英雄の子どもたち   作:銀楠

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閑話:リーユ、リリア、アイナ
休養


神会(デナトゥス)、三ヶ月に一回行われる神の集まりは主に冒険者の二つ名を決めるために開催される。レベル2を越えた冒険者には二つ名がつけられる。子供たちにとってはカッコいい二つ名だが、実のところ神が中二病的な名前をつけて笑いのネタにしているだけであったりする。

神々が真剣に二つ名を考えるのは一部のある程度の実績を持ち、敬意を持てる者に対してだけだ。実際、アイルの二つ名である『子兎(ラビット)』はその容姿や戦闘スタンスから、『劣化版ベル』という意味の皮肉から来ていたりする。

レベル2の時に得たこの二つ名は二度の冒険を経ても更新されないままだった。

しかし、今回はどうやら二つ名が更新されるらしい。今朝、ヘスティアがアイルにサムズアップしながらそう言っていた。無難に格好いいものを勝ち取って来るらしい。

 

神会におけるヘスティアの地位はこの20年ちょっとで大きく変わった。ベルが黒龍を討伐したため人気ファミリアになり、一躍巨大ファミリアになったからだ。そこそこの発言力があり、恥ずかしい二つ名がつけられるのを何度も防いでいる。しかし、ヘスティアが参加しなかった神会ではそういった中二病的な名前を多めにつけられるため、ヘスティアが参加する神会は『当たりの神会』と称されることもある。

ヘスティアは眷属(子供)を深く愛している神としても有名で、その愛はオラリオでも一、二位を争うほどといわれる。そのため、ヘスティアファミリアの団員の二つ名は比較的落ち着きのある格好いい名前である者が多い。主神に任せておけば大丈夫だと、アイルは安心しながら待っていた。

 

ここ一週間ほどアイルはダンジョンに入っていない。というのも療養中だからだ。日常生活を行う分には全く問題ないが、戦闘はやめておいた方がいいとのこと。

ゴライアスの攻撃はアイルの体に大きなダメージ与えていたようで、医者に見せたところ回復薬(ポーション)で回復したにも関わらず内臓に深刻なダメージを負っていたらしい。能力上昇薬(ステイタスブースター)の反動もあり、体はボロボロだった。

回復薬(ポーション)や回復魔法を使うことで、すぐに治療できないこともないのだが、いい機会だから長めの休息をとった方がいいとリーユが言い張ったためこうして一週間近く休んでいるのである。

 

「といってもさすがに暇だな」

 

アイルは愚痴を溢す。ダンジョンに行けないのならホームの雑事でもやろうかと思っていたが、そういうのはレベルの低い冒険者がやる決まりになっている。といっても、食事や洗濯は各々やっているので、掃除くらいしかやることがないのだが。

このファミリアに集まっている団員のほとんどはベルに憧れて入団している。そのため、アイルたちは敬遠されがちで手伝うといったら凄まじい勢いで拒否されてしまった。

結局、アイルは自室のベッドで本を読むくらいしかできることがない。本を読むのは好きだが、さすがに一週間近くずっと読んでいると飽きてくる。

 

「そんなこと言っても仕方ないでしょう」

 

心地よう透き通った声が戒めるようにアイルに向けられた。アイルが金色の瞳をそちらに向けるとそこにはリーユが座っていた。エルフの中でも特に優れた容姿を持つリーユはアイルの部屋に幻想的な雰囲気を演出している。

本人曰く監視をしているらしいが、実のところは弟が一人で寂しい思いをしないように付き添っているのだろう。姉弟でなければ甘い空気になっていてもおかしくないシチュエーションだが本人たちにその気は全くない。パラパラとページが捲られる音と時折交わされる数言の会話が和やかな日常の空気を作っていた。ダンジョンで日常的に命懸けの戦いをしている彼らにとっては貴重な時間といえる。しかし、貴重な時間も長く味わえば貴重でなくなる。有り体にいえば飽きる。

 

「…では南区(サウス)にでも行きますか?」

 

「そうだね、本でも買いに行こうか」

 

南区(サウス)とはオラリオの南の方に位置する娯楽専用都市。

 

新しい英雄の誕生によりオラリオは20年前から人や神が集まるようになった。人や神が集まると当然スペースが必要になる。拡大を続けたオラリオは20年前の倍以上の面積にまで肥大した。

バベルを中心とした円形巨大都市オラリオは五つの区画に別れている。オラリオの半分以上の面積を占める円形の中央区(セントラル)を中心に残りの場所を東西南北で四つに別けることで全部で五つとなる。

それぞれの区画にホームを構えるファミリアには特色があり、南区(サウス)には娯楽施設が建ち並ぶ。本や雑誌も売っているし、有名な飲食店はここに集まる。

 

「では十分後にホームの前で」

 

簡易的な待ち合わせをしてリーユは部屋を出ていった。それを確認したアイルは寝間着を脱ぎ外出用の服をクローゼットから取り出す。Tシャツの上に黒いパーカーを着て、ベージュの長ズボンを履く。オシャレさなど微塵もない格好だが姉と出掛けるだけでデートではないのだ、服は着てさえいれば何でもいいだろう。所々跳ねている髪の毛を鏡を見ながらささっと直して玄関に向かった。

 

 

 

 

服は着てさえいれば何でもいいと言ったがあれは間違いだったようだ。

リーユは女性にしては準備が早い。それは基本的にオシャレを楽しむ性格ではないからだ。化粧はしないし服にも頓着しない。

 

「だからってリーユ姉さん、探索着はないんじゃない?」

 

「???」

 

そう、なんとリーユはダンジョン探索するときの服装で来たのである。動き易さを追求したため布面積は少ない。さすがに武器は持っていないが、その格好でオシャレの代名詞的な街、南区(サウス)に行くのは恥ずかしい気がする。

 

「…さすがに浮くと思うよリーユ姉さん、

待ってるから着替えてきなよ」

 

「そうですか?しかし困りましたね、私はこれ以外だと寝間着しかもっていない」

 

「………本当に?」

 

確かにそういった人は冒険者には多い。探索中は寝間着を洗濯して、帰ってきたら寝間着に着替え探索着を洗濯する、みたいなサイクルを取る人は珍しくないがそういうのは大抵男だ。年頃の女の子が二着を使い回しているのはどうなのだろう?

 

「とりあえず行きましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局浮いた。

南区(サウス)についたとたんにリーユは奇異の視線を集めるようになった。

 

「最初は洋服屋に行こうか」

 

 

 

 

大抵の娯楽が揃う南区(サウス)には当然洋服屋も存在する。今回アイルたちが立ち寄ったのは最近できたばかりの『フィモール』という店だった。五階建ての建物の中にはピンからキリまで多種多様な洋服が揃っていて、優秀な店員が愛想よく接してくれることで有名だ。

アイルたちは安い服を探していたので一階を徘徊している。お金がないわけではないがリーユの服を三着は買いたいので高い方には行かなかったというわけである。

オシャレなどわからない二人がどうすればいいのか分からないままさまよっていると噂通り店員が話しかけてきた。

 

「いらっしゃいませお客様

何かお買い求めでしょうか?」

 

愛想のいい笑顔で話しかけてきた店員は完璧な角度と姿勢のお辞儀をした。グレーと白の制服をピシッと着こなしたショートボブの女性で上品さを纏っている。

 

「はい、姉の服を上から下まで一式揃えて三セットほど…」

 

リーユの方を見ると少し恥ずかしそうにしていた。どうやらこの『お洒落五段』って感じの女性を前に探索服で立っていることに僅に残っていた女としての羞恥心がやっと仕事を始めたらしい。

 

「かしこまりました、こちらへどうぞ」

 

店員の案内通りに昇降機に入ると店員も入ってきて5のボタンを押した。

魔石の力を用いて上に上がることができるこの機械は南区(サウス)の高級店か、バベル位でしか見かけることがないためアイルやリーユも久しぶりに乗る。機械的な音と共に奇妙な浮遊感にさらされ二人そろって驚く。

同時に肩を縮こまらせた姉弟を見て店員はクスリと笑った。

 

昇降機はものの数秒で五階についた。扉が開くとそこはいかにもセレブという感じの作りの店内だった。売っている服はどれも高級そうで、宝石が散りばめられたドレスまである。

店員はドレスコーナーまで歩いていくとこちらに向き直った。

 

「こちらのドレスはいかがでしょうか」

 

手に取ったドレスは黒いシックなデザインで余計なものがつけられていないが、いかにも高級そうな生地を使ったドレスだった。確かにリーユに似合いそうだが今回はそういうものは求めていない。

 

「あの…今回はですね、普段着を買いに来たんですよ

ドレスとかはまだ僕たちには早いですし」

 

「そうでしたか…それは失礼致しました

しかし、どうですか?試着だけでもしてみては?」

 

「そう…ですね、試着だけなら…

すみませんアイル、少し待っていてください」

 

「え!?あ、うん、いってらっしゃい」

 

リーユは店員に誘導されて試着室に入っていった。いきなり高級店で一人になったアイルは途端に緊張し始める。ダンジョンで色々な経験をしていても中身はまだ14歳なのだから仕方ない。リーユの着替えが終わるまでアイルは肩身が狭い思いだった。

 

 

 

「どう………でしょうか?」

 

リーユが着たドレスは黒いロングスカートのドレスだった。胸元が大きく空いたドレスはリーユの慎ましい胸を最大限に引き立て、スカートの裾から僅に覗くふくらはぎは妙に艶かしい。肩を多めに出していて、背中にはスリットが入っている。布面積が小さいからかリーユはモジモジと落ちつきがなく、それが返ってエロい。

何の飾りもない漆黒のドレスは、飾る必要のないリーユの体の魅力を最大限に引き出していた。

 

「き、綺麗だよリーユ姉さん…」

 

「あ、有り難うございます…」

 

付き合いたてのカップルみたいな雰囲気を醸し出す二人に店員はニヤニヤが押さえられていなかったが、二人はそんなことには気付いていなかった。

 

「お買い上げになります?」

 

「いえ、結構です…使いどころがありませんし」

 

「いえいえ、パーティーに参加するとこくらいいつかはあるでしょう

それにとってもお似合いですし、弟様もそう思いますよね?」

 

「え、ああそうですね

とっても似合ってると思いますけど」

 

「そうでしょう?

少し、値引かせて頂くので是非お買い上げください」

 

っといった調子で結局押しきられてしまった。

ついでにアイルもお揃いの衣装をということで、これまた十分ほど話した後、結局買わされた。

こういう商いのテクニックはまだ子供の彼らにはあしらえなかったらしい。

 

その後リーユは一階で安い服を一セット買い、それを着て店を出た。

 

「…散財です」

 

「…何で僕まで」

 

レベル5の冒険者として毎日ダンジョンに潜るアイルたちには払えない金額ではなかったが貯金の何割かは持っていかれた。さすがに持ち歩いている金額を大幅に超えたため後日お金だけ持っていくことになった。

二人とも好んでパーティーに参加するタイプではないので正直使う機会はないだろう。正に余計な散財だった。

 

照りつける太陽が鳴りを潜め暑さも和らぎ始めると、凍える寒さへの準備期間かのように過ごしやすい季節が到来する。足早に過ぎ行く季節だが街をぶらつくには丁度いい季節といえる。

 

予てよりの予定通り本屋に寄ると『月刊神話(オラリオミィス)』の新刊が店頭に並んでいた。『月刊神話(オラリオミィス)』は昨今、老若男女、種族問わず人気の雑誌で、オラリオの6割強の人は読んでいるといわれるほど。世俗に疎いアイルやリーユでさえ毎月欠かさず購読しているほどに人気である。先程行った『フィモール』もこの月刊誌で見つけたものだ。五区画全ての情報が載っているこの雑誌は一昨日発売だったはずである。アイルはそれほど高くないその雑誌と本を一冊持ち店主に金を払い購入した。

 

アイルは近くにあったベンチに座るとすかさず『月刊神話(オラリオミィス)』を開く。新書特有の匂いが涼やかな風に運ばれて鼻に到達した。

中央区(セントラル)のページを探す。毎回最後尾に収録されているので、後ろからめくった方が早い。少し行きすぎたので左手の親指でパラパラと二、三ページ戻すと中央区(セントラル)のコーナーに到達した。

見開き一ページを使って『アイル・クラネル、レベル5到達!』という文字が踊っている。『笑顔×緊張』みたいな顔をしているアイルの写真付きだった。

中央区(セントラル)のコーナーは毎回、誰々がレベルアップしたとか、誰々の二つ名が決まったとかそんな感じである。英雄(ベル)の子供であるアイルたちは世間の注目を集めているので、レベルアップするとこのように見開き一ページを使って報じられるのだ。

更に一ページ捲ると、また見開き一ページを使って『ティオ・クラネル、レベル4到達!』という文字と満面の笑みでピースをするティオの写真が載っていた。

 

「恥ずかしい…」

 

「…こればかりは慣れませんね本当に」

 

横から覗き込んでいたリーユも同意を示した。さすがにこうも大々的に報じられると恥ずかしい。普通は見開きで6人程度のはずだ。

 

リーユは横からページを戻し一角を指で示す。

 

「どうやらちゃんと(・・・・)報じられているようですね」

 

『17階層にて、ゴライアス単独討伐』と書かれている。

厳密には『漆黒のゴライアス単独討伐』だが敢えて嘘の情報を流した。理由は混乱を防ぐためと、神の注目を集め過ぎないためだ。そもそも現場にはリリアとアイルしかいなかったし、知っているのはアイル、リリア、リーユ、ティオ、ヘスティア、ギルドの上層部だけなのでばれる心配はないのだが、隠し事というのは持っているだけで緊張してしまうものである。ティオもさすがにそこら辺の一線は弁えているので大丈夫だろう。

 

同ページの左下には『笑顔が可愛いアイル・クラネル』と書かれている。オラリオにおけるアイルの認識は「可愛い」が殆どだ。まだ若いこともあるが中性的な顔立ちは一般的に可愛いほうに傾くらしい。アイルからすると近い顔立ちをしている(ベル)は「格好いい」なのにアイルは「可愛い」と呼ばれることはなんとも解せないが、業績(キャリア)を考えると当然なような気もしてしまうといったところ。

確認したいことは確認できたので雑誌を袋に入れ立ち上がる。残りは後でじっくり読むとしよう。

 

「後で貸してください」

 

「うん…」

 

月刊神話(オラリオミィス)』を姉弟間で貸し合うのはいつものことである。前回はリリアが買ってきた物を回し読みしていた。

 

ほどよく晴れた空は非常に過ごしやすく散歩日和になっている。結局アイルとリーユはしばらくウィンドウショッピングを楽しんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この季節の空は信用できない。つい先程まで快晴だったにも関わらず、突然現れた暗雲はいつの間にか太陽を隠し空から青を奪う。パラパラと雨が降ったと思ったらすぐに本降りになる。

アイルとリーユは見慣れない街を走った。丁度いい軒先を見つけて雨宿りをする。娯楽都市の喧騒は鳴りを潜め穏やかな雰囲気を出している。静寂が支配する街は先程とは別の街のようで………というか別の街そのものだった。

 

「なんか、雰囲気違くない?」

 

「え、ええ、そうですね」

 

気が付くと雨が上がり雲が薄れ始める。しかし、空に青は戻らず漆黒とそこに散りばめられた星の光が覗き始める。やはりこの時期の空はあてにならない。

雨が去ると屋内に隠れていた人々がちらほらと現れ始める。静寂が嘘のように賑やかになる。しかしそれは活気ではなく、どこか怪しげなというより淫靡なものになっていく。

現れた人々は女性が殆どで、その多くがアマゾネスだった。

 

「まさかここって…」

 

二人そろって振り返る。雨宿りしていた店は瓶入りの真っ赤な薬を売っていた。回復薬(ポーション)ではない。回復薬(ポーション)は東区《イースト》を主流にしている。こんなところに売っている筈がない。媚薬だ。感度を高め性交を楽しむための薬。通称『奇跡の無駄遣い』。

 

正面の建物を見ると『シンデレラの城』という看板がかかったホテルだった。娼館だ。

 

歓楽街。

南区(サウス)の南端に拡がる娼婦の街。

どうやらアイルとリーユは北に向かっているつもりで南に向かっていたらしい。

 

アイルとリーユは顔を真っ赤にする。初心な二人にはまだまだ早い街だ。限界まで緊張した二人は小さい頃のように手を繋いで走って逃げていった。レベル5の敏捷を生かして走り去っていく二人の背中を上弦の月が見守っていた。

 




【オラリオマップ】
中央区(セントラル)
探索系ファミリアが多く集まる。飲食店も街中にちらほら見かける。ヘスティアファミリアやロキファミリアはここにホームを持っている。
月刊神話(オラリオミィス)』では冒険者のレベルアップや二つ名の情報が載っている。

東区(イースト)
ダンジョンアイテムを扱うファミリアが多い。魔道具(マジックアイテム)回復薬(ポーション)は大体ここで買い揃える。ミアハファミリアやヘルメスファミリアはここにホームを移転した。
月刊神話(オラリオミィス)』では魔道具(マジックアイテム)回復薬(ポーション)の発売情報がのせられる。

西区(ウェスト)
鍛冶系ファミリアが多い。常に汗と鉄の匂いで充満していて、冒険者以外はまず立ち入らないが、ここに来れば大抵の武具防具は揃う。ヘファイストスファミリアがホームを置く。
月刊神話(オラリオミィス)』では武器や防具の発売情報が載っている。

南区(サウス)
娯楽商品を取り扱うファミリアが多い。高級な飲食店や有名な飲食店の本店がある。オラリオで有名な雑誌は全てここで作られる。南端には、現れたり消えたりを繰り返し、なんやかんやで結局生き残っている歓楽街もある。ソーマファミリアはここにホームを移転した。
月刊神話(オラリオミィス)』では新商品や新店舗の情報が載っている。

北区(ノース)
研究が行われる場所。研究を好んで行うファミリアもいないことはないが、殆どは恩恵を得ていない普通の人間で、五つの区でダントツ一番ファミリアのホームが少ない異色の区画。
月刊神話(オラリオミィス)』では新しく提唱される説やそれに関する本の発売情報が載っている。毎回一番ページ数が少なく、ないこともたまにあるほど。


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