暴走
アインズは急ぎ執務室に向かっていた。
外から転移できない場所にあるため途中から歩きで向かわざるを得ないが正直もどかしいし、イラつく。
『エレインス様と連絡がつかなくなり、付き従っていたシモべたちの反応も消えましたっ!』
あまり聞いた事の無いセバスの慌てたような声で聞かされたのは最も危惧していた事態だった。
もちろん安全対策にワールドアイテムは持たせていたし、幾数もの高レベルのシモべを付かせていたはずだが、そのシモべたちの反応すら消えたというのはエレインスが火急の事態にあるという事に他ならない。
「っクソ! …落ち着け。冷静になれ」
苛立ちと焦燥が鎮静化され、そしてまたくすぶる。
この世界について調べていくうちに過去のプレイヤーらしき存在も明らかになりつつあるし、死亡しても拠点にリスポーンすることが分かっている。
最悪死んででも戻ってきて欲しいが消息不明。
シャルティアの時のようにニグレドに探させてはいるが、フレンドリーファイアがあるこの世界ではエレインスの魔法耐性と
執務室に辿りつき扉を開く。いつもなら扉の前に控えるメイドに開かせるが今はそんな余裕はない。
室内にいたのはセバスのみ。連絡をよこしてから待っていたのだろう。
頭を下げようとするトマスを手を挙げて止める。
「今は良い。それより状況は?」
「はっ、不在アルベド様に代わりエレインス様付きのシモべと定期連絡と取ろうとしたところ消息が途絶えておりアインズ様に報告した次第。各階層守護者には情報伝達しており既に玉座の間に揃っております」
「そうか。ではすぐに向かおう」
アインズとセバスは指輪を発動させて玉座の間に転移した。
セバスは頭を下げて玉座の間に入っていき、アインズは専用の入口から入る。
玉座の間では既に階層守護者たちが揃い膝をついて頭を下げていた。
「頭を上げよ。緊急事態だ。無駄な時間は使いたくない」
階層守護者たちがいっせいに顔を上げ、アインズを見た。
その目は酷く不安に揺れており、普段の壮観さは無い。
「みなセバスから聞いているだろうがエレインス及び付き従っていたシモべたちの消息が途絶えた。すぐには見つからないだろうが急ぎニグレドに捜索させている」
「アインズ様! ほんとにエレインス様が?!」
「あぁ」
「しかしエレインス様はワールド・クラスまで手に入れたお方! 消息が途絶えるなんてことが」
「シャルティア…建設的でない発言をするな。今は状況の整理と場合によっては戦いの準備をしなくてはならない」
アインズの中では先程からずっと苛立ちがくすぶり続けている。それが一定値を越え鎮静化される。
だがまたくすぶり始める。
「すまないが私は今とても苛立っているんだ」
「も、申し訳ありません」
「まぁ良い。それでアルベド。確かエレインスは法国に向かったんだよな?」
「はい。上層部、主に聖典たちを支配下に置き、国の機能を吸収する計画のために法国に向かわれておりました。しかし現在法国にいらっしゃらない事は確認済みです。現地へ送ったシモべ達には引き続き付近を捜索させております」
計画の内容は事前に知らされている通りだ。ひとつ頷く。
そして続き指示を出す。
「ふむ……ではまずナザリックの警戒レベルを最大値まで上げろ。勿論戦闘できる態勢には入っておけ。もし、エレインスが何らかの攻撃を受けている場合、ここナザリック地下大墳墓も狙われている可能性がある」
「「「はっ」」」
「あとは……少し1人にしてくれ」
アインズはそう言って自室へと向かって行った。
残された守護者達は主人の姿が見えなくなると即座に準備のために各階層へ転移して行った。
玉座の間で最後の一人まで見届けたアルベドは独り言ちる。
「エレインス様……どうかご無事で」
埃ひとつない自室にてアインズは思考する。
実の所、もう星に願いをすら使ってしまいたいと思っている。勿論相談した上になるだろうが。
しかし、ワールドアイテムを所持するエレインスを果たして探し出せるのか。
星に願いをではワールドアイテムの場所を知ることは出来ない。なら所持している者を探す場合は?
頭の中を数々の可能性がぐるぐると回る。
「たのむから無事でいてくれ。むしろ……いや、これは最悪だな……」
むしろ……死んでくれ。
鈴木悟の残滓による唯一残ったギルドメンバーへの強い執着はあるが精神はほとんどアンデッドと変わりないそれになりつつある。
むしろその執着がアンデッドの精神により変貌し、エレインスを死で縛り付けたいとすら思っているのだ。
現在の最高の装備とも言える状態でエレインスが死んだのならば、復活後はナザリック内へ縛り付ける名分が生まれる。それを望んですらいるのだ。
「最悪だ。最悪だ。最悪だ。アンデッドの精神に引っ張られすぎている……。フレーバーテキストでは確か『すべての生を憎み』だったか」
その時頭にひとつの事が引っかかる。
「フレーバーテキスト。それはアイテムやNPCだけじゃなくてプレイヤーにも、正確にはクラスにもあるじゃないか! 俺がアンデッドとして精神を引っ張られてるならエレインスはアイドル系とセイレーン種だから……」
アイドル系はファンが力をくれるとか何とかだったからほとんど気にせずともいい。
セイレーン種は『人を喰らう神話の怪物。人間は極上の食餌であり、船乗りたちを美しい歌声で引き付け……』
極上の……食餌。
「伝言《メッセージ》
アルベド、デミウルゴス。聞こえるか? 知恵者たるお前たちに急ぎ確認したいことがある」
『『はっ、アインズ様。直ちに向かいます』』
「では再び玉座の間へ」
アインズが玉座の間へと戻るとすでにナザリック屈指の知恵者2人は集まり頭を下げていた。
「頭を上げて良い。待たせて済まないな」
「いえ、至高の御方たるアインズ様がご呼びとあらば即座に参るのが守護者の務め」
「あぁそうだったな」
代表してアルベドが答えるが長くなりそうだったので途中で止める。
「早速だが、エレインスの件で相談がある。世辞などはいい、まず話を聞いてその後意見をくれ」
その瞬間知恵者2人の雰囲気が静かになる。
未だ何が起こっているのかわからない状態の中、至高の御方たるアインズ様はどう解決されるのか。注目する態勢に入ったのだ。
「まず、質問からになるがエレインスは先の計画へ法国へ向かったのが初の外出になるな?」
「はい。その通りでございますアインズ様」
「ありがとうデミウルゴス。ならば多くの人間種と遭遇したのもその時が初めてになるな?」
「おそらくは」
「そこでひとつ気になったことがあってな。お前たちは大好物……ご馳走が目の前に大量に用意されてたら我慢できるか? おそらく私は出来ないだろう」
知恵者2人は恐る恐ると頷き、そして気付く。
「なるほど……セイレーン種は人間を至上の食事とする。そしてエレインス様はそのセイレーン種の頂点におられる御方」
「確かにそんなエレインス様にとって人間はご馳走になるわね」
「あぁ。そしてエレインスは未だに人間を食したことは無い」
「それは真ですか!?」
アルベドが驚きの表情を見せる。
デミウルゴスも表情を崩さないまでもその尾はおかしな位置で固まりついて動揺を示していた。
「私もエレインスも人間を積極的に害そうとは思っていないが、彼女はにとっては法国は……外はかなりの誘惑だらけなのだろうな」
「だから法国を離れ……」
「ですがなぜシモべ達も消息不明に?」
「それについても想像がついている。おそらくはワールドアイテムだ」
「エレインス様の、ノアの方舟ですか?」
「効果は『あやゆる効果が全てに適応される』でしたか」
「普通に使えば炎属性耐性が全属性耐性になり、逆に聖属性脆弱が全属性脆弱になるという二長一短のような少し使い勝手の難しいアイテムだが。もし仮に『"人間"種は極上の食餌』の部分にも適用されるとしたら?」
「ッ!?」
「そうだ。シモベの事もそう見えてしまっているのかもな。勿論我々に対しても」
「ではこん」
『ピピッ』
アルベドが額に指を当てる。
伝言《メッセージ》が届いたのだろう。
「アインズ様。エレインス様が見つかりました。パンドラズアクターの作成したアンデッド達との繋がりが次々と消失しているカッツェ平野南部を捜索したところ、1人佇むエレインス様を発見。即時に帰還を勧めようとしたところ、手当たり次第に攻撃してくる状態との事です」
「そうか、行くぞ」
その眼窩を赤く光らせ、アインズはローブを翻した。