カムイの刃   作:Natural Wave

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藤襲山にて。炭治郎と善逸。


閑話 染み付いた臭い、静かな音

最初、その臭いに気づいた時はただ怖かった。

 

 

藤襲山に入った時は、藤の香りの中で微かに血の臭いがしただけだった。しかし、これだけ強く香る藤の香りでも打ち消せない程の強い血の臭い。どんな鬼が山に潜んでいるのかと考えた。そしてその臭いの元、身体中に手が生え、巻き付いたような鬼はいた。あの鬼はとても強かった。

 

 

でも、鬼を倒した後息も絶え絶えに山を進んでいた自分がその臭いを嗅いだ時だった。この時はなんら違和感を持つことは無かった。その人の周囲には戦闘の跡があり、墓のようなものが乱立していた。だから遺体の臭いであると、そう考えた。

 

 

でも、共に最終選抜を過ごして気付いた。その人…杉元さんに染み付いた血の臭いの濃さに。

 

 

目に見える形でこの感覚を例えるなら、それは真っ白な布だ。真っ白な布に赤い染料を垂らす。そしてそれを水で濯ぐ。すると赤い染料は落ちても、微かな赤みは布の繊維に染みこむ。目には見えなくとも、その染料を垂らす回数と、量が増えれば増えるほど残る赤みは増していく。

 

 

あの鬼の心というものをこの布に例えるなら、赤い染料に浸け続けた布を引き上げたような、そんなドロドロと赤い染料が纏わりついたような色だった。俺が鬼の頸を刎ねた後、その布に纏わりついていた赤はサラサラと霧散して、ほのかな淡い赤が残った。

 

 

 

でも、杉元さんの臭いは違った。

 

 

 

本来の人間の持つ真っ白な布は、彼岸花のような強く濃い赤に染められていた。だが先の鬼とは違ってその布は渇き、濯いでも何も変わらない。杉元さんは元々軍人であったという。でも、一体どれほどの血を浴びればあれだけの臭いが付くのか。どれほどの赤を垂らし、その都度濯ぐ。しかしまた赤は垂れ、また濯ぐ。終わりの見えないだろうその繰り返しの中で、彼の布は染められ続けたのだ。

 

 

話してみれば、純粋に周囲の人間を助けようと刃を振るう人で、暖かな優しさを持つ人だった。でも、だからこそその奥底の染み付いた臭いをふと嗅ぎつけたときに、彼の生きていた道を考えて空恐ろしさを覚えてしまった。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

その音を聞いた時、ふと懐かしさを感じた。

 

 

この山に入ってから聞いた音は鬼の持つ特徴的な音か、鬼と戦う人間の怒りや恐れとかの複雑な感情の入り乱れた混沌とした音だった。でも、俺が幸運にも生き延びた俺が聞いた音は懐かしく、そして頼もしい音だった。今まで色んな人間の音を聞いてきたつもりだ。だけど人間一人一人が持つ音。これは似た音こそ有れど同じ音は何一つとしてない。そんな中で、杉元さんの音を聞いた時、()()()()の音が聞こえたような気がした。

 

 

本来、人間の音は感情に左右される。笑った時、喜んだ時は毬が跳ねるように。怒ったときは、鼓を鳴らすように力強く速くなり。哀しみに苛まれた時は糸のように細く不安定に揺れる。そしてそれは刃を握った時も同じ。一人一人の持つ音と拍子で刃は振るわれる。

 

 

杉元さんと爺ちゃんが重なるのは、決まって()()()()()()()だった。

 

 

感情のままに鳴っていた音は瞬く間に鳴りを潜め、静まった水面のようなシンとした静寂が残る。そしてその水面を打つように振るわれる刃の冴えは、動きこそ違うけど辿り着く結果は()()だ。

 

 

杉元さんが元々軍人だったと聞いた時や、顔や行水の時に見た身体の傷を見た時は怖かったけど、その音を聞いた時は決まって爺ちゃんが重ねて見えて、酷く安心した。

 

 

 

*

 

 

 

「なぁ、なんで炭治郎は杉元さんを怖がるんだ?」

 

 

「え?」

 

 

善逸の言葉に炭治郎はギクリと足を止めた。

 

 

「だって、話してるときとかに一歩引いた感じの音がするんだよ」

 

 

藤襲山で行われた最終選抜の日数が折り返したある日、善逸と炭治郎は効率が良いという理由から獲物を捕らえる際は二人で組んで獲物を探していた。そんな中で、ふと考えていた疑問を問いかけた善逸の言葉に炭治郎は少しだけ逡巡した。

 

 

「……杉元さんの臭いに慣れないんだ」

 

 

炭治郎の言葉に善逸は首を傾げ、自分の腕を上げて脇の臭いをクンクンと嗅いだ。

 

 

「臭い?確かに汗の臭いとかはするけど、それは俺達もだろ?」

 

 

善逸の言葉に炭治郎は手を慌てて手を振る。

 

 

「あぁいや違う、汗の臭いなんかじゃなくて。血の臭いだよ」

 

 

「血の臭い…」

 

 

想像したであろう善逸が少しだけ顔を青ざめさせた。

 

 

「杉元さんって昔軍人だって言ってただろ?多分、その時に染み付いた血の臭いにまだ慣れないんだ」

 

 

「え?そんなの分かるのかよ」

 

 

「うん、本来なら何年も昔の臭いなんて無くなってて当然のはずなんだけど、それがまだ残ってる。それって相当濃く染み付いてるか、戦争が終わってからも血の臭いが付くようなことがあったからだと思うんだ」

 

 

善逸は少しだけ頭をひねりながら唸る。

 

 

「じゃぁ杉元さんは戦争が終わってからも戦ってたって事か?戦争が終わったのに?……いや止め止め!俺は大丈夫だと思うぞ!杉元さん優しいし!」

 

 

頭に過った何かを無視するように善逸は手を叩いて歩き出し、獲物が周囲にいないかどうか聞き耳を立てながら茂みを掻き分けて進む。

 

 

「あぁうん、杉元さんが優しいのはわかってるんだけど、杉元さんが生きてきた人生を考えたら、少し怖くなってさ」

 

 

「まぁ…確かに、杉元さんって鬼と戦ってる時とかの表情怖いもんなぁ。俺達みたいに必死に戦ってるっていうより、淡々と切り捨てる感じが本当に。あぁ、『この人元軍人だった』って感じだもん」

 

 

「……もしかしたら、人も、そんな風に殺しちゃったのかな」

 

 

「お――おまっ!止めろよなそういうのぉ!!ちょくちょく頭に過ってたけど考えない様にしてたのに!!」

 

 

ビタリ、と善逸の動きが止まって炭治郎の肩を掴んでブンブンとゆする。

 

 

「ちょっ、ごめん!ごめんって!」

 

 

慌てて謝った炭治郎の肩を離した善逸は再び茂みを進む。

 

 

「ったく…早く夕飯用の獲物見つけるぞ!」

 

 

「わかってるって…」

 

 

少しずつ日が暮れ始めている。二人は急いで掻き分けて山を進んだ。

 

 




この話で一話作ろうと書き出してボリュームが少なかったので閑話として投稿。
残る伊之助、玄弥、カナヲの三人はそのうち書けたらいいなぁ。

感想、評価、誤字報告等とても有り難いです。感謝します。

杉元の鎹烏?の名前について、何がいいでしょうか。

  • フリ
  • オチウ
  • シライシ
  • ウコチャヌプコロ
  • トカプ

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