ハリー・ポッターと月の少年   作:くらまえん

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ゆめ

 鼻につく奇妙な臭い。何が見えている訳ではなかったが、ハリーは確かにクィレル先生のターバンを巻いていた。頭が妙に重い上に、まるで悪魔に首根っこを引っ掴まれたような悪寒が止まらない。

 

「スリザリンに移らなくてはならない」

 

 心臓を締め付ける嫌な声だ。ターバンがどんどんと重くなる。

 

「それが運命なのだから」

 

 耐えきれずにターバンを外そうと手をかけるが、もがけばもがくほどにターバンの締め付けはキツくなってゆく。頭が割れそうだ。例えば、怪力に握りつぶされる林檎のように。ターバンが重い。

 あはははは。聞き覚えがあるような、無いような曖昧な笑い声が聞こえる。マルフォイだ。こちらを指さして笑ってる。もしかしたら既にハリーの頭は潰れているのかもしれない。彼の顔面がぐにゃりと曲がり、鷲鼻になった。顔色の悪い、ねっとりとした黒髪。見覚えがある。たしかスリザリンの。ターバンが重い。ハリーは未だに形を保っているかも怪しい脳みそで考える。確か、スネイプ。

 スネイプが見たこともない声で笑っている。

 

「スリザリンに移らなくてはならない」

 

 視界が緑に染まった。

 

 

 

 次にハリーが目を開くと、目の前には古びた建物があった。石でできたそれは教会だろうか。その建物へと続く道に沿うように作られた墓石は、確かに何かが書かれているのに全く読めない。

 ふと、ハリーは自身の頭部へ手を伸ばした。ターバンはすっかり無くなっている。逃げ切れたのだろうか。未だに頭が痛い気がして、ペタペタと何度触っても足りないとばかりに自身の頭を撫で回した。

 しばらく頭と無意味な格闘を続けていると、建物から何者かが出てくるのが見えた。

 草臥れた服にコート、それに帽子をかぶった、車椅子の老人だ。老人が少し進む度に車椅子はキシキシと音を立てている。

 

「おや客人かい、良い夜だね」

「こんばんわ。本当に、今日は良いことがたくさんあった・・・ところで此処にターバンは居ますかわ?」

「ターバン?ああ居ないよ。先程追い返した」

「そりゃよかった!」

 

 ようやく逃げ切れたのだ!そう思うとなんだかスッと胸が軽くなり、頭の痛みもどこかへと消えていった。

 

「それよりも、そんなところで突っ立っていないでこちらに来たまえよ。皆喜ぶだろう、歓迎しよう」

 

 老人が右手で建物の入り口を指した。僅かにそよぐ風に乗って、重苦しい獣の臭いが漂ってくる。それに、刺すような鉄の臭いも。

 建物へと続く石畳を一段一段登るたびに、なにやら足元を蠢く気配を感じる。それらの姿は見えなかったが、ハリーは確かに歓迎されていると確信し心がはずむ。

 ふと見上げた空は星も見えぬ夜空だったが、何よりも大きな満月が印象的だった。

 

 ハリーがはじめに立っていた場所から建物まではとても近くであったはずなのに、入り口へと到着したころにはすっかりヘトヘトに疲れていた。まるで登山でもしたかのようだ。

 建物の中はハリーの予想とは違い、教会といった様子ではなかった。作業台のようなものが2つほどあったり、棚の中には見たこともない器具や奇妙な瓶詰めが並んでいる。まるで職人の工房のようだ。

 そんな室内のちょうど真ん中に、妙に小さなテーブルがひとつちょこんと置かれている。奥側には先程の車椅子の老人がいて、彼の左側にはえんじ色のドレスを纏う美しい女性が立っている。そして手前側には肘掛け付きの椅子が一つ置かれていた。

 

「ごきげんよう、ご友人様」

「悪いなこんなもので。なにせ此処はただの作業場、客人など滅多に来やせんのさ」

「あ、いえお気遣いなく・・・」

 

 ハリーは椅子へと腰掛ける。テーブルには紅茶が二人分だけ用意されていた。老人がそのうちの一つを手に取り、ゆっくりと口をつけた。浮かぶ香りはとても柔らかで、紅茶になど縁のないハリーにも良い香りだと思わせる。味もよいのだろう、老人があぁ、と旨そうに声を漏らしている。

 ハリーは紅茶に手を付けなかった。

 

「いつも狩人様がお世話になっております」

 

 女性は真白い花のような美しい声色でハリーに語りかける。その肌や瞳はなんだか作り物めいていて、それなのに声は確かに湿り気を帯びている。ふと彼女の指先を見ると、まるで人形のような節が見えた。それを確認して、ハリーはなるほど、と胸をなでおろした。

 

「いえ、いつも僕ばかり助けられていて」

「いやあれも君に助けられているさ。自分で決めたくせに、慣れないことばかりですぐに泣き言をいいそうになっておる」

 

 老人の言葉がハリーには信じられなかった。だって彼はいつもとてもしっかりしていてーーー彼?誰が?

 遠くで、ハリーを呼ぶ声が聴こえる。

 

「僕、帰らないと」

「もう時間かね」

「授業が始まっちゃう。ホグワーツはどっちですか?」

 

 老人のしわくちゃの手が、ハリーの背後のずっと先を指さした。目を凝らすと墓石が並び立つ暗闇の先に、青白い光が見える。ホグワーツだ。

 

「気をつけたまえよ、君。まだ何も知らないのだろう」

「ありがとうございます、それじゃあ僕はーー」

「さようなら、ご友人様」

 

 ハリーは転がるように建物から飛び出した。急がなくては、なにか良くないことが起こる気がする。

 来たときはとんでもなく長く感じた階段は、今度はとんでもなく短くなっていた。ハリーの足が三回動いた頃にはすっかり階段は終わっており、そこからさらに五歩も進めば暗闇の奥に見えていた光が目の前へと迫っていた。

 光の正体はランタンだった。地面からつきでる腰ほどの高さの棒にひっかかる、こぶりなランタン。その中心から月の光を集めて固めたような青白い光があふれ出ている。

 そっと触れると、ハリーの体がもろもろと崩れ、浮き上がり、光に包まれ、そして真っ暗になった。

 

 そして目覚めた時、ハリーは何にも覚えていなかった。

 




感想ありがとうございます
口下手なんで返信はひかえさせていただきますが、喜んで熟読しております

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