頭おかしいやつがTS憑依して学生する話   作:白風

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真価

 人は変わり続けるからこそ、その真価が問われる。

 未来の自分が今の自分でなくなった時、目を覆いたくなるような個性の海でどのようにして己を存在たらしめるのか。

 人柄か、知能か、運動能力か。

 何れにせよ、それらは共通して一瞬たりとも不変であることはあり得ない。

 不変でないという事は、その人の一瞬一瞬を知るにはそれらを把握する必要があるという事だ。

 つまり、人の真価とはその人に内在する概念なのである。

 

 私は天才だ。国の研究費用を分け与えてくれれば、必ずや帝国を世界の頂点に立たせて見せよう。

 しかしこの真価は未だ衆目に認められることは無い。

 むしろ私よりも明らかに劣る凡才共の方が先々に評価され、毎朝朝刊を見る度に私は泥沼に沈んでいくような思いがした。

 もがけばもがくほど深くのめり込んでいく身体。

 徐々に身体の自由は失われ、呼吸を忘れ、そうして意識の海へと還る。

 

 私は死んだ。

 そうして、碌でなしに生まれ変わった。

 

 

 学院を覆う結界に何者かが干渉する音がした。

 恐らくようやっと警備の者が来たのだろう。あまりの出動の遅さに職務怠慢について小一時間問い詰めたいところだが、今はそれどころではない。

 転送塔で動きがあった。具体的に言えば、魔術を組み上げる()がした。

 それがどのような効果を持ったもので、どれほど高度なものであるかは分からないが、わざわざ転送塔で術式を編むぐらいなのだから、生徒を拉致する目的で転送法陣を作ったに違いない。

 そうでないとしても、事態は急を要するということに変わりはない。

 私は、以前とは違って随分と身軽になった身体で学院内を風のように駆けて行った。

 

 帝国で最も格式高く学力の高い魔術学院ということもあり、存分な研究施設と書物を蓄えた敷地面積は古参の大貴族も唸るほどだ。

 私が中庭から転送塔にまで移動するのに約10分はかかっただろう。

 これがもし現役時代ともなれば、学院内の構造も完璧に把握していただろうからあと5分は早かっただろう。

 

 一気に階段を駆け上がり、ピンチに駆けつけた正義の味方らしく勢いよく扉を開けて部屋の中を素早く索敵。床に座り込む金髪の少女ルミアと、同じく薄い金髪の男。

 

「アリアちゃんっ!」

「もう大丈夫ですよルミアさん。私が助け出してみせます」

 

 私は出来るだけ優しい微笑みを作りながら、ルミアを見つめる。

 無論、テロリストをいつでも殺せるように右手を男に向けながら。

 

「おや、見ない顔ですね。もしや貴女が転入生の生徒ですか?」

「貴方は実行犯で間違いありませんね? ルミアさんを解放してくれませんか?」

「申し訳ありませんが、それは出来ないお願いです」

 

 むしろこんな説得で目標を逃すテロリストがいてたまるものか。

 しかし、これで遠慮する必要は無くなった。邪魔者は排除するのみである。

 

「それでは、さようなら──」

「僕を殺せば貴女も、貴女のお友達も終わりです」

「……それはどういうことですか?」

「僕の魂はこの法陣と繋がっています。ルミアさんが転送されると同時に、この法陣は僕の魂を媒介にして錬成した膨大な魔力を以てこの学院を爆破します」

「つまり、貴方を殺せば魂が法陣に注ぎ込まれて大爆発を引き起こすと。よくその理論を術式化できましたね。本当に惜しい人材です」

 

 改めてルミアを囲う法陣を見やる。

 白魔儀【サクリファイス】。術式の核となる部分を中心に何層も重ねられた多重構造のこの法陣は、外側から一層ずつ地道に解除していくことがルミアを救い出す唯一の方法である。

 よっぽど重要な物の輸送だったり封印だったり、かなり硬派な魔術師が好き好んで使うだけの魔術ではあるが、それ故組み立ても解除も複雑でセキュリティ面では優れている。

 私はこんな面倒臭いものを使った記憶は無いが。

 

 私がうんうん唸っていると、男が気味の悪い微笑みを浮かべているのと目が合った。

 

「学生にこの魔術を解くことは不可能です。その道の専門家でさえ苦戦する者がいるのですから」

 

 その言葉に。

 私は、男をこの上ない程に殺意を込めて龍の如く睨みつける。

 

「……貴方の意見は聞いていません。それに──」

 

 

 

 

 

「──私を、有象無象共と同じにしないでいただきたい」

「……は?」

「なんだその態度は。明らかに自分より年下だからと言って、安易に自分よりも実力が下だと判断する浅ましさ。君は魔術を根底から理解していないのだな」

「なにを言って──」

「先程の会話から、君は恐らく2年次2組の前任なのだろう? 随分と生徒からは慕われていたようだが、いざ直面してみるとこのザマだ。まったく嘆かわしい」

 

 正直に言おう、私はこの男が不愉快で堪らない。

 魔術講師としての実績に胡坐をかき、己の魔術こそが絶対だと捉える恥ずべき自尊心。

 真に生徒と向き合わず、彼等の無限の可能性を認めない排他的思考。

 そして何より、魔術を年功序列制と見る魔術師にあるまじき暴挙。

 

 魔術は人の力を優に超える。即ち人の持つ魔術の物差しは魔術師の真の実力を測ることは出来ない。

 人それぞれに得意な分野があり、苦手な分野もある。己のアドバンテージに相手を上手く引き込むことが出来る者こそが最強、つまり魔術戦の優劣は魔術に非ず。

 それと同じようなことが勉学に関しても言える。もしかすると、今の時点で研究所に勤める事が出来る程の天才がいるかもしれないのだから。

 知識の優劣は、年齢に非ず。

 

「君は魔術に対して重大な間違いを犯している。私が今から、それを証明する」

「ア、アリア……ちゃん?」

 

 心配そうに私を見つめるルミアを他所に、私は床にしゃがみ込んで法陣に右手を置いた。

 手の平から伝わる魔力の脈動、そして温かさ。私は不可視の、しかしこの法陣上を駆け巡っているであろう幾千の魔力線を出血するほど強く握ると、目を見開く。

 

「《Bhlertse(フルァラ)-Gwretypr(グレティフ)》──」

 

 これは、私と彼女が紡いだ最初の(うた)である。

 

「《Svalwed(ラスヴェドゥ)-Lwrqpty(アボシクィ)》──」

 

 誰もこれを知らない。誰もこれを発動できない。

 これを知るのは私と彼女だけ。これを使えるのも、私と彼女だけ。

 

「《Rtuehsj(ルシャージュ)-Koluhdg(クラブグレ)》!!」

 

 ここに、私と彼女のなけなしの青春の欠片が爆誕する──。

 (うた)を詠み終えた。

 同時に私の右手から光の奔流が現れて、忽ち法陣をルミアごと豪快に包み込んだ。

 暫くの真白な空間の後、視界が晴れた後にその場に残ったのは床にポツンと座り込むルミアだけだった。彼女を囲んでいた青白い法陣は、綺麗さっぱりいなくなっていた。

 

「……え?」

 

 目をぱちくりさせて、未だに何が起こっているのか分からないであろうルミアに私は近付き、驚かせないようにそっと抱きしめた。こんなことは私らしくない。だが、今はこうしてやるのが最適解だと思った。

 ルミアはそれでも相変わらずぽかんとしている。しかし長らく張り詰めていた緊張が解けたからか、暫くして彼女は脱力して私の胸で子猫のように静かに泣き始めた。私は彼女を強く抱き返した。

 

 それからどれほどの時間が経っただろうか。

 陽は既に傾き、この部屋には私とルミアの二人だけである。ルミアは泣き疲れたのか私の膝を枕にしてぐっすりと眠っているし、今回最も被害を受けた彼女を無理に起こすのも鬼畜だろう。

 私は来ていた白衣を折り畳み、ルミアの頭を浮かせてその下にそれを滑り込ませた。

 そうして、私も彼女の隣で横になる。

 

 流石の私も、あんな大魔術を使っては疲れてしまう。

 そもそもあれは一人で行使するように設計されていないのだ。本来ならあれを使用した後に身体が負荷に耐え切れず気絶してしまうはずだった。

 しかしすぐに助けが来るかも分からない状況、新たな刺客が襲い掛かって来る可能性を鑑みて私は持ち前の根性を用い、こうして意識を保ち続けている。

 

 このまま一生助けが来ないわけでは、無いだろう。

 だから、あと…少しだけ。意識を、保ってさえ…いれば。寝るな……私。気を、しっかり──

 

 

 ルミアの話によると、その後遅まきながら救出にやってきたグレンによって私とルミアは保護されたらしい。その際は私の代わりにルミアが目を覚ましており、どうやら立場が逆転していたようだ。

 ともあれ、今回の事件は生徒側の被害は精神的なものを除いて一つも無かった。対して加害者側は悉く殲滅されたようだ。私の教え子であるレイクが殺されたことは少々堪えたが、仕事柄いつ命を落としてもおかしくはないと思っていた。今度、墓に花でも供えようではないか。

 しかし最も奇怪なのが、グレンが途中に出会った加害者一人の話によると実行犯は全員で3人なのだそうだが、そのうち一人が行方不明となっているそうなのだ。

 それが一体何処の何者で、誰の手によって終わらされたのか私とルミアを除く全員が知る由もない。

 こうして、罪なき生徒達を襲った無慈悲な暴力の嵐は大した被害を齎すことなく去っていったのだった。

 

 チャイムが教室に鳴り響く。私とルミアは午前の授業が全て終了した後に互いにアイコンタクトを取り、無言のままに屋上へと向かった。事件から3日が経った日のことだった。

 屋上の扉を開けると、遠くの山から運ばれてきたのか若葉の香りを乗せた春風が私の白髪を梳いた。

 どうやら先にルミアが到着していた様だった。

 鉄柵にもたれ掛るルミアが碧の瞳を私に向ける。

 私とルミアの間を一際強い風が駆け抜けた。

 しかし、彼女の視線がその風に流されることは無かった。

 小鳥の囀り、草々の騒めき。

 逡巡の沈黙の後、ルミアは意を決したように拳を握った。

 

「あ、あの時は助けてくれてありがとう。それで、ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」

「はい、なんでも聞いてください。

 ルミアさんの前であれだけ曝け出したんですから、私には話す義務があります」

「ううん、別に言いたくない事は言わなくていいよ。義務とかそんな、私は気にしてないから」

「お気遣いありがとうございます」

 

 ルミアは義理を通すタイプなのかは分からないが、なんとも知的好奇心溢れる魔術学院生らしくない発言だ。しかし、その言葉に甘えて全く情報を開示しないというのは私の信条に障るというものだ。

 魔術界に蔓延る老害も、少しは彼女を見習えばいいのだが。

 

「……ヒューイ先生は、どこに行ったの?」

「死にました」

「え、え?」

「いえ、少し語弊がありましたね。彼は、ヒューイ先生は消滅しました」

 

 ルミアは、ポカンと口を開けて阿保面を晒している。

 

「そんな、ヒューイ先生……」

「なにか勘違いをしているようなので先に言っておきますが、私ではルミアさんとヒューイ先生を同時に助ける技術はありませんでした。あったのは、到底貴女のような優しい人には許されないような魔術だけでした」

「それって、法陣を破壊したあの……」

「そうです。──【バルドレーゼ】。本来なら法陣だけを消滅させるつもりでしたが、彼はその法陣と魂が接続されていたので、どうすることもできませんでした」

「……そうなんだ。そっか」

 

 私は小さく俯くルミアの頭に手を置き、優しく撫でる。

 

「私がもう少し強かったら、魔術が得意だったら、もしかしたらヒューイ先生は助かってたかもしれません。本当に、ごめんなさい」

「そ、そんな! 悪いのはアリアちゃんじゃないよ! だから謝らないで!!」

「……ルミアさんは優しいですね」

「命の恩人に謝罪なんて、そんなこと間違ってもさせられないよ……」

 

 当然だ。もしそんな人間がいたら窓も隙間も一切ない個室に幽閉し私と対面させ、改心するまで悪魔祓いの儀式を行いながらシルヴィア直伝の特殊な説法を説き続けるだろう。

 ちなみにその説法とは魔術言語ルーンで再現不可能な魔術式について研究し、その限界を超える為の理論を朝から晩までをかけて弾丸で話し続ける事である。勿論、その情報が漏らされては私達側に不利益しかないので、介抱する前に記憶処理をきちんと施していたが。

 さて、今回の話し合いで大分憂慮していたことについては解決した。

 それに、1%にも満たないであろうが、ルミアの知的好奇心に駆られず、義理の心を以てその欲求に歯止めをかけられる思慮分別のある少女であることを知れたのは大きな収穫であろう。

 人との関わりを築くにあたって、相手の内面を知るというのは極めて重要なメソッドである。

 

 私はルミアの頭から手を離すと、くるりと出入り口に振り返る。

 

「さて、ルミアさん。今日の事はくれぐれも内密にお願いします。連中に私の事がバレると、今度は私が誘拐されかねませんから」

「分かった。じゃ、そろそろお昼ご飯でも食べに行かない? システィも待ってるだろうし」

「ええ、そうですね。急ぎましょうか」

 

 

 

 

 

「ア、アリアちゃんっ!」

 

 ドアノブに手を掛けた私を、背後からルミアが呼び止める。

 

「はい、なんでしょう」

 

 ドアノブから手を離して後ろに振り返る。

 ルミアは拳を握って私を見ていた。

 

「私のこと、ルミアって呼んでくれる……?」

「……ええ。勿論ですよ、ルミア」

 

 ──ルミアはきっと恐れていたのだろう。

 信頼していた講師に裏切られてあんな事件に巻き込まれ、危うくテロリストの手に渡ってモルモットとなりそうになっていたところを、私が颯爽と現れて助けに来る。それだけなら良かっただろうが、私はルミアの前で少女を演じていた口調を損ない、あろうことか目の前で恩師を消してしまったのだから、彼女の中の私の印象は単なるクラスメイトから恐怖の魔王へと変貌していたに違いない。

 しかし彼女は今日、その高い壁を乗り越えて私とより親しく接することを求めた。

 

 なんという勇気なのだろうか。私は感動した。

 私は、ルミアこそ天の智慧研究会対アルザーノ帝国という対立体勢を崩すことが出来るのではないかと、この時本気で思った。


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