Kuschel -独りと一人と寄り添うふたり-   作:小日向

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第八章
59 お茶会と恋話・そのに


 シオ専用の服を作ろう、とサカキが言い出した。

 普通の服はどうも繊維が気に入らないらしく、また逃げ出されても困るのでそれならば繊維が気にならない服を作ればいいと。整備士のリッカをも巻き込んだ事態となり、不承不承にソーマが溜息を吐いていた。

 

「結局外部に漏らしてんじゃねえかよ」

「服作りとなると第一部隊だけじゃどうにもなりませんし……」

「つーか別にこのままでもいいだろうが」

「女の子にこんなボロ布着せるってどうかと思います」

「見た目だけだろ」

 

 そう言いながらソーマは鼻を鳴らして足元に座る少女を見下ろす。シオはバケツいっぱいに入った手羽先のようなシユウの部位を口いっぱいに頬張ってむしゃぶりついていた。女の子と言うには確かに豪快過ぎる。

 ヨハネスの訪問が去り、壁の穴も大急ぎで塞いだ為シオは一日で研究室に戻った。掃除をした筈なのにまた乱雑に散らかっている部屋のソファにミツハとソーマは腰を下ろし、シオの服作りについて話をしていた。

 

「素材集め、明日行きませんか? 確か鎮魂の廃寺でサリエルの討伐任務あったじゃないですか。ついでに新月なのでオーロラ撮りたいですし」

「ついでが本命だろ」

「あはは……今度はちゃんと三脚使って撮りたくって……」

 

 ミツハの言葉にソーマが呆れた顔を見せた。

 以前ソーマと鎮魂の廃寺でオーロラを撮ってからひと月程になる。初めてのオーロラ撮影とあってあまり満足する写真は撮れなかったのでリベンジがしたいのだ。

 苦笑を返すと、食事を終えたシオが口の周りに食べカスをつけた顔で見上げる。

 

「しゃしん、とるのか? シオもしたい!」

「てめえが外に出るのは駄目だ」

「ええー! シオ、おとなしくしてるぞ! しゃしんとりたいー!」

 

 取り付く島もない体で却下するが、なかなか引き下がらずシオはジタバタと手足を振り回して駄々を捏ねる。暫くソーマと押し問答を繰り返していたのだが、なかなか折れないソーマにシオは矛先をミツハに向けた。おねだりをする幼気な琥珀色の瞳にじっと見つめられ、断りづらくなってしまう。

 

「しゃしんって、〝キネン〟のときにとるって、みつはいってたな」

「そ、そうだね。言ってた言ってた」

「そーまとなかなおりしたキネンに、とりたい!」

「なっ、何が記念だ、馬鹿!」

 

 なかなかに威力が大きかった言葉だったらしい。弾かれたようにソーマが動揺し、その頬を紅潮させる。その様子が微笑ましく、ミツハは口元を緩めてシオに笑い掛けた。

 

「……よし、ソーマさんとシオが仲直りした記念に撮りに行こっか!」

「やった! キネンだ!」

「おい、勝手に決めんじゃねえよ!」

 

 ソーマが吼える。じろりと睨まれるが、赤くなった顔では普段のような鋭さは全くない。

 

「記念写真は大事です!」

「何が記念だ何が」

「だからソーマさんとシオが、」

「もういい何も言うな」

 

 ミツハの言葉を遮るように、ソーマは顔を手で覆って深い溜息を吐く。これは押しに負けた時の顔だ。ミツハは勝ち誇ったように、にへらと笑った。

 

「行きますよ、ソーマさん」

「いくぞー!」

「……勝手にしろ」

 

 ――そんなやりとりをしたのが昨晩の事だ。

 翌日の午前中は二週間に一度ある定期検査を受ける為、再びサカキの研究室に足を運んだ。

 検査結果は「オラクル活性は低下気味だが問題ない」という、通常の神機使いならば異常の事態を簡単に言ってのけた。低下という言葉が気に掛かり、神妙な面持ちでサカキに問い詰める。

 

「て、低下って、どうして」

「月経前で黄体ホルモンの影響を受けているからねえ」

「あー……そういえば月初めですね」

「そういう事。けど神機を扱う分には全然問題ないよ。もっと顕著に現れるのは始まってからだろうしね。だから安心してシオを廃寺まで連れて行ってくれ」

 

 シオを連れ出す事は勿論サカキにも話している。にっこりとサカキが笑い、楽し気にミツハを送り出した。

 オーロラを撮るのも目的の一つだった為、廃寺に出向くのは夕方になってからだ。出撃まで微妙に時間が空いており、時間まで何をしようか考えながら廊下を歩いていると携帯が鳴る。カノンからの着信だった。

 

「もしもし、カノンちゃん?」

『ミツハちゃん、今って時間大丈夫ですか?』

「うん、出撃が夕方からだからそれまでは」

『じゃあ、良かったらラウンジまで来てくれませんか? 今防衛班のみんなで集まってお茶してるんです!』

「あっ、行く行く! すぐ行くから待ってて!」

 

 カノンの誘いを断る筈もなく、電話を切って早足でエレベーターに乗り込んだ。

 鼻歌を歌いながら数百メートルを上昇し、エントランス二階でエレベーターが停まる。ラウンジへ向かう途中で名前を呼ばれた。少女とも少年とも言えないアルトの声で。

 

「ミツハさん、久しぶり!」

 

 ラウンジのソファから赤毛の少年が飛び出してきた。あどけない表情を浮かべながら嬉しそうにミツハのもとへ駆け寄り、にーっと白い歯を見せて笑った。

 

「カズヤ君、来てたんだ!」

「ほら、食糧配給日だったし。母さんがアップルパイ作ったから、防衛班のみんなにって」

 

 丁度先月も同じようにしてカズヤがアップルパイを持ってきていた。ラウンジを見ると防衛班の面々がアップルパイを切り分け、和やかと言うよりは賑やかなお茶会を楽しんでいる。

 ミツハに気づいたタツミとカノンがソファから立ち上がり、タツミはからかうようにカズヤの頭に肘を置いた。

 

「コイツがミツハ呼べってうるさくてなあ」

「う、うるさいって言われるほど言ってない!」

「ミツハちゃんが異動してから、会う機会なくなっちゃったじゃないですか。カズヤ君寂しかったみたいで」

「カノンさん!」

 

 髪色と同じように顔を赤くしながらタツミの腕を払いのける。すっかりからかわれしまっているその姿は、いつぞやミツハがソーマの事で茶化されていた姿と重なった。好意を向けられている相手が自分だと言う事に恥ずかしさを覚えるが、微笑ましさもある。

 

「ミツハさんも食うでしょ、アップルパイ」

「えっ、でも防衛班のみんなで食べてもらった方が……」

「お前を呼ぶ口実なんだから食ってやれって」

「……俺タツミ嫌い」

「んな冷たい事言うなよ」

 

 不貞腐れたように口を尖らせるカズヤの頭を乱雑にタツミが撫でる。ボサボサになった赤毛を直しながら、カズヤは視線でミツハをソファに座るよう訴える。テーブルには手の付けられていないアップルパイが一皿あった。

 ほらほら座ってください、とカノンに背中を押されてラウンジのソファに腰を下ろす。向かいにはカレルが座っており、年下の少年から好意を向けられるミツハを鼻で笑った。

 

「いいじゃないか、死神より可愛げあって」

「でもカレルと比べるのもおこがましいぐらいソーマさんって可愛い所あるんだよ、知らないでしょ~」

「そんなもん知りたくもないがな、気色悪ぃ」

 

 からかいを軽口で返しながら、アップルパイにフォークを突き刺す。サクッと軽快な音を鳴らした。最後に食べたアップルパイは母の作ったものだ。味は勿論違う。それでも、優しい味だと言う事に変わりはなくてフォークは進んだ。

 隣にカズヤが座り、カップに手を伸ばす。中の液体は黒い、コーヒーだ。顔を顰めながら飲んでいる為苦いのだろう。背伸びをしている様子が可愛らしかった。

 

「ねえ、ミツハさん。異動した先の第一部隊って、ソーマって人が居る部隊だよね?」

 

 コーヒーカップを置きながら、じろりと。少し緊張の色が滲んだ瞳で問われる。カズヤからソーマの名前が出るのは少々どきりとしてしまう。

 

「えっ、そ、そうだけど……?」

「……付き合ってんの?」

 

――十三歳の男の子って、案外グイグイくるんだな!

 

 物怖じしていないという訳ではないのだろう。問うた声はようやっと絞り出せた、というような小声だった。

 等身大でぶつかってくる少年にすっかりミツハはたじたじとなり、首元を摩りながら困ったように笑った。

 

「つ、付き合ってないな~……」

「……ふーん」

 

 緊張したような表情とは一変し、あからさまにほっとした安堵の表情を浮かべるカズヤにミツハは言いようのない罪悪感が生まれた。まるで幼気な少年を弄んでいるかのようだ。

 苦笑を浮かべていると、向かいのカレルがにやりと悪い顔をした。からかいのネタが目の前に転がっているのだ、カレルが見逃す筈がない。

 

「で? 最近死神とはどうなんだよ」

「何かあったとしてもカレルに言うわけないじゃん」

 

 そもそも死神と呼ぶのはやめてくれないか――そう言葉を続けようとした所、間に数人を挟んで話を聞いていたブレンダンが「そういえば」とミツハに視線を向けた。

 

「昨日の朝、ソーマの部屋から出てくるのを見たんだが――」

 

 衝撃。カチャン、と右手からフォークがすり抜け、わなわなと手先が震えた。顔に熱が集まえり、動揺を隠せないまま口を開く。

 

「えっ、あの、ぶ、ブレンダンさん!? み、見間違いじゃないですかね!?」

「お前その慌てようはそうだって言ってるようなもんだろ……」

「は? なに、おまえ。朝帰り? しかも押しかけてんの? お前見かけによらず案外やるんだな……」

「ご、誤解! 変な事言わないでよ!」

 

 カレルとシュンがあからさまに怪訝な顔をするが、反対にカノンとタツミは目を輝かせていた。「どういう事ですか、ミツハちゃん!」とカノンに迫られる。

 

「ちが、えっと。その、任務で! 確認したい事があって部屋に行ったけど、私が寝落ちて、その、そういうアレで!」

「それで? 何かあったりしたのかしら?」

「あるわけないじゃないですか!」

「そう、つまらないの」

「つまらないって何ですか……!」

 

 ジーナが不満そうに溜息を漏らす。防衛班にシオの事を説明する訳にもいかず、曖昧な返し方が逆に怪しいのか暫くからかわれた。カズヤが聞き側に徹して話に混じって来なかったのがせめてもの救いだった。アップルパイの最後の一口を頬張り、詰るようにカレルを睨む。

 

「も、もうこの話題やめない? 飽きてよそろそろ」

「打てば響くから面白いんだろうが」

「性格わっる……! ていうかカレルこそそういう話ってないの――」

「おい、……ミツハ」

 

 意趣返しをしてやろうと口を開けば、遮るように低い声で名前を呼ばれる。どきりと心臓が跳ね、声の方へ振り向けばラウンジから少し離れた所にソーマが立っていた。フードに隠れて表情はよく見えない。

 

「時間だ。行かねえなら置いてくぞ」

「えっ、あ! す、すみません! すぐ行きます!」

「なんだよミツハ、デートか?」

「任務! サリエル倒してくるの!」

「あら、羨ましいわ」

 

 カレルのからかいを躱してソファから立ち上がる。出撃の準備をしなければ、と慌ててソーマのもとへ向かおうとしたのだが、袖を掴まれて引き留められる。カズヤが少々不満げな顔をしながらミツハを見上げていた。

 

「カズヤ君?」

「……いってらっしゃい、気を付けてね」

「う、うん。いってきます」

 

 聞き分けの良い子供はすぐに袖を手放したが、なんだか悪い事をしている気分になってしまう。真っ直ぐに好意を向けてくれる少年にどう接するのが正解なのか分からず、ミツハは苦笑を浮かべながらラウンジを後にした。

 

「す、すみません。ちょっと準備してくるので、一回部屋に戻りますね」

「あいつは俺が連れてくるから、お前は準備が出来たら直接格納庫に行け」

「はい、お願いします」

 

 二人でエレベーターに乗り込み、新人区画と研究区画の階層ボタンを押す。下降し始めた鉄の箱の中で、珍しくソーマから会話を切り出した。

 

「……あの赤い髪のガキ、外部居住区の子供か?」

「あ、はい。カズヤ君って言うんです。ほら、前にソーマさんに手伝って貰った防衛任務があったじゃないですか。その時に助けた子で、時々防衛班に差し入れ持って来てくれるんですよ」

「随分懐かれてんだな」

「あはは……可愛いなって思うんですけど、ちょっと恥ずかしくなっちゃいますね」

 

 照れを隠すように首元を摩った。新人区画に着くまではもう少し掛かる。

 

「ソーマさんが十三歳の頃って、背丈ってどれくらいありました?」

 

 そう言いながら、ミツハはソーマを見上げる。

 十三歳のカズヤの身長は一五〇センチのミツハとそう変わりないが、将来的に一八〇センチを超す事を目指しているらしい。そのカズヤが目標としている一八〇センチにソーマの背は近い。サカキの話によれば十二歳の頃は背が小さかったらしいが、成長期の男の子というのは一年でもかなり背が伸びるものだ。ソーマがカズヤの年齢だった頃はどれくらいの背丈だったのか気になった。

 見上げた三十センチ近く上にある整った顔は、何処か居心地が悪そうに逸らされた。

 

「……覚えてねえな」

 

――なにかマズい事を聞いただろうか。

 

 逸らされた目に、咄嗟にそう思った。続ける言葉に迷っていると、エレベーターが新人区画に到着した。

 

「あ、えっと、それじゃあまた後で!」

「ああ」

 

 素っ気ないがきちんと返事が返ってきた。疑問に思いながらもエレベーターを降り、自室に続く廊下を歩いた。

 


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