新しいウルトラマンの情報もきましたね。
クロニクルのゼロがマントを装着してたのを見て何かあるとは思ってましたが、まさか弟子とは……。
『わたしも5年前、ヒカリと一緒に戦う裏でAqoursのマネージャーとして活動してた』
部室でステラから語られたことを思い返し、春馬は深く考え込んでは低く唸った。
光の欠片————地球人だけが備えている強力なエネルギー。
“十の光”によって全ての欠片を一つに集束させることができれば、それはより大きな力……“究極の光”として顕現させることができる。地球人類にとっての切り札と言ってもいい存在。
かつてのラブライブで優勝したグループ——Aqoursは9人のメンバーだけじゃなく、マネージャーも欠片を発現させていた。
そのマネージャーの少年“未来”こそ……タイガの兄弟子、ウルトラマンメビウスと共に侵略者達と戦った人物。稀にしか発現することのない光の欠片が一箇所に集まることになったのも、彼の持つ“十の光”の影響らしい。
そして理由はわからないが、あのトレギアもそれを持っている。
…………雪崩のように流れてきた情報量に頭が痛くなってきた。
ステラは自分にこれらの話を聞かせて何をさせたかったのだろう。歩夢達が欠片を宿すかもしれないとも言っていたことを考えると……単に気をつけろと警告したかったのか?
「難しい顔してる」
「へっ?」
耳元で聞こえた声に反応し、春馬は弾かれるように瞑っていた瞼を開けた。
場所は自分の部屋。目の前のテーブルにはびっしりと歌詞が綴られたノートがあり、真横には不安げに眉を下げた歩夢がぺたん、と腰を下ろしている。
「どこか直した方がいいかな……?」
「えっ……と……」
「私が書いた歌詞。どこか変なところがあったら言ってって……」
「あっ!ああ!そ、そうだったよね!」
「……ちゃんと話聞いてなかったでしょ」
「う……ごめん歩夢……。ちょっと考え事しちゃってて……」
「もうっ!」
「ほ、ほんとにごめん!今すぐ確認するから!!」
そっぽを向いて珍しくストレートに不機嫌さを伝えてくる歩夢を見て、春馬は鞭を打たれたように眼前のノートに視線を固定させた。
……ついステラから聞いた話について思考を巡らせてしまったが、今は歩夢に頼まれて彼女の考えた歌詞の添削をしているところだった。
(ダメだ……集中できない)
目を凝らして歩夢の持参したノートを読み込もうとするが、どうしても「光の欠片」や「十の光」といったワードがよぎってしまう。とてもじゃないが作業ができるような状態ではない。
ここ最近はきちんと話す機会もあまりなかったから、今くらいは協力したいのに。……うう、歩夢の視線が痛い。
「……疲れてる……よね?」
「え?」
思考回路を横断する雑念と悪戦苦闘していたその時、
「ごめんね。ハルくんは作曲だってやらなきゃいけないのに。……やっぱり、また今度お願いするよ」
怒っていた横顔から一変。申し訳なさそうに笑った歩夢がテーブルのノートを回収しながらそんなことを口にした。
突然のことで数秒フリーズした後、春馬は素っ頓狂な声で言う。
「あっ、え?いや、俺なら全然……!」
「ううん、今日はもう休んで。過労で倒れちゃったりしたら大変なんだから!」
「ちょ……歩夢————!?」
「おやすみなさい」
そそくさと部屋を出て行く歩夢に手を伸ばすも、すぐに扉が閉じられその姿が見えなくなる。
追いかけようと足腰に力を込めるが、何故だか立ち上がる気力は身体の半分辺りで詰まってしまっている。
(……もう、はぐらかすのも限界かもしれない)
吸い寄せられるように床へ尻もちをつき、春馬は罪悪感を緩和するように眉根を揉んだ。
以前から歩夢は春馬の変化を感じ取っていたようだが……ステラが同好会に加わってからはその疑念も凄まじい速度で膨れ上がってきているようだった。
彼女にはできるだけ気苦労を重ねて欲しくない。けれどウルトラマンであることを隠し続ければ余計な心配をかけることは避けられない。
それに“光の欠片”のことだって…………。
『見るからに悩んでるな』
1分ほどテーブルに突っ伏していたその時、顔の横から飛んでくるタイガの声。
春馬は腕の中から目だけを覗かせ、自分の部屋にいるようにリラックスした様子で座しているトライスクワッドの3人をそれぞれ一瞥した。
「タイガはさ、兄弟子さんから一緒に戦った人達のことは何か聞いてないの?」
『聞かされたさ。耳にタコができるかと思うほどな。一体化してた地球人の名前は今日初めて知ったけど』
「……その人は……“未来”さんは……どんな気持ちで戦っていたんだろう」
『そんなのは……知る由もないだろ。本人にしかわからない』
「だよね……」
ため息交じりにこぼした春馬が再び腕の中に顔を埋める。
自分が今置かれている状況は、かつて未来という少年が経験したものと同じ。そこに違いがあるとすれば、彼は最後まで
仲間のスクールアイドル達を支えながら、輝く少女達の心を見届けながら、彼は与えられた役目を全うしたんだ。
自分もそうなれるだろうか。……5年前、地球を救った英雄達のように。
『ノイド星人の嬢ちゃんから聞かされた話に関しては正直よくわかんねえし、気の利いたことは言えねえけどよ……そんなに気になるんなら、実際に行ってみたらどうだ?』
大きく足を旋回させ、アクロバティックな動きを見せながら立ち上がったフーマが不意にそう語りかけてくる。
「実際に……って?」
『その英雄様が過ごしてた土地にだよ。そうすりゃ少しは見えてくることもあるかもしれない』
「確かにこうして悩んでても解決しないとは思ってるけど……Aqoursがいた場所はちょっと遠いし、同好会のみんなを放って呑気にぶらつくわけにはいかないよ」
『いや、得られるものによっては……かすみ達のためにもなるかもしれないぞ。——ふっ……!』
フーマに続き、タイタスが倒立状態での腕立て伏せを始めながら声を発した。
「え?」
『そのAqoursというグループは……君や歩夢をスクールアイドルへの道へと誘った者達なのだろう。彼女達を理解しようとするのは……即ち、己の原点を見つめ直すのと同義。心に留めておいて損はない』
「俺の……原点……」
逆さまになったタイタスと視線を交わしながらそう呟く。
Aqoursというグループにいた少年少女達には————春馬にとってウルトラマンとしての羨望と、スクールアイドルとしての憧れ。その両方が詰まっている。
……スタート地点もはっきりしないままで、目指すべきものに辿り着けるわけがない。
タイタスの言う通り、Aqoursを取り巻いていたあらゆる事象を……頭に入れておくべきなのかもしれない。
自分にとっても、歩夢達にとっても、それはきっと想像以上の力になってくれるはずだ。
「…………わかった」
僅かな沈黙の後力強く立ち上がり、春馬はポケットから取り出したスマートフォンに路線が記された地図を表示。
5年前……ちょうどAqoursがラブライブで優勝したのと同時期に廃校となってしまった————彼女達が青春を過ごした学舎。それが存在した土地。
決して遠くはない過去、眩い輝きが過ぎ去ったであろう場所。
「行ってみよう——————内浦へ」
「……はぁ」
ベッドに横たわり、1人になった空間のなかで歩夢は重い息を吐き出した。
壁を挟んだ向こう側にいるであろう幼馴染に思いを馳せる。
同好会に入ってから、これまでよりも彼の存在を近くに感じる反面……心は常に余所余所しい感情が隠れているような気がしてならない。
一番不思議なのは、かすみとステラに対してだけは常にオープンな態度で接しているように見える点だ。
春馬自身は気づいていないかもしれないが、自分を含めた他の同好会メンバーに対しては何かを警戒するような素振りを見せることも時折ある。
知られてはならない秘密を隠すように、常日頃から何かに気を配るような……そんな態度だ。
————どうして
「……何か……悪いことしちゃったのかな……」
眠ってしまおうと目を閉じるが、未だ胸に残り続けるモヤモヤが意識を鮮明にさせる。
……自分が気づかないうちに、春馬に嫌われるような行動を取ってしまったのか。
もしかしたら入院している間……毎日のようにお見舞いに行っていたのは迷惑だっただろうか。
それとも何か別の——————
「……ううん」
————いや、きっと違う。春馬は滅多なことがない限り他人を嫌うことはあり得ないということを自分は知っている。
春馬は優しい。度が過ぎるほどに。いつだって彼は自分の想いを受け入れてくれた。
……原因は別にある。自分の知らない、別の理由が。
「——よしっ!」
突然湧いてきた衝動に突き動かされ、歩夢は勢いよくベッドから飛び降りる。
いつまでもこうして考えているだけなのは嫌だ。春馬に悩みがあるのなら……力になりたい。
彼の秘密を聞き出すためにも————
「今度のお休み……ハルくんを誘って、どこかに遊びに行こう!」
少しばかり飛躍した考えであることも、若干の私欲が働いていることも自覚している。
けれどすぐに行動を起こさなければ後悔する。歩夢の中には、そんな予感が渦巻いていた。
◉◉◉
『ステラ、ステラ』
「……んぇ?」
時刻は深夜3時を回った頃。
相棒の声で目を覚ましたステラはベッドから上体を起こすと、いつの間にか自分の右腕にナイトブレスが出現していることに気がついた。
『通信が届いている』
「通信……?タロウからかしら……」
よだれの跡を拭いつつ、まだ眠気の取れない重い瞼を持ち上げてブレスから放出された光のモニターに目を凝らす。
直後、そこに映し出された男の顔を一目見て…………ステラは心底不快そうに表情を歪めた。
『————やっほうステラちゃん!お久しぶりぃ〜!……って、なんか不機嫌?』
「しね」
『ああっ!待った待った!まだ切らないで!!』
外見からはこれといった特徴の感じられない黒髪の男。
見てるだけで殴りたくなるようなその笑顔は、ステラのよく知る人物のものだった。
「今何時だと思ってるわけ?くだらない用件だったらタダじゃおかないわよ」
『ええ、ひどいよステラちゃん……ボクだって君達のために毎日危ない橋を渡ってるっていうのに……。それに今はそっちとは別の宇宙にいるんだ。さすがに細かな時間帯までは把握できないよ』
「……はぁ?あなたこんな大変な時に……どこにいるのよ?」
わざとらしく肩を落とす男に一層苛立ちを覚えつつ、ステラは気分を切り替えるように後頭部を掻きながら言う。
画面の向こう側にいる男は何かを警戒しているかのように周囲を確認しながら、ひっそりとした声で続けた。
『地球だよ。今言った通り別次元のだけど』
「何のために?」
『詳しいことは言えないけど……まあ、“彼”のために頑張らなくちゃいけないことが出来てね』
『おい、いたぞ!!』
『捕まえろ!!』
『あ、やば』
モニターを通して伝わってくる騒がしい雰囲気に苦い表情を浮かべる。
「……どういう状況なわけ?」
『いやあ、ちょっとやらかしちゃって』
「あなた今
『ハハハハハ!心配ご無用!光の国にだってバレずに侵入してみせた男だぜボクは!!』
全力疾走しながらも通信を続行している男からは一切焦りが感じられない。
彼が隠密行動が得意なことはステラも知っている。本人の言う通り心配する必要はないだろう。
『手短に済ますよ!——この仕事を終えたらそっちに戻って“彼”に会う予定なんだけど、ステラちゃんも一緒にどうだい!?』
男がそう口にした途端、ステラは波が引いたかのような無表情へと変わった。
押し留めていた想いが爆発しそうなくらいに膨れ上がっていくのがわかる。
長い間顔を合わせていない少年の顔が浮かんでくる。
会いたい。とても会いたい。会ってたくさん話がしたい。
……けれど、そうしてしまえば必死に築き上げてきた“自分”が壊れてしまいそうで、
「遠慮しておくわ」
頷くことはできなかった。
『……そうか。残念だ』
「話はそれだけ?」
『ああ!お休み中に悪かったね!ではまた!』
その言葉を最後に通信が途切れ、同時に宙に映し出されていたモニターも消失する。
「…………」
ステラは再び魂が抜けたようにベッドへ背中を預けると、瞑った目にさらに蓋をするように顔へ腕を乗せた。
『……よかったのか?』
「ええ」
ヒカリの問いに短く返答した後、小さなため息を吐く。
……これでいい。今は大事な任務だってあるんだ。
逃げているわけじゃない。気持ちの整理がついたら…………ちゃんと、
だから、それまでは——————
「……頼りになる、姉貴分でいないと」
意識が眠りに落ちていく。
現実と夢の境界が不明瞭になっていくなかで…………1人の少年の顔だけが、鮮明だった。
一部の読者さんから支持を得ている例の男が少しだけ登場です。彼が一体何をしていたのか、詳しい話は第2章で。
そして舞台はまさかの内浦へ。
春馬と歩夢、2人の関係はどこへ向かうのか……。
次回からのエピソードは前編後編の二部構成でお送りする予定です。