カムイの刃   作:Natural Wave

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第漆話 柱合裁判

――おい起きろ

 

 

――オイコラ、起きろってんだ

 

 

――いつまで寝てんだ!さっさと起きねぇか!!

 

 

「――ッ!?」

 

 

「柱の前だぞ!!」

 

 

直ぐ傍で浴びせられた大声によって炭治郎は意識を取り戻した。だが体を起こそうとしても、何かで縛られているのか手が動かせない。寝かせられた状態で身じろぎしようとすると、ザリ、と自分が砂利の上に寝ていたのが分かった。少なくともここは那田蜘蛛山ではないのだろう、そう考えて炭治郎は視線を上げた。

 

 

「ここは鬼殺隊の本部です。貴方は今から裁判を受けるのですよ。竃門 炭治郎君」

 

 

ずらりと並び、炭治郎を見下ろす人間たち。炭治郎は知らないが、彼等こそが鬼殺隊の最高戦力『柱』であった。柱とは、九人から成る鬼殺隊最高位の剣士達。実質、鬼殺隊とは彼等の存在で成り立っていると言っても過言ではない。そう言わせるだけの実力を持った者達だ。

 

 

「貴方は…」

 

 

炭治郎はその中の一人、自分を見下ろし声を掛けた蝶の羽を思わせる羽織を纏った女性――蟲柱・胡蝶(こちょう)しのぶに視線を向けた。確か那田蜘蛛山で禰豆子に切りかかって来た女性だ、そう思い出した。

 

 

「裁判の必要等ないだろう!鬼を庇うなど明らかな隊律違反!言語道断!鬼もろとも斬首する!!」

 

 

「ならば俺が派手に頸を斬ってやろう。誰よりも派手な血飛沫を見せてやる。もう派手派手だ」

 

 

女性に視線を向けていた炭治郎を他所に、燃えるような焔を連想させる赤い髪色の青年、炎柱・煉獄 杏寿郎(れんごく きょうじゅろう)、そして歌舞伎役者の如く化粧と飾りをした男、音柱・宇髄 天元(うずい てんげん)が刀に手を掛けた。

 

 

「あぁ、なんというみすぼらしい子だ。可哀そうに…生まれてきたこと自体が可哀そうだ。殺してやろう」

 

 

「うむ!」

 

 

「そうだな。派手にな」

 

 

数珠を鳴らしながら、炭治郎に向けて涙を流す大男、岩柱・悲鳴嶼 行冥(ひめじま ぎょうめい)の言葉に賛同する先の二人。だが物騒な事を話す三人を無視して炭治郎は周囲を見渡した。

 

 

「(禰豆子!どこだ禰豆子!善逸!伊之助!杉元さん!村田さん!)」

 

 

那田蜘蛛山に入った他の仲間達はどうなったのか。不安に駆られながら周囲を見渡す炭治郎。

 

 

「そんなことより…」

 

 

だが仲間達を探し周囲を見渡している時、炭治郎の視線のずっと上から声が聞こえた。炭治郎が思い切り顔を上げると松の木の太い枝の上に一人の若い青年が寝そべっていた。

 

 

「冨岡めはどうするのかね?拘束もしていない様に俺は頭痛がして来るんだが?胡蝶めの話によると隊律違反は冨岡も同じだろう?どう処分する?どう責任を取らせる?どんな目に合わせてやろうか」

 

 

青年は口元を包帯で覆い、首元には蛇が巻きついていた。蛇柱・伊黒 小芭内(いぐろ おばない)だ。小芭内は少し大きな羽織から指先を覗かせて、義勇を指差した。義勇は指を差されても特に反論をするでもなく佇んでいる。

 

 

「……」

 

 

「(冨岡さん!!俺のせいで冨岡さんにまで…!!)」

 

 

炭治郎が言葉を発しようと息を吸い込むものの先の戦いによる呼吸器の酷使による炎症のせいで咽込んでしまった。炭治郎が咳き込んだのを皮切りに一斉に柱達の視線が炭治郎に集まる。

 

 

「水を飲んだ方がいいですね。鎮痛薬が入っているので楽になります。ゆっくり飲んで話をしてください」

 

 

しのぶが炭治郎の前にしゃがみ込んで瓢箪の水筒を差し出し水を飲ませる。ザラザラと異物感の残る腫れた喉に少しだけ薬草の香りのする水が染み渡っていく。水を飲んだ炭治郎は一呼吸置いて喋り出した。

 

 

「っ……俺の妹は鬼になりました。でも人を喰ったことは無いんです。今までもこれからも、人を傷つける事は絶対にしません」

 

 

務めて冷静に話し出した炭治郎だったが、小芭内は舌を鳴らして指を振った。

 

 

「妄言を吐き散らすな。そもそも身内なら庇って当たり前。言う事全て信用出来ない。俺は信用しない」

 

 

「あぁ……この者は鬼に取り憑かれているのだ。早くこの子を殺して解き放ってあげよう」

 

 

小芭内の指摘に対し、行冥も賛同するように数珠を擦り合わせた。

 

 

「聞いてください!俺は禰豆子を治すために剣士になったんです!禰豆子が鬼になったのは二年以上前の事で、その間禰豆子は人を喰ったりしていない!!」

 

 

「話が地味にぐるぐる回ってるぞアホが。人を喰っていないこと、これからも喰わないこと、口先だけでなくド派手に証明して見せろ」

 

 

危険な話の流れに慌てて大声を上げた炭治郎の言葉を天元はあっさりと切り捨てた。反論をしたかったが、天元のいう言葉の通りの絶対的な証明など出来はしない。それをわかっている炭治郎は言葉を続けることが出来なかった。

 

 

「あのぉ…。でも疑問があるんですけど、御屋形様がこのことを把握してないとは思えないんです。勝手に処分しちゃっていいんでしょうか?」

 

 

だがそれまで事の成り行きを見守っていた柱の一人、桜色の髪、露出の多い隊服と目のやり場に困るいで立ちをした女性、恋柱・甘露寺 蜜璃(かんろじ みつり)の言葉に周囲がシンと静まった。

 

 

「妹は俺と一緒に戦えます!鬼殺隊として、人を守るために戦えるんです!!」

 

 

好機とばかりに、声を荒げる炭治郎。

 

 

「オイオイオイ、なんだか面白いことになってるなァ?」

 

 

だが、ザクリ、と砂利を踏みしめる音が炭治郎の背後で鳴った。

 

 

「こ、困ります不死川様!どうか箱を手放してくださいませ!」

 

 

隠の女性の言葉を無視して炭治郎の元に歩み寄る杉元の様に全身に傷跡のある歴戦の士を想起させる青年、風柱・不死川 実弥(しなずがわ さねみ)。実弥は禰豆子がいつも入っている箱を弄びながら、刀に手を掛ける。

 

 

「鬼が何だって?鬼殺隊として、人を守るために戦えるゥ?そんなことはなァ――」

 

 

実弥はゆっくりと刀を引き抜くと

 

 

「有り得ねぇんだよ馬鹿がァ!!」

 

 

ガスン!と箱に突き刺した。

 

 

「――!!!」

 

 

バタバタと、砂利の上に禰豆子の血が滴る。ビキビキと炭治郎のこめかみに青筋が奔った。

 

 

「柱だろうが何だろうが…!!妹を傷つける奴は許さない!!」

 

 

「ハハハハ!そいつはよかったなァ!」

 

 

炭治郎が走り出すのをみて嗜虐的な笑みを浮かべる実弥。実弥が刀を構えて水平に薙ごうと踏み込んだ瞬間――

 

 

「止めろ!もうすぐ御屋形様がいらっしゃるぞ!!」

 

 

義勇の怒号が庭園に響き渡った。

 

 

「――!!」

 

 

「フン!!!」

 

 

わずかに気を取られた実弥の振るった刃を飛び越え炭治郎は背を仰け反って思い切り頭突きをした。ゴン!と岩を叩き付けるような音が周囲に響き実弥も炭治郎も砂利の上に倒れた。

 

 

「テメェェ……!!ぶっ殺してやる…!!」

 

 

鼻から血を流しながら、実弥が刃を構えなおした。すると

 

 

「御屋形様のお成りです!!」

 

 

座敷の奥から子供の声が響いた。ビタリと止まった刀、何事かと炭治郎が座敷の方へと視線を向けると、男が立っていた。

 

 

 

 

「お早う皆。今日はとてもいい天気だね。空は青いのかな」

 

 

 

 

一瞬で静まり返った庭園に、静かな声が響く。

 

 

「よく来てくれたね。私の可愛い剣士(こども)たち。顔ぶれが変わらずに半年に一度の柱合会議を迎えられたことを嬉しく思うよ」

 

 

子供に手を引かれ、炭治郎の前に姿を現した男。顔に残る火傷のような跡が痛々しく炭治郎の目に映る。炭治郎の脳内にさまざまな疑問が湧くのと同時に、炭治郎は砂利の上に引き倒された。

 

 

「ッ!?」

 

 

 

「御屋形様におかれましても、ご壮健でなによりです。益々のご多幸を切にお祈り申し上げます」

 

 

 

炭治郎が反応できないほどの速さで炭治郎の襟元を掴んで倒した実弥。先程の口調とは打って変わり、片膝をついて頭を垂れる実弥の様相に炭治郎は驚愕した。

 

 

「ありがとう実弥」

 

 

御屋形様――産屋敷 耀哉(うぶやしき かがや)が腰を落ち着けるのと同時に、実弥は口を開いた。

 

 

「畏れながら、柱合会議の前にこの竈門炭治郎なる鬼を連れた隊士について、ご説明頂きたく存じますがよろしいでしょうか」

 

 

実弥の言葉を聞き、耀哉は人差し指を立てて実弥を止めた。

 

 

「……その前に、少し待ってくれるかな」

 

 

「?」

 

 

「いや何、事の次第を話すにはまだこの場に必要な人間が揃っていないというだけだよ」

 

 

耀哉の言葉に頭を垂れながら困惑する実弥。柱は揃っている、竈門炭治郎もその妹であるという鬼もいる、ではあと誰が足りないというのか。そう考えた実弥の耳に、砂利を踏みしめる音が入った。

 

 

 

「何これ、どういう状況?」

 

 

 

砂利を踏みしめながら近づいてくる呑気な声。その声を背に聴き炭治郎が安堵の息を吐いた。

 

 

「杉元さん…!」

 

 

「おぉ、炭治郎か。お前なんかいろいろ大変なことになったみたいだな。――っていうか大丈夫か?」

 

 

三八式歩兵銃を肩に掛け、帽子を被りなおした杉元がザクザクと砂利を踏みしめて炭治郎の元へと歩み寄る。

 

 

「ていうか何で此処こんなに血が――」

 

 

続けて杉元が足元の血だまりを見て言葉を継ごうとした瞬間、炭治郎の傍の砂利が弾けバシン!と叩くような音が鳴った。

 

 

「……!!」

 

 

 

 

「何だよテメェ」

 

 

 

 

ガシッ!と杉元を引き倒そうと杉元の襟首を掴んだ実弥、そしてその手首を掴み返した杉元。互いの腕に込められた力によってギチギチと弓を引き絞るような音が周囲に響く。

 

 

「……何が起きている?」

 

 

「不死川様が杉元様の襟元を掴んでいます。そしてその腕を杉元様が掴んでいる…といった次第です」

 

 

耀哉が白髪の幼子に問いかけると、幼子は見た状況を言葉にして耀哉に教えた。

 

 

「ふむ…実弥。離しなさい」

 

 

 

「ですが御屋形様この者は「二度、言わせないで欲しい」――ッ!!」

 

 

 

耀哉の言葉に、バッ、と杉元の襟元を離した実弥は再び元の場所に戻り片膝をついて頭を垂れた。耀哉は数秒間を置いた後、杉元の声のした方へと微笑みかける。

 

 

「よく来てくれましたね。杉元さん」

 

 

「あぁ。手紙貰ったしな。体調はどうだい?」

 

 

「あまり良いとは言えませんが、支障ありません。杉元さんは?」

 

 

「今回の任務で鎖骨折ったなぁ。まぁ相手が十二鬼月とやらなんだろ?そんくらいで済めば儲けもんだ」

 

 

「それはそれは…。ただ申し上げにくいのですが、杉元さんが討ち取られたのは十二鬼月ではありませんよ」

 

 

「えっ!?そうなの!?伊之助そう言ってたんだけど!?」

 

 

「えぇ…恐らく彼の勘違いでしょうね…残念ですが…」

 

 

「うそぉ…」

 

 

「ふふ、本当です」

 

 

まるで友人に会ったかのような一連のやり取りをする杉元と耀哉。その会話を聞き、しのぶや天元等ある程度杉元の性格を把握している者以外の柱達の内心、特に実弥と小芭内の内心は嵐の様に荒れていた。二人は片膝をつきつつも、握り締めた拳が震えている。

 

 

「…さて、必要な人間もそろった事だし実弥の言っていた炭治郎とその妹の禰豆子の事について話そう」

 

 

耀哉が話し出してもまだ膝をつくでもなく立ったままな杉元の影を射殺すかと思うほど横目で睨みつける実弥。だがそんな実弥の気など知る由もない杉元は腕を組んだままだった。

 

 

「察しのついている子もいるだろうが、炭治郎と禰豆子の事については私が容認していた。そして、君達にも認めて欲しいと思っている」

 

 

耀哉の言葉に、柱達が面を上げて耀哉を見つめた。数舜の間を置いて、ジャラリ、と擦り合わせられた数珠の音が鳴った。

 

 

「嗚呼…。たとえ御屋形様のお言葉であっても、私は承知しかねる」

 

 

「俺も派手に反対する。そこの杉元という男を放任するというのはまだしも、鬼を連れた鬼殺隊士など認められない」

 

 

行冥が真っ先に反対の意を示し、天元も続けて反対した。

 

 

「私は全て御屋形様の望むまま従います」

 

 

「僕はどちらでも…。直ぐに忘れるので」

 

 

蜜璃、そしてこれまで言葉を発してこなかった長髪の少年、霞柱・時透 無一郎(ときとう むいちろう)は反対はしなかった。

 

 

「「…」」

 

 

そしてしのぶと義勇の二人も言葉を何も発さずに沈黙を貫いたままだ。

 

 

「信用しない、信用しない。そもそも鬼は大嫌いだ」

 

 

「心より尊敬する御屋形様であるが理解できないお考えだ!全力で反対する!!」

 

 

だが小芭内、杏寿郎もまた否定した。そして――

 

 

 

「鬼を滅殺してこその鬼殺隊。竈門・冨岡両名の処罰を願います」

 

 

 

実弥に至っては炭治郎、禰豆子のみならず義勇の処罰までも願う程であった。

 

 

「……」

 

 

これらの成り行きを見ていた杉元は腕を組んだまま黙っていた。

 

 

「では、手紙を」

 

 

耀哉がそれぞれの答えを聴いて頷いた後、幼子の一人が懐から手紙を取り出して広げた。

 

 

「こちらは()()()()()鱗滝 左近次(うろこだき さこんじ)様から頂いたものです――一部抜粋して読みます」

 

 

『炭治郎が鬼の妹と共に在る事をどうか御許し下さい。禰豆子は強靭な精神力で人としての理性を保っています。飢餓状態であっても人を喰わず、そのまま二年以上の歳月が経過致しました。俄には信じがたい状況ですが、紛れもない事実です。もしも禰豆子が人間に襲い掛かった場合は竈門炭治郎及び鱗滝左近次、冨岡義勇が腹を切ってお詫びいたします』

 

 

幼子が手紙を畳み、再び懐にしまい込むまで、周囲を沈黙が包んだ。

 

 

「……切腹するから何だと言うのか。死にたいのなら勝手に死に腐れよ。何の保証にもなりはしません」

 

 

「不死川の言う通りです。人を殺せば取り返しがつかない!殺された人は戻らない!!」

 

 

青筋を立てながら実弥は拳を地面に押し当てる。そして杏寿郎も実弥の言葉に同意した。だが

 

 

 

「あー、ちょっといいか」

 

 

 

それまで黙っていた杉元の発した言葉に視線が集中した。

 

 

「何でしょう」

 

 

「俺は他所もんだし詳しく把握してるわけじゃないんだが、()()()()()()()()()()()()?」

 

 

「……」

 

 

杉元に視線が集中する中、耀哉だけはその言葉に笑みを深めた。

 

 

「柱ってのはあれだよな。鬼殺隊の中で最高位の剣士って話だ。そいつをポンと殺しちゃ駄目だろ」

 

 

シュー、と蛇が音を鳴らして杉元へと鎌首をもたげた。蛇のように杉元をねめつけながら小芭内は義勇を指差す。

 

 

「空席は甲の隊士の中から資格を持つものが座る。冨岡は水柱…水の呼吸を扱うものは甲に多い。後釜は探しやすい筈だが?」

 

 

「それでもだろ。それより問題なのは――鬼舞辻無惨を殺せる機会を得られるのがこの三人の中にしかいなかったらどうすんだ?」

 

 

ビシッ、と何かが割れるような音がした。杉元が音のした方をみてみると、実弥が握り締めた砂利が握力で砕けた音だった。

 

 

「テメェ……。俺等じゃァ鬼舞辻を殺せねェってか?」

 

 

子供が見れば泣き出してしまうであろう形相で杉元を睨みつける実弥。だが杉元は肩を竦めるだけだった。

 

 

「可能性の話だろ。大体、何百年も上弦とやらを殺せてねぇのに同じ柱を処罰だ切腹だなんて()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

杉元の言葉が途切れた瞬間、バチィン!!と肉を打つような音が庭園に響いた。音の正体は、杉元に向けて刺突を繰り出した実弥の刀を行冥が指先で掴んだものだった。

 

 

 

 

「……どけろよ(これ)

 

 

 

 

杉元の眼前で切っ先がびたりと止まっていた。

 

 

「治めろ不死川。気に入る入らんは別にして、我々が上弦を狩れていないのは事実だ」

 

 

ブルブルと肩を震わす実弥に対して、刀の鎬地を抑える行冥の指先は全く動じていない。その姿を見て杉元はそれとなくこの場の柱達の力関係を理解した。

 

 

「離してください悲鳴嶼さん」

 

 

「抑えろと言っている。御屋形様の御前だ」

 

 

「……」

 

 

刀から力が抜けたのを察し、行冥は鎬地を離し改めて耀哉に向けて頭を垂れる。

 

 

「……実弥の言ったことも間違いではない。だが、杉元さんの言う事も間違いではない。禰豆子が今まで人を喰らわないことが先にも喰わないことの証明にはならない様に、喰うという事も証明は出来ない。ただ言える事は、その禰豆子の不確定な先の話に三人の人間の腹が掛かっているという事のみ。これを否定するのなら、相応のものを差し出さなければいけないよ」

 

 

それに――と耀哉が言葉を続ける。

 

 

「炭治郎は鬼舞辻と遭遇している」

 

 

その言葉を認識した瞬間、耀哉に向けられていた柱達の視線が炭治郎に集中した。

 

 

「そんなまさか…柱達ですら遭遇したこと無いのに…!こいつが!?」

 

 

「どんな姿だった!?能力は!?場所は!?」

 

 

「戦ったの?」

 

 

「鬼舞辻は何をしていた!?」

 

 

「根城は突き止めたのか!?」

 

 

「(うるせぇ)」

 

 

一斉に喋り出した柱達。杉元は顔をしかめて片耳を抑えた。慌ただしくなった場であったが耀哉が人差し指を唇に当てた瞬間に、また柱達は頭を垂れて片膝をつく。

 

 

「鬼舞辻はね…。炭治郎に追っ手を放っているんだよ。その理由は単なる口封じかもしれない。だけど私はこの鬼舞辻の出した尻尾を離したくはない。恐らく禰豆子にも、鬼舞辻にとって予想外の何かが起きているんだと思う。わかってくれるかい?」

 

 

「わかりません御屋形様…!人間ならば生かしておいてもいいですが鬼は駄目でしょう…!承知できません…!」

 

 

「実弥…」

 

 

「俺が証明してみせますよ…!!鬼と言うものの醜さを…!!オイ鬼!!飯の時間だぞ喰らいつけ!!」

 

 

そう言いながら、刀を抜いた実弥は己の腕を斬り付けて血を禰豆子の入った箱にバタバタと垂らす。

 

 

「不死川。日向では駄目だ。日陰に行かねば鬼は出てこない」

 

 

血に濡れた箱、ガタガタと揺れる箱を見下ろし小芭内が座敷を顎で示した。

 

 

 

「御屋形様、失礼仕る」

 

 

 

そう言い実弥は禰豆子の入った箱を掴み耀哉のいる座敷へと飛び込んだ。

 

 

「禰豆子ォ!ガハッ!!」

 

 

炭治郎が禰豆子の元へと走りだそうとするが、小芭内がその背を圧し潰すように抑えた。だが、杉元の手が小芭内の腕を掴み上げた。

 

 

「離しなよ」

 

 

「動こうとするから抑えているだけだが?」

 

 

腕を取られたために炭治郎の背に膝を乗せ、圧迫する小芭内、ギリギリと、拮抗する力。

 

 

「ったく…お前ら耀哉の言う事聞くのか聞かねぇのかどっちなんだよ面倒くせぇな」

 

 

呆れたように小芭内を見下ろす杉元に小芭内は目を見開いて杉元を睨み上げた。

 

 

「他所者の貴様に何が分かる…!」

 

 

「他所者の俺にそう思われてる時点でたかが知れてんだろ」

 

 

ピキリ、と小芭内のこめかみに青筋が奔った。

 

 

「貴様――!」

 

 

ほんの一瞬だけ小芭内が腰を浮かして拘束が緩んだ瞬間、炭治郎が座敷に向けて飛び出した。

 

 

「禰豆子!!」

 

 

「ッ――不死川!」

 

 

小芭内が不死川に向け声を上げるのと同時に、炭治郎が不死川に向けて飛び掛かる。

 

 

「甘ェんだよガキが!!」

 

 

横薙ぎの形に刀を振りかぶった実弥。だがガチィン!という音と共に振られた刀は抑えられた。

 

 

「――!!邪魔すんじゃねェよ手前ェ……。」

 

 

「人間ならば生かしていいと言ったのはお前だが?」

 

 

実弥の刀を己の刀で受け止めた義勇が素っ気なく放った言葉に実弥の額に青筋が奔る。

 

 

「「……」」

 

 

座敷にギチギチと刃が鳴る音が響く。その時、庭園では杉元に代わって天元が小芭内の手を抑えていた。

 

 

「離せ…宇髄…」

 

 

「これ以上庭園を荒らすなよな全く。大人しくしてろ」

 

 

「悪いね……耀哉、邪魔すんぜ」

 

 

杉元は天元に手を上げて謝意を示すと、そのまま耀哉に声を掛けて座敷に上がり込む。そして――

 

 

「お前が炭治郎の妹か」

 

 

禰豆子の前に立った。禰豆子は杉元を視界に収めながらも、だらだらと涎を垂らしながら畳に滴った不死川の血を眺めている。

 

 

「…目元似てんな。歳はどんくらい離れてんだ?」

 

 

「フゥー…!ウゥゥゥ…!!」

 

 

杉元の言葉を聞いても唸るだけの禰豆子。杉元は一度首を傾げると禰豆子の傍に立っていた炭治郎へと視線を向けた。

 

 

「喋れないのか?」

 

 

「あ、はい…禰豆子は…鬼になってから喋れなくて…」

 

 

「そうか…言葉はわかるのか?」

 

 

「なんとなく…簡単な言葉であれば…――っ!?」

 

 

炭治郎の言葉に杉元は頷くと、垂れた血にべったりと左の手のひらを押し付け、右手で銃剣を引き抜くと改めて禰豆子の方へと向き直り炭治郎の首に腕を回して引き寄せた。びくり、と炭治郎の肩が強張る。突然の出来事に理解が出来ず、禰豆子と杉元へと視線を交互に送るしか出来ない炭治郎。

 

 

 

「食べたら、コイツを殺す」

 

 

 

ゆっくりと、杉元は血のついた左手の平を禰豆子へ向けながら、銃剣を炭治郎の首元にあてた。

 

 

「す……杉元……さん……っ?」

 

 

「ヴゥ!!!フー!!ウゥゥ!!」

 

 

「食べたら、殺す」

 

 

手のひらを禰豆子の目の前へと翳す杉元。一滴、また一滴と血が滴るのを追う禰豆子の瞳。滴る血と同じように禰豆子の噛む竹筒を伝って唾液が滴った。

 

 

「杉元さん…!」

 

 

「黙れ炭治郎。どうだ?食べるか?

 

 

ゆらゆらと禰豆子の前で手を振る杉元、その手と炭治郎へと交互に視線を送る禰豆子。

 

 

 

「どうなんだ…!」

 

 

 

「痛っ!!」

 

 

ピッ、と炭治郎の首の皮膚を浅く銃剣の刃が傷つけ、血が一筋流れた瞬間――

 

 

「ッ!!」

 

 

バン!と銃剣が弾かれた。杉元が宙に舞った銃剣へと視線を送るのと同時に、引き寄せていた炭治郎の身体が引きはがされた。

 

 

「……よし。妹の方は大丈夫そうだな」

 

 

杉元は座敷に突き刺さった銃剣を拾い上げると、子を守る親のように炭治郎を抱きとめる禰豆子を見た。

 

 

「妹の方も家族の為に人を喰うのは我慢できるみたいだぞ?」

 

 

「……」

 

 

信じられない、そういう目で周囲の人間たち――特に実弥が禰豆子を見た。この様子を幼子から逐次聞いていた耀哉も満足そうに頷いた。

 

 

「ほー…不死川の血に喰いつかねぇってなると、相当だな」

 

 

小芭内の手を離した天元が興味深そうに禰豆子を眺めた。小芭内も目を細めつつ、禰豆子を睨んでいる。禰豆子を見て頷いた杉元は、改めて炭治郎の方へと向き直った。

 

 

「で、後はお前だ炭治郎」

 

 

「…え?」

 

 

「ウゥゥゥ!!」

 

 

近づく杉元を威嚇するかのように睨みつける禰豆子。だが杉元はそのまま二人の前に立った。

 

 

「妹が今人を喰わないってのは今ので信用できる。だが、()()()()()()()()()()。だから、ここで誓え」

 

 

「…?」

 

 

 

「お前、妹が人を喰らったら、その場で妹の首を刎ねろ」

 

 

 

「ッ!!」

 

 

杉元の言葉に、炭治郎が目を見開く。だがそれは炭治郎だけでなく、盲目の耀哉も含めた周囲にいた人間たち全員でもあった。

 

 

「杉元さん…!それは…!!」

 

 

 

「やれ。絶対に。お前の手でだ」

 

 

 

「杉元…さん…」

 

 

「んでもって()()()()()()()()()()()しなくていい。お前も()()()()()()()()()()()()

 

 

「……!」

 

 

血の気が引く感覚を覚えながら、炭治郎は過去に似た事を言われたのを思い出した。

 

 

 

――判断が遅い!

 

 

 

そうだ、同じような事を自分は鱗滝さんに言われた――そう炭治郎は思い出した。だが、自分は言っていない。話の流れで頷きこそした、返事もした。だが言ってはいない。禰豆子が人を喰った時、自分は()()()()と、()()()()()()と、口に出してはいなかった。

 

 

「どうなんだ炭治郎」

 

 

炭治郎は杉元に向かって唸り続ける禰豆子へと視線を送る。

 

 

「………おいで禰豆子」

 

 

名を呼ばれた禰豆子は、杉元から一定の距離を取りながら炭治郎に抱きついた。

 

 

「杉元さん…」

 

 

禰豆子の肩を抱きながら、しっかりと杉元の目を見据える炭治郎。

 

 

 

「誓います。禰豆子が人を喰ったなら、その場で俺は()()()()()()()()()()。そして、俺もその場で()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「よし」

 

 

杉元はその言葉を聞くと、頷いて銃剣を鞘に戻した。

 

 

「絶対に妹に人を喰わせるな。妹の為にも、お前の為にもな。まぁもしお前が出来なかったら俺が二人ともぶっ殺してやるから安心しろ?」

 

 

「――っ……はい!」

 

 

にっこりと、本気か冗談か判断しにくい顔で言われた言葉に、肝を冷やしながら炭治郎が力強く頷く。

 

 

「よろしいですか?杉元さん」

 

 

「土足で悪かったな、もう大丈夫だ。ほら庭に戻るぞ」

 

 

「あ、はい!」

 

 

急いで禰豆子を箱の中に入らせた炭治郎は、一度実弥を睨みつけると、庭に戻って片膝をついた。

 

 

「炭治郎。今、杉元さんに、ひいてはこの場で誓った今の言葉。忘れてはならないよ」

 

 

「はい!」

 

 

炭治郎の返事を聞いて耀哉は頷いた。

 

 

「だがそれでも、禰豆子のことを快く思わない者もいるだろう。証明しなければならない。これからも炭治郎と禰豆子が鬼殺隊士として戦えること、役に立てること。その為には十二鬼月を倒しておいで。そしたら皆に認められる。言葉、そして誓いの重みも変わって来る」

 

 

耀哉の言葉を聞き、どこかふわふわと高揚した感覚を覚える炭治郎。地にあてた拳に力が入った。

 

 

「俺は…俺と禰豆子は鬼舞辻無惨を倒します!俺と禰豆子が必ず!悲しみの連鎖を断ち切る刃を振るう!!」

 

 

「今の炭治郎には出来ないからまずは十二鬼月を倒そうね」

 

 

「あ……はい…」

 

 

威勢の良い炭治郎の言葉をあっさりと切り捨てた耀哉の言葉に吹き出した蜜璃、その姿に釣られて張り詰めていた周囲の空気が弛緩していく。

 

 

「鬼殺隊の柱達は当然抜きんでた才能がある。血を吐くような鍛練で自らを叩き上げて死線をくぐり、十二鬼月をも倒している。だからこそ柱は優遇されるんだよ。炭治郎も口の利き方には気を付けるように…それから実弥、小芭内。あまり下の子に意地悪をしないように」

 

 

「「御意」」

 

 

「じゃぁ炭治郎の話はこれで終わり。炭治郎、下がっていいよ。杉元さんも大丈夫です」

 

 

「じゃ、何かあったらシライシに手紙届けさせてくれ」

 

 

「えぇ」

 

 

「――――でしたら竈門君は私の屋敷でお預かりいたしましょう。はい、連れて行ってください!」

 

 

「前失礼しまァす!!」

 

 

「わわっ――!」

 

 

耀哉と杉元達の話が一段落したとしのぶが頃合いを図って手を叩くと、先ほど炭治郎を起こした隠が走り寄って炭治郎を担ぎ上げた。

 

 

「では柱合会議を「ま、待ってください!!その傷の人に頭突きをさせて下さい!禰豆子を刺した分だけ絶対に!!頭突きだけなら――はぶぇ!!」

 

 

担ぎ上げられながらも、傍の柱にしがみつきながら炭治郎が実弥を睨みつけた。だが、次の瞬間に無一郎の飛ばした小石で顎を打たれた炭治郎はべしゃりと地面に落ちた。

 

 

「御屋形様の話を遮ったら――駄目だよ」

 

 

「すっ、すいません御屋形様!時透さま!」

 

 

「早く下がって」

 

 

「は、はい!」

 

 

「炭治郎。珠世さんによろしく」

 

 

急いで炭治郎を担ぎなおした隠の後に続いて歩いていた杉元だったが、耀哉の言葉に一瞬だけ足を止めて耀哉を見た。

 

 

「(タマヨ?…誰だ?……まぁいいか…)」

 

 

落ち着ける場所に着いたら炭治郎に聞いてみてもいいかもしれない、そう考えながら杉元は再び隠を追って歩き出した。




お待たせいたしました。


心の中で誓うのと言葉にするのとでは重みが違う。と言う話。


感想、評価、誤字報告等大変有難いです。感謝します。


※追記

感想にありました御屋形様の表記について質問がありました。
本誌ではお館様となっていますが意味的に変わらないことと字面的に好みなので御屋形様を採用しています。

杉元の鎹烏?の名前について、何がいいでしょうか。

  • フリ
  • オチウ
  • シライシ
  • ウコチャヌプコロ
  • トカプ

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