カムイの刃   作:Natural Wave

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短いです。


第弐話 大人の責務

「あんたが(かくし)って人か」

 

 

個室に訪れた黒子装束の男を見て、杉元は首を傾げた。確かに隠というくらいなのだから顔を見られちゃいけないだとか、目立ってはいけないのだろうとは思ったが、まだ日も出ているこの時間でこの姿ならば目立って仕方がない筈だ。というか何よりも暑そうだ。

 

 

「しかしまぁ、この季節にその恰好は暑くないのか?」

 

 

「規則なので、隊士の遺体はこちらですか?」

 

 

杉元が答える前にスタスタと隠の男…恐らくこの男も年若いのだろう。隠しの青年は少年の遺体の在る個室へと向かうと扉を開け、寝かせていた少年を少しだけ見分した後遺体の服を脱がし始めた。これには見守っていた杉元も驚いて制止に入る。

 

 

「ちょっと待った待った!何してんだ!」

 

 

「何って、これが僕らの仕事ですから」

 

 

さも当然という風に青年は杉元に対して答えると、少年の服をテキパキと脱がせていく。

 

 

「何で遺体の身ぐるみ剥ぐ必要があるんだよ!?」

 

 

杉元の言葉を聞いて、一度だけ手を止めた青年はため息をついて杉本を見た。

 

 

「ハァ…あのですね…。医者の方から説明がありませんでした?僕達は隠です。鬼の存在や、鬼殺隊の存在を明るみに出ない様にするのが仕事。だから、彼が鬼殺隊であるという証拠を消すんです」

 

 

それだけ言うと青年は少年の衣服をすべて脱がせた後に背中に背負っていた風呂敷から着物や履物を取り出してこれまた手際よく少年に着させていく。着物はところどころが破れて土に塗れ、青年は破れた個所を少しだけ少年の傷口に当てて血を付けていく。それを何度か繰り返した後、一通りの作業が終わったのか青年は手を止めた。

 

 

「本来、鬼殺隊の遺体は人目に触れない内に処理をするのです。ですが貴方が律儀な事に彼を背負って街まで来てしまったものですから彼は衆目に触れてしまった。だから彼には不幸にも山で野犬に襲われた少年になってもらって、そのまま住職に頼んで無縁仏になってもらいます。――あぁ、気に病むことは無いですよ。そもそも鬼に殺されたら食われるなりバラバラにされるなりしてまともに身体が残ってる方が少ないので……彼は幸運ですね」

 

 

その言葉を聞き、杉元は鬼殺隊が本当に一組織として暗躍している組織であるという事を改めて自覚した。

 

 

「……この子に家族はいないのか?」

 

 

「いません。鬼殺隊の多くは親類縁者を鬼に殺されたりしているので本人以外の家族が全滅してるなんて珍しくもないのです。彼もその例に漏れない子ですよ」

 

 

青年はそれだけ言うと少年の刀を取り刀袋に入れようとしたが、杉元がそれを止めた。青年が何事かと杉元を見れば、杉元は思いつめた表情をしている。

 

 

「この刀は、この子と一緒に弔ってくれないか」

 

 

「え?何故ですか?」

 

 

目しか露出しない覆面を付けていた青年であったが、声色と目元からも疑問であるというのが杉本から見て取れた。

 

 

「……俺を救ってくれた刀と一緒にあの世に行ってほしい」

 

 

一瞬だけ放心したように杉元を見ていた青年だったが、いやいや、と杉元の手を払って刀を袋に入れて口を縛った。

 

 

「刀だって生えてくる訳じゃないんですよ。もったいないですし、今の時世に真剣持って死んでる子供なんて怪しいですからね」

 

 

「そりゃ、そうだが…」

 

 

ここは杉元が様々な事を知ったアイヌの地ではなく相手もアイヌの人間ではない。アイヌでもない自分がアイヌの教えを強要する事は出来ないし、ましてや自分は余所者で相手の組織のルールもある。しかし目を伏せた杉元を見て青年はため息を一度つくと、刀袋を遺体の隣に置いた。

 

 

「……わかりました。この子は刀を持ち出して鍛練をしていた際に襲われたってことにしておきましょう」

 

 

「本当か!」

 

 

「まぁ、この近くの警察にも鬼殺隊(われわれ)の協力者はいるのでなんとかしてくれるでしょう。じゃぁ詳しい話を聞くので別の部屋に行きましょう」

 

 

思ってもみなかった青年の言葉に杉本は胸をなでおろした。青年が別の部屋に行くのを追って部屋に入ると、青年は椅子に腰を落ち着けて杉元を見た。

 

 

「あの子の鎹烏(かすがいがらす)から大体の話は聞いているのですが、あの子が死んでからは情報がないんです。教えてもらえますか?」

 

 

「あぁ」

 

 

杉元は鎹烏というのが何かはわからなかったが、念のためと一から説明を始めた。鹿狩りを終えた後に鬼と遭遇した事、少年に助けられたこと、鬼は一体ではなく二体いて、自分のせいで少年が不意を突かれ殺されたこと、自分が鬼を殺した事までを説明した。青年は杉元の話を聞き終えた後、何度か頷いた。

 

 

「大体鎹烏からの報告通りですね。とはいえ、別の鬼に憑りつく鬼ですか…。珍しい血鬼術ですね。貴方の話が確かなら最初の鬼の身体は崩れてたのでしょう?なら鬼殺隊の人間なら殺したものと警戒を解いてもおかしくはないはず。不意を突かれたのも、運が悪かった、それだけですね」

 

 

その言葉に杉元は目を伏せる。自分がいなければ少年は死ななくて済んだのではないか、そう思ったからだ。

 

 

「僕達鬼殺隊は油断が死に繋がります。僕みたいな後方部隊はまだマシですが、あの子みたいな前線に立つ人間だと今日みたいな不運で死にます。どれだけ己で鍛練を積んでいようが、第三者の存在で容易く死ぬ。それが鬼殺隊です」

 

 

励まそうとしたのだろうが青年は杉元が顔を上げないのを見て励ますことを諦めたのかそれよりも、と話題を変えた。

 

 

「ところで、鬼を殺したと言いましたね?」

 

 

「……あぁ。あの子が鬼はあの刀か日光でしか殺せないって言ってたからな」

 

 

少しだけ杉元が顔を上げたのを見て安心した青年は続ける。

 

 

「という事は、先ほどの話も鑑みるに殆ど徹夜で鬼を潰し続けてたって事ですよね?本当ですかそれ?」

 

 

「…あぁ。あの鬼は只では殺さない。そう考えてな」

 

 

「…柱みたいなことしますね」

 

 

青年は杉元の言葉を聞いて(はしら)と呼ばれる人間を何人か思い浮かべた。柱とは、鬼殺隊の中の最高戦力である9人の鬼殺隊士だ。あの中には鬼殺隊に入る以前の身でありながら、日光が差すまで鬼を殺し続けた方がいたはずだと。

 

 

「?」

 

 

「いや、なんでもないです…ですが…あぁいや…でもなぁ…」

 

 

青年の発した柱というまたよくわからない言葉に首を傾げた杉元を見て青年は突拍子もないことを思いついた。しかし、ほんの少し考えて無駄になるかとも考える。

 

 

「いきなり唸り出してどうした?」

 

 

「…物は試しですか。あの!」

 

 

「うぉっ…何だよ。」

 

 

青年が唸り出した事に若干引いていた杉元だったが、突然顔を上げた隠に驚いて肩を跳ねさせた。

 

 

 

 

「鬼殺隊に入りません?」

 

 

 

 

「え、嫌だけど」

 

 

 

 

「……あぁ、そうですか」

 

 

自分がほんの少しだけ出した勇気をあっさり無碍にされ、どことなく納得のいかない青年。

 

 

「というかそんなにほいほい入れる組織なのかよ鬼殺隊って。俺は他所の他人だぞ、秘匿されてるんじゃねぇのか?」

 

 

杉元にとって鬼殺隊は聞いた限りもっと入りにくいような組織であり、それこそ入りたいと言えば入れるような組織ではないと考えていた。しかし現実は一介の隊士に勧誘を受ける程度だったようだ。

 

 

「いいんですよ。秘匿されてもそれは公的にって話で、民間でなら噂や言い伝えで知られてますしね」

 

 

「そうなのか…」

 

 

青年は近くの紙と筆を取り、すらすらと幾つかの言葉を書き記していく。

 

 

「本来は育手(そだて)と呼ばれる人間が有望な若者に剣術を教えて最終選抜を突破した人間が鬼殺隊に入るんですが、貴方ならもう既に鬼を殺せる実力もあるし、直接最終選抜に赴いてもいいんじゃないかと思ったのですがね」

 

 

「その最終選抜ってのは?」

 

 

何の気なしに、杉元は最終選抜の字を指で示すと青年は再び紙に筆を走らせ藤襲山という文字とその山までの道順を書き記した。

 

 

「鬼が閉じ込められた藤襲山(ふじかさねやま)という山の中で七日間生き延びる事です」

 

 

なんとなく聞いたその内容は杉元からしてみれば有り得ない内容。これには流石に杉元も異を唱える。

 

 

「待て待て待て、何だその無茶苦茶な内容」

 

 

「何でも何もこれをしないと鬼殺隊でやっていけません。鬼は殆どが雑魚鬼とされています。まぁ僕の実力では勝てないでしょうが」

 

 

そういう話じゃねぇ、と杉元は青年の持つ筆を取り上げた。

 

 

「ふざけんなっての。人間が飲める清潔な飲み水の確保や飯の確保がどれだけ難しいと思ってんだ。下手したら鬼に殺される前に脱水で死ぬ奴いるぞ。というよりいた筈だぞ絶対」

 

 

「……そうですかね?」

 

 

「絶対な。もしかしたら茸に中って死んだ奴だっているだろうし…いろいろおかしいぞその試験」

 

 

獅子の子落としなんて言葉もあるが、その前に死ぬだろう。そう杉元は考えて頭を抱えた。

 

 

「まぁ、あくまでも選抜の内容は代々決まったものですからね。僕や貴方みたいな人間が異を唱えたところで変わるものでもないですよ」

 

 

よっこらせ、と青年は立ち上がり少年の血まみれの隊服を包んだ風呂敷を背負う。

 

 

「では私はこれで、鬼殺隊の事はあまり広めない様にしてください。まぁ、ご家族にお話しして注意喚起をするくらいであればよろしいですが。お元気で。その紙捨てておいてください」

 

 

そういうと青年は戸を閉めて外に出て行ってしまった。一人残った杉元は、机の上に残された紙を手に取り眺める。

 

 

「……最終選抜……行くか」

 

 

別に鬼殺隊になりたいわけではない。ただ単純に、選抜の内容がおかしいと思いそれを指摘するべきだと感じたからだ。その為には鬼殺隊のなるべく上の人間に会う必要がある。もう少し言えば、自分が行くことで無駄死にする子供を助けられるのかもしれないとも考えたからでもあった。

 

 

「子供を助けるのは、大人の役目だよな」

 

 

杉元は小銃を包帯で巻いて血を隠して担ぎなおすと、地図を懐にしまい込んだ。




長くなったので区切って投稿するので、今回は短いです。


次回は最終選抜になります。


感想、評価、誤字指摘等とても有り難いです。感謝します。

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