リアルでの問題で続きを書ける状態ではなく、三ヶ月も空いてしまいました。
時間がかかっても笑顔の守り人は完結させるつもりですので、どうか気長にお付き合いください。では、どうぞ。
「夜見さん……」
時計の短針が夜の8時を指す頃。病衣から予備の親衛隊服に着替えた藍華は仕事終わりの刀使と職員達で賑わう食堂にて夕食をとっていた。いつもは溢れんばかりの笑顔で幸せそうに食事をしている藍華だが、今は浮かない表情で大盛りのカツカレーを口に運んでいた。
「藍華お姉さん!」
「ん?」
振り向くと、真希と寿々花を連れてこちらに小走りで駆け寄ってくる結芽の姿があった。
「もう!あんな大怪我したのに動いちゃダメじゃん!」
「えっと……お腹空いちゃって……えへへ……」
「まったく……医務室にいないと思って探してみれば……」
既にテーブルには平らげた後のカレー皿が五皿ほど重ねられており、その光景を結芽達は呆れた様子で見ていた。藍華の大食漢っぷりは今に始まったことではなかった。たが、まさか瀕死の重傷を負ったばかりなのにも関わらずにカレーを5人前平らげるほどとは結芽達も思ってもみなかったのだ。
「もう満足されたでしょう?医務室に戻りなさいな」
「うん……」
「藍華お姉さん?」
「みんな……少しだけ……相談いいかな?」
神妙な表情でそう口にした藍華を見た三人はただ事ではないと察して静かに頷き、藍華と同じテーブルに腰掛ける。結芽は藍華の隣、真希と寿々花は藍華とは向かい側の席に腰掛けた。
「相談というのは?」
「うん……夜見さんの事でね……」
藍華は数時間前医務室での夜見とのやり取りを詳しく話した。彼女は高津学長のために身を削る夜見の為に自身も身を削りたいと伝えたが、その思いは受け取られなかったことを。
優しさが全てを救うとは限らない。夜見の言葉が気がかりであることを。
「なるほど……事情は分かったよ。藍華が落ち込むのは分かる。でも、夜見の気持ちも理解できるんだ」
「え?」
「もし夜見が、君が普段無茶をしているのと同じように”人々の笑顔を守るのを手伝いたい”と言ったらどうする?」
「それは……」
藍華の頭には、夜見が自分がやるべき事の為に傷つき戦う光景が頭に浮かぶ。そしてその光景は藍華の心を強く締め付け、罪悪感に苛なまさせる。
「夜見さんにとって”高津学長の為に刃を振るう“ことは彼女が刀使であり続ける理由であり、自分自身で成し遂げねばならないこと。それに藍華さんを巻き込もうとは思わないでしょう」
「でも……私は……」
真希と寿々花の言っている事は理解出来るが、またこれからも夜見は高津学長の為に命を削ろうとするのをただ見ている事は到底出来ない。あの時もそうだ。身体を殆どノロに侵食させながらも戦う夜見をとても放っておけなかった。
だが、その優しさが夜見の生きがいを奪ってしまうのも彼女は絶対したくないのだ。そんな致命的なジレンマが藍華のメンタルをさらに追い詰める。
「ねぇ?藍華お姉さん、何難しく考えてるわけ?」
「……え?」
場に漂う重い空気を切り裂いたのは結芽だった。何をそんなに悩んでいるのか到底理解できないといった様子で彼女は口を開いた。
「藍華お姉さんは高津学長の手伝いがしたいの?高津学長の為に夜見お姉さんを守りたいの?」
「それは違うよ。私は同じ親衛隊の一員の……大切な夜見さんの為に……」
「なら、それでいいじゃん。”夜見お姉さんを守りたい”で」
「……あ」
結芽の言葉に藍華は目の前の霧が晴れたような感覚を得た。藍華は高津学長の為に夜見を守りたいわけではない。誰かのために必死になれる夜見を……大切な仲間である夜見を守りたいのだ。そこに難しい理屈は存在しない。純粋な願いなのだ。
「ありがとう!結芽ちゃん!」
「わわ!?」
藍華は突然立ち上がり結芽を抱きしめて頭を撫でると、大皿が乗ったプレート食器返却棚に返すとまるで嵐のように食堂から飛び出していった。
「ちょっと!?藍華お姉さん!?」
「行ってしまったな……」
「落ち込んだり、元気になったり……忙しい子ですわね……」
「(剣崎さん……遅いですね……)」
医務室にて夜見はベッドに腰掛けたまま、窓から見える夜空に浮かぶ満月を眺めていた。藍華が散歩に行ってくると医務室を出てから2時間ほど経っていた。
夜見は藍華を突き放したことに少なからず罪悪感を持ち始めたが、それは直ぐに消え失せた。
「(あの方の為に尽くす……それは私だけの力で成さなければなりません。あの方から頂いたこの力で……)」
夜見は荒魂を呼び出す為に斬り裂いてきた古傷だらけの左手首をじっと眺める。
「夜見さん!」
突如医務室のドアが勢いよく開き、夜見はそこに視線を向けると息を切らして肩で呼吸をする藍華がいた。
「藍華さん?そんなに息を切らしてどうしたのですか?」
「はぁ……はぁ……夜見…さぁん…話が……」
「まずは深呼吸してください」
藍華は夜見の言う通りにゆっくりと深呼吸を三回ほど繰り返し、息を整える。
「ふぅー……夜見さん。さっきの話なんだけどね?」
改めて話を切り出した藍華は真面目な表情で夜見の隣に腰掛ける。
「夜見さんはこれからも高津学長の為に頑張るんだよね?たとえ、傷だらけになっても」
「はい。これだけは……たとえ命に変えても譲れないものなのです。私の全ては彼の方の御為にあると」
「そっか……私は夜見さんを応援するよ。夜見さんのその譲れない思いを誰も止める権利は無いと思う。でもね……私も夜見さんと同じように譲れないものがあるんだ」
「剣崎さんの譲れないもの……それは?」
夜見が問うと、藍華は目を閉じ深呼吸すると再び目を開けて口を開いた。
「”みんなの笑顔を守ること”と”大切な人達を守ること”」
「大切な人達を守ること?」
「うん……その大切な人達に夜見さんもいるの。誰かの為に必死になれて、努力家で、同じ親衛隊の夜見さんも」
藍華は夜見を見つめたまま、彼女の左手を両手で握り優しく包み込む。その瞳を見るだけでには数段階重ねた金剛身よりも遥かに硬く揺るぎない意志を秘めている事が分かった。
「つい先ほど伝えました。その優しさは私には不要だと」
「不要じゃない」
「また貴女を傷つけてしまうかもしれません」
「私は頑丈だから大丈夫」
「学長の為に貴女の優しさを利用してしまう日が来てしまうかもしれません」
「いいよ。夜見さんの力になれるなら」
突き放そうと不穏な言葉を投げても、藍華は跳ね返す。この会話から藍華を突き放すのは無理だと分かった夜見は目を閉じて軽くため息をつく。そして目を開き、注視しなければ分からない程ほんの微かに微笑んだ。
「では剣崎さん、頼りにさせていただいてもよろしいですか?」
「……ッ!うん!任せて!」
藍華は先程の真剣な表情から打って変わって、いつもの溢れんばかりの無邪気な笑顔で夜見にサムズアップをみせた。
「ちょ!?わわわああ!!」
突如結芽の悲鳴が聞こえたと同時にドアが開く音と誰かが派手に転んだような音が医務室に響き渡る。そこにはうつ伏せで倒れ込んでいる結芽がおり、ドアの向こうにはその光景をため息をつきながら見ている真希と寿々花、それに相楽学長に入館許可証を首から掛けている千里がいた。
「燕さん……それに皆さんお揃いで」
「結芽ちゃん!?大丈夫!?」
藍華は結芽に駆け寄り、立ち上がる手を貸すと怪我がないか確認する。
「あはは……ありがとう、藍華お姉さん」
「自業自得だ。盗み聞きなんて趣味の悪いことをする」
「藍華さんが食堂を飛び出した後、藍華さんを追うように去っていったと思ったら、案の定でしたわね」
「だって気になったんだもん!二人が仲直りできるかどうか!」
「それで……藍華と夜見の見舞いに来た私たちはどんな表情をすればいいんだろうな、千里?」
「そうねぇ?とりあえず笑顔でいればいいと思うわぁ」
相楽学長は千里とそんなことを話しながら医務室に入室し、藍華の元に歩み寄る。
「千里先生!結月さっ!わぷっ!?」
「相楽学長だ」
「ふふっ……藍華ちゃん、元気そうでなによりだわぁ」
いつものように相楽学長と千里に抱きつこうとした藍華だったが、前と同じようにおでこを手で押さえられ阻止されてしまう。見慣れた光景に千里は思わず笑みを溢す。
「あれ?ない!ない!」
結芽は青ざめた顔をしながらスカートのポケットをひっくり返すと、次はしゃがみ込んでベッドの隙間を覗き込む。
「結芽?一体どうしましたの?」
「ないの!藍華お姉さんに作ってもらった私のイチゴ大福ネコが!転んだ時にどっか行っちゃったのかな!?」
「燕さん、こちらに。先程転ばれた際に足元に転がってきましたので」
夜見の手には以前に藍華がプレゼントした結芽似のイチゴ大福ネコのキーホルダーが握られていた。
「良かったぁ…ありがとう、夜見お姉さん」
「結芽ちゃん?それ……」
藍華はきょとんとした様子で結芽似イチゴ大福ネコを指差す。
「うん!ちゃんといつも持ち歩いてるよ?藍華お姉さんが作って……」
「可愛い!結芽ちゃんイチゴ大福ネコになっちゃった!誰に作ってもらったの?」
「……え?」
御前試合の日に自分達の為に精魂込めて作った親衛隊イチゴ大福ネコをプレゼントしてくれた藍華本人の言葉に親衛隊の面々の表情が凍りつく。
「藍華さん……何を言ってますの?」
「御前試合の日、僕たちにプレゼントしてくれたじゃないか……」
「私が?私じゃないよ?もし作ってプレゼントしたなら忘れるわけないもん」
藍華は困惑した様子でイチゴ大福ネコのキーホルダーを作ったのは自分ではないと否定する。
「そんな訳ないよ!ほら!真希お姉さんにも!寿々花お姉さんにも!夜見お姉さんにも!これ全部藍華お姉さんが作ってプレゼントしたんだよ!?」
結芽は真希達のポケットからそれぞれのキーホルダーを取り出すと、藍華の目の前でそれらを広げた。しかし、藍華は困惑したままだ。
「……ううん……私じゃないよ。作ったこともプレゼントしたことも……記憶にないもん」
「藍華……お姉さん……」
藍華の言葉に軽い放心状態となった結芽は床にキーホルダーを落としてしまう。
この出来事から、笑顔の守り人である剣崎藍華の忌むべき過去を結芽達は知ることとなる。
次回はいよいよ、藍華の悲惨な過去が明らかになります。
10月中には必ず上げますので。