タイガ・ザ・ライブ!〜虹の向こう側〜   作:ブルー人

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ああ……アニガサキ……あと(おそらく)5話……。
二期……二期の告知を……生きている間に早く……。


第84話 使命の在り処

心の中は常に灰色だった。

 

 

ウルトラマンを滅ぼす。地球を闇へと誘う。大層に聞こえるが、どちらも言われたことを一つずつこなせばいいだけで、何も難しいことはない。

 

そう、簡単だ。与えられた使命を遂行するだけで報われる。何もかもが叶う。

 

 

それは誰の望みだ?

 

 

邪魔な声をかき消して今日もこの星の日常とやらに身を溶かす。考えるべきはいかに使命を果たすか、その一点のみ。

 

スクールアイドル同好会を潰すことだって、最終的にはウルトラマンを…………“ファースト”を消し去ることに繋がってくる。必要なことだ。自分はきちんと先にある延長線を見据えている。

 

灰色の道。……いや、()()()()道。父が敷いたレールの上に自分は立っている。

 

それが正しいことだと信じていた。なぜならそうあるべきだと教えられてきたから。

 

だからこそ最初に妹の1人が道を違えたときは心の底から動揺した。兄弟の中で自分に次ぐ使命感を持っていた子が、よりにもよって敵であるウルトラマンのもとへ行くとは想像もしていなかった。

 

妹はそれが正しいと考えている。だったら自分は間違っているとでも言うのか。

 

——違う、間違っているのは奴らだ。父の使命を果たさんとする自分の姿勢こそが揺るぎない正しい在り方だ。

 

否定するな。楽しそうに笑うな。惨めな思いをさせるな。

 

愚か者のくせに、正しい自分から離れて行くんじゃない。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

「フィーネさん?」

 

真っ暗だった視界に光が戻った次の瞬間、思わず胸を撫で下ろしてしまいそうなほど安心する景色が飛び込んできた。

 

「大丈夫ですか?顔色が優れないようですが……」

 

そう言って心配そうに眉を下げた目の前の少女を見て、フィーネはほっと息を吐く。

 

兄弟たちとの関係の雲行きが危うくなった今、唯一希望を託せる可能性を秘めた存在。

 

皮肉にも自分が脅かす対象である地球人————三船栞子に視線を注ぎながら、疲れ切った様子でフィーネは口を開いた。

 

「少し……兄弟たちのことを考えていた」

 

「以前話していた、弟さんや妹さんのことですか?」

 

「ああ」

 

昼休みも半ばに差し掛かり、お喋りを楽しむ生徒たちの声があちこちを飛び交っている中、フィーネは教室の端の席で栞子と向き合いながら細々と語りだす。

 

「オレと兄弟たちはこれまで……父の期待に応えることだけを考え生きてきた。オレはそれが正しいことだと信じ、模範になろうと心がけてもきた。……だが弟と妹は、それを良しとせず次々とオレのもとから離れていく」

 

「……?ええっと……つまり弟さん達と喧嘩をしてしまった、と?」

 

「ケンカ……どうだろうな」

 

いまいち全容が読み取れないフィーネの話を聞きながら、栞子は頭の中でいくつもの疑問符を浮かべた。

 

彼が口にする言葉はいつもふわふわと宙に浮いているような雰囲気を帯びているのだが…………不思議と出鱈目の類ではないということだけは伝わってくる。

 

フィーネ・ダラーはいつだって純粋だ。まだ付き合いが短い自分が言うのもなんだが、彼のある意味で素直な部分は信頼に値する。

 

「…………オレは、正しいことをしているはずなんだ。なのにどうして……なぜ、こんなにも虚しい気持ちになる」

 

そんな彼が見せる憂いの表情は、生まれて間もない幼子のようだった。

 

「……………………」

 

フィーネが打ち明けた悩みの種を耳にした栞子は、深く思考を巡らせて彼と自分自身の姿を重ねる。

 

自分の目指していた理想が、他者にとっては至上のものではなかった。全く同じことを……栞子は痛感したばかりだ。

 

長い間信じてきたことが覆る瞬間は、形容し難い衝撃の影響から何も考えられなくなってしまう。……けれどもゆっくりと時間をかけて理解を深めたその時、見えてくるものは必ずあるんだ。

 

「それはきっと……フィーネさんが別に望んでいるものがあるからではないでしょうか」

 

「オレが?」

 

「はい。あなたにはきっと、お父様から課せられた責務よりも大切なものがあるのだと思います」

 

「……馬鹿な。与えられた使命よりも優先すべき事柄など……ありはしない」

 

「相変わらず変わった言い回しをなさるんですね」

 

そう言ってクスリと笑った栞子を見て、フィーネは思わず眉間にしわを作った。

 

「冗談を口にしたつもりはない。オレはどこまでも“使命”に従順だ。間違ったことは何一つしていない」

 

「あなたの言う使命……というのが何を示しているのかはわかりませんが、間違っているかどうかは問題ではないと思いますよ」

 

「……というと?」

 

「先ほども述べた通り、それを本当にあなた自身が望んでいるのかどうか……結局はそこに行き着くはずです」

 

「だからそうだと言っている」

 

「いいえ、私の目にはそうは見えません。……だってフィーネさん、先ほどから辛そうな顔ばかりしていますから」

 

栞子からの指摘を受け、フィーネは不意に視界の端に映った窓へと顔を向ける。

 

ひどい面構えだった。精神的な負担から目元には深い隈が刻み込まれ、真っ暗な双眸には以前のような情熱は宿っていない。

 

何かを諦めているような自分の表情を目の当たりにして動揺するフィーネの横顔に、栞子は続けて語りかけた。

 

「“使命”……聞こえのいい言葉ではありますが、場合によっては人を縛り付ける呪いにもなり得ます」

 

「呪い、だと?」

 

「1人の友人として……私はフィーネさんに辛い思いをして欲しくありません。あなたには自ら決心して選んだ道を進んでもらいたいです」

 

——自分の耳を疑った。栞子が発した今の言葉は、以前の彼女では考えられないものだったからだ。

 

適性…………当人に備わった才能や能力に沿って道を歩むべきだと言っていた彼女が、自分を重ね合わせていた彼女の像が、そのたった一言で音を立てて崩壊していく。

 

自分の————フィーネという存在が本当に望むものとは?

 

考えるな。何も考えるな。ひとたび迷えば引き返すことはできなくなる。進むことしかできなくなる。そうなれば待っているのは間違いなく己の破滅だ。

 

死ぬ気なのか?そうまでして自身が望んでいるものとはどれだけの価値を秘めている?

 

これからも世界に根を下ろしたければ()()になれ。今までずっとそうしてきたじゃないか。

 

父に……ウルトラダークキラーに逆らえば、ただでは済まないの。だから考えるな。

 

自我を捨て、望みを捨てたその先、最後の瞬間に自分はきっと報われ——————

 

 

「……?フィーネさん?」

 

真っ白な顔のままギラついた眼光を見開かせたフィーネに微かな不安を覚え、栞子は心配そうに首を傾ける。

 

報われたいのか?オレは

 

消えそうな声音でぽつりと呟いた後、唐突に席を立ったフィーネは栞子へ背中を向けつつ教室を出ようと歩き出した。

 

「あの……」

 

「もういい」

 

引き留めようとした栞子の言葉を遮りながら、フィーネは廊下を目指して歩みを進める。

 

悲壮を漂わせている彼の後ろ姿を見送りながら、栞子は呆然とした表情で伸ばしかけていた手を引き戻した。

 

 

◉◉◉

 

 

「ここの振り付け、どうでした?」

 

「バッチリ!前にブレてた部分も直ってたよ!」

 

「本当ですか!?」

 

虹ヶ咲学園の施設内にあるレッスンスタジオで、今日の放課後もまたスクールアイドル達が練習に励んでいる。

 

春馬はその中でも一層精を出している様子のメンバー、優木せつ菜のもとへ向かうと拍手と共に絶賛の言葉を届けた。

 

「すごい追い上げだね。他の出場者と比べても上位の完成度だよ」

 

「ありがとうございます。でもまだです。もっともっと会場のボルテージを上げられるようなパフォーマンスに仕上げてみせます!」

 

相変わらず安心感すら覚えるハキハキとした口調で返してきた彼女に微笑みつつ、春馬はふと背後へと向き直る。

 

せつ菜が普段よりもさらに気合いを入れているように見えるのは……きっと気のせいではない。その根拠も実に明白だ。

 

「三船さん、調子はどう?」

 

端の方でかすみや璃奈、しずくと一緒に柔軟体操を行っていた少女へと歩み寄る。

 

問いかけてきた春馬へ意識を移した彼女————栞子は少しだけ考えるような素振りを見せた後で小さく口を開いた。

 

「今のところは普通の運動部……といった印象です。別段気に留めるようなことはありません」

 

「まあ、普段の活動はライブまでにひたすら各々のメニューをこなして技術を磨く期間だからね。その辺は他の部活とあまり変わらないかも」

 

「まだ初日ですから、何かを判断するには情報が足りませんね。次からは可能な限り生徒会での用を早めに終わらせて来ることにします」

 

「大丈夫それ……?無理しなくてもいいよ?」

 

「いいえ、これも仕事の一環ですから」

 

涼しい表情で汗を拭った栞子が落ち着いた声でそう返答する。

 

新生徒会長————三船栞子。彼女がこうしてスクールアイドル同好会の活動を共にしているのかは、以前言い渡された“検討期間”が関係していた。

 

栞子によって下された同好会の廃部…………結果的にそれは数ヶ月間の検討を経て是非を問うことに決まった。

 

来年度までこの同好会を見守り、栞子に必要だと理解させることが叶えば廃部の話は無くなる。その判断材料を得るため期間中は自身も活動に加わると、彼女本人からの申し出を受けて今の状況に至っている。

 

「それにしても三船さん、やけに動きが小慣れてる。璃奈ちゃんボード『はてな?』」

 

「本当だね。なにか習い事とかしてるんですか?」

 

「日舞を……少し」

 

「ううっ……結構ガチなやつじゃん」

 

「あはは。ライバル出現だね、かすみちゃん」

 

立ち姿すら整った印象を覚える栞子に狼狽えだしたかすみを中心に、彼女を囲んでいた皆に笑顔が咲いた。

 

 

今日までいくつかハプニングは起きたものの、同好会は誰1人として欠けることなく存続している。

 

……どうかこれから先も、幸せな時間がこの場所を満たしますように。そう願わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「三船さん、ちょっといいかな」

 

「……?はい」

 

完全下校時間が近づいてきた頃、休憩中の合間を縫って再び栞子のもとへやってきた春馬は、床に座り込んでいた彼女の隣に腰を下ろすと何気ない風を装って尋ねた。

 

「フィーネのことは知ってるでしょ?」

 

「ええ、クラスメイトですから。追風さんも彼と知り合いだったんですか?」

 

「まあ……ちょっとね」

 

濁した答えで応じながら、春馬は虹ヶ咲学園に紛れ込んでいるダークキラーの使者の姿を思い返す。

 

“フィーネ・ダラー”の名で生徒として潜入を図った彼と対等な関係を築いている栞子に、どうしても普段の様子を尋ねたかった。

 

「彼、クラスではどんな感じなの?他のお友達とか……」

 

「そうですね……最近は1人でいることの方が多いかもしれません。フィーネさんが自分から会話を始めようとするのは、いつも私に対してだけです」

 

「……『最近は』?」

 

「ええ。少し前までは他の方々とも積極的に関わっているように思えたのですが、ある時を境に突然……。今日もどこか元気がなさそうに過ごしていました」

 

予想外の回答が為され、春馬の表情に困惑の色が差す。

 

“ダークキラー”として自分達と敵対する道を選んだ彼に何かしらの異変が起きている。朧げながらその事実を予感した春馬の脳内では、それを良しととるか悪しととるかの議論が行われていた。

 

(もう一度……きちんとフィーネと話さなきゃダメみたいだ)

 

もしかするとこの短期間の中で、彼の心境にも変化が起こったのかもしれない。戦わなくても済む、春馬にとっての“良い変化”が。

 

ヘルマとピノンが愛と共に過ごすと決めたことをフィーネが把握しているかはわからない。けどその事実を提示すれば、あるいは……。

 

 

「あの、ちなみにあなたは……フィーネさんとどのようなご関係なのでしょうか?」

 

 

「……え?」

 

不意に栞子から投げかけられた質問に、春馬の頭は一気に漂白される。

 

生まれを考えれば“兄弟”。それぞれの立場を考えれば“敵”。

 

……すぐに答えが返せない。

 

「……俺と彼は——————」

 

疑問に首を傾ける栞子に向けて、気づけば春馬はひとつの言葉を絞り出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……どういうことなんだろうな』

 

「わからない。……けど、やっぱりきちんと話してみなくちゃ」

 

同好会の練習が終わる頃、一足先に校舎を飛び出した春馬はフィーネのいるであろう学生寮を目指して早足で歩みを進めていた。

 

栞子の話を聞いて居ても立ってもいられなくなった。

 

同好会の廃部が確定的ではなくなったこと。ヘルマとピノンが戦いをやめたこと。これらは全てフィーネにとって想定外の出来事だったに違いない。

 

話し合うチャンスまだ大いに残っている。以前のフィーネがどうであれ、今日に至るまでの状況変化を経て、彼の考えも変わろうとしているのだとすれば————自分達が戦わずに済む道だって、きっと。

 

『話し合うのはいいが春馬、警戒は張っとけよ。奴がまだ諦めてない可能性だって十分あるんだからな』

 

「大丈夫、わかってる」

 

『ほんとかよ……』

 

不安げに漏らしたフーマの声を聞き流しながら一層歩きを早めた直後、遠方に映った人影の存在に気がつく。

 

 

「——フィーネ!」

 

学生寮へと続く道のりの最中、ほんの少しだけ弾んだ調子の声が背後からかかり銀髪の少年は俯いたまま立ち止まった。

 

肩を上下させながら歩み寄ってきた春馬へゆっくりと上げた視線を向けた後、低い声音で彼は言う。

 

「……オレを探していたのか」

 

「え?……う、うん」

 

「奇遇だな。オレもお前を探していた、ファースト」

 

以前と同じ鋭い眼光を自分に突きつけながら話すフィーネを正面に捉えながら、春馬は仄かに笑みを浮かべて口を開く。

 

「もう一度、君と話がしたかった。……ヘルマくんとピノンちゃんのことはもう知ってる?」

 

「ああ、知っているとも」

 

「……!」

 

フィーネの言葉を耳にした途端に奥底からそわそわとした気持ちがせり上がり、落ち着きが失われていくのがわかった。

 

「じ、じゃあ話は早い。……考え直す気はないだろうか?」

 

「なんの話だ?」

 

「俺達と戦うことをだよ。フォルテちゃんにヘルマくん、ピノンちゃん……君の兄弟たちはみんな、本心では戦いなんて望んでいなかった。君だって、本当はそうなんじゃないか?」

 

余裕の感じられない調子でまくし立てる春馬を見つめながら、フィーネは沈黙を貫く。

 

「ダークキラーやトレギアのことは考えなくてもいい。俺達が必ず、あいつらから君たち兄弟を守ってみせる。……みんなで仲良く暮らせるんだ。君さえ頷いてくれたら、フォルテちゃん達は————!」

 

「……ハッ、なにを言い出すかと思えば……」

 

春馬の必死な呼びかけに対して嘲笑で返答した後、下へと視線を落としながらフィーネは続けた。

 

「——いや、そう考えるのも当然か。それがお前の在り方だからな」

 

「……?」

 

「ひとつ教えてやる」

 

風が止み、妙な静寂が漂い始める。

 

下方を見つめたまま話し始めるフィーネの言葉には、喩え難い悲哀が宿っていた。

 

「あいつらは()()()()()()()()()()()()()()。これだけは確かなことだ」

 

「え……?」

 

「フォルテも、ヘルマも、ピノンも、安全な暮らしを夢見てこの星で生きると決めたわけじゃない。一重に自らが望んだ自己像を叶えるために道を選んだ。そこを履き違えるなよ」

 

「…………」

 

「わかったか?」

 

「う、うん」

 

時が凍りついたかのような無音が続く。

 

フィーネは顔を上げ、春馬の姿をまっすぐに見据えると、

 

「これ以上交わす言葉はない」

 

瞬く間に左腕に出現した手甲を掲げ、その下部にあるレバーへと触れた。

 

「……っ!?」

 

「オレと戦え、今ここで」

 

「ちょっと待ってよ……!まだ話は終わってない!!」

 

「話すべきことはもうない。オレとお前の間には亀裂しかありえない。以前の戦いでそう結論付けたはずだ」

 

「一方的すぎるよ!あの子達みたいに……君だって望むままに生きる権利はある!考え直すんだ!!」

 

「戦うことが怖いか?なら()()()()()()()()()()()()()()()。……回りくどいことはやめて、いっそのことお前の周りにいる地球人どもを皆殺しにしてやろうか?」

 

「……!!この————わからず屋ッ!!」

 

直後、鏡合わせのようにフィーネとは反対に位置する春馬の腕にタイガスパークが現れる。

 

距離を詰めてきたフィーネと、後退する春馬。2人の手が同時にアクセサリーを握りしめた瞬間、

 

 

 

《ウルトラマンタイガ!!》

 

《ダークキラーゾフィー!!》

 

真紅と漆黒の閃光がぶつかり合い、苛烈な衝撃波を周囲へと拡散させた。

 

 




三船さんとはまだ少し微妙な距離感。
スクスタの展開とだいぶ違いますが、行き着く所は同じにする予定です。

そして次回、ついにフィーネと決着が…………!?
まだまだ秘めた思いがありそうな彼に今後も注目です。

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