みんなの笑顔を守ります!
折神親衛隊第五席 剣崎藍華
そうプリントされた名刺を藍華から受け取った真希と寿々花は苦笑いを浮かべていた。夜見は相変わらず無表情だが。
「どうですか?自分では会心の出来だと思うんですけど」
「え、ええ……。すごく……貴女らしくて良いと思いますわ……」
「ああ……すごく君らしくて良いと思うよ……」
「ええ。非常に剣崎さんらしくて良いかと」
「本当ですか!?やったぁ!」
刀使の頂点である折神紫を守護する親衛隊の1人の名刺としては少し問題があるが、自信に満ち溢れた表情で感想を聞いてきた藍華に対して、3人は否定的な意見をとても口にできなかった。
「藍華さん?まさかとは思いますが……他の刀使や職員の方々にも配るつもりですの?」
「もちろん!やっぱり自己紹介は大事ですから!」
屈託のない笑顔でそう答えた藍華を見て、再び苦笑いを浮かべる真希と寿々花であった。
剣崎藍華は決して悪い人間ではない。人々の笑顔の為に刀使になり、前の任務でも仲間を守り荒魂の脅威を退けてくれた。自身の笑顔を絶やさず、周りの人にも笑顔を連鎖させている彼女は親衛隊のムードメーカーになりつつある。
しかし彼女特有のノリと言うべきか、ユニークな一面に振り回される事があるのがたまにキズだと真希達は思っていた。
「あー……また紫様に勝てなかったぁ……」
「結芽ちゃん!これ、まだ渡してなかったからどうぞ!」
そこに結芽が少し不機嫌そうにため息を吐きながら、執務室へ入ってきた。藍華はすかさず結芽にまだ渡していない名刺を渡す
「……ナニコレ?」
「名刺!どうかな?」
結芽は真希達に目をやると、3人は目を閉じてただ頷いた。
彼女はだいたいの状況は察する。なんともユニークな名刺を渡され、反応に困っていたと
「うーん……藍華お姉さんらしくて良いと思うけど……」
「ありがとう!昨日一生懸命考えた甲斐があったよ!」
藍華はいつもの溢れんばかりの笑顔を見せて、いつものサムズアップをする。結芽達には見慣れた光景であり、自然とこちらも笑顔になる光景だ。
「それより結芽。また紫様の執務の邪魔をしたのかい?」
「邪魔じゃないよ。少しだけ遊んでもらっただけ」
「それを邪魔と言うのです」
「だって!私ばっかりお留守番じゃん!つまんない!」
結芽は口を尖らせながらソファーに腰掛ける。まるで両親に叱られてイジけた子供のように
「結芽ちゃん。遊んでもらったっていうのは?」
「前に藍華お姉さんとしたのと同じだよ。まだ一回も勝ててないけどねー」
「燕さんは暇を見つけては紫様に勝負を挑んでいるのです。それが執務中であってもお構いなしに」
以前、藍華にいきなり勝負を挑んだように紫にも『遊び』と称して勝負を挑んでいるようだった。
「ねぇ?結芽ちゃんは何でそんなに戦いたいの?」
「……決まってるじゃん!みんなにもっと私の凄い所を見せる為だよ!弱っちい荒魂とかじゃなくて!もっと強いのと戦いたいの!」
結芽は突如興奮し、声を荒げる。彼女は焦っているようだった。
まるで実力の誇示にタイムリミットがあるかのように。
「でも結芽ちゃん。私達は荒魂達を倒して街の人々や他の刀使の仲間を守る使命があるんだよ?」
「知らない。そんなの弱いのがいけないんだよ」
結芽の弱者を蔑ろにする発言を耳にした藍華は先程の笑顔が消え、悲しげな表情を浮かべた。
「……結芽ちゃんは弱い人は傷ついてもいいって言うの?」
「藍華さん?」
「だってそうじゃん!弱いから荒魂に負けるんだよ!みんな私達みたいに強くなればいいんだよ!」
「みんながみんな、私達みたいに強いわけじゃないよ。それに戦えない民間人や子供は?その人達も弱いから傷ついてもいいの?」
「二人共、いい加減になさい」
『弱者強者関係なく全ての人々を守ろうとする刀使』と『弱肉強食を是とする刀使』
真逆の考えを持つ二人の口論はますますエスカレートし、寿々花は仲裁の為に二人の間に割って入る。
「じゃあ、もし結芽ちゃんの家族が荒魂に襲われても助けないの?」
「藍華ッ!」
「……うるさい……うるさい!家族なんてもういないよ!パパもママも……私を見捨てたんだから!」
藍華の言葉に激昂した結芽は執務室から飛び出していった。
「地雷を踏んでしまいましたわね……」
「知らなかったとはいえ、流石にアレは不味かったかと」
「寿々花さん……夜見さん……。私……何か酷いこと言ったかな?」
藍華は自分のせいで結芽を怒らせてしまった事に自責の念を持った。だが、自分の発言を思い出しても彼女を怒らせてしまった原因が分からず、ただ困惑している。
「藍華。結芽は……両親に見放されたんだ……」
「ッ!?」
「親衛隊になる前の話です。燕さんは肺の病を患いました。現代医学では治療することが出来ない病です」
「その病を患い、刀使としての力を発揮できなくなった結芽を両親は見放したのです」
藍華には理解できなかった。我が子が不治の病を患ったから見捨てる?
両親であれば側に居るべきではないのか?と。
「そして紫様は結芽の元へ来ました。親衛隊になれば、再び刀使としての力を誇示できると。結芽は私達と同じようにノロを投与したおかげで病を抑えてますが、完治したわけではありません」
「だから……結芽ちゃんは……」
自身の刀使としての力を見せつけ、人々の記憶に焼き付ける。それはいずれ病に命を奪われることが分かっていたからだ。例え自分が朽ち果てても、みんなに覚えていて欲しかったからだ。
「ごめんなさい!すぐ戻ります!」
「藍華さん!?」
藍華は先程の結芽と同じように執務室を飛び出した。自分の言葉のせいで笑顔を奪ってしまった贖罪をする為に。結芽を笑顔にする為に、笑顔の守り人は敷地内を走り回った
「はぁ……言い過ぎたかな……」
結芽は以前に藍華に勝負を挑んだ場所である、寮前広場のベンチに一人腰掛けていた。
両親に見放されたことを思い出さされた事に本気で腹が立ったのは事実だ。しかし藍華は結芽の生い立ちを知らず、彼女に悪気は一切なかっただろう。
頭がクールダウンした後、結芽は自己嫌悪に陥っていた。今頃、藍華は落ち込んでいるのではないかと。
「……謝りに行こうかな」
「結芽ちゃーん!」
そう呟きベンチから立ち上がろうとした時、遠くから藍華の声が聞こえた。藍華は結芽の側に走り寄ると、まるでマラソンを走り終えたかのように両手を膝につけ肩で息をする。
「藍華お姉さん!汗びしょびしょじゃん!」
「あはは……敷地内ほとんど走り回ったからね……。隣いいかな?」
結芽は頷くと少し横に座っている位置を右にずらし、藍華は隣に座り息を整える。そして、藍華は執務室での話を切り出した。
「事情は真希さんから聞いたよ……ごめん!私が無神経な事言ったせいで、結芽ちゃんに嫌な思いさせちゃって!」
「……ううん。大丈夫……私もごめんなさい。藍華お姉さんは私の事情を知らなかったのに」
藍華は両手を合わせ頭を下げる。向こうから謝るとは思わなかった結芽は少し驚くが、彼女も頭を下げた。
「ねぇ?藍華お姉さんのパパとママは元気なの?」
「うーん……私ね、お父さんとお母さん……いないんだ」
「……え?」
「私が十歳の時に荒魂に襲われて亡くなったんだ。どんな両親だったかも覚えてなくて」
結芽は藍華の発言に疑問を覚えた。十歳といえば既に物心はついてるはずだ。両親のことを覚えていないはずないと。
「覚えてないってどういうこと?」
「私も荒魂に襲われて酷い怪我を負っちゃってさ。お医者さんの話だと、そのショックで記憶喪失になったらしくて」
藍華は前髪をかき上げると、額には獣の爪に引き裂かれたような痛々しい傷跡が残っており、どれだけ深い傷を負ったか想像に難くない。
「その後は孤児院に引き取られたんだ。でも寂しくなんてないよ?先生や友達はいい人ばかりだったし、今は真希さんや結芽ちゃん達がいるから」
そう言って彼女はいつもの様に笑顔を結芽に見せる。
「ごめん。辛いこと……聞いちゃったね」
藍華の生い立ちを知った結芽は気まずそうに謝罪するが、藍華は首を横に振り笑顔でサムズアップする
「大丈夫!たとえ過去を忘れていても、私は私だから。笑顔を守る刀使の剣崎藍華だから」
「……あはっ!ほんと藍華お姉さんって笑顔が似合うね」
「ありがとう。結芽ちゃんも笑っていた方が可愛いよ?」
「ほんと?じゃあ……もっと笑顔にしてよ!私と遊んで!」
そう言って年相応の無邪気な笑顔を浮かべながら、帯刀しているニッカリ青江の柄を撫でる。
「うん!紫様や真希さん達みたいに強くないけど、私でいいなら!」
「やったぁ!じゃあやろー!」
ベンチから二人は立ち上がりお互い御刀を抜き写シを張り、広場に激しい剣戟音を鳴り響かせる。手合わせをしている時の結芽は、心の底から楽しそうな笑顔を見せてくれた
その笑顔を見て藍華は決意する。彼女の笑顔を二度と消さないようにしようと。彼女を笑顔にさせ続けようと
次回は夜見回を予定しております。
藍華は平均で何回笑顔とサムズアップしてるんだか