そして、もう一度技を放った。

 

 

『「じしん」だ!』

 

 

この瞬間、ルカリオは己の信ずる最高の技を、主に勝利を捧げる為に、ブラフとして使い捨てた。貪欲なまでの勝利への渇望、そして高いプライドさえも主の為に捨てるその忠義。そのあっぱれなまでの一撃は__

 

 

 

 

 

 

『見事だ!』

 

 

打ち込まれた、「とびひざげり」にかき消された。

 

エンキは知っていた、忠義の者がどういう選択をするのかを。主に勝利を捧げる為に生きるものが、己の意地だけの行為を選択しないことを。

 

言うなれば、()()()()()()()。敵対する好敵手を、その素晴らしき忠誠心を。

 

 

攻撃を受けて浮き上がるルカリオの身体を、ルカリオはまるで、どこか他人事のように眺めていた。ゆっくりと、スローモーションのように流れる時の中で一度、確かにエンキと眼が合った。

 

 

『素晴らしき忠誠心、素晴らしき貪欲さ。俺はあんたを見くびっていた、全霊の賞賛を贈ろう!素晴らしき好敵手よ!』

 

 

嬉しそう、確かにそう言ったエンキは、そのまま拳を構えた。まるで今から、更に攻撃を打ち込むように。

 

 

『故に、これから贈るのはそんな友たるお前に贈る、手向けだ。これが俺の、必殺の手札の一つだ』

 

 

シュウッ、と呼吸を整える音がした。大きく息を吸い、肺が膨らむ姿が鮮明に見える。まるでこれから、無酸素運動を行うように、エンキは限界まで息を溜め、呟いた。

 

 

『ホウエンの怪物(準伝)を屠り去ったこの連撃、しかと受けよ!』

 

 

そう言ってエンキは、「ほのおのパンチ」を放った。

 

 

大きく身体が吹き飛ぶ。しかし、エンキは離れない。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そしてそのまま「けたぐり」を放つ。

弓なりに吹き飛ぶ身体に、また追い付き、「かわらわり」を叩きつける。

叩き付けられた勢いで、慣性のまま地面にバウンドし、そこに「グロウパンチ」の()()が叩き込まれる。

 

これこそが、エンキの必殺の手札、その一つである。息をもつかせぬ程の、技の連撃。たとえ吹き飛ばされようが逃げようのない攻撃の嵐。そしてそれら全てが正確無比に、確実に叩き込まれるという無慈悲な事実。

そして、ここまでにかかる時間は、2秒にも満たない。一瞬の内に行われる蹂躙劇に、多くは何も分からずに敗北するだろう。

 

だが、未だ続く連撃の最中、ルカリオだけは意識を保ち、それを間近で受けながら、見ていた。

 

「ダブルチョップ」で叩き付けられた身体が浮くと同時に、低空に浮く体に「ローキック」が放たれる。そして吹き飛ばされた身体を打ち付けるように「アイアンテール」を食らい、地面を何度もバウンドする。

 

ボロ雑巾のように、何度も何度も打ちのめされている。最早敗色濃厚の最中で、ルカリオが感じていた事は、喜びだった。

 

 

ああ、私はまだ強くなれると。完成等されていなかった、まだ上を目指せる、まだ上の者がいる。そして___

 

 

 

 

__その敵からの勝利を、我が主に捧げる事が出来ると。

 

 

「スカイアッパー」で空高く打ち上げられた時、終わりが近付いたと悟った。次の一撃で、恐らく私は倒れると。そしてそれがこの戦いの終わりだと。ルカリオは本能的に理解した。

 

そして、打ち上げられたルカリオの更に上空に、案の定エンキは現れた。そしてその足には、燃え上がる焔が揺らめいていた。

 

 

『楽しかったぞ友よ!しかし、今日はこれで終わりだ』

 

 

そして、その言葉と共に「ブレイズキック」が放たれ、そのままルカリオはキックを食らった勢いで、地面へと堕とされた。

 

 

見上げる空に、まだ好敵手は残っている。

それが、自身とは違う遥か高みに居るようで、笑えないのに笑ってしまいそうになる。

だが、だからこそそこへと至る価値があると、ルカリオは心の底から喜んだ。そう、拳をエンキに向かって突き上げた。

 

 

『次こそは…私が勝つ』

 

 

満足気に、そう言ったルカリオは、言葉と共に突き上げた拳を力なく降ろし、眠りについた。

そして、長い滞空から降りたエンキも、ルカリオの元へと歩み寄ると、薄く笑った。

 

 

『いいとも、だが、次に勝つのも俺だ』

 

 

欠片も勝ちを譲る気等ないその言葉に、ルカリオが起きていたなら苦笑したのだろう。そう思いながら、エンキはリヒトの元へと戻って行った。

 

 

__________________________

 

 

倒れるルカリオと、それに駆け寄るシロナ。その姿を横目に、こちらへと帰ってくるエンキ。

それ等を少し離れた所で見ていたリヒトは、相変わらずの無表情だった。しかし、その内面はというと……

 

 

 

「(はァ〜〜〜んチャンピオン倒してしもうたぁ!?!???ホウエン在住の御曹司Dさんの二の舞やん)」

 

 

これである、お前の師こんなんだぞ、大丈夫か?

しかし、そんな内面を無表情で覆い隠すリヒトに、誰も気付かない。外見だけはマトモに見えるのだ、これが始末に負えない。

 

 

「(なんでこうなんねん!?俺はただダイゴから逃げてきただけなのに!そして旅費稼ぐ為にエリートトレーナーに喧嘩ふっかけただけなのに!なんでシロナさん来はるん?)」

 

 

エリートトレーナーに喧嘩ふっかけたからでは?(名推理)

そんなこちらの思いなど、伝わる訳も無く、リヒトは慌てふためく。相手は権力者、そしてこちらはペーペーのトレーナー。何か言われたらどうしようも無いと思い込んでいる。

 

 

「(嗚呼、終わった。まじで終焉だ。どうしようも無い事実人は終焉から逃れられない)」

 

 

悪魔の踊り方止めろ。

 

くだらない言葉を繰り返すリヒトは、しかし足りない頭で思考を回す。そうだ思考を休めるな脳味噌を回せ。

そして辿り着いた答えは……

 

 

「(よし、逃げよう)」

 

 

逃亡だった。こいつ過去も未来も逃げてんな。

そうと決まれば話は速い、リヒトは手持ちからラティアスを呼び出し、速攻で逃げる準備をしようとした。

 

 

「待って!」

 

「(ファッ!?)」

 

 

突然の呼び止めに、内心めっちゃビビるリヒト。内心が表に出るなら、空中三回転程して四点着地をする程ビビっていた。

 

 

「…なんだ」

 

「名前を、教えて欲しいの」

 

 

突然の自己紹介の強要に、リヒトは戸惑う。なんだこいつ、なんで名前なんか知りたいんだ?本気でそう思っていた。

 

「何故だ」

 

「決まってるでしょう?貴方の事と、今日あった事を忘れない為よ」

 

「(こいつ…後で訴える気だな!!顔と名前押さえといて後で俺を社会的に貶める作戦か!)」

 

 

多分悔しさを忘れない為だとかだと思うんですが(困惑)。

 

バカのリヒトは、自分がどう見られているか分からない。手持ちにも、そして周りにも、自身のポケモンは強いが、それ以上に自身に向けられている、強者であるという誤解に気付かない。

結局、この後渋々名前を教えたリヒトは、黙ってナギサシティに飛んでいったのだった。

しかしこの後、何度もシンオウでシロナと出会い、最終的には勝手に家に上がり込まれるような関係になるなど、当時のリヒトには全く持って思い浮かばないであろう。

そして、そのリヒトは知らないだろう。己が他人に与える影響を。

 

『師よ、今日もよろしくお願いします!』

 

「(よし、今日は試しに合気道覚えさせよーっと)」

 

 

やっぱり、バカなので知るはずなどないのだ。

 





長い!(大体一万文字)
ちなみに次話は今まで出てきたポケモンの紹介か、幕間をやろうと思ってます。
幕間では、恐らく最序盤に出てきたユウキ君のジム戦をやると思います。アチャモを選んだユウキ君は、果たしていわタイプのジムリーダーを倒せるのか。
怒気ッ!いわタイプだらけのジムチャレンジ!〜トンチキもあるよ!

書かないかもしれない。

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