「…………」
部室の中心に設置されたテーブルの前で1枚の用紙に目を通し、苦笑する。
こんにちは、難波高等学校2年スクールアイドル部員の氷室ミカです。
エボルトとの戦いが終結してから早1ヶ月。パートナーのユイちゃん、そして新たにマネージャーとして加わった万丈くんを交え、わたし達Bernageはスクールアイドルとしてのさらなる飛躍のために練習に励む日々を送っています。
衣装製作に曲作り…………いろいろ大変だなと思うこともあるけど、わたしは今が幸せです。友達と過ごす日々がこんなに楽しいと感じられるなんて、これまでは考えられませんでした。
みんなのおかげで……わたしは——————
「お、来たか氷室」
ガラリと開いた扉から現れたのは男の子————万丈リュウヤくん。さっき説明した通り、彼は今わたし達のマネージャーとして動いてくれている。
「こんにちは万丈くん……って、あれ?もしかしてわたし、一番乗りじゃない?」
部屋の隅に置かれていたカバンに今更気がつき、どこからか戻ってきたのであろう万丈くんにそう尋ねる。
「ああ、ちょっと便所行ってた。……それより見てくれたか!?」
「うん?」
「その紙だよ!お前と葛城の練習メニューを俺なりに考えてみたんだ!!」
「ああ……」
……やっぱりこれ、万丈くんが考えてくれたやつなんだ。
気を悪くさせないよう笑みを作りながら再度手元のプリントに目を落とす。彼が製作したメニュー表だ。
平日と休日に分けられた歪な円グラフに刻まれているのは「筋トレ!」「筋トレ!」「筋トレ!!」「筋トレ!」「筋トレ!」「筋トレ!!」…………「筋トレ!!」
「……ありがとう万丈くん」
ゲシュタルト崩壊を起こしそうになるほど書き殴られている2文字に頭を悩ませながら、やんわりとした口調を意識して万丈くんに言った。
「へへ……マネージャーだからな!これぐらいどうってことないぜ!!」
ああ、笑顔が眩しい。きっと一生懸命考えてくれたんだろうなあ。考え抜いた結果こうなったんだろうなあ。
「でもね万丈くん、大事なことを忘れてるよ」
「へ?」
「わたし達はスクールアイドルなんだし……もっとダンスや歌のレッスンの時間も増やしたほうがいいと思うんだ」
「おお……!そうか……!そうだよな!……っしゃ!すぐに書き直すぜ!!」
わたしから用紙をひったくった後、卓上に転がっていたボールペンで修正の線を走らせていく万丈くん。
マネージャーとして入部してから彼はどこか落ち着きがないというか…………いつも一生懸命だ。わたしやユイちゃんに対してすごく頑張ってサポートしようとしてくれる。
でも万丈くんだってスクールアイドルに関して詳しいわけじゃないんだ。その方向性が間違った時はこうして正してあげればいい。そうやってお互いに成長して————
「よし……!できた!!」
「どれどれ?」
目を輝かせる万丈くんの横から紙を覗き込む。
記されているスケジュールは「筋トレ!」「筋トレ!」「ちょっとだけ歌とダンス」「筋トレ!!」「筋トレ!」「筋トレ!」「筋トレ!」
「……………………うん、ちょっとだけ良くなったかも」
「本当か!?」
達成感に満ちた笑顔でこちらを振り返ってくる万丈くんに微笑みながら、わたしはかつてないほどの焦燥感に眉を震わせていた。
……ぬかった。そうだ、万丈くんはこういう人だった。
できるだけ彼の心を傷つけないように……ゆっくりでもいいから、少しずつ修正を促していこう。
「でもね万丈くん、“ちょっとだけ”の練習じゃ、歌もダンスも本当にちょっとだけしか上手くなれないんじゃないかな。その……筋トレの枠を減らしてさ」
「でも筋トレも大事だと思うぜ……」
「うん……そうかもしれないね。でもわたし達はボディビルを目指してるわけじゃないから、それに偏ったメニューだと良くないの。……わかるかな……?」
「でもよ……」
どうしてそこまで食い下がるの……。
露骨に肩を落とす万丈くんからはとてつもない悲哀が滲み出している。なんでここまで筋肉にこだわるんだろう。
別にスクールアイドルは肩に小さい重機を乗せる必要も背中に鬼神を宿す必要もない。
万丈くんのスクールアイドル観は根本からズレてしまっているんだ。
……筋肉を鍛えることで強さを手に入れてきた万丈くんにとっては何らおかしなことではないのだろうけど、この世の全てにおいてそれが通用すると思うのはいけない。
どうしたものか……。
「じゃあ勝負しねえか!?」
「勝負?」
「ああ!俺が勝ったら筋トレ増し増しのメニューにさせてくれ!」
唐突にそう切り出してきた万丈くんに首を傾げる。
……面倒なことになってしまった。彼は何が何でも筋トレを押し通すつもりなんだ。
「どんな勝負?」
「あー……それは氷室が決めていいや」
わたしは必死に考える。負けることは許されない戦いだ。
こちらに利がある勝負……必ず勝てる内容にしなければいけない。腕相撲のような身体を使う勝負はダメだ。力負けしてしまう。
……ならば知力で。知識を用いた勝負にしよう。うん、勝利の法則は決まった。
「じゃあ、どっちがユイちゃんの良いところを多く言えるかって勝負にしよう」
◉◉◉
「ふひ〜!やっと追試終わった〜!!」
日々勉強をサボっていた過去の自分を恨みながらあたし————葛城ユイは早歩きで廊下を移動する。
万丈くんもみーちゃんもとっくに部室に着いているだろう。
そろそろ万丈くんがめちゃめちゃな練習メニューを提出してくる頃なので、いつものようにあたしが上手く言いくるめて訂正しなければならない。だからこそ今日は早めに部室に向かおうと思ってたのに……追試の存在を完全に忘れてた。
(みーちゃん押しに弱いところあるからなぁ……了承してなきゃいいけど……)
部室前に着き、息を整えた後恐る恐るドアノブに手をかける。
「……!」
「……!!」
(……?なんか騒がしい……)
扉の向こう側で何やら言い争うような声が飛び交っているのを感じ取り、焦る。
まさか練習メニューをめぐってケンカでもしてるのでは……!
「待った待った!2人とも落ち着いてー!」
あたしは思わず勢いよく扉を開け、声を荒げていた2人に向かってそう叫んだ。
「みーちゃんはころころ表情が変わるのもいいの!笑った顔も頑張ってる顔も……!アニメ映画を観に行って号泣してる顔も素敵なの!!あと練習の後にさり気なくバストアップマッサージしてるのも健気でかわいい!」
「葛城は色々と小さいところがかわいいと思う!あと……そう、小さくてかわいい!」
「さっきからそればっかりだね万丈くん!もっとあるはずだよ!ほら、この前だってわざわざ部室に誰もいないこと確認した後にタピオカチャレンジして撒き散らしたミルクティー拭いてた時とかすごいよかったじゃない!」
「知らねーよそんなの!!」
「…………何事!?!?!?」
とりあえず筋トレメニューは回避できた。
とまあこんな感じでゆるく短編を出していこうかと思っています。
別に新作を考えているのでだいぶスローペースの投稿になるかもしれません。