思春期ツナ君   作:ようぺい

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3話 ツナ君キスをする

 イタリア市街地に並び立つ高層ビルのひとつ。その真夜中の屋上にて、綱吉はローブを纏いフードを被った謎の襲撃者を追い詰めていた。

 

 ローブ男は5人。内2人は綱吉によりいつの間にか氷漬けにされ行動不能。そして残った3人が直面しているのは絶望だ。素材アイテム集めにモンスターを狩っていたら、到底歯が立たないボスモンスター、いやラスボス、いやもっと飛ばして次回作の隠しボスが現れた心境だった。

 

 

「お、お前らAランクの賢者の石どれだけ残ってる……? 俺はゼロ」

 

「1個だ……」

 

「俺も……」

 

 屋上中央で3人がヒソヒソと相談中。10メートル程離れた綱吉は腰を落とし構えており、それ即ち口の中に拳銃を突っ込まれているのと何ら変わらない。彼らは既に綱吉にはこの程度の距離はあってないようなものだと体感済みなのだ。

 

「よし、なら俺が囮になるからAランク同時にぶちかませ。散ッ!」

 

 作戦決行、囮を買って出たローブ男が力強く右足を踏み出したその時──。

 

 ゴッ! っという鈍い音──。本当に10メートルの距離など何の意味も無かった。あらかじめ展開しておいた3枚重ねの防護障壁など障子の張り紙同然に破られて、気が付いた時には綱吉による超スピード突進からの肘打ちがローブ男の顔面に突き刺さっていた。

 

「ガ……ッ!? は、速ぇんだよテメェ!」

 

 綱吉の手加減に加え、銃撃すら無効化する強靭なローブに守られ大ダメージには至っていない。大きく仰け反ってしまったが、上体の反動をつけて槍の如き鋭さの手刀を綱吉へと突き放つ。

 

(頸動脈一点狙い! つかどっか当たれ!)

 

 しかし願い虚しく紙一重。僅かに首を傾けるのみの動作でかわされ、と同時に繰り出されていたのは右拳によるカウンターだ。たったそれだけの交錯でわかる圧倒的戦闘センスの差に先に心が折れそうになる。

 

(よ、余裕かよ……)

 

 顔面に拳をめり込ませながら、かすかに見えた綱吉の表情からは、必死さなど微塵も感じられない。まるで全力を出していないのだ。これまで狩っていたマフィアとは桁違いの強さである。

 

 ゴシャアッ! と耳に優しくない音と共に頭から地面に叩きつけられたローブ男。だが地に倒れながらも執念で綱吉の片足にしがみついた。

 

「離せ!」

 

 足から引き剥がそうとする綱吉。だがすぐにハッとして残った2人に目を向けた。

 

 2人の片掌に乗っている赤い石──、賢者の石が赤いスパークを帯び強大なパワーを生み出していく。何かとてつもない攻撃をしようとしているのは一目瞭然であった。

 

「仲間ごとやる気か!」

 

「クケケ、離さねぇ……! 絶対離さなぇ……!」

 

 足下を一瞥すれば薄気味悪くにやついたローブ男が足にしがみついている姿。こちらも死を覚悟している──、綱吉にはそう映った。

 

「消えろ化け物!」

 

 石が砕け散った次瞬、空間に出現した赤い輝きの魔方陣から解き放たれたのは、禍々しい黒の渦を帯びた真紅の破壊光線。それが2発だ。空と街を不気味に赤く染め、ビルの屋上を大きく削りながら綱吉の身に襲い掛かった。

 

 それでもこの時点ではたとえ足を掴まれていようとも、避けられない事もなかった。しかし避ければ後ろに見える街がどうなるかわかったものではない。

 

 1発なら空の彼方へ弾けるかもしれないが2発は無理。よって綱吉に出せるカードは正面切っての防御ただ1枚。

 

 だがその1枚、絶対の防御を誇る最強の1枚だ。

 

「守れナッツ!」

 

 綱吉が叫んだ直後、2つに重なる破壊エネルギーが彼の身を飲み込んだ。

 

 直撃。大きくビルが揺れ、ドーム状に爆発が広がる──。

 

 ローブ男達の前には勝利確定に等しい光景。爆風でフードがめくれ、晒した瓜二つの顔面に熱風を浴びながら恍惚とした笑みを浮かべた。

 

「やったか!?」

 

「ああ。いくら奴が化け物とは言え、あれを受けてはひとたまりもあるまい」

 

「しかしもったいなかったな。奴を素材にすればSランク以上の石が作れたのに。これじゃあまず木っ端微塵だぜ」

 

「だな。Aランク石も使っちまったし、収穫ゼロの大赤字だ」

 

 そんな勝利の余韻は突如として終わりを迎える。

 

 このまま屋上全土を消滅させるまで広がり続けるかと思われたドーム状の爆発──、それがまるで神の息吹でも受けたかのように、細かな火の粉となって消失してしまった。

 

 ローブ男達が目の当たりにしたのは、黒いマントを大きくひるがえしただけで強大な爆発を消し飛ばしてしまった綱吉の姿。

 

 次の瞬間には2人のローブ男は背を向けて逃げ出していた。バカな!? などと驚きの言葉は必要なかった。そんな事を口にする時間すら惜しかった。規格外、これは勝てん、彼らは瞬時にそう悟り、逃げの1手を打っていた。

 

 

 忍者のように建物に飛び移って行く連中を綱吉は追えなかった。追わなくてはと思っているのだが、足が言う事を聞かないのだ。

 

 捨て身の作戦で自分の足を掴んでいたローブ男の手はとうに離れている。そしてその彼の体は、胸から下が綺麗さっぱり消滅していた。

 

 敵でも味方でも、綱吉は人の死に慣れていない。リアルな死体を目にしたのさえ初めてだ。

 

 胸の奥にズシリと重たい物が置かれ、息が荒くなる。どうにか死なせずに済む方法があったのではないかと、頭がグチャグチャになる。

 

「ご、ごめん……」

 

 足元の見るに耐えない亡骸に綱吉は小さく呟いた。目を強く閉じて何度も同じ言葉を口にした。

 

 だがそんな綱吉をあざ笑うように──。

 

「じゃあ死ネッ!」

 

 突然ガバッと顔を上げたローブ男。その驚愕は綱吉の心と体に一瞬の硬直をもたらした。

 

 一瞬で十分、訪れた千載一遇の好機にして勝機。ローブ男が素早く懐から右手いっぱいに掴み取り出したのは、10はあろうかという賢者の石だ。

 

「全部やらあァッ!」

 

 そのまま無造作に綱吉の腹に押し付ける。虚を突くゼロ距離爆撃、防御も回避も許さない──。

 

 腹と掌の隙間から漏れる赤い光が綱吉の顔を絶望色に染め上げ、幾重にも重なる轟音が夜の街に響き渡った。

 

 先の爆発により酷く尖ったコンクリートを水切りのように跳ねながら大きく吹き飛ばされた綱吉。もはや腹部があるのかないのかもわからない。ただ死ぬ程に熱く、全身も地面の摩擦でズタズタとなっていた。

 

「つ……」

 

 かろうじて片目を開ければローブ男の身体がみるみる内に再生していく目を疑う光景。形勢がひっくり返り、一気に絶体絶命の危機だ。

 

 再生を終えたローブ男は勝ち誇ったセリフも何も無しに、綱吉へトドメを刺すべく駆け出していた。服までは再生出来ていないため、おそろしく間抜けな格好であるが、互いにそんな事を気にしている余裕は無かった。

 

(すぐ刺す! コイツは何するかわかったもんじゃねぇ!)

 

 ボロボロの懐から取り出したのは何の変哲も無い小さなナイフだ。しかしそのナイフは人間を賢者の石の素材となる赤い塵へと変える代物である。だが相手を大きく消耗させないと効果が無いため、ここでようやく出番が来たわけだ。

 

 力を振り絞り立ち上がった綱吉の足下には血溜まりが出来上がっている。目が霞み、膝も笑っており、もはや満身創痍。

 

 小さく後ろへ飛び、水平に払うように炎を帯びた右手を振るう。ボワァッ! と展開されたのは炎の壁。だがパワーが弱い、構わず炎を突っ切って飛び出されてしまった。

 

 そして迫るのは一撃必殺となるナイフのひと突きだ。

 

 ナイフの切っ先が綱吉の左腕、肘の上あたりを切り裂いた。傷は浅い、それに今さらかすり傷のひとつやふたつ、どうと言う事はない。しかし綱吉は知らない。そのナイフにどんな効果があるのか全く知らないのだ。

 

 左腕に違和感を感じたのはそれから間も無く、やたら前へ前へと突っ込んでいたローブ男が急に大きく距離を取った時であった。

 

(ど、毒か……!? いや違う──? これは一体……!?)

 

 目を向けた先にはボロボロと赤い塵となり崩れ散っていく左腕──。こんな現象見た事も聞いた事もない。

 

 左腕肘下から始まった分解。どこまで広がるのか、いつ止まるのかわからない。見当も付かない。まさか、まさかと鼓動が早まる。

 

「何を──」

 

 少なくとも、勝負の決着が着いたと同義な程にヤバイ状況だと言う事がハッキリした。それはローブ男の腰に手を当てた余裕のポーズが物語っている。

 

「何をしたッ!」

 

 ローブ男は無言である。口を閉ざしたまま、綱吉が散らす赤い塵を掌上に吸い寄せているだけ。

 

 それは綱吉を超が付くほどに危険な相手だと思っている故だ。冥土の土産にペラペラ喋れば何処から綱吉が光明を見出すかわかったものではない。だったらこのまま不安と謎を抱えたままにさせておくのがベストだと判断していた。

 

 現に綱吉は焦りで思考が定まっていなかった。頭の中では「落ち着け」がひたすら繰り返され、

 

(かすった程度で死に至る程の武器があるなら、とっくに使っていたはずだ……。しかしこれ以上分解が進めば──)

 

 ギリッと強く奥歯を噛み締める。迷っている時間は無い。

 

 綱吉は左腕の武装を解除、同時に右手に爆発的な炎を宿した。ローブ男に軽やかに距離を取られるが、今は眼中に在らず。見据えるのはただ一点だ。

 

「…………」

 

 息を止め、高く振り上げた炎を纏った手刀。すぐにやらなければ取り返しが付かない事になる。だが、だが、だが──。

 

 母親は泣くだろうし、父親もイタリアに呼び寄せた責任を感じるかもしれない。獄寺や山本は何を思うだろう。京子は、ハルは──。

 

(やれ……! やれ……! 後の事を考えるな……!)

 

 このままではその後さえも無い。浮かんで来る大切な人達の顔を振り払い、元を断ち切らんと一気に手刀を振り下ろした──。

 

 

 

 

 

 

 飛びそうな意識を唇を食い縛り繫ぎ止める。光が消えかかった瞳に映るのは、手の届かない位置で転がり、尚も赤い塵と化していく左腕だった物体。

 

 

「ま、まさか腕を切断するとは……。最高にクレイジーじゃないか」

 

 これにはローブ男も唖然。しかし既に重傷を負っていた状態からの左腕切断のダメ押しだ。だったらもう1度ぶっ刺してやるとナイフを構えるのだが、

 

(いや、待て……)

 

 チラリと目を向けた屋上端。そこにあるのは助っ人に駆け付けたと同時に氷漬けにされた仲間であるローブ男2人の姿。

 

(あれがヤバイ。おそらく地面にひっそり冷気を走らせ、瞬間的に爆発させる技。あれを喰らえば再生も糞もねぇ、ジ・エンドだ)

 

 後ひと押しなのだ。だがその欲は抑える。綱吉に再生能力がバレた以上、その手の技を使われる可能性大。

 

(つか初見殺しの隠し玉ももうねぇし、ここはSランク相当の腕1本分で良しとすべき! つー訳で逃げるぜ!)

 

 冷静に逃げを選択したローブ男。彼に取っては十分に黒字の戦果だ。

 

「ま、待てッ!」

 

 右手を小さくなっていくローブ男の背中へ伸ばす綱吉。しかしもう追い掛ける力は残っていない。あっという間に姿を消され、ガクリと力無く両膝をついた。

 

 アドレナリンが下がったためか、全身の痛みが膨れ上がるように増した。冷や汗が止まらない。大きく肩で呼吸を繰り返しながら、改めて自身の惨状に目を向ける。

 

 左腕は焼き切った為に出血は無いのだが、腹部は別だ。さすがに血を流し過ぎた。死は刻々と近づいており、早いところこちらも焼くなりして止血しなければならない。考えただけで生き地獄だ。そしてそこまでやっても左腕は無いままなのだから本当に泣きたくなる。

 

 

 ようやく仲間が駆け付けてくれたのは、それから数分が経過した頃であった。

 

 戦いの最中に変形してしまった屋上の扉が蹴り飛ばされ、姿を現したのはラル・ミルチであった。大急ぎで来たのか、ゼェゼェと息を切らしている。

 

 ホテルにて2人はローブ男の襲撃を受け、その後綱吉は逃走したローブ男を単独で追跡し今に至る。ラル・ミルチは遅ればせながらの登場という訳だ。

 

「さ、沢田……!? おいッ!」

 

 暗くてわからなかったのか、綱吉の異変に気が付いた彼女は傍らで足を止め愕然と立ち尽くした。血塗れの上に左腕が無い、まさかこんな事になるとは想像もしていなかった。

 

 そしてすぐにハッとして、しゃがみ込み容態をチェックし始めたのだが、

 

「出血は止まっている……? どうやって……? ま、まさかお前、自分で焼いたのか……!?」

 

 ラル・ミルチの声は珍しく震えていた。こんな中学生の子供がどれだけの痛み苦しみを味わったのかと、想像するだけで胸が張り裂けそうになった。

 

 そして最初から最後まで綱吉ひとりに全部任せてしまったのだ。何も出来なかった自分が心から許せなかった。

 

「お、お前と言う奴は……! オレを恨め……!」

 

「全部俺が油断したせいだから……。ラルは何も気にしなくて良い……」

 

 掠れた声で小さく首を横に振った綱吉。実際油断が招いた結果だ。八つ当たりするつもりはない。

 

「……ヘリを呼ぶ。それまで頑張ってくれ」

 

 ラル・ミルチが携帯を取り出した時だ。

 

 その時、ハラリと──。

 

 2人の膝下に白い羽根がゆっくりと落ちてきた。

 

 釣られたように綱吉が死んだ瞳で見上げれば、そこには天使が──。

 

 小さな天使の翼を背にして、空から舞い降りて来る者がいた。

 

「やあ綱吉君。調子はどうだい?」

 

「白蘭……」

 

 瀕死の綱吉の前に降り立った、ニッコリ笑顔の若い白髪男。彼の名は白蘭。綱吉が「何故ここに」と聞く前に彼の方から語り始めた。

 

「実は仲間に連中を追わせててね。今からアジトでも叩いてやろうかと思ってるんだけど、キミも一緒にどうだい?」

 

「何だとキサマ! 沢田の状態を見てから物を言え!」

 

 飄々(ひょうひょう)としている白蘭に声を荒げたのはラル・ミルチだった。

 

 それに続いて綱吉は目を伏せ、

 

「悪いがこのザマだ。役に立てそうもない」

 

「そうかい? だったらそんなキミに丁度良い物があると思うよ?」

 

 軽く肩をすくめた白蘭は綱吉に背を向けたかと思うと、屋上の端で氷漬けになっているローブ男の元へ歩き始めた。

 

 

 

 

 

「違和感あるかい?」

 

「いや、全く……」

 

 自身の左手を閉じたり開いたりしている綱吉は驚きを隠せない。本当に魔法のようだ。

 

「すごいだろ? 賢者の石の力」

 

 先程白蘭は氷漬けのローブ男を解凍し、懐から賢者の石を拝借。その力であっという間に綱吉を全回復させてしまった。切断した左腕も中々グロテスクな光景であったが元通り再生したのだ。

 

「良かった……。安心したぞ……、沢田」

 

「あ、ああ……。済まない、心配を掛けた」

 

 ラル・ミルチが胸に頭を埋めて小刻みに震えてくるものだから、目を丸くしてしまう綱吉。怒られるかもしれないが、つい魔が差してそのまま頭を撫でてみたり。

 

(コロネロ、済まない……)

 

 夜空にコロネロの顔を思い浮かべた綱吉は次に白蘭へ視線を送った。

 

「お前、あの石を知っていたのか?」

 

「これでも8兆のパラレルワールドを支配していた男だからね。そのくらいの知識はあるさ」

 

「ならどうして未来の戦いで使わなかった? あれを使えばもっと有利に事を進められたはずだ」

 

「作るのがとっても難しいんだよ。賢者の石はもちろん、キミを赤い塵へ変えたナイフの方もね。ナイフの材料の材料、そのまた材料から作らないとならない気の遠くなる話さ。それに他にも諸々と同様に──。少なくとも、ポッと出の僕に作れる代物では無かったよ」

 

 先程ローブ男が左腕の塵を吸い寄せていた意味がわからなかったのだが、腑に落ちたと同時にとても聞き捨てならない発言であった。

 

「あの赤い塵が石を作るのに必要って事は、連中はそのために人を襲っているのか?」

 

「あれは一部界隈では万物の元、プリマ・マテリアと呼ばれる物質だ。つまり人間以外からでも採取は可能なんだよ。ただ品質の良し悪しだろうね。彼らは良い賢者の石を作るには、強い人間から取れる赤い塵がベストだと判断したのさ。それがマフィアが狙われた理由だと僕は読んでるんだけど」

 

「それでイタリアのマフィアを……。酷い話だ」

 

「ハハ、他人事だね。でも1番不味い状況になっているのはマフィアの国イタリアとも限らないよ?」

 

「どういう意味だ?」

 

 綱吉の問いに対する答えは返されなかった。その代わりとして、

 

「そろそろ行こうか」

 

 白蘭の言葉にコクリと頷いた綱吉。ところがラル・ミルチに服を掴まれてしまった。

 

「待て。いい加減お前は休め。後はオレに任せろ」

 

「僕はどちらでも構わないけど、空も飛べないキミじゃねぇ。待ってるのもかったるいし。て言うか連中相手じゃ足手纏いになるだけだと思うよ?」

 

 ふふん、と白蘭から嫌味を挟まれたラル・ミルチは俯いて押し黙ってしまう。

 

 綱吉は酷く悔しそうな面をしているラル・ミルチの前髪にそっと触れ、

 

「俺なら大丈夫だ。ラルは捕らえてある奴らの事を頼む」

 

「……わかった。絶対無事で帰って来いよ」

 

 

 その直後、綱吉は突然の事に頭が真っ白になった──。

 

 

 ラル・ミルチに唇を重ねられたのだ。それは俗に言うキスと呼ばれる行為である。無論、綱吉にとっては初めてである。オマケに結構長かった。

 

「お前が無事に帰って来られるようにと、まじないのような物だ。嫌だったら悪い事をした……」

 

「い、いやじゃない……。えっと、う、嬉しい」

 

 混乱収まらない中、どうにか返事を返した綱吉。それを受けてラル・ミルチは「そうか」と少しだけ口角を上げた。

 

 キスをして来た張本人は特に照れてもいないので、大方言葉の通りだ。さすがにコロネロには悪いとは思っているが、それでも綱吉のあんなズタボロ瀕死な姿を見た後で、このまま何もせずに行かせたくなかった。

 

「じゃ、じゃあ……、行って来る」

 

 赤くなった顔を隠すように、綱吉はラル・ミルチに背中を向けると、今度は白蘭からがっしりと肩に腕を回されてしまった。

 

「おいー、綱吉君〜。おいー。えぇっ? おいー」

 

「な、何だよ、さっさと行くぞっ」

 

 綱吉は白蘭に変なノリでからかわれながら、星が輝く夜空へと飛び立つのであった。

 

 

 ◆

 

 

「待ってたぜ白蘭様」

 

「やあご苦労様」

 

 長い飛行の後に地上へ降り立った綱吉と白蘭。ローブ男を追跡していたという、曲がり角の陰に潜んでいた男が声を掛けて来た。綱吉は知っている赤髪の屈強そうなその顔を見て、名を口にしようとするが出て来ない。

 

柘榴(ざくろ)だ。忘れんな」

 

 柘榴──。未来世界では白蘭への忠誠を見せるために己の故郷を滅ぼした恐ろしい男だ。

 

 彼らはローブ男が入ったという街中に構えた1階建の建物前にいる。隠れ家アジトというよりも、堂々とした研究施設といった印象だ。

 

「じゃ、入ろうか」

 

 軽い足取りで閉ざされた正面の門へ進み始めた白蘭と柘榴に綱吉が待ったを掛ける。

 

「いきなりだな。作戦とかは立てないのか?」

 

「この面子ならいらないでしょ。敵が出て来たら倒す、単純なものさ」

 

「つー訳だ。チンタラしてんな」

 

 鉄門を軽々と飛び越え進んで行く2人。仕方が無い、と綱吉は彼らの後を追った。

 

 

 

 一体何が待ち構えているかと思えば、中はあまりにも普通で綱吉には拍子抜けだ。目の前に広がったのは普通に白衣を着た職員達が普通に残業お仕事中の光景。何処をどう見ても悪の巣窟とは思えなかった。

 

「さすがにここは違うんじゃないのか……?」

 

「何だァ? てめぇ、俺が見間違えたっつーのか?」

 

 柘榴が綱吉の胸ぐらを掴みかけた時、若い男性職員のひとりが怪訝な顔をして歩み寄って来た。中でもボロボロ血みどろの服を着たままの綱吉に視線を向けている。

 

「誰だい? ここは関係者──」

 

 ドゴッ! という音がしたかと思えば、次の瞬間には男性職員は天井に頭が突き刺さり、ブラブラと首から下を揺らしていた。

 

 そして高く真っ直ぐ右足を挙げているのは柘榴。問答無用でいきなり蹴り飛ばしたのだ。これには綱吉も血の気が引いてしまう。殴り込みに来たにしても、もし間違いだったら大問題だ。

 

「お、おい。本当にここなんだろうな」

 

「間違いねぇ。おそらくこのフロアは世間へのカモフラージュだ。やべぇのは地下。嫌な気配がぷんぷんしやがる」

 

「そういう事。多分皆悪い奴らだから綱吉君もどんどんやっちゃって?」

 

 片っ端から見た目は善良な一般市民の職員達をぶん殴っていく2人。綱吉の常識では考えられない連中だ。

 

 それに「やっちゃって」と言われても手を出せず、綱吉はこの場でクソの役にも立っていない。しかし言われるまでもなく、下から背筋が凍り付く気配が感じられるのも確かだ。

 

 夜間急襲に飛び交う悲鳴、逃げ惑う人々──。

 

「助けてくれー!」

 

「イヤーッ!」

 

「殺さないで! 殺さないで!」

 

 それでも誰ひとりとして警察を呼ぼうとしない。呼ばれて困るのはあちらなのだろう。

 

 しかしフロア中を探しても下へ降りる手段が見つからない。業を煮やした柘榴がデスク下に隠れていた職員の髪の毛を掴み引っ張り出した。さらに壁に顔面をガスガス叩き付け、メガネが割れ、破片が刺さり、顔面血だらけだ。

 

「どうやって下降りんだよコラ。階段も何もねぇじゃねぇかよォ?」

 

「な、ないっ、しらないっ」

 

 続けて白蘭がデスク上の家族写真らしき物を手に取り、

 

「これ、キミの家族? へぇ〜、綺麗な奥さんと可愛いお子さんだね?」

 

「家族には手を出すな!」

 

「で、どうやって下に降りるの? はい、3、2──」

 

「か、隠し……、扉、そこ……」

 

 そんなマフィアらしい方法で、ようやく下へ降りる方法を見つけたのであった。

 

 

 二重三重に隠された上にとてつもなく重たい隠し扉。それを開ければ地下へと続く長い階段──。

 

 相当な深さで終わりが見えない。さらにひとつ段を降りるに連れて嫌な空気が濃くなっていく。

 

「血の臭いがするね。ビビりの綱吉君は帰っても良いよ? 中学生には刺激が強いショッキングなモノがありそうだ」

 

「ここまで来てそんな訳にいくか」

 

「そうかい? じゃあ大変なモノ見ても『俺は人間を滅ぼす! 人間は滅ぶべきなんだ!』か言い出さないでね?」

 

「あんまり脅かすなよ……」

 

 白蘭がそんな事を口にした頃には長い階段は終わりを迎えてようとしていた。

 

 

 階段を抜けるとそこは何もない広い部屋だった。しかしコンクリート製の壁や床の所々に小さなクレーターやヒビ、果ては血痕まであり、覚悟はしていたとは言え何とも不吉な予感をさせる。

 

 ここではローブ男達が待ち構えている様子はない。その代わりに、ズン……、ズン……、というまるで巨大な生き物が近付いて来る足音がこの部屋に届いて来る。

 

「ふぅん、賢者の石だけを作っている訳じゃなさそうだね」

 

 お化け屋敷でも楽しんでいるかのように、白蘭はクスリと笑いをこぼすのであった。

 

 


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