麻婆を食らわば皿まで食え   作:くるりくる

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爆薬に香辛料を振りかけましょう

 

 泣いても笑っても一発勝負。それは、この場に集まった誰もが同じ事だが積み上げてきた努力によって可能性は大きく変わる。

 

 ただ漠然とヒーローに憧れて、やってみようかという気分で難関を受けた者が居る。派手で強い個性を生まれ持った事で、俺なら私ならできると根拠のない自信を胸に挑む者も居る。たとえ弱個性であっても諦めずに努力を重ねてスタートラインを踏み出そうとする者も居る。

 

 そして、恵まれた強個性と優れた身体能力を併せ持ち、目標を見据えて何年も前からトレーニングを重ねてきた者も居る。

 

 雄英高校に受かるか否か、ヒーローとしての始まりの第一歩を踏み出せるかどうか。誰もが同じスタートラインを前にしているがバックボーンは誰一人として同じ物は無い。まるで十人十色にして千差万別の個性のように。

 

 受験者たちが集められたホールから、雄英高校に教師として所属しているプロヒーロー、プレゼント・マイクによる実技試験の概要及び説明が終わり試験会場に移動する流れとなった。受験番号順によって、受験者たちはAやBなどアルファベット毎に分けられ、アルファベットと同じく分けられた試験会場へと雄英所有のバスで向かう。

 

 十何台ものバスが移動する光景。天下の雄英と噂される程のヒーロー育成機関。これだけで雄英の規模の大きさを実感させる。スケールの大きさに武者震いか緊張か、肌を泡立たせてブルリと身を震わせる少年少女たち。しかし時間も、苦難も待ってはくれない。雄英高校所属の事務員達によって、少年少女達はバスへと歩み、乗り込んでいく。

 

 その中には校門付近で躓きかけた緑谷出久や彼を助けようと手を伸ばした麗日お茶子、言峰切絵の姿もある。対ヴィラン戦闘を想定した実技試験ということは痛みや恐怖は付き物であり、これから訪れる痛みと恐怖に顔を強張らせる緑谷出久が息を鳴らす行動は受験者と照らし合わせてみても珍しいものではない。

 

 むしろ、大胆不敵に笑みを浮かべる者や微動だにしない表情の者が居ることが異常であり、その二つの例が幸か不幸かバスでの座席で隣同士となってしまう光景は嫌でも注目を惹きつけてしまう。

 

 席にどっかりと座り両の手をギッチリと握り合わせて好戦的な笑みを浮かべる少年の名前は爆豪克己。彼はこれから仮想ヴィランに思う存分個性をぶつけられる喜びと己の力が今どのような所にあるのか、我、それだけが頭を支配している。

 

「あの、足。邪魔です」

 

 爆豪克己の気迫は周りを呑み込んでいた。だが、隣に座る切絵は窓際に座る爆豪克己へ無感情の視線を向け邪魔だと口にする。同時に爆豪克己の膝に手を当て押し返した。

 

「アッ? ち、……うるせえな」

 

 ギラつく眼光、粗野な言動。たったそれだけで爆豪克己への周囲の評価は決定した。

 

 導火線にいつ火がつくか分からない爆薬。

 

 例え女が相手だろうと彼の前に立てば躊躇い無く手を出すだろう、模擬試験会場Cに向かうバスに同乗した受験者の大半が爆豪克己の苛立ち混じりの雰囲気から感じ取った。彼らの予想はおおよそ間違いではない。爆豪克己は明確な目標を見据えており、己の前に立ちふさがる者全てを潰し進む強靱な意志を備えた一角の人物だが、馬鹿ではない。いやむしろ、賢い。

 

 苛立ちは一瞬、だが収まりも一瞬。舌打ちを溢した後、爆豪克己は大きく広げた足を閉じる。それでもまだ広がった足だが切絵にとっては十分であったらしくこれ以上の苦言を口にすることは無い。

 

 そのまま特に何事も無くバスは試験会場へと到着した。車体横前方の自動ドアが開き車内に響いたプレゼント・マイクからのアナウンスによってバスに乗車する受験者達は順番に降りていく。それは各会場でも同様に行われていた。

 

 各試験会場に大きな違いは無く大小の高さのビル群に囲まれた市街地をイメージされ設計、大きい物で20mを超え最低でも5mの高さがあった。補導されたアスファルトの道路の横に立ち並ぶビル群は都市でのヒーロー活動を想定して建設した雄英の設備。

 

 試験会場Cに割り当てられた受験者達は高さ3m程のコンクリート塀を背に、ちょうどT字に広がった道路とビル群を目にし、会場の各所に設置されたスピーカーから発生するプレゼント・マイクの声に従い受験者達は待機となった。

 

 その際、私語は禁止。いつまで待機するのか、明確にはされておらず受験者達には戸惑いが大きい。その中でも入念にストレッチをする者や万全のコンディションに移るために深呼吸や頬を叩くなど皆自分なりに最善を尽くす努力を行う。

 

『アーアー……よっし! マイクオッケー! つーわけで、全員が試験会場についた所でそろそろ始めるぜー!? オレがスタートって言ったら試験開始だ! ロボットだらけの仮想ヴィランにテメーの力、全部をぶつけなリスナー達!! おぉっと! 言い忘れてたがリスナー同士で邪魔し合うのは厳禁だぜ!? いわゆるアンチな行動はご法度ってな! 泣いても笑ってもチャンスは逃すなよ!? んじゃまぁ――ハイ、スタート』

 

「ちっ、そう来たかよッ! どけモブ共!」

「掌から爆発ですか。お似合いの個性ですね……」

 

 青のランプが灯る事もない。秒読みも無い。プレゼント・マイクがトチってスタートと言ってしまったと誰もが思い、沈黙と停滞が支配した中でCの試験会場では二人の人間が飛び出す。

 

 掌から連続して爆発を生み、空をかっ飛ぶ少年、爆豪克己。

 ゆったりとした素材のジャージ越しでも折れてしまいそうな細い退屈の踏み込みで誰よりも前を行く少女、言峰切絵。

 

「先ず、一点」

 

 T字の道路を突き進み、ビルの曲がり角から飛び出してきた深緑の車輪型ロボットを視界に捉えた切絵は流れ行く視界の中で拳を構える。単眼の赤目が光り、ロボットが切絵の姿を認識した瞬間には既に、硬く握り込まれた拳がロボットの頭部に叩き込まれていた。

 

 剥き出しになるロボットの中身は飛び散る血潮のようで、しかし切絵の表情に変化は生まれていない。壊したことによる達成感も体に響く痛みも彼女を揺らさない。

 

 その後ろ姿を、誰よりも早くスタートを切ったと確信していた爆豪克己は見る事になった。

 

「……ッ!?」

 

 自分は強い、自分は負けない、自分が絶対に勝つ。爆豪克己の根幹は目の前を行く者を決して許さなかった。烈火の如き怒りを携えた爆豪克己は後ろでに突き出し腕に意識を集中する。

 

「待てやクソ女ァ! 俺の前に出てくんなボケェッ!!」

 

 爆豪克己の怒りと連動しているかのように、彼の怒りの発露に呼応した爆破の威力が増加する。普通の人間には不可能な空中機動と速度が切絵の姿に迫った。

 

 残骸の散る道を走る者に対し障害物の無い空を行く者がビルの陰から姿を現したロボットを視認して下した判断は同じ物。

 

 すなわち、破壊。

 

「邪魔だ死ね!」

「フッ……!」

 

 爆豪克己が繰り出した右手の大振りが爆破を生み出しロボットを呑み込む。切絵が繰り出した左手の掌底がロボットの胴体部分を貫き機能停止に追い込む。仮想ヴィランであるロボット撃破によって両者共に1点が加算されたが爆豪克己と言峰切絵は止まらない。

 

 より早く次の獲物を、逸る気持ちが爆豪克己を突き動かす。加速する彼の視界の先に、切絵が2点のロボットを破壊する姿が映った。

 

「ッ!? クソがァ!」

 

 爆豪克己は吼えた。それは自分への怒りであり、前を行く者への怒りであり、初めて出てきた自分以上への何かだったからだ。

 

 

 

 

 

 地面を踏みしめ、震脚により(けい)を発して、体を巡るソレを五体に込めて繰り出す。切絵がやっていることはそれだけでありそれこそ八極拳の基礎にして極意である。鍛え上げた五体は凶器であり、効率よく壊すためだけに放たれる拳が鉄の体躯を貫いていく。

 

 切絵と同じ試験会場に居る受験者の誰もが、カメラ越しにモニターから見ていた試験官のプロヒーロー達が彼女の個性を増強系と誤認してしまう程の破壊。そうなるように切絵は自分の体を痛めつけてきたのだからこれは彼女にとって当然の誤解であった。

 

 彼女の個性である激辛麻婆豆腐を食す事により、彼女の体は痛めつけられてきた。八極の師から無茶無謀とも言える鍛錬を強制されこなしてきた切絵の肉体は生きる残る為に強靭にならざるを得なかった。

 

 何度も折れた骨はより強靭になるべく密度を増し、休息の取れない筋肉は正常に肥大化する事なく今までのままに今まで以上のしなやかさと力強さを、そして辛味による細胞単位への攻撃に対し彼女の細胞はより強く生命力に長けた物へと変貌を遂げた。

 

 代償は触覚の麻痺及び右眼の視力低下、そして味覚の大部分の機能不全。多少の肌の接触では切絵は何も感じない。彼女の右眼はほとんどの物を映さない。味を感じる細胞組織である味蕾は辛さという刺激によって失う。最早彼女の舌は甘さと辛さしか感じられない。それも大量の甘味料や香辛料を入れ込んでやっとだ。

 

 ただ強く、より強くを求めた彼女への代償。

 

 人として狂気に走る彼女だが、いざとなれば死地に飛び込む必要になるヒーローを志すのであればいつかは訪れると割り切れている。この程度で彼女は止まらない。彼女は止まれない。

 

 何故なら彼女は止まる事を辞めたのだから。

 

 丁度70点目になる3点判定の大型ロボットを肘打ちによって破壊した切絵は、空気の不自然な揺れを感じて背後を、10m以上のビルが固まった区画へと肩越しに振り向いた。衰えた五感を補う切絵のソレが新たな動きを感じ取る。

 

 地面の下から響いてくる機械の駆動音とモーター音。ビルが集まり切絵の視線の先にある区画が動きを見せ始めた。大きなビルが集まった区画だがビルは道路に面する面にしかない。ビルで囲うように空間が保たれており、地下から響くこもった駆動音が大きくなるのと同時に何も無かったスペースが左右に分かれた。

 

 左右に分かれた地面。そこにはエレベーターを連想させる作りが広がっていた。そして地下から近づいてくる駆動音の正体は途方も無いほど大きな昇降機だ。その昇降機に乗せられているのはこの試験において受験者達を邪魔し、また倒したとしても得点として加算されない例外のロボット。

 

 約20m以上の大型ロボット。20mのビルを僅かに越す大きさ。各試験会場に同時に現れたソレらは遠隔操作によって起動、モノアイに赤の光が灯ると同時に行動を開始。ビルを壊したお邪魔ロボットが今、受験者の前に攻略不可能な障害として姿を現した。

 

 巨体による弊害か動きは緩慢だが破壊力と威容はズバ抜けている。20mからなる巨体が動かすロボットアームはいとも容易く鉄筋のビルを破壊し、瓦礫を地面に落としてゆく。その姿を見て受験者達の動きは迅速だった。

 

「逃げるが勝ちだこりゃ!」

「アレが0ポイントなんて!? でも、倒す必要はないし——」

「どけ! まだ時間は残ってるんだ」

「とにかくアレから逃げるっ! 残りのロボットは何処だ!?」

 

 得点が入らない上倒せそうも無いのだから、逃げる。傷のないアスファルトの道を走る集団はお邪魔ロボットから距離を取りながら周囲に目を光らせ得点を稼ごうとする。

 

『残り2分! もう時間はないゼェリスナー達!?』

 

 スピーカーから発生したプレゼント・マイクによるアナウンスが彼らの動きを加速させる。とにかく皆が雄英高校に合格できるように必死になっていた。

 

「クソがッ……ここで出てくんなよ邪魔だ死ねデカブツがッ!」

 

 しかし、爆豪克己は巨体に背を向けず真っ向から立ち向かう。彼にとって勝てるかどうかではなく勝つという思考だけが己の中にあり、故に逃げなどあり得ない。

 

 この時点で彼が積み上げた得点は52点。それ以上の数を切絵が稼ぐ姿を見て更に得点を稼ぐと爆豪克己は決めている。しかし逃げは無い。そんな負けなど彼自身が許せない。だから爆豪克己は0ポイントの巨大ロボットを破壊し、地震の前を行く者以上の得点を稼ぐと決めた。

 

 全ては勝利の為。憧れになる為に爆豪克己は止まらなかった。

 

 手を後ろに突き出した爆豪香月は空を飛び、両腕を振り下ろし真正面から巨体に爆破を浴びせる。前方に手をかざし生み出した爆破に衝撃で彼は上へ上がっていく。巨体に爆破を連続して浴びせ掛け、緑の装甲の隙間を狙い内部へと攻撃を仕掛けていく。それに対し、羽虫を払うようにロボットは右のロボットアームを飛び回る爆豪克己に振るった。

 

「やっぱ動きは遅え! それで終わりかデカブツ!? ならとっとと死ね!」

 

 横に振るわれたロボットアームがビルを叩き瓦礫を生み地響きを発生させる。お邪魔ロボットの破壊力が目立つ動きだが同時に鈍重さも露わになった。それを見て攻略の糸口だと、好戦的な笑みを浮かべ更に強く連続して爆破を浴びせる爆豪克己だがロボットは止まらない。アームを動かしビルを壊し被害を生んでいく。

 

「倒すのなら早くして欲しいのですが……スゥ、ッ!」

 

 切絵は人の群れを逆走し、巨大なロボットへと近づきながら吹き飛び被害を生み出しそうな瓦礫に向かい拳を振るう。空気を叩き衝撃を生み飛来する瓦礫を壊して被害を減らす。いくつも生み出され飛んでくるビルの瓦礫を破壊しながら切絵は遂に巨大なロボットを一足の間合いに捉える。

 

「!? テメ——」

「勇ましさは買いますよヘドロくん」

 

 爆破と瓦礫。衝撃と地響き。怒声と轟音。それらを終わらせる為に切絵は今日一番の踏み込みを見せ、右拳を腰に引き寄せる。

 

 切絵の震脚によって地を揺らし、生み出した勁が込められた拳がロボットの脚部に叩き込まれた。

 

『タ〜イムアップ! 試験終了ダ!』

 


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