太陽が顔を出す早朝。今日は平日であり、朝早く起きる人なら既に起きている時間だろう。あと数時間経ったらほとんどの人が仕事や学校へ行くための準備をするはずだ。
そんな早くの時間、住宅街の路地裏から出てくる小学生くらいの女の子が出てくる。彼女は、周りに人がいるかを確認すると、彼女は何かを呟くと同時に体が発光し始める。その光が収まるころには、そこに小学生のぐらいの少女は消え、代わりにその少女が少し大人びたかのような姿をした中学生ぐらいの少女が立っていた。その姿は、巷で噂になっている魔法少女の一人『胸に目がついた魔法少女』こと『ブラッディ・メリー』がいた。
彼女――古明地こいしは、ここN市の住民ではない。では、他の市の人か、それとも県外に住んでいるか、まさか外国に住んでいるかと言えば全てノーと彼女は答えるだろう。彼女は、日本出身だが、少し環境が違う場所、詳しく言えば政府ですら存在が確認されていない土地――幻想郷の住民である。そんな彼女は、もちろん他の魔法少女のように学校や仕事に行かなくてもよく、彼女はそれを利用し早朝から魔法少女としての仕事をしているのだ。
メリーは助走をつけて家の屋根から屋根へと飛び移り、上空から困っている人を探していた。本来の彼女なら空を飛んで探そうとしているが、なぜかこちらに来てから空が飛べなくなっていた。幸い弾幕を組むことは出来るが、幻想郷にいた頃に比べ、力が出せなかったのだ。しかし、メリー本人は、外の世界ではこんなものか片付け、地道にキャンディー集めに精を入れていた。
住宅街を離れしばらく飛んで十字路の方へ向かうと、奥から居眠り運転のトラックが走っていた。早速見つけたと喜ぶと今までより高く飛び上がりトラックの荷台に着地する。そこから落ちないように運転席側の窓を叩くと運転手が飛び起きる。前方を指さし、注意を促すと運転手の意識は覚醒しハンドルを握った。
それを確認すると同時に荷台から降り、ビルの屋上へ一気に飛ぶ。
「さて、どのくらい溜まったかな……たった20個か。まぁ、そのぐらいが妥当だよね」
「やっほぉだぽん。相変わらず早起きだぽんねぇ」
「私は他の魔法少女とは別にやることないからね。これも暇つぶしみたいなもんだし」
「キャンディー集めを暇つぶしだなんて強者の油断だぽん。いつか寝首を狩かれても知らないぽんよ」
ファヴの言葉に笑いながら、魔法の端末を閉じようとするとファヴに止められる。そうだ、確かファブの方からこっちに来たのだからファヴの方に用事があるのだ。
「何かな。早くキャンディー集めを再開したいのだけど」
「まぁまぁ、妖精の話は最後まで聞くぽんよ」
と言っても信用ならない。前にもこのような話で公園で待っていたら何故か攻撃されたし。
だからと言って無理やり通信を切ろうとすると泣かれるし、なので閉じかけた魔法の端末をもう一度開く。
「こほん。昨日から魔法少女が増えたぽんよ」
「そうなの?」
「まぁ教えられなかったぽんからね。昨日のメリーは早く寝てしまったからぽん」
そういえば、昨日は帰った矢先に部屋に入りそのまま寝てしまったことを思い出す。けれどしょうがない。いくら妖怪だからって眠らなくてもいいってわけではない。それに、こっちに来てからは一日寝ないだけでも倒れてしまったのだから。
「言いたいことはそれだけぽん。それと、今日はチャットの日だから来れるなら来るぽんよ。それまでの間キャンディー集め頑張るぽん」
言いたいことを言ってファヴは端末から消えていった。
私は魔法の端末をしまうと、新しい魔法少女と友達になれるといいなと思いながら再び人助けへと足を動かした。
♰♰♰♰
古臭い王結寺の中。行燈の光だけが周りを照らし、そこにはメリーを抜いたルーラ率いる魔法少女がいた。
ルーラは奥の台に座りながら、メリーが来るのをいまかいまかとイライラしながら外へ通じる襖を見ていた。
しばらくするとぎしぎしと音が聞こえ、ルーラは立ち上がると襖が開かれた。
「ごめぇん。待たせちゃった?」
「遅い! 集合時間を5分過ぎてるわよ! 時間を守れこの鈍間!」
ルーラの怒声が寺に響き、ルーラの前で正座していたたま達が耳を塞ぐ。けれど、メリーは悪びれる様子もなくたまの隣へ座る。
「まったく。時間すら守れないなんて魔法少女としての自覚無いんじゃないの」
「心配ないよ。次はちゃんと間に合うように来るから」
こいしの通算27回目に言い訳を聞き流しながらルーラはメリーを呼び寄せ、仕事の詳細を聞く。
最近の仕事探しはメリーがやっている。前までは私がこいつらの仕事を探していたが、メリーが入ってきてから何処から持ってきたか分からない仕事をするようになった。前は騙し盗まれたお金を依頼主に返したり、自殺する女性の説得など、時には危険な仕事もした。当然、初めは反対したが取得キャンディーの多さから私は仕事探しをメリーに頼んだのだ。
メリーが私に耳打ちする。聞かされた仕事内容に歪むが、後で手に入るキャンディーの数を考えるとなかなかおいしい依頼だった。
私は立ち上がり、王笏をたま達へ向けて今日の仕事内容を言った。
ピーキーエンジェルズは内容に驚き、たまは体を震わせ、スイムスイムはいつものように正座をしたままだった。
言い終えたメリーは襖へと走り、思い切り開け放す。
強い風がルーラの髪を撫で、風に乗って聞こえて来る虫の音が私たちの包むようにうるさかった。
♰♰♰♰
薄暗い畳の部屋に小学生らしき子供が縄で縛られた状態で放り出されていた。子供は動く様子は無く、薬で眠らされていると分かるだろう。
部屋の奥では壁に寄り掛かりながらスマホを耳に当て笑っている中年男性がいた。彼のスマホからは女性の叫び声が聞こえ、だれが見てもこれは誘拐と判断するだろう。
スマホを切り、懐へしまうと彼は気づいた。縛っていた子供がいないのだ。
「なっ!? どこだ! 勝手に逃げるな!」
怒鳴り散らすが、後に残ったのは静寂と彼の怒りだけだった。
瞬間、玄関のチャイムが鳴る。急な来訪者の出現でどきっとするが、冷静になり覗き穴から確認すると段ボールと配送業者の服を着た青年が立っていた。
宅配便だと思い安堵する。そのまま扉を開けると、目の前にどこかの童謡のお姫様のようなコスプレを着た女の子が持っている
「ルーラの名のもとに命じる。そこを動くな」
「ここがメリーの言っていた誘拐犯の家ね。ど屑にぴったりな家じゃない」
ぼろいアパートを見ながらルーラはメリーから伝えられた情報を元に作った作戦通り二階手前の扉の前に立つ。暫くすると、ミナエル達が戻ってくる。
「メリーの方は侵入成功だよ」
「よし。では、作戦開始!」
私の宣言を合図にミナエル達の姿が変わる。色が変わり、捻じ曲がり、その姿は次第に大きくなり、ミナエルの方は段ボールに、ユナエルの方は配送業者の服を着た青年へと変わった。
変身したユナエルは段ボールのミナエルを持つと、扉の横に備え付けられている呼び鈴を鳴らす。
しばらくすると、扉の奥で物音が聞こえ、逃げる王笏をユナエルの後ろに構える。
扉が開く瞬間、ユナエルたちは元の姿に戻り横に逃げる。扉の奥から出てきた中年男性に向けて魔法を放つ。
「ルーラの名のもとに命じる。そこを動くな」
魔法が掛かった男性は石のように動かなくなる。
「うまくいったね」「これで依頼は成功だよ」
「こら。最後まで油断するな。さっさと中のメリー達と合流しろ」
叱られたミナエル達は急いで中に入っていった。このポーズ疲れるんだから早くしなさいと悪態付きながら動けないでいる男性を睨んだ。
中に入ると、そこはキッチンやら冷蔵庫やらが置かれ最低限生活できる部屋になっており、食べた後に放置されたカップ麺にハエがたかり悪臭を放っていた。
「うわっ。変な臭い。鼻が曲がるよぉ」
鼻を摘まみながらここにいるはずのメリーを探していると、空いているタンスの奥に1mほどの穴が見えた。これは、たまが開けた穴だと考え周囲を見回す。
「おぉい。メリーやぁい。さっさと魔法解除してよ」
適当にそこら辺に呼び掛けると、誰も居なかったと認識していた場所に、いつの間にかメリーが誘拐された男の子を抱いていた。
情報によると寝ていると聞いていたが、メリーが起こしたらしい。
「見っけ。どぉ? その子大丈夫?」
「何とか大丈夫だよ。強くロープで縛られていたから後が残っているけど、しばらく経ったら消えるから問題ないわ」
メリーが男の子を連れ、部屋を出て行く。そこで、私は思い出した。
「あれ? そういえばたまは?」
「たまなら、穴をあけたらせっせと外に出ちゃったわ」
たまの安否を聞き、メリーに続きてユナエルと共に部屋を出る。
まだ魔法をかけらている男性は動いておらず、ルーラの隣で魔法の端末で警察に電話をしているスイムスイムがいた。
「子供は助けたな。なら、魔法を解くわよ」
ルーラは向けていた王笏を下ろすと同時に、動いていなかった男性は急に動いた反動で尻餅をついた。
「いっいったい何なんだお前ら!?」
急に現れて子供を助けた私たちを指差し、後ずさるながら半狂乱に叫ぶ。
そんな男性にルーラは近づき、冷ややかな視線で微笑する。
「お前のような屑に名乗るのも馬鹿馬鹿しいが、まぁ特別に教えてやろう」
王笏を男の眼前に向け、お姫様のような無邪気な笑顔で言い放った。
「私たちは魔法少女! 腐った世の中を正す者だ!」
ルーラは決まったかのようにどや顔をするが、スイムスイムに袖を引っ張られて表情を元に戻す。
「警察には言った」
「よし。後はこいつと子供を警察に引き渡すことか。メリー、手筈通り頼んだわよ」
「りょうかぁい!」
ルーラ達はメリーに後の事を任すと、アパートを出て寺へと帰っていった。
メリーは子供を抱きしめ、背中を摩る。
「よしよし。怖かったよね。でも大丈夫だよ。もうすぐで警察が来るからね」
摩っていると、後ろから何かを引きずる音が聞こえ、後ろを振り向くとさっきまで腰が抜けていた男が部屋から持ってきたと思われる金属バットを振り被っていた。
そのまま金属バットはメリーに向かって振り下ろされるが、普通に人とは違う魔法少女にとっては、一般人からの攻撃はスローモーションのように見える。
メリーは振り下ろされる金属バットを片手で止める。その光景に男は怯むが、金属バットを動かそうと力を加える。
しかし、それでも動かない金属バットをメリーは押し出すと、急に加えられた力にバランスを崩し、壁へとぶつかってしまった。
「あぁあ。大人しくしてればいいのに。大人しくさせるには――やっぱりただの肉塊にしたらいいのかな?」
ポケットからナイフをちらつかせて少し低い声を出すと、男の恐怖が頂点に達したのか男は横へ倒れ気絶してしまった。
パトカーのサイレンが近づいてくるのが聞こえ、メリーは子供を軽くなでる。心なしか子供の頬が赤くなるのを見ると、いじめたい衝動に駆られるがルーラに怒られるのが嫌なので、メリーも足早にその場を去っていった。
♰♰♰♰
N市内で二番目に高い山、船賀山。そこの南側の奥に小さな山小屋がある。本来、この様に荒れ果てた土地に人は近づかないが、元から住んでいる森の住人たちは山小屋の屋根を上り、中から聞こえているピアノの音を子守唄にうとうとと寝ていた。警戒心の強い小動物達さえも虜にするピアノを弾いているのは、一人の女性だった。
彼女の姿は、童話で見るエルフのような耳、おもに白と緑が主流の服に蔓が絡まり、彼女のさらさらな金色の髪には青と赤でグラデーションされている薔薇を付け、見るからに異様な姿だが、本物のエルフを思わせるほどの美しさと怪しさを
彼女が森の住人を虜にさせる音楽を生み出している魔法少女――森の音楽家クラムベリー。クラムベリーは、白いピアノを一心不乱に弾き、二つ名の通り森の音楽家と名乗るのに十分だった。
ピアノの上には黄金色に輝くコンパクト型の魔法の端末が開かれ、立体映像であるファヴがある新聞を出していた。
「マスター。また、ルーラ達がとんでもないことやらかしたぽん」
「またですか。これで計29回目ですよ」
クラムベリーはピアノを弾きながらもファヴが出している新聞を見る。そこには、『誘拐犯逮捕。犯人の身に何が起きたか』と大きな見出しが載せられていた。詳しく読むと、犯人は魔法少女にやられたと供述した後に狂ったかのように笑い出して、警察は犯人を精神病院に送ると書かれていた。
深いため息を吐いて再びピアノに集中する。
「やっぱり、あの魔法少女が原因だぽん。前にちょっと忠告はしてみたぽんけど、てんで相手にならなかったぽんよ」
ファヴの言葉に新しく入った魔法少女の事が思い浮かぶ。と言っても、その後にまた魔法少女が増えたため新しいとは言えないけれど。
彼女、メリーが魔法少女になりルーラ率いるチームに入った時に全てが大きく変わった。
まず、メリーがルーラの元へ持ってくる仕事は、他の魔法少女が行っているものとは違い、過激で刺激があるものだ。
それについては目をつむるが、問題は、その時に手に入るキャンディーの量が異常であり、現在の順位では一位二位と共にスノーホワイトとラ・ピュセルが入り、三位にカラミティ・メアリ、それに続いて四位から九位の全てがメリー達が入っているのだ。つまり、近い将来に行われる選抜試験に支障が出るかもしれない。弱い者が生き残り、強い者が負けるなんて、クラムベリーにとっては面白くなかった。
「そもそもメリーは、初めから異質だったぽん。魔法少女にする時、何故か初めてもいないのに既にアバターが決められていたぽんし、何よりファヴはあんな魔法知らないぽん」
「なに? そんなの聞いていませんよ」
「伝え忘れたぽん。まぁ、こんな情報は今必要ないぽん。問題は、どうすればメリーをゲーム開始前に始末できるかだぽん」
ファヴのいい加減さにため息を出したくなるが、ぐっと堪える。
クランベリーは別にメリーを始末しなくてもいいのではないかと考え始める。だって、彼女がいれば、もっとゲームが面白くなりそうだからだ。
演奏を止め、いまだにべらべらと喋る魔法の端末ををしまう。座っている椅子に寄り掛かり、ふと窓を見る。今日は満月なようで、クラムベリーの三日月に歪む口元を照らしていた。
♰♰♰♰
女の子らしい勉強机には、その机に似合わないような書類やファイルが重なり、古明地さとりは今週に送る報告書をまとめていた。けれど、報告する内容が私たちがここにきて一か月の間まだ見つかっていない。本来なら、私が魔法少女になり、様々な情報を得るのが目的であり、こいしが魔法少女になった以上、私が情報を得るためには全て足で稼がなくてはいけないのだ。こいしから情報を聞き出すこともできるが、出来るだけ関わって欲しくない。でも魔法少女になった時点で既に深く関わってしまったが。
さとりは、持っていた羽ペンをインク瓶に入れて、右手を摩りながら開いたり閉じたりする。
あの時の感触は今でも覚えてる。一瞬にして手首が動かせなくなる感覚。切り口から吹き上がる血飛沫。嗅いだ瞬間に胃から何かが込み上げてくる感覚。
そんなの忘れられるわけない。
――幻想郷にいた時は、血の匂いも気にしていなかったのに。
再び自分が人間だと再確認する。……そもそも、この体は人間だろうか。
本来の人間の体は、腕を切られてもすぐに再生されない。ポケットから取り出したダガーを右手に切りつける。血が辺りに飛び散るが、幸い書類にはかからなかった。出来た一文字の太い傷は、一分も掛からずに傷は徐々に薄れ、最後には何もなかったかのように肌になっていた。
妖怪でもなく、人間でもない私たちはいったい何だろうかと疑問に思うが、考えてもその先に疑問が増えるだけで、その疑問を一つ一つ組解いていくと、最終的に分からないという結論になった。
考えるだけ無駄かと考え、ふと壁に掛けられている時計を見る。短針はちょうど九時を指していた。
そろそろこいしが帰る時間だ。椅子から立ち上がり、部屋を出て、階段を下る。
リビングに着き、ソファがあるはず場所を見ると何もなかった。
あの時ソファを私の血で汚してしまい、配送業者に持ってってもらったのだ。そのこいしが帰宅すると、こいしは真っ先にソファについて尋ねたので咄嗟に嘘をでっちあげたのを昨日のように感じる。
リジングを通り、キッチンへ向かおうとすると、玄関が開く音が聞こえた。こいしが帰ってきたのだ。
キッチンへ向かう足を玄関へ向け、こいしを出迎える。
こいしは私に気づくと笑顔を見せてただいまと言う。
すかさず私もおかえりと返す。
こいしの笑顔があるから私は頑張れるのだ。
たとえ、理不尽な態度を取られても私は――。