刀使ノ巫女 笑顔の守り人   作:桜庭カイナ

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リアル色々ありすぎて、半年以上も空いてしまいました……


第十八話

「藍華は?」

『はい、本人には睡眠時の脳波の検査と伝えています。一時間程はかかるかと』

「分かった。後は頼む」

 

相楽学長は夜見と藍華が眠っていた医務室にて職務用に使う携帯電話で折神家職員である検査課職員と連絡を取っていた。夜見はベッドから身体を起こし、結芽は夜見の隣に腰掛けている。

 

「獅童さん、ドアに鍵をかけてくれる?」

「はい」

 

千里に頼まれた真希はドアを開けて周りに人がいないことを確認すると、ドアの通路側に《面会禁止》と書かれた札とドアに鍵をかけた。その後、医務室には重い空気が漂いはじめる。

 

「相楽学長……単刀直入に言います。藍華は……何者なのですか?」

「夜見さんの御刀は正確に藍華さんの肝臓部分を貫いていました。常人であれば出血多量で死は免れなかったはず。現に、藍華さんを運んだ私と真希さんも血塗れになるほど出血していたのですから」

 

重い空気を最初に切り裂いた真希に続き、寿々花は藍華自身が言っていた”丈夫”などでは片付くような問題ではない彼女の常人離れした回復力について追求する。

夜見の暴走を聞いて駆けつけた真希達は水神切兼光が藍華の腹部を貫き、彼女の夥しい鮮血が地面を真っ赤に染め上げていた光景が目に焼き付いていた。

 

「私のせいなの……私があの子を止められなかったから……」

 

千里はそう吐き出すように言うと左肩を右手で強く握り締めながら、涙で濡れた顔を隠すように俯く。

 

「千里、あの時に自分を責めるのはもうやめろと言ったはずだ」

 

そう言って相楽学長は胸ポケットからハンカチを取り出し、千里へ差し出す

 

「ごめんなさい……」

 

千里は謝罪すると相楽学長からハンカチを受け取ると、眼鏡を外しハンカチで涙を拭う。

 

「お前達には全てをここで話しておこうと思う。言うまでもないが、他言は一切無用だ。今から話すことは折神家でもごく一部の人間しか知らない極秘事項なんだ」

 

相楽学長が釘を刺すように親衛隊の面々に鋭い目線を向けると、彼女たちは愚問だと言わんばかりに頷いた。

 

「皆も知っているだろうが、私は雪那と共に折神紫の指示のもとノロの研究に注力している。不治の病に苦しむ人々を救うことができる日が来ると信じてな」

 

どこから現れるかもわからず、本能のまま人々を襲う恐怖の対象である荒魂のノロが人々を救うなど到底信じられない話だ。

しかし生物の猛毒から血清を作り出し、人体を蝕むウィルスならワクチンを作り出し、人類は元来危険と言われていた物を研究、最適化し多くの人々を救ってきた。

ノロも同じように病に侵されている人々を救うことができるはずだと相楽学長は信じていた。

 

「その研究に研究に携わってきたのは私と雪那だけではない。私と同じ元綾小路の刀使である千里に……小野原藍奈(おのはら あいな)という私達のかつての親友もだ」

 

小野原藍那。その名前を口にした相楽学長は自責の念に囚われているような悲しげな表情を浮かべた。

 

「小野原…藍那?」

 

「綾小路武芸学舎時代の私達の後輩だった女だ。腕はもちろん、医学に精通していた藍那は千里と共に相模湾岸大災厄では医療班として活躍してくれた。その後、私達はノロの研究の為に研究チームを結成し、一丸となって研究に没頭した。ずっとこのまま3人で人々を救う手助けが出来ると信じていたんだ……あの日が来るまでは……」

 

 

 

『藍那!自分が何を言っているか分かっているのか!?』

『結月!乱暴はやめて!』

 

顕微鏡や試験管、様々な薬品が並ぶ薬品棚が置かれた研究室に結月の怒声が響き渡る。

白衣の研究服姿の結月は剣幕な様子で、藍那と呼ばれた背中まで届くほど長い青空の様な色の髪を持つ白衣の女性の胸ぐらを掴んでいた。青髪の女性は抵抗する素振りは見せず、千里はなんとか二人の間に入り仲裁をしようとしていた。

 

『もう一度言います。効率の高い人体実験の為に被検体用のクローンを作成すべきです』

 

藍那と呼ばれた女性は結月の手を払いのけて、乱れた白衣を整えながらそう口にした。藍那の提案は法律的にも倫理的にも反する物であった。クローンで生まれようと、母親から生まれようとそれは生を受けた一人の人間には変わらない。実験のためだけに生み出され、被検体になる未来を強要するのは奴隷として命を生み出すのと変わらない。相楽学長が激怒するのも無理はない。

 

『藍那ちゃん、研究員の貴女なら知っているはずでしょう?それは……』

『法律的にも倫理的にも反するですか?そんな事は分かっています。ですが、迅速に研究結果を得る為には必要です』

『そんな禁忌に手を染めてまで得るべき結果なんてあるものか!』

『人類の敵であり異形の化け物の元を投与する研究に携わっていておきながら、そんな綺麗事を口にできるんですね』

『貴様!』

 

その一言が結月の逆鱗に触れ、藍那の左頬に彼女の拳が叩き込まれた。藍那は衝撃でバランスを崩し、床に崩れ落ちた

 

『藍那ちゃん!』

 

千里は藍那に駆け寄り胸ポケットから取り出したハンカチを手渡す。藍那はハンカチを受け取ると、鈍い痛みが残る頰と自身の歯で切り血が滲んでいる唇に当てる。

 

『ありがとうございます……』

 

そう言って立ち上がり、ただ憐れむ様な表情で血の様に赤い瞳を結月に向ける。

 

『藍那……2、3日休んでくれ。またお互い冷静になった時に改めて話し合いたい。それと……殴ってすまなかった……』

 

綾小路時代からの後輩であり、ここまでついて来てくれた藍那に怪我を負わせてしまった事に自責の念を抱いた結月はそう言って藍那に背を向けた。

 

『結月……』

『……大丈夫ですよ、すぐに治りますから。千里先輩、ハンカチは後日洗濯してお返しします。今日はお先に失礼しますね』

 

藍那は去り際にそう言い残すと千里に笑みを浮かべ、その場を後にした。藍那が去った後、残された二人は口を開かず、研究室には静寂が訪れた。

 

 

 

「その後、藍那さんと和解なされたのですか?」

 

寿々花の問いに相楽学長は苦虫を噛み潰したような表情で唇を噛んだ後、口を開いた。

 

「……出来なかった。それどころか、あいつと良き後輩としてあった日はあれが最後になってしまったんだ」

「それから藍那ちゃんは達の前から姿を消してしまったわ。あの子に同調した何人かの研究員を連れて……」

「その後、警視庁と連携し行方をくらました藍那と研究員達の捜索が始まった。無断で極秘であるノロの研究データを持ち出したまま野放しには出来なかったからな。だが一切の情報が入らず、五年間も藍那は水面下で研究を続けていたんだ。そして、藍那達の潜伏先が判明した私達は……」

 

 

 

 

藍那が結月達の前から姿を消して五年後、綾小路武芸学舎の研究棟として十年以上前に使われていた廃墟の地下に潜伏していると藍那と共に姿を消した研究員から刀剣類管理局への内部告発があった。

 

内部告発をした研究員の手引きで旧研究棟の地下へ侵入した結月率いる拘束チームは気取られずに研究員達を拘束し、ついに藍那がいる研究室へ突入した

 

『突入!』

 

防弾シールドを携えた機動隊員がドアを蹴り破ったのを合図に、研究室になだれ込む。それに気づいた藍那は自身に銃を向ける機動隊員達に護身用と思われる拳銃を向ける。あの頃と変わらない白衣姿の藍那の背後には、真っ白のベッドで眠る青空色の長い髪を持つ病衣姿の少女が眠っていた。

 

『藍那!銃を降ろせ!そうすれば危害は加えない!』

『藍那ちゃん!お願い……言うことを聞いて!』

『これはこれは結月先輩に千里先輩ではないですか。まさか久しぶりの再会に物騒な人達まで連れてくるなんて』

 

十数人の機動隊員にサブマシンガンを向けられている状況で、拳銃の銃口を周りに向けながら藍那は皮肉めいたことを口にする。

 

『藍那ちゃん……銃を捨てて……貴女を助けたいの……』

 

千里は今にも泣き出しそうな表情で藍那に訴えかけるが、その行動が藍那の神経を逆撫でする事となる。

 

『何を今更!私の考えを否定した癖に!この子は……私の娘は誰にも渡さない!この子は救世主となるんだ!お前達に渡すものか!』

 

激昂した藍那は拳銃の引き金を引いた。銃口から吐き出された弾丸は千里の左胸を貫き、床に伏させた。発砲とほぼ同時に機動隊員達のサブマシンガンも火を吹き、藍那は無数の弾丸に白衣を赤く染めあげられて力無く倒れ込んだ。

 

『千里!』

 

結月は千里の真っ赤に染まりつつある左胸を圧迫し止血を試る。機動隊員達は藍那と少女を確保する為にゆっくりと彼女達に近づいていく。

機動隊員の一人が藍那の首筋に手を安否を確認するが、脈に触れることはできず既に事切れていた。

彼らは刀剣類管理局へ無線にて藍那をやむを得ずに射殺したと言う報告を行い、藍那と青髪の少女を運び出そうとした時

 

『だいじょうぶ……』

 

青髪の少女は消えてしまいそうな声でそう呟きベッドから立ち上がると、弱々しい足取りでピクリとも動かない藍那のそばに歩み寄る。そして、彼女の体に手を当てると少女の身体から青白い光の粒子が現れて藍那を包み込み、そしてそれは次第に広がっていき研究室全体を包み込んだ

 

『これは……一体……』

 

 

 

「その後、光が晴れると千里の藍那の傷口が綺麗に塞がっていたんだ。その少女のおかげで千里は生き長らえ、こうして今ここにいる」

「その榊先生を救った少女の名は……」

 

青白い粒子が体を包み込み身体を癒した。山狩りの夜、夜見は相楽学長が目の当たりにした現象に見覚えがあった夜見はそう口にすると、相楽学長は頷き口を開く。

 

「ああ……後に親衛隊第五席となる少女……”剣崎藍華”だ」




今回はここまで
次回は藍華がなぜ記憶がないのか、傷を癒す能力の秘密についてのお話

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