ガンダムSEEDを設定から再構成・再構築してみた 作:こうやあおい
壊すなよ、とデューイから念を押され苦笑いでごまかしつつアカネはアストレイに乗り込んで本番の戦闘さながらにオペレーターの誘導を受け、カタパルトから出撃した。
アストレイのモニターがすぐ前方の黒い機体、ブリッツを捉える。
「悪いわね、ニコル」
「いえ……しかし、危険では?」
「艦隊戦の話、君も聞いたでしょ? 模擬戦もやらずにいきなり実戦なんて賭博、打てないわよ」
「それは、仰るとおりだと思いますが……」
お互い映像通信で軽く会話を交わし、アカネはキュっと表情を引き締めた。
限りなく実戦に近い形で一度アストレイのテストをしたい。
それがアカネのクルーゼへの申し出の一つだった。
いきなり実戦投入などどう考えても不可能だ。とても正気の沙汰とは思えない。いくら命令とは言えアカネとしては承知しがたく、ずっとテストできる機会を窺っていたのだ。
できれば相手役はアストレイと設計コンセプトの近いデュエルに頼みたかったが、アサルトシュラウドを装着すると言ってきかないイザークの要望で目下デュエルは修理及び改造中。ならばアカネとしてはシールドを持たないバスター以外ならどの機体でも構わない。パイロットはニコルを指名すると決めていたため、そのままブリッツを指定したのだ。
「ポルト隊長以下ツィーグラのクルーも見てるんだから……手は抜かないでね」
「え? え……あの」
「赤の実力、見せて貰うわよ」
「アカネさん!」
プツ、とそこで通信を切られてニコルは少々戸惑っていた。
アストレイと模擬戦をやれ、との指示で出撃してきたものの、あまり快い任務ではない。
全パイロットの中からアカネは自分を指名してくれたのだから、その信頼に応えなければとは思うもののアカネに刃を向けるのはニコルには抵抗があったのだ。例え訓練といえども、だ。
アカネの言うこともむろん理解できる。テストも行わずにいきなりの実戦というのがいかに不安かはよく知っているつもりだ。しかし、アカネの実力は未知数なのだ。加えてアストレイの装甲はフェイズシフトではなくどちらかと言えば脆い。
手を抜くな、と言われても手加減するのが道理だろう。まして下手を打てばアカネに怪我を負わせてしまうかもしれない、と操縦桿を握るニコルの手が汗ばむ。
アカネがわざわざニコルを指名したのにはいくつか理由がある。
現パイロットで最も信頼している。ということもあるが、何より彼自身の能力を評価してのことだ。アカデミーでのモビルスーツ戦の成績はイザークの方が上ということだったが、実戦を見た限りアカネはパイロット能力はニコルの方が抜けていると感じていた。
そして最大の狙い。それはポルト隊も加わった今のクルーゼ隊全員に自分の実力を見せつけること。
ザフトはある意味では実力至上主義なのだ。ゆえに、実力さえ示せればこちらのもの。
自分の実力で今のニコルに勝てるとは考えていないアカネではあったものの、「ザフトレッド」かつ「アカデミーのナンバー3」を相手に善戦すれば大方のザフト兵はある程度認めてくれるだろう。戦闘においても行動しやすくなるに違いない。
頭の回転の速いニコルならば、この自分の考えに気づいて立ち回りを合わせてくれるはず──、という狙いがあるのもアカネが彼を指名した理由の一つだった。
「良いデモンストレーションだな」
クルーゼはヴェサリウスのブリッジからアストレイとブリッツを眺めつつ、おかしくてたまらないとでも言いたげに喉奥から低い笑みを漏らした。
「しかし……もし事故でも起こればどうするおつもりで?」
「承知の上なのさ、特尉は。余程ニコルを信頼しているのだな」
「ハァ……ですが、特尉はそれで良くとも万が一ニコルの方に何かあれば」
「構わんよ。ここで失態を犯すようならそれまでの実力だったということだ」
艦長席から零すアデスを一蹴し、クルーゼは「お手並み拝見といこうか」と小さく呟くと再びモニターを見上げた。
アカネはアストレイ背中のビームサーベルに手をかけた。
デュエルの予備パーツからビームサーベル2本とグレネード内装のビームライフルを補充し、アストレイは武装もそれなりのモビルスーツへと進化していた。
「頼むよ、アストレイ!」
機体に声をかけ、強くフットペダルを踏み込んでブリッツへ向かう。
最初の一打は緊張と高揚のせめぎ合いだ。振り下ろしたビームサーベルはブリッツのトリケロスに阻まれて軽く火花が散った。事実上、それが戦闘開始の合図となり両者バッと離れて間合いを取る。が、間髪入れずアカネは間合いを詰めた。お互い接近戦特化の機体なのだ。距離を取っていても意味がない。
アストレイ最大の利点は小回りが利くこと。そのまま格闘戦に持ち込むフリをして飛び込んだ懐から急速に上部へ展開し、アストレイは宙返りをするような動きでブリッツ背のスラスター辺りに思い切り蹴りを入れた。
「──ッ!」
が、その反動にアカネは思わず呻いた。
フェイズシフトを持たないアストレイとフェイズシフトを展開しているブリッツの外装強度の差。言うなら鉄骨をグーで殴って逆にダメージを負ったようなものだ。チッ、と舌打ちしてビームサーベルを再び抜けばブリッツも素早く反転してトリケロスの先からビームサーベルを出してきた。
互いに競り合い、バチッ、と鍔迫り合いのたびに振動が伝わる。だが、剣戦ならお手の物だ。アカネは青眼から振りかぶり、眼前の黒い機体に鋭い視線を向けた。
「いくらモビルスーツ戦でもね、白兵戦で、剣技で、負けるわけにはいかないのよッ!」
「うわッ……ちょ、アカネさん」
鍔迫り合いになれば、単純計算ではアストレイが有利。なぜならブリッツはシールドとビームサーベルが一体化していて手駒が少ないからだ。
案の定ニコルは防戦一方に追い込まれた。しかし、その理由は機体性能差によるものではない。ニコルとしてはトリケロスでアストレイの攻撃を抑えつつ力任せに振り払えば有効打を与えられるという確信はあった。が、反撃に出ればアカネを傷つけてしまうかもしれないという不安を拭い去る事が出来ないでいたのだ。
こういう考えは相手に失礼なのだろうと分かってはいても、躊躇してしまう。しかし──。
「手、抜かないでって言ったじゃない! 君の実力はこんなものじゃないはずよ!」
やはり受け流している事を悟られたらしく、アストレイからブリッツに通信が入ってきた。
「し、しかし……」
「そんなんじゃ、公衆の面前で私に負けるわよ」
モニター越しにアカネに睨まれて、一瞬怯む。見たこともない鋭い目線だ。本気だ、という威圧感が伝った。
ナチュラルだから、女性だから彼女を見下しているということは決してない。
もしトリガーを引いて、コクピットにでも当たれば──とそれが怖いのだ。
「私は本気で行く。落ちても恨まないでね、ニコル。私も、君に落とされても恨まないから」
「え……?」
言うが早いか、通信が切られた直後にアストレイはライフルを腰から抜き取っていた。
ポーズではない。撃ってくるつもりだ。
「くっ──!」
その第1射をシールドで受け止めて、ニコルはロックされないように回避を図った。
訓練、と称した以上アストレイ装備の武装は全部試してみるつもりなのか、それとも本気でブリッツを落とすつもりなのか。微かに動揺しながらもニコルはブリッツの機動力を活かしてアストレイのライフルを避けていく。
アカネはむろんブリッツを本気で落とそうなどと考えているわけではなかった。
どちらにせよ実弾の効かないフェイズシフトだ。ブリッツを落とすにはビームライフルをコクピットに直撃させるか、ビームサーベルをコクピットに突き立てるしかない。
ライフルは威嚇と実験を兼ねて撃っているだけだ。ニコルの腕なら回避くらいはたやすいだろう。
そもそも、とアカネは口をへの字に曲げた。
「照準甘いなぁ、もう!」
ライフルでの攻撃となるとキーボードの操作が忙しくなって戦いにくい。加えて距離を取って戦うのも性にも合わない。アカネは眼前に出した照準モニターを睨みながら眉間に皺を寄せる。
ニコルは逃げるのみで、自分から動こうとはしていない。困ったことだ。反撃してくれなければアストレイ自慢の回避能力がシミュレーション通りいくのか試せない。
これがイザークだったらこちらに気兼ねすることなくライフル連射でもしてくれるだろうに──、イザークを選ぶべきだったか? いや、それは危険だ。模擬戦とはいえ短気な彼が我を忘れれば本気で殺されかねない。だからこそ冷静なニコルを選んだのだ。
しかし、逆に冷静さが仇になって先ほどから挑発しているというのに上手く乗ってくれない。このままでは訓練にならない。実戦となれば割と好戦的だと読んでいたニコルだというのに──何をあれほど躊躇しているのか。アカネには解せなかった。
『ここにいてください。その方が僕も安心です』
先の戦闘でアストレイは出せないと知ったとき、心底安堵したような表情をしていたニコル。やはり自分は戦力にならないどころかマイナスだと思われているのだろうか? 指示を出せば、よくきいてくれていたというのに。
「私の指揮には従えても背中は預けたくない、ってことか」
もしそうなら軽く屈辱だ、とアカネはモニター越しにブリッツを睨み付けた。
いくらエリートとはいえ開戦後に志願したようなルーキーの、あんな少年にそんな風に思われていたとしたらやりきれない。まして、これから共に戦おうと言うのに。
ともかく、だ。ニコルを含めて全員に今ここで自分の実力を示さなければならないことは変わらない。
「だったら……そんな余裕、なくしてあげる!」
腰にライフルを収め、アカネは二本のビームサーベルに手を掛けた。
二刀流は趣味でなかったが、この際仕方ない。一気にバーニアを噴かせてブリッツを目指し、仕掛ける。
「これで──!」
左腕から袈裟蹴りの要領でアストレイは斬撃を繰り出した。
ブリッツはトリケロスを横向きに展開して受け止めたが、こちらは二刀流。すぐに右腕から突きを入れる。
「どうッ!?」
ニコルは反射的に機体を捻って突きを避けた。が、隙の生じた脇腹にアストレイは間髪入れず回し蹴りを入れてくる。
「ぐッ──!」
見事に入り、ニコルは顔を顰めながら操縦桿を握り締めた。
「甘いッ!」
アストレイは攻撃を止めることなく頭部のバルカンを放ち、思い切りブリッツに多数の弾丸を浴びせた。
フェイズシフトで守られているとはいえ、至近距離での砲撃による衝撃はかなりのものだ。
「く……こ、の……ッ!」
ニコルはたまらずレーザーライフルのトリガーに手をかけた。
ふ、とアカネは狙い通りのブリッツの反応に口の端を上げながらかわし、間合いを取る。
ニコルはハッとする。バルカンを逃れるためにライフルを撃ってしまったのだ。慌ててモニターを確認すると無傷のアストレイが仁王立ちでサーベルを携えており、ホッと胸を撫で下ろす。避けてくれたのか──、と安堵した次の瞬間。ニコルはやや戦慄して生唾を飲んだ。
──避けられたのだ、と。
アストレイはまるで仕切り直しを迫るかのように無言で佇んでいる。
ただ目の前に居るだけだというのに言い表しようのない迫力を覚えて、ゾクッ、とニコルは背中に緊張を走らせた。
「なんだ……この威圧感は……」
モビルスーツ越しにも伝わる、これは間違いなく殺気だ。まさかアカネから感じるのか──? とニコルは目を瞠った。戦場でモビルスーツに乗っているとあまりその手の類を感じる事はないというのに、なぜ彼女からそんな物を感じるのか。
『私は切り込み隊長みたいなものだから』
『これが白兵戦だったら負ける気はしないもの』
アカネはあまり自分のことを話そうとはしなかったが、端々に戦闘への自信を見せていた。
ショーンもアカネのことを一芸に秀でた能力を有する特殊機関所属だ、とは言っていた。が、射撃の腕を見る限り射撃に特化しているとは思えず、イザークに銃口を向けられてさえ怯まなかったアカネの行動は肝が据わっているというよりは命知らずなのかと思ったりもした。
しかしながら、一つ気づいていた事がある。
アカネの掌は、何らかの武器を使い込んでいると主張するかのように堅いのだ。
クルーゼがわざわざアストレイを任せたくらいなのだから、よほど何かの能力に長けているのだろうとは予測できる。
しかしそれはあくまで予測。予測と自分の中のアカネがどうにも重ならない。ニコルにとってのアカネは、初めて顔を合わせたときに思わず全神経を奪われた程の美しさと、時おり見せる不安げな表情のイメージの方が大きかった。
「アカネ……さん」
気圧されそうな程の威圧感で、"今度はそちらから来い"とアストレイは無言で迫っている。ニコル自身の思いとは裏腹に、アカネが一戦士としての対峙を望んでいる事は明白だ。
『私は本気で行く。落ちても恨まないでね、ニコル。私も、君に落とされても恨まないから』
『そんなんじゃ、公衆の面前で私に負けるわよ』
アストレイを落とすなど冗談ではない。仮にポルト隊の前でアカネに負ける屈辱を受けたとしても、彼女が安全であるならば自分は迷わず負けを選ぶ。だが、負けを宣言してどうなるというのだろう? これは模擬戦なのだ。模擬戦のあとには途方もない実戦が控えている。それこそ命がけの、だ。十分なテストを行えず前線に出れば、その弊害はそのままアカネの身に降り注ぐかもしれないのだ。
「ここで引けば……結局彼女が困る事になるのか」
そうなってから後悔しても遅い。何より自分を選んだアカネの信頼にも応えなければ。──錯綜する心情の中で、ニコルはグッと瞳を瞑って大きく息を吐くと、決意したように仁王立ちのアストレイを真っ直ぐ見据えた。
「もしあなたに傷一つでも負わせたとしたら。責任……取りますから」
呟いて、そして力強くトリケロスからビームサーベルを取り出す。
ようやくやる気になってくれたか、とアカネは口の端を上げた。
左手のビームサーベルを背に収めて二刀流を止め、一本のビームサーベルを構えてバーニアを噴かすとブリッツもサーベルを振りかざして加速してきた。
互いに負けじと加速する2機は擦れ違いざまに切りを結び、ビームの弾ける感触を確かめる間もなく反転する。
すかさずライフルを撃ってきたブリッツの攻撃をアストレイはするりと避けた。
予想外にすんなり動けてアカネは目を見張った。──思った以上に動かしやすい。手に馴染むアストレイの感触。驚くほどに相性が良いらしい。くるりと機体を回転させながらアストレイは再びブリッツの懐に入った。
「あの機体、誰が乗ってるって?」
「黒い方はニコル・アマルフィ。白い方はニホン自衛軍の将校……それも女って話だが」
ポルト隊ローラシア級・ツィーグラでもモニターの至る所で模擬戦の様子を捉え、ブリッジクルーは興味深そうに戦闘の様子を見守っていた。
「ガモフが救助したってヤツ? 第8艦隊相手に一人でもパイロットが欲しい状況だから取った措置って話だが、所詮ナチュラルだろ」
クルーゼの工作通り、アカネはガモフが救助したという事になり、同時に発見された機体・アストレイに同盟軍規約を行使して搭乗することとなったという嘘の話が伝わっていた。
「でも、あのニコル相手に切り結んでるぞ、見ろよ」
ニコルとて伊達に赤を着ているわけではない。ユーリ・アマルフィの息子としてだけではなくニコル自身の実力もザフトでは知れ渡っている。そのニコル相手にそれなりに戦えれば共闘することに文句は言わせない、というクルーゼとアカネの目論み通りの反応を、渋々ながらポルト隊の隊員達は見せ始めていた。
ガモフの方では既にアカネとは同僚のような感覚を持っていたため、みな純粋に初めて見るアカネの戦闘に見入っていた。
「へぇ……やるもんだね、特尉」
「なーにお前、アカネの味方なわけ?」
「どっちの味方でもないな。ま、同室のよしみで若干ニコルを応援……かな」
冗談めかしてくるディアッカと、ジロリと片目で睨んできたイザークの視線を受け流してショーンは頭の後ろで手を組んだ。
クク、と笑いながらディアッカも再びモニターを見上げ、思い切りサーベルを振りかざすアストレイが目に入って一瞬頬を引きつらせる。先日のいざこざの際、イザークにナイフを突き付けながら迫って口元に笑みを湛えていたアカネの表情が蘇ったのだ。
アカネは高鳴る鼓動を感じながら、懸命にゾクゾクと自分を襲う高揚感を抑えていた。
イザークを相手にしていた時も、せっぱ詰まった状況の中で戦闘そのものを楽しんでいた自分がいたことを思い出す。本能、と言ってしまえばそれまでだが本能は理性で抑えてこそ。とはいえ今は模擬戦。相手にも不足はない。ギリギリまで戦いたい、と腕が武者震いに戦慄く。
「挑戦者ってのも悪くないわ、ね!」
腕の劣る自分はまさにチャレンジャーであろう。どちらかといえば挑戦を受ける立場だったアカネは向かっていく感情の高鳴りのままブリッツへ突っ込んだ。格闘に持ち込めばフェイズシフト相手に力負けするものの、大分慣れてきた。
アストレイはレバーのちょっとした動きを敏感に感じ取って各部の操作が出来る。より擬人化、人と一体化しているという点ではキーボードで細かい制御を行う他のガンダムより勝っているだろう。そんなアストレイの特性が、より生身に近い感覚で戦っているような錯覚をもたらしている。
しかし戦闘に気を昂らせながらも、アカネは当初の目的を忘れてはいなかった。
戦いの中で理性を保つための優先順位は明確にある。自分はニホンの、それも軍の人間だ。祖国の安全と命令こそが何よりも優先されるべきであり、この場で自分が無様な戦いを晒せば「ニホン自衛軍も大したことはない」とレッテルを貼られかねない。
ザフトと同盟を結ぶにあたって貢献した一人だという自負もあるのに、それではお笑いだ。生き延びろというクルーゼの難題を乗り切ったとしても、とても祖国の地を踏めそうにない。
それに──と思う。私はアカネ・アオバだ。あの国の、そしてナチュラルの……と一瞬だけ眉を寄せてから再び表情を引き締めた。
俺を誰だと思っている!? そう激昂していたイザークの心情は良く理解できる、とアカネは手を休めることなくブリッツの至る所にサーベルで連打を繰り出した。しかし上手く切り返され続け、軽く舌を打つ。
やはりモビルスーツ操縦ではニコルの方が勝っている。余裕からだろうか、彼はミラージュコロイドをまだ一度も使っていない。ライフルでさえほぼ使わない。
とはいえ、ブリッツには付け入る隙がある。エネルギー残量数だ。
アストレイはフェイズシフトを持たない分エネルギー消費率が低く、このままビームサーベルでの攻防を続けていればエネルギー切れを先に起こしたブリッツは白旗を揚げなければならなくなるだろう。
その事にはニコルも当然気づいていた。
そうなる前に決着を付けなければ、と焦りも生じていた。
サーベル戦では少なからずアストレイが有利で、早急に決着を付けるにはこのまま接近戦を続けていてはいけない──と、眼前の機体を鋭く睨む。
「お見せしますよ、赤の力。──お望み通りに!」
トリケロスでアストレイのサーベルを強度最大で横に払うと、一気に上部へ展開してブリッツは距離を取った。サーベルを収めてトリケロスを一直線に構える。レーザーライフルを撃つ構えだ。
コクピットに小型の照準モニターを出しながらニコルは考えた。手足を狙えばアカネを傷つけることはないだろう、と。
なるほど接近戦を嫌ったか、とアカネは解釈した。
逆にチャンスだ、と目を細める。ライフルさえ避ければ一気に間合いに飛び込める。すればブリッツは対応に遅れ、アストレイの勝ちは確定するだろう。
アストレイは隙あらば距離を詰めようとし、その都度ニコルは引いて間合いを保った。
距離を取って勝負を付けたい自分。接近戦でケリを付けたいのだろうアカネ。
「なぜ……?」
思わずニコルは歯がみをした。大人しく引き下がって、早く白旗を揚げてほしい。自惚れではなく自分のほうがアカネよりパイロットとしての自力は勝っている。それが分からないアカネでもないだろう。もう十分にアカネ自身の力も皆に見せたはずだ。テストとしても十分だろう。なのになぜ諦めてくれないのか?
額に汗を浮かべながらも、ニコルはアストレイに狙いを定めた。
腕に自信はある。
コクピットには絶対に当てないという自信と共にニコルはレーザーライフルを連射した。
しかしアストレイはひらりとかわし続ける。目を見張る動作だ。アストレイの動きは常軌を逸している。高速移動する物体にライフルを当てるのはそう容易でないのだが、それでもあまりに速い。
アカネ自身も驚いたようにコクピットで一人ごちていた。
「高機動自慢のブリッツさえもアストレイの前じゃ形なしってことね……!」
クルクルと回転しながら、なおも撃ってくるライフルの雨を避けて自嘲気味に笑う。
「ま、私の力じゃないから自慢できないけど」
だが、つくづく自分は攻撃に対してカンが働くのだともアカネは思った。全方位からの攻撃も宇宙空間も慣れていないとはいえ、経験から身体が致命傷だけは避けるように動いてくれる。元々動体視力は並以上という自負もあり、ブリッツの動きは大体捉えられる。エース級のパイロットに比べれば空間認識力は劣っているかもしれないが、感覚がそれをカバーしてくれる。
「よし! 良いぞアストレイッ!」
ヴェサリウスのハンガーでもこの模擬戦の映像を捉えており、ブリッツの放つ閃光を華麗にすり抜けていくアストレイの様子にデューイはガッツポーズをして見入っていた。
乗っているのがナチュラルだろうが、自分の整備した機体は可愛いものだ。アカネのアストレイ、いや自分のアストレイがエース機に善戦しているのが妙に誇らしい。
機動力勝負をすればアストレイに敵わず、全ての攻撃を避けて迫るアストレイにニコルは徐々に余裕を無くしていった。
懐に入ってきたアストレイがアサルトナイフを繰り出してくる。
「そんなものッ!」
ストライクと同じ戦法だ、とニコルはアルテミスでのストライクとの戦闘を蘇らせながら寸でで避けた。しかし、その後の対応は予測されていたのだろう。アルテミスの時と同様に腕を掴んでやろうとするも、逆に反対側の腕をアストレイに阻まれてしまう。
「なるほど、さすがに良い読みだッ!」
戦闘データを研究していたアカネは自分のするだろう動きを予測していたのだと悟るも、思い切りアストレイの両足にコクピットを蹴られてニコルは呻きながら短い間合いを取った。
アストレイはすかさずまたアサルトナイフで突撃してこようとする。く──、とニコルは顔を歪めながら、ついに使用を躊躇っていたミラージュコロイドを展開した。
え、とアカネのみならず全ての観戦者が息を呑んだ。
視界からもレーダーからも突如消える。これほど奇妙なものはないだろう。
アカネも今の場所から飛び退いてブリッツの出方を窺った。実戦なら消えた位置と予想進路にビームライフルを撃ち込むところだが、模擬戦でその危険は犯せない。
緊張がアカネの背に走る。
「確かに、イヤな機能ね」
味方側からの視点で便利な機能だと見ていたが、敵だと思えばそら恐ろしい。その機能を知らなければ、気づかないうちに背後を取られて終わりだからだ。いや知っていてさえ、どこから攻撃してくるか分からないプレッシャーと常に戦わなければいけないのだ。これほど厄介な敵はいないだろう。
アカネは全神経を研ぎ澄まさせ、集中した。
向こうがライフルを使えばモニターがトリガーを引く際に熱源を察知してくれる。すぐに反応し、避ければいいのだ。とはいえ宇宙は全方位。あまりに守備範囲が広い。少なくとも地上であれば全方位をカバーする必要はないというのに、と宇宙に不満を覚えつつも自然と口の端があがってくる。
ギリギリの緊張感がたまらない。
しかし、それも束の間。
「! ──後ろ!?」
右後方に微かな熱源を察知し、アカネは反射的にアストレイを捻ってシールドを翳した。ライフルでの攻撃だと思ったのだ。
「ッ──!」
その判断ミスに、しまった、と感じたときには既にアストレイは右腕をグレイプニールのクローに掴まれ、勢い良く引っ張られて機体ごと強制的にブリッツへと引き寄せられていた。
突然違う方向へ揺さぶられた反動に耐えながら、アカネは精一杯の抵抗のため弾幕よろしく頭部のバルカンを手当たり次第に打ち込んだ。
ニコルとしては、その反抗が気に入らなかったことだろう。なぜなら、引きつけて蹴りの一つでも入れてから降参を促そうと目論んでいたからだ。
トリケロスを翳して弾雨を凌ぐも、全てコンマ単位の出来事。引き寄せたアストレイをコントロールできずに胴体同士がぶつかるという事態を招いてしまった。
接触による物理的負荷が両機体にかかり、両者コクピットでレバーを強く握りしめ、歯を食いしばる。お互い、終戦が近いと感じたのだろう。両者が両者、ビームサーベルを取り出して切りを結んだ。
「そろそろ──」
「終わりにしましょうか!」
バチッ──、と熱粒子が激しく飛び散り、ブリッツとアストレイが睨み合う。
ニコルはバーニアを噴かせて受け止めたアストレイのサーベルを押し戻した。しかし、アカネも手練れ。逆にアストレイは押された反動を利用して横薙へと変換してくる。ニコルは素早くトリケロスを縦に展開して受け止めるも、アカネもそれは予測済みだったのか再びバルカンで威嚇してアストレイはアサルトナイフに手をかけた。
が、先ほど鬼のようにバルカンを撃ったツケが回ってきたのだろう。
「──弾切れ!?」
弾が底を付いた事にアカネは一瞬動揺した。やばい、と自ら生んだ隙を埋めるようにブリッツ太ももあたりを蹴り飛ばす。そしてもう一度左手のアサルトナイフをブリッツに突きだした。フェイズシフト相手にナイフなど効かないとはいえ、間接ならば割れると思ったのだ。
「甘いですよ! そう何度も同じ手などッ!」
しかしニコルはアカネがやりそうな攻撃は読んでおり、グレイプニールを明後日の方向に射出してからそのままアストレイの左腕を掴み攻撃を阻む。だがアストレイは阻止された際のことも考えていたのだろう。すかさず右手に持っていたビームサーベルを超至近距離から繰り出してきた。とはいえニコルはそれさえも読んでおり、布石として射出したグレイプニールのクローにアストレイ頭部を鷲づかみさせ、強制的に退けさせた。
アカネは当然、ギョッとした。
まずい。左足を蹴り上げてトリケロスを払う。同時に頭部を掴んでいるクローの有線をサーベルで断ち切ろうとした。が、寸前でニコルはアストレイを解放し、残ったのはサーベルを振り上げたためにコクピットに隙が生まれたアストレイの姿だ。アカネが頬を引きつらせたのとブリッツが思い切りコクピットに膝蹴りを入れたのはほぼ同時だっただろう。
直接コクピットに負荷を加えられればかなりの衝撃で、回復までにはやや時間が必要だ。
「ぐっ……ッ!」
案の定、アカネはコクピットで呻いていた。
脳天を揺さぶられたような感覚の中でフットペダルを踏み、アカネは何とか機体を安定させて頭部バルカンを撃とうと手を伸ばす。が、生憎の弾切れだ。ブリッツからの熱源を感じる。攻撃準備か? シールド展開は間に合わない。だがここで退けない──、と持ったままだったサーベルを構えた。
何とも諦めが悪い。ニコルはいっそ感心すら覚えて瞠目しつつ、思い切りアストレイ右手の鍔元を振り払った。
「くっ──!」
一本潰されてももう一本ある。間合いさえ取れればまだ勝機は──、と機体を引いた瞬間。アカネは目を見開いた。ブリッツがまるで特攻でも仕掛けるかのごとく加速してきたのだ。トリケロスを横倒しにし、サーベルを真横に出している。
サーベル? 抜く間がない。シールド? いや無理だ。
かわせない──、と歯がみした刹那、熱線が迫りアカネの頬を汗が伝った。
ピタ、とコクピットギリギリでニコルがブリッツの加速を止め、短い沈黙が静寂の宇宙空間に流れた。
アカネは一度瞬きをして、少しだけ悔しげに眉を寄せる。そしてフッと肩の力を抜き、ブリッツと周りの艦との映像回線を開いた。
「まいったわ。さすがね、ニコル」
モニターのニコルにアカネが微笑みかければ、ニコルはほんの少し息を荒げていた表情を微かに緩めて軽く首を振った。
熱戦の終結にヴェサリウス、ガモフ、ツィーグラはそれぞれに沸いていた。
「わざわざ回線開いて敗北宣言かよ、わっかんねーな」
イザークの時は恐ろしい表情で勝利宣言していたというのに、とディアッカがお手上げのジェスチャーをしてみせる。
「でもなかなか良い戦いだったな。やっぱアストレイの機動力は驚異だよ」
「フン、あんな臆病者に負けるようなヤツなど……」
「お、なんだイザーク、まるで特尉に勝って欲しかったような物言いだな?」
ショーンが頭の後ろで手を組んだままイザークに視線を流せば、イザークは無言で睨み返した。
ヴェサリウスに帰投したアカネはハンガーにアストレイを収めると、ふう、と息を吐いてヘルメットを取った。ふわりと髪が浮き、ほんの少し疲労感を覚えながらコクピットを開く。
瞳にまず、手を差し出すデューイの姿が映った。
驚いて僅かに目を見開きつつも、素直に手を取りコクピットから出るのを手伝って貰うと先にデューイが口を開いた。
「どんな具合だ?」
「とても動かし易かった。でもちょっとライフルの照準が甘いみたい、調節し直してもらえる?」
デューイは、分かった、と頷く。
機体の様子についていくつか言葉を交わしたあと、ハンガーの外へ向かおうとしたアカネになおもデューイが声をかけてくる。
「ニコル相手にあそこまでやるとはな。……ま、これも俺の腕が良かったって事だな」
振り返ったアカネは「負けたけどね」と肩を竦めつつも小さく笑った。デューイなりの誉め言葉なのかなんなのか。感謝している、と礼を言ってアカネはそのままハンガーを抜けていった。
ガモフの方ではショーンがニコルを労うために更衣室兼待機室を目指していた。中に入るとニコルは既に帰投して着替えている最中であり、声をかける。
「お疲れ。見応えあったぞ」
しかしニコルは何となく浮かないような複雑な表情をしていて、疑問を感じたショーンは首を捻った。
「どうした?」
白いブーツに足を入れながらニコルは眉を寄せた。
「"これで少しは認めてくれた?" と言われました。私は軍人なんだから余計な気を回すな、とも」
「は……?」
キュ、とニコルが唇を結ぶ。
模擬戦の後、アカネと通信機を介して少し話をしたのだ。開口一番に言われたことは、一パイロットとして共に戦う気になってくれたか? という事だった。
ニコルとしては予想もしていなかった事だ。
先の戦闘でブリッジにいて欲しいと言ったこと、模擬戦で力を出すのを躊躇していたことをアカネは自分の力が不足しているから見下げられていると捉えていたのだ。
とんだ誤解だ、と視界が霞みそうになった。
すぐさま弁明すれば、次は自分は軍人なのだからあらゆる事態は覚悟済みだと言わんばかりに軽く一蹴された。私は軍人だ、と。そして今に至る事を手短に話して、ニコルはショーンを見上げた。
「でも……やはり僕たちとは違うと思いませんか? 彼女は、女性なんですし」
ショーンはその必死な目線にキョトンとし、思わず噴出しそうになった。が、ニコルのあまりの必死さに何とか笑みを殺して片腕を後頭部へやった。
「そりゃ……特尉も屈辱だろうな」
ニコル達のような子供がモビルスーツに乗っている事が痛ましく、出来れば守ってやりたい。自分がアストレイに乗ることで少しでもそうなればというアカネの心情は以前本人から聞いていたショーンだ。それなのに正反対の事をその張本人であるニコルに言われれば言い返したくなるのもさもありなんだろう、と内心苦笑いを漏らすしかない。
「でもなニコル、アストレイの件は隊長命令だ。特尉にしても何かしら事情があってだな……」
「それは分かってますけど……。現にアカネさんの腕はなかなかのものでしたし。でも、やっぱり不安で」
ニコルは腰の特徴的なベルトのバックルをカチリと留め、襟元を詰めながらボソリと呟く。
「僕は……彼女に何かあれば責任は取るつもりだったんだ」
その一言に、ついに耐えきれなくなったショーンは思い切り噴飯した。
「そ、そりゃ怒るだろうな。お前、特尉はお前達より大分軍歴も上だろうにその言いよう! それに、戦場に出りゃ男も女もないさ」
「言ってませんよ、そこまでは!」
そういう覚悟だっただけです、と睨まれ笑いを収めたショーンはロッカーを閉じるニコルの横顔を見て微かに眉を寄せた。どうもいつもと様子が違う。妙に張りつめ、思い詰めたような瞳をしている。
「責任、って……。お前……まさか」
ハッとしたショーンは、トン、とロッカーの壁に手を付いた。真剣な面持ちで、ニコルを見下ろす。
「それは無理だぞ。分かってるだろ?」
ピク、とニコルの眉が僅かに反応した。ほんの少し哀しげに瞳を揺らした後、ふふ、と普段通りの柔和な笑みがショーンを見つめる。
「僕、ショーンには凄く感謝してるんです。だから、ありがとうございます」
急に礼など言われ、ショーンはあっけに取られて拍子抜けしたままに腕を頭の後ろに回して肩を竦める。
「何の礼だか」
「色々と」
言いながら二人はどちらともなく肩を並べて更衣室を出た。
肩を並べて無重力の空間をふわりと前方へ移動しながら、ショーンはサラリと流れる自分の短髪を目の端で捉えつつフワフワ浮いているニコルの巻き毛を見やった。
「ま、時代はどんどん流れていくもんだしな。今は無理でも、どう行き着くかは分からないか」
「ショーン……」
淡々と、それでいて励ますような物言い。
ニコルはショーンの方へ顔を傾けると、ふ、と大きな瞳を細めてから噛みしめるようにゆっくりと閉じる。
「ありがとう」
「だから、何の礼だよ」
首を捻りつつもショーンも笑みを浮かべて、グン、と右折するために体重移動を図る。
「さ、俺も張り切って働くとするか。どんな時代でも金は必要だからな」
いつもの調子で言いつつも、彼の瞳には迫る艦隊戦への緊張も滲ませており、二人は刹那の休息のために肩を並べたまま部屋へと向かった。
クルーゼはヴェサリウスのブリッジで満足そうに「模擬戦の映像データをラコーニ隊と評議会提出用に管理しておけ」と指示を出していた。
「使えそうですね、アストレイは」
戦闘を見守っていたアデスもホッと息を吐き、そして意外そうに呟いた。
「特尉は……サンプルデータでも数値がずば抜けているのはサーベルによる近接格闘で、特殊歩兵要員だと聞かされていましたのに。まさかああもモビルスーツを使えるとは」
「データはあくまで目安にしかならんという事だよ。彼女は実戦でこそ力を見せるタイプだ。それに、戦場にも飢えているだろうからな」
フ、と艦長席の後ろで不適な笑みを零しつつ引き続き索敵も怠るなと告げると、クルーゼはその場をアデスへ任せてブリッジを出た。隊長室に戻り、帰投したアカネと話をするためだ。廊下を進んでいくと、軍服に着替えたアカネが隊長室の扉の横で腕を組んで佇んでいる姿が目に入り思わず口の端を上げる。
「構わんよ、好きに出入りしてもらっても。以前そう言っただろう?」
声をかけ、扉を開けて中へと促せばアカネはほんの少し顔を顰めてからそれに続いた。
さて──とアストレイの操作具合を訊かれて、アカネは浮いた自分の髪を耳へかけながら一通りの報告をした。
話しながら模擬戦でのニコルの様子を思い出し、僅かに眉を寄せる。
結局最後まで手加減されっぱなしだった。しかし手加減されたままでさえ勝てなかったのだ。実戦だったら、アストレイは落ちていただろう。
何よりもライフル一つの制御に戸惑っていた自分と違い、ニコルはグレイプニールやトリケロス、その他諸々の機能をほぼ同時に制御していたのだ。ブリッツのOSを初めて見た時にも思ったが、とても人間技とは思えない。
もし善戦していたように見えたとすれば、ニコルがこちらへの攻撃を戸惑っていたからだ。
勝負が付いた後、そう言っていた。自分を頼りなく思っているわけではなく、傷つけたくなかったのだ、と。
ニコルは優しい。優しいからこそ、そう言ってくれたのだろうとは思う。が、どういう理由であれあまり納得できず、アカネは気持ちのやり場に困っていた。だってそうだろう。自分はパイロット専門でないとは言え、ニコルは開戦後に志願したルーキーだ。ということは彼は数ヶ月程度の訓練しか受けていないのだろう。それに比べればいくら専門外と言えども、自分の方がよほど長くパイロット訓練は受けている。
なのに──と眉間に皺を刻みつけた刹那、アカネは直ぐに思考を振り払った。目的はニコルに勝つことではない。ザフトでも戦力になり得る事を示すこと。それは十分に果たしたはずだ。なら、それでいいではないか。
「礼に始まり礼に終わる……というのは、我々としても見習いたい理念だな」
ふとクルーゼが呟いて、アカネはハッと顔を上げた。
「何……? いきなり」
「いや、実に潔いと思ったのさ。素直に敗北を認めた君がな。……腹でどう思っていようが、見るものには潔く映る」
アカネはムッとして顔を顰める。まるで心情を見透かされたようで気分がよくない。
「何が言いたいわけ?」
「頼もしい、と言うことさ」
「ニコルには負けたけど?」
「十分だよ。あれほどの動きが出来たのだからな」
アカネは顔を顰めたまま、視線を下に流した。
「他の機体じゃああはいかなかったわ。全部、アストレイのおかげね」
言いながら、本当にその通りだと思う。アストレイでなければ自分はああも乗りこなせなかっただろう。逆に言えば、自分は他の機体では使い物にならないということだ。アストレイがなければ、恐らくクルーゼは自分をこの場に留めようとはしなかっただろう。全てはアストレイ。アストレイこそが自分をここに留め置いた。
「自らに合った機体と巡り会うというのもまた己の力、ということだ」
クルーゼが淡々と言い放ち、アカネは小さく唇を噛んだ。
アストレイと巡り会ったこと──それは幸運なのか、不運なのか。
巡り会いが己の力だというのなら、自分は自らの手で戦いを引き寄せてしまったのだろうか。
戦場こそがお前の居場所だと、まるで見えない力に告げられているかのように──。
アカネは噛み締めるようにそっと瞳を閉じた。