ぬ~べ~クラスに転校しました   作:サイレント=フリート

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#004【性格改変の恐怖】

「行ってきます」

 

 あの市松人形の騒動から数日経った。

 早朝に学校に行くのも大分慣れつつあり今、1人で登校している。

 今日は先生からのテストのようなもので、今の自分の周りには結界が張られている。

 こちらから幽霊は見えているが、幽霊の方はこちらのことは見えないし見られている自覚もない。

 幽霊からすれば今の自分は透明人間のようなもの。

 そこいらにある電柱と同じである。

 

「こんな静かな登校は初めてだな」

 

 今まではほとんど霊が寄ってきて偶に逃げるので精一杯だった。

 これなら一緒に帰るのも不可能ではない。

 学校に着くがそこにはほとんど人はいない。

 

「失礼します」

「真斗か」

 

 職員室に入ると先生がいた。

 教室には誰もいないのでまだ鍵がかかっている。

 なので、教室の鍵を取りに来たのだ。

 

「ふむ、その様子だと異常はないな」

 

 僕の周りに幽霊が寄っていないことを先生は確認した。

 

「はい」

「結界も正常に機能している。元々真斗の霊力は清純だから強い力で悪霊を払うよりも先生の恩師みたいに悪霊から身を守ったり癒す方が向いているかもしれないな」

「つまり、結界は僕にとっては得意分野ということですか?」

「そうだな。他にはヒーリングも得意かも知れないな」

「ヒーリング?」

「気の力によって病気や怪我を治す超能力だ。もちろん、霊障にも効果があるのは俺自身が体験している」

「その恩師の得意技がヒーリングなんですか?」

「ああ、ある程度なら俺にも知識があるから教えてやろう。もっとも、恩師のように得意じゃないから基本的なことしか教えられないが……」

「いえ、後の成長は自分でやりますので、基本的なことでも教えてください」

「それじゃあ放課後で教えてやろう。でも、そうなるとまた友達と帰られなくなるが……せっかく、霊が寄らなくなったんだ。今日くらい一緒に帰ってもいいんじゃないか?」

「そうですね……それじゃあ朝に教えてくれますか?」

「もちろん、いいとも」

「今日は大人しく教室で本を読んでますよ」

「漫画は持ち込むんじゃないぞ」

「わかってますよ。読むのは図書室の借りてきた本です」

「ほら。教室の鍵だ」

「ありがとうございます」

 

 そして、教室に戻り1人本を読んでいる。

 今読んでいるのはファンタジー小説。勉強や読書に特化するしかなかったとはいえ読書そのものに関しては特別嫌ではない。

 文字だけでもイメージすればかなり楽しいものだし家の本棚には8割が小説である。

 ジャンルとしてはファンタジー小説、推理小説、オカルト、伝記が主である。

 この時間帯も実は訓練を続けている。

 霊が寄ってくるか確認したり、物事をやりながらでも結界の維持できるように鍛えたり確認することは多い。

 とはいえ、ここまで静かな朝も生まれてから初めてかも知れない。

 

「あ、真斗君おはよう。いつもこんなに早いの?」

 

 本を読んで時間が経ち今日の日直である中島さんが来た。

 中島さんは早く学校に着いている僕に少し驚いているようだ。

 

「うん、遅刻するよりはマシだし、静かに本も読めるしね」

「真斗君って朝早いのね」

 

 少し嘘を言う。

 本当は自分の霊力のコントロールの確認をするためにみんなより早く登校しているのだが、それを知らない中島さんに説明してもわからないだろう。

 

「本好きなの?」

「うん、ファンタジーとか推理小説とか面白いよね」

「私も本が好きなのよ。今度おすすめの本を紹介するね」

「それじゃあこっちも明日おすすめな本を紹介しよう」

 

 ちなみに前の学校でも幽霊も含め読書友達は結構いた。

 

「それにしても立野くんと稲葉さんすごい喧嘩だったな」

 

 原因は稲葉さんが居眠りをしていた立野くんを起こそうとしたけど、全然起きなくて辞書を投げて叩き起こしたことだった。

 流石に辞書を当てるのはどうかと思ったし案の定、立野くんも物凄く怒って稲葉さんに消しかすを吹きかけて復讐をして椅子を使って喧嘩になった。

 当然、授業中に寝ていた立野くんに非はあるし先生もそのことについて怒っていたけど、いきなり暴力を使った稲葉さんも問題あったから注意をして最後に立野君が火に油を注いで稲葉さんがさらに怒って教室から出て行った。

 

「仲直りしているといいね」

「まあ、喧嘩するほど仲がいいという言葉もあるしお互いもう忘れてるでしょ」

「そうだといいけど」

 

 中島さんが心配しながら日直の仕事をしている。

 ……なんかあれだな。

 

「何か日直の仕事を手伝おうか?」

「え? いいの?」

「いいよ」

「それじゃあ花瓶の水を変えてくれないかしら?」

「了解」

 

 正直、女の子が仕事をしているのに男が本を黙々読むことに気になるし、一緒に仕事をしていないと落ち着かない。

 本の続きは日直の仕事の手伝いを終えてからにしよう。

 

 そして、大体の日直の手伝いを終え教室に戻った時、立野くんが慌てた様子で駆け寄ってきた。

 

「お、おい! 大変だ!」

「どうしたんだ? そんなに慌てて」

「き、郷子が変なんだ!」

「変?」

 

 立野くんたちに言われて何か変な恰好したのか変な行動に出たのかと思って廊下に行くと……稲葉さんの格好がとても女の子ぽくなりました。

 いや、稲葉さんもちょっと男勝りというか基本的に男が着ていそうな格好が主だ。

 そこに偏見はないし服くらい好きに着てもいいと思う。

 こう言っては何だが自分はお洒落に疎い方だと自覚している。

 もう、服は着ればいいやと色合いなどは考えていない。

 流石に女子の服を着たいとは思わないけど、それでも同じような服を着ても気にしないタイプだ。

 だけど、それを抜きに考えても稲葉さんの格好は劇的に変わっていた。

 変わり過ぎるくらいにだ。

 普通、人間はああも簡単に変わるものだろうかと思うくらいにだ……

 

「……あ」

 

 あまりの変わりように僕も中島さんも驚いていた。

 だけど、すぐに彼女の一番の変化に気付いた。

 

(稲葉さんの守護霊……代わっている?)

 

 稲葉さんの守護霊は戦国時代の武将のような鎧を身に纏っていたが、今の稲葉さんの守護霊は大多数が見たら美人というほどの着物を着た女性だ。

 

(守護霊が代わった? だから、稲葉さんもあそこまで変わった―――)

 

 すると、その女性は自分をギロリと睨んだ。

 

「っ!?」

 

 その鋭い視線はまるで氷のように冷たくびくりと背筋が凍った。

 その感覚はよく知っている。

 悪霊が自分に狙いを定めている。

 いや、自分がいたところの霊とは比べ物にならないほどその霊は恐ろしかった。

 邪魔をすれば殺すと言いたげにこちらを凝視している。

 まるで、蛇に睨まれた蛙のようになっていた。

 

「真斗くんどうしたの?」

「っ!?」

 

 本当に凍らされたかのように自分の体が動かせなかった。

 中島さんに声をかけられなんとか我に返ったが恐怖は消えない。

 自分の腕が振るえるの理解した。

 

「大丈夫? そんなに衝撃だったの?」

「い、いや、少し驚いて……いや~人間、変わろうと思えばあそこまで変われるんだね」

 

 震えを誤魔化して心にもないことを口にする。

 今までの体験で気付く。

 守護霊じゃなく悪霊。

 少なくとも対象の人を守ろうとする類の霊ではないと感じ取った。

 しかも、清めの塩が効きそうにない強力なタイプだ。

 

「そ、そう? ボーっとしてたように見えたけど」

「気のせいだよ」

 

 立野くんが稲葉さんに暴言を吐くけどいつもの稲葉さんではなく、女の子らしく対応していく。

 

(いや、僕の気のせいか? さっきのは自分を感じ取る人物を見ただけで悪霊かどうかも……)

 

 だけど、恐らく自分の直感のおかげで悪い霊かどうか判断できたと思う。

 普段寄ってくる霊は引っ付いてくるけどそれでも先ほどのような嫌な予感は感じなかった。

 そもそも、この勘が無ければ本当に先生と出会う前に悪霊に殺されたと自覚がある。

 この町の危険性にもすぐに気付けた。

 この勘を疑うことは僕には出来なかった。

 

「み、みんな~とりあえずテストをするぞ~」

「え~!?」

 

 ホームルームが終わり先生が抜き打ちテストをする。

 みんなは不満を漏らすが納得できていない様子の立野くんは声を上げない。

 自分もテスト自体は大丈夫だが、稲葉さんの霊で頭がいっぱいでそれどころではない。

 

(どうする? どうすれば――――)

 

 テストの問題を確認する。

 内容は出来なくもなく答えが分かるものばかりだった。

 普通にやれば高得点が取れる。

 

(……っ)

 

 だけど、これを利用することができるかも知れない。

 自分は前の列にいるし隣の人もわざわざこっちのテスト用紙を覗こうとするとは思えない。

 

(これは例え0点になっても!)

 

 テストにあることをしてすぐに解答欄を隠し眠ったようにする。

 こうすることで例えあの霊がこっちに警戒して覗いてみても見えないだろうし先生に怪しまれるだけ。

 

「よし、終了! テストを回収するぞ」

 

 みんなは色々なことを言う。

 自信ある発言、今回もダメだったという言葉。

 僕は何も発さず黙って素早くテストを先生に提出した。

 

(さて、真斗は今回がぬ~べ~クラスで初めてのテストだからな。どのくらいなんだろうな……ん? これは)

 

 こっちのメッセージは確実に伝わる。

 だって、テストの答えの内容は繋げれば―――

 

 

【稲葉さんの守護霊はヤバい。悪霊の気配がした。何とかしないと稲葉さん、間違いなくあの霊に殺される!】

 

 

 これだけだ。自分が出来ることなんてこれが精一杯。

 自分にはまだ悪霊に対抗する術を持っていない。

 ここはその手のプロに任せた方がいいんだ。そっちの方がいいんだ。

 

 

――――

 

 その後、立野くんと一緒に職員室に向かう。

 立野くんは気になって先生に相談することにしたが、自分は先生に呼ばれたからだ。

 多分、メッセージの件だろう。

 

「守護霊交代!? 守護霊って人間を守ってくれる良い霊なんだろ? それが交代するなんてあるの?」

「ああ。割とある現象さ」

 

 そして、先生は守護霊の説明をする。

 働き者のお父さんがいきなり飲んだくれの暴力親父になるが、これも守護霊が交代するのが原因らしい。

 

「へ~」

 

 それについては初耳だ。

 自分もよくオカルト関連の本を読むがそれはあくまで悪霊に襲われたときの対処法を知るためであり霊の知識を蓄える理由ではない。

 

「……じゃあ郷子の守護霊も交代したってのか? 大変だ! 元に戻してくれよ!」

「おしとやかな良い子になったからいいじゃないか……これもあの子の運命の一つなんだし」

 

 そのことを聞いて少し納得がいかない顔になったと自分でも思う。

 それは守護霊が代わるのは運命かもしれない。

 けど、代わりの守護霊が悪霊なんてそんな運命に納得できるはずもない。

 

「それとも? 好きな子が急に変わっちゃったんで戸惑ってんのかな? 広くん」

 

 先生はからかうように立野くんをつんつんと突く。

 

「ばっきゃろー! あんな女、好きでもなんでもねーや!」

 

 立野くんは顔真っ赤になり職員室から出て行った。

 先生はそれを見て笑っている。

 それでも立野くんがいなくなると真剣な表情で僕を見た。

 

「……それでお前の勘だと郷子に憑いている霊は守護霊じゃなく悪霊なんだな」

「……はい。あの霊、僕が自分を見ることが出来る存在だと気付くとギロリと僕を睨みつけてきました。まるで、自分の邪魔をしたら殺すと脅しかけてるように」

「それだけか?」

「……それに前にいた町でも悪霊がいなかったわけではなかったんです。清めの塩が効くレベルでしたが悪霊は悪霊です。悪意というか殺気というかわかりませんがそれを放っている霊がわかります。その勘のおかげで生き残ったと思っています」

 

 清純な気を放つといっても先生に出会わなければ自分の霊力の扱い方を知らなかった。

 今のように膜状の結界を張ることができなかった。

 その頃の自分が生き残れたのもその直感のおかげだと信じている。

 

「そうか」

「あの霊と一緒にいて稲葉さん無事でいられないかも」

 

 そんな不安を零す。

 それもあながち間違いじゃないかもしれない。

 

「お前はどうしたい?」

「え?」

 

 いきなり先生がそんなことを聞いてきた。

 

「あの霊が危険だと気付いたお前は一体どうしたいんだ?」

「……今の自分にできることなんてありませんよ。今はまだ霊力をまともに扱えないんですよ? 邪魔をしたところで返り討ちに合うのが関の山です」

 

 わかっている。

 今の自分ではどうやっても稲葉さんを助けることができない。

 力が無いんだ。

 そうだ、日直の手伝いとかそんなものはいつだって手伝える。

 手に負える。

 前の学校でも幽霊関係以外では手伝ってきた。

 でも、こればっかりは僕の手には負えないんだ。

 

「真斗、お前が怖いのならそれでもいい。怖いのは当たり前だからな。ただ、自分に嘘をついてなければの話だがな」

「っ!? それは……」

 

 先生の言葉に僕の胸は突き刺さる

 

(自分に嘘をついている……そんなことは……そんなことは自分が一番わかっている。見捨てる……本当にそれでいいのかと自分の心に問えばそんなもの……いいわけないに決まっている)

 

 あの霊は確実に稲葉さんを殺そうと動くだろう。

 それを黙って見ていろと言われて見ていられる訳がない。

 

(でも、この町に来て弱くなったんだよ。言い訳を重ねて弱い自分を正当化する。本当はただ恐ろしくて怖いだけなのに……)

 

 先生がいるから何とかしてくれる。

 何もしなくても大丈夫、そう自分勝手に思っている。

 

「真斗。どうやらお前は他の子より頭が回るみたいだが、その所為で考えが纏まらない時があるんじゃないのか?」

 

 図星をつかれた。

 この町に来ていつもそうだ。

 力が無い、コントロールが出来ていない、だから遊べない、帰れない。

 それが常に頭の中で回転してやりたいことをできずにいる。

 本当はみんなと遊びたいのに、一緒に帰って話がしたいのに……

 未熟さを言い訳に一歩引いている。

 

「だから先生からアドバイスだ」

「え?」

「そんな時は逆に何も考えず体に任せてもいいんじゃないか? よく言うだろ? 体や本能は正直だって……『人間、馬鹿になって人を救え』ってな!」

「……失礼します」

 

 そう言われて簡単にできるものじゃない。

 結局頭は動く、そして同じ結果になるんだ。

 逃げるように職員室から出ようとする。

 でも、最後に気付いたことがある。

 

「……先生」

「ん?」

「そのままだと先生の財布が真っ二つになりますよ」

「え?」

 

 職員室から出ると先生が大声で

 

「おあ~! 危ない! 今月の給料がパーになるところだった!」

 

 叫んだことが聞こえた。

 

――――

 

 そうだ。

 確かに今までは幽霊がたくさんいる場所や危険な幽霊がいるときにそこに人を行かせないように相手の興味を惹かせて誘導してきた。

 でも、今回ばかりは違う。

 相手は強力な悪霊だし守護霊だ。

 自分にできることなんて何一つないのに……

 

(……立野くんと稲葉さんは……あっちの道路を通ったか)

 

 自分が扱えるものと言ったら自分を守るための結界だけ。

 先生のような鬼の手も霊能力もない。

 二人を守るだけの力はないんだ。

 

(そこの大通りに向かってるな……って、え? あれ?)

 

 そして、不意に気付いた。

 

(僕はなんであの二人の後をつけてるんだ?)

 

 そう。

 知らず知らずのうちに自分は2人の後を追いかけていた。

 頭の中ではまだ纏まっていないのに、自分の力では何もできないと一番わかっているはずなのに……

 

(なんで)

 

 2人は何か言い合っているがその言葉も聞こえていなかった。

 自分の今の行動に信じられなくてそれどころではなかった。

 散々、自分では大して役に立たないと考えているのに何故自分はここにいるのか。

 不意に先生の言葉が頭に浮かぶ。

 

~逆に何も考えず体に任せてもいいんじゃないか? よく言うだろ? 体や本能は正直だって~

 

(これがその答えなのか? 頭じゃなく体が、本能が助けたがっているということなのか?)

 

 今でも震えているのに、怖い筈なのに、どうしてか体は勝手に動いてしまう。

 

(そうだ。僕が考えていたことは『自分にできること』。力がないからできない。でも逆に言えばあったら助けていた。いや、根本的には助けたいと思っていた!)

 

 『助けたい』。

 それが僕の体が望んでいた答えだった。

 

「あぶねえ!」

「っ!」

 

 立野くんがなんとか稲葉さんを庇ったおかげでなんとか怪我せずに済んだ。

 わかっていた。

 あの霊は稲葉さんを守る気はない。

 逆に殺す気だということは……

 その霊は上に移動する。

 何をするのかすぐにわかった。

 鉄骨を大量に落とす気だ。

 

(危ない!)

 

 気付いたら走っていた。

 何も考えずに二人を押して鉄骨から庇った。

 2人はなんとか無事だった。

 

「ま、真斗!?」

「だ、大丈夫?」

 

 なんとか声が出たが内容は2人を心配するものだ。

 あまりのことに自分を客観的に見ているようにも思えてしまっている。

 

「あ、ああ。真斗は?」

「僕も無事……かな」

「……ありがとうございます」

(これが答えなのか? 『助ける』。これがこの体が望んでいた答えなのか?)

 

 そして、思い返す。

 力が無いから助けられない。

 だが、逆を言えば力があったら助けていたということ。

 言い訳ばかりで思っていた答えから逃げていた。

 だが、それでも助けたいと思っていた。

 

(人間、馬鹿になって人を救え……か)

「三人とも無事か!?」

「先生!」

「先生、郷子の守護霊変だ! 何かあるぜ!」

「俺もそう思う。宇宙天地 與我力量 降伏群魔 迎来曙光……郷子の守護霊よ、姿を現せ!」

 

 稲葉さんの守護霊が姿を現すと周囲に尋常じゃない殺気と悪意を放つ。

 

「っ!」

「……!? こいつは守護霊なんかじゃない! この邪気……この殺気は……こいつは憑依霊だ!」

「ひょ、憑依霊!?」

「稲葉さん立てる?」

「え、ええ……」

「立野くん……稲葉さんを連れて学校に逃げよう」

「真斗?」

「さっきの鉄骨を落としたのもこいつの仕業なら稲葉さんを殺すために無差別攻撃する可能性が高い! こんなところでそんなことをすれば被害が大きくなるだけだし、無関係な人間が巻き込まれる。今はもう暗いし他の生徒も帰っている。今、行けば夜になり他の先生も帰るだろうから他の人たちが巻き込まれることもないしな!」

「そ、そうだな!」

「よし、行くぞ! 真斗! 広!」

「郷子! とりあえず逃げるぞ!」

 

 僕と立野くんと稲葉さんが先に逃げ先生は霊を気にしながら移動する。

 そして、目論見通り夜に学校に辿り着き他の人たちはいなくなっていた。

 だが、その間、稲葉さんは怖い思いをしたらしくガクガクと震えて怯えている。

 今のところ襲ってくる気配は見せないが見せないだけで追いかけてくる。

 あれでも稲葉さんの守護霊扱いだからな。

 

「先生、さっきも聞いたけど守護霊が交代するなんて本当にあるの?」

「あるとも。本来その人間を守るべき守護霊が他の霊に入れ替わるのはよくあることだ。そして守護霊が入れ替わるとそれに合わせて人間の人格が変わるという。だが、今度の場合は違う! 郷子のお母さんに聞いたところ空虚とかいうインチキ坊主が金儲けのために無理矢理守護霊を交代させた! だから今、郷子についている霊は郷子を守るつもりなど全くないただの悪霊なんだ!」

 

 そうか。それで来るのが若干遅かったってわけか。

 

「た……助ける方法はあるの?」

「1つだけある」

「察しは付いているよ。稲葉さんの守護霊が交代したからおかしくなり殺されそうになったのなら、その守護霊にもう1回稲葉さんを守護してもらう。これなら元の鞘に収まるでしょ」

「そう。守護霊の再交代だ!」

「……悪い真斗。お前まで巻き込んじまって」

「いいよ。このまま稲葉さんを見殺しにするよりは遥かにマシだ」

「ふっ……それじゃあ始めるぞ。さあ入れ」

 

 先生が扉を開けると同時に鋏やカッターナイフ、彫刻刀など先が鋭く間違えたらそれで死ぬような凶器が飛んできた。

 

「あぶねえ!」

 

 立野くんが稲葉さんを庇い先生は首をずらして躱す。

 自分も今まで散々霊から逃げ避けてから回避には自信があり難なく躱す。

 

「い……いや……もういや~怖い! あたし帰る!」

「こ……こらっ!」

 

 だが、現実離れした今の状況に稲葉さんはパニック状態になってしまった。

 

「お、落ち着いて!」

「悪霊と戦うなんていやよ! 離して帰るんだからあ!」

「郷子!落ち着けよ落ち着けったら!」

 

 どの道、今帰るわけにはいかない。

 このまま帰したら間違いなく悪霊は稲葉さんを殺す。

 そんなの僕たちは許容できるはずがない。

 

「どうせあたしはとり殺されて死ぬのよ! だったら怖い思いしないでいっそのこと……」

「落ち着けったら!」

 

 立野くんは稲葉さんを思い切りビンタした。

 

「死なせやしねーよ! 毎日散々ぶん殴られた借りを返すまではこの俺が絶対にな!」

「それは僕もだよ」

「真斗」

「そんなことで死なせるものか。手伝えることがあるならいつでも手伝うよ」

 

 ここまで来た以上、もう余計なことは考えない。

 今はとにかく2人を助けることだけを考える。

 

「いよいよ霊を呼び出すぞ。宇宙天地 與我力量 降伏群魔 迎来曙光……悪霊よ、姿を現せ!」

 

 悪霊は姿を見せた。

 自分が見た姿と寸分も違わず美しい着物を着た女性だ。

 だがそれ以上に視線が冷たくつららで刺されたようになる。

 そう、美しい筈なのに僕にはそれがおぞましいものにしか見えないのだ。

 

「ひゃ~綺麗な女の人……悪い霊じゃないんじゃない?」

「見かけに騙されるなよ。どんなに美人でも悪霊は悪霊だ」

「少なくとも稲葉さんを殺すためだけにあれだけ無差別攻撃してきたんだ。外見はともかく性格は相当腐ってると思うよ」

「無礼者! 口のきき方に気を付けい! わらわを誰だと思っておる。かつてこの地を支配した貴族の娘『千鬼姫』なるぞ」

「千鬼姫か。俺の生徒を苦しめる奴は許せない。とっとと郷子の体から出ていけ! さもないと痛い目に遭わせるぞ!」

「痛い目に遭わせる? お前のような青二才が千年を生き妖鬼と化したわらわをのう……上等じゃねえかボケエエエエッ!」

 

 本性を見せた千鬼姫は醜い茨を纏った化け物に変化した。

 その茨を稲葉さんに巻き付ける。

 

「郷子!」

「稲葉さん!」

 

 僕たちに眼中無いのか真っ先に稲葉さんを攻撃しやがった。

 稲葉さんをそのまま外に放り出そうとする。

 

「郷子!」

 

 それを立野くんは足に抱き着いて必死に引っ張る。

 

「くっ!」

 

 僕もそれを手伝う。

 だが、自らを妖鬼と言うだけあってパワーがあり僕たち2人の体重でも引きずられる。

 

「くそう!」

「千鬼姫! 馬鹿な真似はやめろ! 郷子に何の恨みがあるんだ!?」

「ぎゃははは! 恨みなどない……血が……清らかな処女の生き血が欲しいだけよ! わらわの美しさを保つためにな!」

「何だと!? 千鬼姫……まさかキサマは!? 平安時代……自分の美しさを保つため何百人の女を殺しその血で体を洗っていたという……稀代の悪女……服部家の千鬼姫なのか!?」

「うげっ! 何百の女の血で……道理でおぞましいと思ってた。性根は平安時代から腐ってやがったのか……」

 

 あの目は人がどんな風に惨い死に方をしようと関心を持たない冷酷そのもの。

 だから初対面であそこまで恐ろしかったのか。

 それは確かに他の霊とは比べ物にならないほどの邪気だ。

 美人なのは認めるが、それに自分がときめかないのも納得である。

 

「それで郷子も殺そうというのか!! 自分の身勝手なエゴのために!」

「カカカ、美しくなるためならばどんなことでもやる。それが女というものよ」

 

 すると千鬼姫は消えた。

 

「待て! おのれどこに」

「ぐっ!」

 

 だが、すぐに千鬼姫は現れた。

 千鬼姫は外に出ており郷子を引っ張り落そうとしている。

 それに伴い僕たちもさらに踏ん張ることになる。

 

「ギャハハハハ!」

「郷子!」

「ぐうううう!」

「ケケケ……落ちろ落ちろ!」

「広! 郷子! 真斗!」

「広くん! 真斗くん! 離して! このままじゃあなたたちまで落ちてしまうわ! 私のためにあなたたちまで死ぬことないじゃない!」

「ばっきゃろー! 俺は男だ! 女を見殺しにできるかっ! お前は俺が守ってみせる! 俺の命にかえてもなーーーっ!」

「それに……冷たいこと言うなよ……僕たち『友達』……だろ? 郷子ちゃん、広くん」

「真斗……」

 

 ごちゃごちゃ考えたけど友達だと思ってくれてる人たちをやっぱり見捨てたくないよ。

 

「少なくとも時代遅れのクソ婆に僕の友達を殺されてたまるか! 人間、馬鹿になって人を救え! そうだろ! ぬ~べ~!」

「広くん、真斗くん」

「カカカ! 面白い! 守れるものなら守ってみな!」

 

 千鬼姫は広くんと僕に茨状の鞭を振るう。

 

「僕の……僕の友達をこれ以上傷つけるんじゃねえ!」

 

 とっさに自分の霊力を結界に通す。

 試したことはないし、思い付きの勢いでやったこと。

 だけどこれ以上友達が傷つく姿を見たくないと自分の願いが叶ったのか結界が風船のように膨らみ千鬼姫を吹き飛ばした。

 

「何!?」

 

 だが、千鬼姫の引っ張りが無くなり郷子ちゃんは落ちそうになる。

 思わぬ力で一瞬、脱力し広くんと共に落ちてしまう

 

「「うわああああ!!」」

「広! 郷子! 真斗!」

「想定外だが落ちた! 死んだ!」

「広ーーーっ! 郷子ーーーっ! 真斗ーーーっ!」

「ケケケ! 下はコンクリートだ! 助かりはしない!」

(まだだ! まだ自分は死んでいない! 死んでない限り出来ることがある筈!)

 

 落ちたから諦めるんじゃない。

 生きてるギリギリまで生き残る術を考える。

 この選択に後悔は一切ないが、諦める必要はどこにもない。

 

「って、え?」

 

 だが、自分でも思いもがけないことが起きていた。

 千鬼姫は下はコンクリートだと言っていたが、下はコンクリートではなくトラックだった。

 しかも、そのトラックは鉄製の箱ではなく布状のドームだった。

 それがクッションとなり僕たちは助かった。

 荷物を運んでいた運転手は驚いていた。

 

「こ、こんなところにトラック? な、なんで?」

 

 訳が分からず辺りを見ると予想外の助っ人が現れていた。

 それは郷子ちゃんの守護霊だった。

 

「……心配で戻ってきてくれたのか? とにかくありがとう」

「え? 真斗? なんか言ったか?」

「何も……運転手さん、ありがとうございます」

 

 運転手はお礼を言われるとわからないままぺこりとした。

 

「……とにかく終わった」

 

 上で何やら戦いが起きたようだがすぐに収まった。

 ここに来ないところを見るとどうやらぬ~べ~が勝ったみたいだ。

 流石の悪趣味で勘違いの千鬼姫でもぬ~べ~の敵ではなかったようだ。

 

「は、ハハハ……」

 

 渇いた笑いをする。

 本当に大変だった。

 友達を守るために一体自分はどれだけ死にかかったのだろう。

 そして、役に立ったかと言えば多分役に立っていないと思う。

 そして、多分こんなことをずっとやっていくんだろうなと何処かで諦めがついた。

 

「な……何よ、広! 真斗も! なんだっつーのよ!」

「広!? 広っつったな! 広くんじゃなくて!? 元に戻ったんだな? 良かったなー!」

 

 郷子ちゃんも元に戻ったみたいだ。

 良かった良かった。

 何だろう、幽霊と関わって危険なことがたくさん起きたのに汗を掻きまくったのに風が気持ちいいや。

 

「よし、広! 郷子を送ってくんだぞ!」

「ああ!」

「事情は聴いたわ。真斗、本当にありがとう」

「俺からも礼を言うぜ」

「ううん。二人とも無事でよかったよ」

「真斗もようやく俺たちのことを下の名前で呼んでくれたしな」

「俺のことも『ぬ~べ~』と呼んでくれたりとかな」

「うっ。まあ、友達だし他人行儀ってわけにもいかないしね」

 

 広くんと郷子ちゃんは嬉しそうに僕の方を見る。

 普通に恥ずかしい。

 

「真斗の方は俺が送り届けるからな」

 

 そして、今日はここで解散。

 広くんと郷子ちゃんは帰っていった。

 あんなことがあれば、仲直りできても不思議じゃないさ。

 

「……どうだ? 馬鹿になって人を救ってみた感想は?」

「答えわかってるでしょ……悪くなかった」

「そうか。先生はお前のことそうだと信じていたぞ」

「とりあえず友達を助ける際、深く考えないようにしとく」

「それがいい」

「それじゃ帰るんでしょ?」

 

 流石に夜中に一人で帰るのは色々と怖いものがある。

 色々考えないと言っても夜での単独行動自体は考えるよ。

 だって、まだ怖い霊はいるからな。

 

「……待った」

「え?」

「先生の方から君のお母さんに伝えるからこれやっておかないか?」

 

 そういって取り出したのは……テスト用紙だった。

 

「これ……テストですよね?」

「ああ。今日みんなとやった同じテストだ」

「今からこれをやるのですか?」

 

 突拍子もないことで、僕も少し驚いていた。

 

「今日、お前は郷子の危機を俺に知らせるためにあえて答えを書かなかっただろ?  流石にこれをみんなの前で返すわけにもいかないしお前の実力を見ておきたいんだ」

 

 そう言って悪霊の存在を伝えたテスト用紙をぬ~べ~は握り潰してくれた。

 

「……いいんですか?」

「今回だけだ。今回はお前が二人を助けようとした褒美と考えてくれ」

「テストが報酬ね……本来は勘弁したいと思うけど……」

 

 それなら本気でやるしかないな。

 

「遠慮なくやりますか!」

「それじゃあ始め!」

 

 僕は鉛筆を手にテスト用紙に答えを書いた。

 

――――

 

 こうして守護霊騒ぎは終わりいつもの平凡の日々が戻った。

 インチキ坊主は先生が千鬼姫を返品したことで仕返しを終えているらしい。

 テストの方は100点で返ってきた。

 

「えーであるからして」

 

 広くんは相変わらず寝ている。

 郷子ちゃんはまた叩き起こそうとするが、その手を止めた。

 その際、声が聞こえた。

 

「広くん、ダメよ、起きなさい」

 

 と優しく広くんを起こそうとするが……

 

「うわあああああ! 郷子がまたおかしくなった~~!!!」

(ですよね!)

「んだとテメエ! 人が優しく起こしてやってんのにおかしいたあなんだ!!」

 

 あまりの変わりように広くんがパニックになりそれにぶち切れた郷子ちゃんが広くんを何度も蹴る。

 

「よかった正常だ」

「き、郷子ちゃん? さ、流石に元に戻って数日でそれをやられると怖いと僕も思うのですが……」

 

 また変な霊が襲ってきたと身構えたよ。

 うん、いきなりの性格改変に若干のトラウマを持ったよ。

 

「あれ? 真斗くんって郷子ちゃんと仲良くなったの?」

「広くんとも仲良くなったよ。色々あったからね」

「色々?」

「少なくとも……急激な性格の変化は恐ろしいと思いました」

「?」

「あの~授業中なんですけど……真斗も授業中会話しない」

「あ、すみません」

 

 それでも自分から壁を作るのは極力やめることにした。


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