姫巫女さまのかくしごと   作:宇宮 祐樹

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「姫巫女様、先日はうちのお店に来てくださって、本当にありがとうございました」

 

 儀式も終わり、街の人もちらほらと返ってゆくころ。

 一人の女性が姫巫女様へと近づいて、そうやって話しかけた。

 確か彼女は、通りのパン屋の……。

 

「はい、こちらこそありがとうございます。銀陽龍様も、あの新作は気に入ったようで……」

「本当ですか!? じゃあこれで、あの銀陽龍様もイチ押し、って書いて大丈夫ですね!」

「そ、それは……でも美味しいとおっしゃっていたのは確かですから、いいと思いますよ」

 

 商魂逞しいというか。それとも、銀陽龍様がそれほど身近な存在だと認識されている証拠か。

 色々言いたいことはあるが、姫巫女様の反応を見る限り、悪いことのようではなかった。

 

「姫巫女さま、この前のアップルパイはどう? 気に言ってくれた?」

「はい、とても甘くておいしかったです。銀陽龍様も絶賛されていました」

「ねえねえ姫巫女さまー、私のつくったクッキーはー?」

「銀陽龍様と一緒に、とても美味しく頂きましたよ。焼いてくれてありがとうございます」

 

 なんて話を弾ませているうちに、気が付けば姫巫女様は街の皆に囲まれていた。

 そろそろ神殿を閉める時間なのだが、あれではどうも声をかけづらい

 別に、姫巫女様が街の人々と交流するのは悪いことではない。

 そうした親しみやすい関係を築くのも、姫巫女として重要な役目である。

 そのためなら俺だって少しの融通は効かせられるし、ある程度は力になれることもある。

 

 けれどその言葉に続くのは、少し間の抜けたような沈黙で。

 

「みなさん、本当にありがとうございます」

 

 姫巫女様はそう、静かに頭を下げるだけだった。

 

「そんな、お礼なんて。姫巫女様のお陰で、私たちは平和に暮らせてるんです」

「この前の台風の時だって、姫巫女様が銀陽龍様のお言葉を伝えてくださったお陰で、最低限の被害で済んだんです。姫巫女様はこの街にとって欠かせない存在なんですから」

「むしろこちらが感謝するべきなんですよ。本当にありがとうございます、姫巫女様」

 

 純真な、心からの言葉だった。姫巫女様は、いつものような柔らかい微笑みを浮かべるだけ。

 それが張りつけられたような、冷たい仮面のように見えたのはいつからだっただろうか。

 

「それにしても、姫巫女様がこんなお淑やかで清楚なお方でよかったです」

「本当ですよ。うちの子にも見習ってほしいものです、まったく」

「最初に聴いたときはどんな人かと思ったけど、姫巫女様みたいな優しい人でほっとしたよ」

「やっぱりこの街の姫巫女様はあなたしかいません。ありがとうございます」

「もし何かあれば我々が姫巫女様の力になりますから」

「姫巫女様のおっしゃる事でしたら、私たちのできる限りでお応えしますので!」

「遠慮なんてしないでくださいね、姫巫女様。この街が平和なのは、あなたのお陰ですから」

「姫巫女様、──」

 

 そして。

 

「キツそうだね、あれは」

 

 ぽつりと呟いたエフィカ言葉が、思考の渦に呑まれる俺を救ってくれた。

 思わず隣へと視線を向けると、そこにはによによと意地の悪そうな笑みを浮かべる彼女が。

 

「……分かるのか」

「もちろん。ってか、さっき会った時から何となくはね」

 

 すると彼女は、まっすぐ伸ばした指先を、民に囲まれる姫巫女様へ向けて。

「あの子は、ああいう笑い方する子ではない」

 

 それは……。

 

「もっと大きな声で、もっと子供みたいに笑うと思うんだ、あの子は。でもそれはできない。だって、みんなが大事にしてる姫巫女様はそんなことしないもん。もし本当の自分を出したら、あの子は姫巫女でいられなくなる。そうすると今度は、守りたいものも守れなくなっちゃう。だから自分を無理やり閉じ込めてるんだ。どうかな、当たってる?」

 

 どうしてこう、俺があえて口にしないようにしていたことを、ずばずばと言えるのか。

 答えの代わりとして貫いた沈黙に、彼女はふぅん、と興味なさげに答えるのだった。

 

「あの子はどこまで行っても人間だよ。アイくんの言う通り」

「……お前、どこまで」

「アイくんが姫巫女サマの研究をするためにここに来てる、ってことだけだよ」

 

 ……もはや、何も言うまい。

 

「何かあれば、私はいつでもアイくんと姫巫女サマの力になるからね」

「……そういう時は、心強いんだがな」

「何その言い方! 私はいつでも頼れる紅蓮の魔女、エフィカトラシアルバフラムなんだよ!?」

 

 頬を膨らませながら、エフィカはそういえば、とまた話を変えて。

 

「ねえねえアイくん、姫巫女サマの名前はなんていうの?」

「なぜお前に」

「いいからさ。私だって、あの子の力になりたいんだ」

 

 なんて、じっとこちらを見つめるエフィカの純朴な瞳に、渋々口を開いた。

 

「……ソフィラティア」

「え?」

「ソフィラティア=エルガーデン。それが、姫巫女様の名だ」

「そっか、ありがと!」

 

 するとエフィカはすぐに俺の傍から離れ、街の人との会話を終えてひと段落した姫巫女様に、思いっきり飛びついた。上がる小さな悲鳴をかき消すほどに大きな、エフィカの声が響く。

 

「姫巫女サマ、姫巫女サマー!」

「え、エフィカさん!? どうしたんですか!?」

「これから姫巫女サマのこと、ソフィーちゃんって呼んでいい?」

「駄目に決まってるだろこの馬鹿!」

 

 急にまた変なことを言い出したエフィカに叫び、その体を姫巫女様から引きはがす。

 

「えー、どうして?」

「どうもこうもあるか! 姫巫女様の名前をそんな軽々しく呼ぶことなど……」

「はじめて」

 

 ……え? 

 

「はじめて、名前で呼んでもらいました」

「……アイくん?」

 

 じとっとした視線を向けるエフィカに、少しばつが悪くなって目をそらす。

 

「どういうこと!? こんだけ一緒に暮らしておいて、女の子の名前を呼んであげないなんて!」

「別に今まで姫巫女様で通じていた。それに、俺のような者が姫巫女様の名を……」

「あーもう、ぜんぜん、ほんっとに何にも分かってない! アイくんの馬鹿っ!」

「貴様にだけは言われたくない!」

 

 そう反論するも、エフィカはすぐに姫巫女様に近づいて、その頭へと手を伸ばした。

 

「つらかったね、ソフィーちゃん。これからアイくんの分まで呼んであげるからね」

「あ、えっと……ありがとうございます?」

「一日八十回は呼んであげるからね。朝二十昼四十夜二十で……」

「そんなにですか!? というか、一体何の用があって私の名前を!?」

「用がなくたっていいじゃん、ソフィラティア」

 

 ぽん、と軽く頭に手を乗せると、姫巫女様は少し驚いたように、エフィカのことを見上げた。

 

「あなたはソフィラティア。ソフィラティア=エルガーデン。そうでしょ?」

「……そう、です」

「だったら、何度でも名前を呼んであげるよ。姫巫女なんかじゃなくて、一人の女の子として」

 

 頬に手を添える。淡い碧色の瞳には、強く輝く紅色の瞳が映っていた。

 

「どういう、ことですか?」

「受け入れられるってこと。姫巫女様じゃない、ソフィラティアっていうあなたを」

「どうして……どうして、そんなことが言えるんですか、あなたは」

「だって、私は魔女だから」

 

 そう短く言葉を切って、

 

「目の前で消えそうな女の子を助けることくらい、魔女にとっては簡単なことなんだよ」

 

 紅蓮の魔女、エフィカトラシアルバフラムは、包み込むような笑顔を見せた。

 緩やかな静寂だった。まるで産まれたての小鹿が立つ瞬間のような、何かを見守るような、そんな静けさ。その中心に居るのは姫巫女──否、一人の少女で。

 恐れているのはここからでも伝わっていた。そして、その恐怖を打ち破ろうとしているのも。

 揺らぐ彼女の視線は、初めて俺と出会った時と同じものだった。

 やがて砂の城が崩れ落ちるかのように、ほろほろと静けさが去ってゆく。

 

「…………あんた、も」

 

 ぼそりと一つ呟いたかと思うと、姫巫女様はすぅ、と息を大きく吸い込んで。

 

「あんたもこれくらいやんなさいよ!」

 

 びし、と勢いよく指を立てながら俺に向かってそう叫んだ。

 

「え、あ、俺……わたっ……私、……ですか?」

「そうよ! 大体おかしかったのよ! いつまでも姫巫女様姫巫女様ってどういうことよ!? こんだけ付き合ってんなら、名前くらい呼んでくれたっていいんじゃないの!? ええ!?」

「ですから先程も申し上げた通り、私は姫巫女様に仕える身であって、そのような……」

「つーかさ、どうしてあんたも敬語のままなわけ!? 私がこうして普通に話してるんだから、あんたもエフィカと接するみたいに敬語を取るのが礼儀ってもんじゃないの!?」

「そうだそうだー! アイくんは何も分かってないんだから、言う通りにしろー!」

 

 数的不利が完成している。どうあがいても駄目だった。

 ……いや。

 

「やはり駄目です。あなたに仕える者として、それ相応の態度を取らなければ」

「あーもうダメねこれ。こういうところは頑固なのよね」

「うんうん、融通が利かないっていうか。もっと肩の力、抜いてもいいのにね」

「俺がおかしいのか……?」

 

 思わず言葉を溢した俺の視線の先、姫巫女様は後ろに立つエフィカの方へ向き直り。

 

「アイン以外に私がこうやって話すのはあんたが初めてよ、エフィカ」

「光栄なことなのかな? さん付けもなくなったのは意外だけど」

「悪いわね、面倒なのよ。それとも、こんなガキに呼び捨てにされるのは不快かしら?」

「ううん、それがソフィーちゃんのやり方なら、それでいいと思うな」

 

 親指を立てて笑うエフィカへ、姫巫女様も釣られるように頬を緩めた。

 

「さて、まず一つ目の問題も解決、次にとりかかろうか」

「……一つ目?」

「そう。私がここに泊まるとき、ソフィーちゃんが気まずくなるかなー、っていう問題」

 

 そもそもこいつが勝手に居座る予定を組んでいるのが問題なのだが、それ以前に。

 

「一つ目、ってことは、二つ目もあるってこと?」

「うん、ってか、二つ目と三つ目が私がここに来た本当の理由かな」

「ならさっさとしろ。そして帰れ」

「そうだね、じゃあ二つ目!」

 

 なんて急に声を張り上げたかと思うと、エフィカが右手を宙へと突き出した。

 そしてその手のひらに浮かび上がるのは、焔のように紅い円環。何重にも重なるそれには、幾何学めいた模様や、どこの文献にも載っていないような文字列がひしめき合っている。

 魔術式。魔法を解としてこの世界に顕現させるための式。

 それをエフィカは、自身が吹き飛ばした扉の向こう、広がる並木道へと向けて。

 

「うおりゃあああぁああああああ──っ!」

 

 ごう、と。

 一瞬にして視界を埋め尽くすほどの炎が、彼女の魔法陣から滝のように吐き出された。

 

「わっ、わああ!? ちょっ……ちょっと何よいきなり!」

「姫巫女様、こちらに! 俺の影に隠れて!」

 

 迫りくる熱波にたじろいだ姫巫女様を抱きしめ、背中で反動を受け止める。

 その間も彼女の放った炎はと燃え続け、ようやく収まったのは、一分ほど過ぎたころだった。

 そしてエフィカはこちらへ振り向くと、地面にうずくまった俺達を見つめて。

 

「撃・滅!」

「阿保か貴様は! 神殿を燃やすつもりか!?」

 

「ほ、ほんとに何!? え、どういうこと!?」

 

 わたわたと混乱する姫巫女様に、エフィカはなぜか得意顔で答え始めた。

 

「実はね、ちょっと前からソフィーちゃんを狙ってる奴がいたんだ」

「……は?」

「……え?」

 

 唐突すぎて訳が分からない。困惑してる俺達を置いて、エフィカは続けていった。

 

「一週間くらい前からアイくんの監視をしてた時から話は始まるんだけど」

「ちょっと待て、何してるんだお前」

「その時に何か変な魔力を感知したんだよね。んで色々調べてみたんだけどよくわかんなくて。

 

 ま、どうせアイくんのところ行くんだし、ついでに確認すればいいかって思ってたんだ」

 そしたら、とエフィカは、少し警戒するような表情の姫巫女様へと視線を向ける。

 

「ソフィーちゃんを見て分かったんだよ。ああ、たぶんこの子を狙ってるんだろうなって」

「……どうして私を?」

 

 至極当然な疑問であるが、その答えも大体は予想がついた。

 

「たぶん、一番は政治利用かな。次に研究材料って感じじゃない?」

「……せいじ? けんきゅう?」

「つまり、姫巫女という立場を利用しようとしている者がいるということです」

 

 正直なところ、そうしたことを伝えたくはなかったが、実際に起きているなら仕方ない。

 

「姫巫女様は、銀陽龍様のお言葉を聴き、それを民へとお伝えするのが役目ですよね」

「そうだけど」

「ですが民は、姫巫女様を介することでしか銀陽龍様のお言葉を聴くことはできません。仮に姫巫女様ご自身のお言葉を、銀陽龍様のお言葉として伝えても、誰も疑うことはないでしょう。そして、それが姫巫女様のお言葉でなく、銀陽龍様の威光を借りようとした者の言葉でも」

「……なるほど、そういうこと」

 

 その時点で気が付いたのか、より深刻な顔になって、姫巫女様は頷いた。

 

「まあ、結局はソフィーちゃんを利用してやろう、って魂胆だよ」

 

 そうした危険を予測していなかった、というわけではない。

 というか、今までそうした者が現れなかったこと自体が奇跡というか。

 

「それで、何だ。ゴーレムか、それとも使い魔か」

「単純な映像投影魔法だったよ。いわゆる盗撮だね。女の子に一番やっちゃダメなやつ」

 

 だからと言ってアレはやりすぎだとも思ったが、威嚇するには充分か。

 

「でも、それじゃあ何も解決してないんでしょ? また何か仕掛けてくるかも」

「うん。また、っていうよりは、まだ、だね」

「なに? お前、それは……」

 

 そうやって問い詰めようとした俺の言葉は、空気を揺るがすほどの衝撃によって遮られる。

 ──まずい! 

 

「姫巫女様っ!」

 

 そう叫ぶと同時に彼女の手を取って、そのまま俺の胸の内へ。背中へ強い衝撃が走ったのは、それと同時だった。肺が叩きつけられるような感覚は、しばらくすれば収まってくれた。

 

「姫巫女様……お怪我は?」

「アイン……? あんた、背中……!」

「……私は大丈夫ですから」

 

 当たり所がよかったのか、それとも、それだけの力を持っていなかったのか。

 振り向いた先に立つのは、土煙の中より四足の脚を持つ獣と、その足元に積まれた瓦礫。

 そして、差し込む西日が意味するものは、

 

「……壁の修理費、お前が持てよ」

「なんでー!? 今回は確実に私じゃないのに!」

 

 自覚はあるのか。

 

「何のんびり話してんのよ! ってか何よアレ!? あれが私を狙ってるって奴!?」

「正しくはその使い魔って感じかな? まあ、低級の使い魔だよね」

 

 全身を漆黒によって形作られた、獣のような存在。

 特徴的なのは、その頭部に耳や牙という器官が何もないこと。

 つまり、そこまで正確に作られていないものだった。

 しかしながら、神殿の壁を壊せるほどに危険なことは変わりなくて。

 

「姫巫女様、絶対に私から離れないでください」

「言われなくても!」

 

 差し伸べた左腕に、姫巫女様がぎゅっと抱き着いた。

 

「……あんな低級の使い魔で、姫巫女様を捕らえられると思ったのか?」

「それか、自分の使う魔法の詳細を曖昧したいのかもね。足をつけないために」

 

 ああ、そういう目的もあるのか。小癪な真似を。

 ……もしかして、各地の姫巫女を狙っていたのは、アレか? 

 

「で、どうする? って言っても、私しかあれの相手はできそうにないけど」

「相手って……もしかして、アレと戦うつもり?」

「できれば外でやれ。これ以上、神殿を破壊されてもらっては困る」

「りょーかい! じゃあ、久しぶりに張り切っちゃおっかな!」

 

 高らかに声を張り上げると、エフィカはその右腕を天へと伸ばし、

 

「フレイムガタック!」

 

 口にすると同時、彼女の頭上に魔法陣が開き、そこから一匹のクワガタが姿を現した。

 色は燃え盛るような紅。飛び回るそれは宙に赤い奇跡を残し、彼女の周囲をぐるりと回る。その速度は段々と増してゆき、やがて奇跡は円環となって彼女を包み込んだ。

 そして彼女は掌と拳を合わせると、右脚を大きく引いて、

 

「変身っ!」

 

 放つ言葉と同時、振りぬいた右脚は──軌跡を描くクワガタを、バラバラに打ち砕く。

 その瞬間、弾け飛んだ甲殻の一つ一つが鎧へと形態を変え、彼女の体を包み込んだ。

 いつも身にしていた赤いローブは炎となって消え、晒された白い素肌は赤い鎧に覆われる。それは足から胸、腕から手先へと広がって、最後は頭に三角帽を模した、顔の出ている甲冑。腹や腋など所々が露出しているのは、ファッションと機動性の兼ね合わせ、らしい。

 残っていた円環は炎となって収束し、腰から広がるマントへと姿を変える。

 そして、最後に残った二本の角は、リボンとなって頭に結われて。

 

 

「紅蓮の魔女、エフィカトラシアルバフラム! ここに参上っ!」

 

 

 ツインテールを揺らしながら宣言する彼女に、姫巫女様は訝し気な視線を向けていた。

 

「さぁ、行くぞネコちゃん! 悪いけど手加減はしないからねっ!」

 

 膝を大きく上げ、右脚を後方へ。ぐぐ、と体を屈めた次の瞬間、エフィカの足元が爆発した。

 旋風が謁見の間の中に吹き荒れて、それと同時に低級の使い魔が姿を消す。

 そこで初めて、何かが思いっきり弾け飛ぶような、生々しい打撃音が響き渡った。

 そうして、一気に静まり返った神殿の中で、姫巫女様がぼそりと。

 

「…………どういうことよ」

「アレは、魔女なので」

 

 どういうこと、と言われると説明が難しい、というかできないのだが。

 

「彼女の操る魔法は、召喚魔法と呼ばれています。名の通り魔法によって作り出した存在……彼女の言葉によれば眷属というものを、この世界に呼び出すことが、主な魔法の性質です」

「もしかして、あのクワガタって」

「はい。彼女の眷属の一匹です。通常の使い魔と違うのは、自我があるということですね」

 

 もっとも、俺はそれが発現しているところを見たことないが。

 

「そして彼女は、その眷属と融合できます」

「…………ええと」

「これについては俺もよく分かっていません」

 

 彼女は変身と言っているが、どちらかというとそちらの言葉の方が正しいだろう。

 眷属の持つ性質をその身に宿す。つまり他の生命を自らの身体へと落とし込むということ。

 改めて、意味が分からない魔法だった。そういう意味では、彼女にぴったりの魔法か。

 

「とにかく、彼女はそういう魔法を使う魔女です」

「……魔女ってすごいのね」

「すごいというか、意味不明というか」

 

 そんな俺の疑問をかき消したのは、再び響き渡る打撃音と、燃え盛る炎の音で。

 地面が少し振動しているあたり、彼女はいつも通り本気でやり合っているらしい。

 

「とにかく、様子を見に行きましょう。ここに居るより、彼女のそばに居た方が安全です」

 

 それに何より、彼女のモチベーションの問題になるだろうし。

 

「うおぉぉおおおおおりゃあ! 魔女パーンチ!」

 

 吹き飛ばされた扉を姫巫女様とくぐると、そんな叫び声と共に鈍い打撃音が聞こえてくる。

 鎧に包まれたエフィカの拳は、その細い腕で放ったとは思えないほどの衝撃を放っていた。一瞬だけその周囲の空気が歪んだかと思うと、黒ずくめの使い魔は地面を何回も転がりながら、その体に纏った魔力を空気中へと霧散させていく。使い魔の耐久が減少している証拠だった。

 しかしながら、吹き飛ばされた使い魔はふらふらとしながらも、その足で立ち上がる。

 

「……まずいなぁ。いや、まずくはないけど……うーん」

 

 そんな使い魔の様子をうかがいながら、エフィカは少し曇った表情で呟いた。

 

「何がまずいの?」

「……通常、あの程度の使い魔であれば、エフィカは今の一撃で終わらせられるはずです」

 

 しかしながら、あの使い魔は消滅に耐え、それどころか立ち上がってくるときた。

 おそらく戦闘力は無いのだろう。その代わりとして、魔力が防御面に振られている。

 そこでようやく、あの使い魔がどうしてここに姿を現したのかを理解した。

 

「……こちらの戦力の把握か?」

「それと、ソフィーちゃんの観察も兼ねてるだろうね。偵察用に調整した奴、ってとこかな」

 

 自分でそう完結させながら、エフィカが再び使い魔へと向き直り。

 

「面白い! ならばこのエフィカトラシアルバフラムの全力、しかとその目に焼き付けろ!」

 

 腰のマントを翻したかと思うと、彼女の周囲に焔が舞い上がった。

 紅の中で輝くのは、金色に輝く彼女の髪。それはまるで、炎そのものを体現しているようで。

 右脚の膝を胸元まで大きく上げたかと思うと、エフィカが強く地面を蹴りつける。

 

「必殺っ!」

 

 跳躍。衝撃と共に彼女を包んでいた炎が一面に広がって、視界を紅蓮が埋め尽くす。

 地を駆ける炎は使い魔を取り囲み、じわじわと迫ってゆく。逃げ場を失い困惑した使い魔が、最後に見上げた上空には、既にその体勢に入っているエフィカの姿があった。

 その右脚に纏うのは、焔によって形作られた、二本の刃。

 膝から足先までを挟み込むように展開するそれは、さながらクワガタの角のようで。

 

「──インフェルノ・ストライク!」

 

 衝撃の瞬間、炎の刃は使い魔を包み込むように広がり、その体を真っ二つに焼き斬った。

 地面を抉りながらエフィカが着地を決め、立ち上がると同時に腰の外套を翻す。

 周囲の炎はそれに呼応するように彼女の元へ収束し、やがて宙へ消えていく。

 後に残るのは更地と化した大地のみ。そこでただ一人、彼女は右の拳を握りしめながら、

 

「撃・滅っ!」

 

 にんまりと、とても満足したような顔で、俺達にそう告げたのだった。

 

「……はぁ?」

「語呂がいいんでしょう」

 

 姫巫女様の純粋な疑問に答えると、エフィカがこちらへと駆け寄ってくる。

 

「ねえねえソフィーちゃん、今のどうだった!? かっこよかった!?」

「え? ああ、ええと……すごかったけど」

「でしょでしょ!? 実はこのブレイズガタックくんの他にもいろんな眷属ちゃんがいてね! ガイアホッパーくんとか、ウインドバタフリーちゃんとか、アクアスパイダーさんとか……!」

「やめろ、姫巫女様が困ってるだろ」

 

 きょとんとしている姫巫女様が見えていないらしく、エフィカは俺の方を向いて首を傾げた。

 

「とりあえず、ありがとねエフィカ。私を守ってくれて」

「いいのいいの! ソフィーちゃんとはもう友達だもん! これくらい何でもないって!」

「……友達?」

「そう、友達!」

 

 困惑する姫巫女様の、その小さな手を両手で握って。

 

「名前で呼び合って、そうやって感謝を伝えられるのなら、それはもう友達だよ!」

 

 紅蓮の魔女は、そんな柔らかい笑みを浮かべた。

 いつだってそうだ。彼女は触れるもの全てを焼き尽す炎ではなく、柔らかな温もりを放つ、灯のような存在。時代が違えば聖女や女神とでも呼ばれるような、そんな気質の持ち主だった。

 だからなのだろうか。彼女が、世界に愛されてしまったのは。

 魔女。神秘という異常に愛されし、この世界の空白。人で在ることを許されなかったもの。

 ある者からは捨てられた。ある者からは嫌われた。ある者からは、殺されそうになった。

 正常は異常とは相容れない。異常というものがあるからこそ、正常があるというのに。

 けれど──否、だからこそ、彼女はそれを受け入れたのだろう。

 皆が正常であるために。そして、こちら側へと足を踏み入れぬように。

 

「……あなた、本当に優しい人なのね」

 

 そして、どこまでも自己犠牲的であると。

 姫巫女様の瞳は、そんな彼女の在り方を、全て見抜いているようだった。

 

「初めてよ、私にそんなことを言ってきたのは。大抵は皆、私を姫巫女として扱うから」

「やっぱり。だってソフィーちゃん、街の人と話してるとき、すっごく寂しそうだったもん」

「だからって友達になろうとするあなたも、相当だけど」

 

 握られた手を振り払うと、逆に姫巫女様はエフィカの手を握りしめ、胸元へと寄せる。

 

「一つだけ、条件があるわ」

「なーに?」

「私の前では、隠し事は一切なし。ありのままのあなたで居なさい。いいわね?」

 

 にやりと頬を吊り上げる姫巫女様に、エフィカはぱぁ、と明るい笑みを浮かべて。

 

「うん! これからよろしくね、ソフィーちゃん!」

 

 ぶんぶんと嬉しそうに、姫巫女様の腕を振るのだった。

 

「いっ……ちょっとエフィカ、力が強い! もっと加減しなさいよ!」

「だって嬉しくって! 新しい友達ができるのって、とっても素敵なことじゃない?」

「残念だけど、私はあんたが初めての友達なの!」

 

 ……できれば、この世で一番姫巫女様に友になってほしくない人物だった。

 それと同時に、もし姫巫女様にご友人が出来るとすれば、彼女だけだとも思っていた。

 姫巫女様と同じ立場に立ち、ありのままを受け入れるのは、彼女にしかできないことだった。

 

 異常であるということは、決して孤独であるということではなかった。

 

「さーて、これで二つ目の問題クリア! 残すはあとひとーつ!」

「……無駄に気張ってないで、さっさと言ってみろ」

 

 喜びを体で表し、満足したエフィカに、そうやって答えを急がせる。

 そうでなければ、それを手伝うことすらできないのだから。

 

「そうだね。アイくんがそう言うなら、ぱぱっと終わらせちゃおっか」

「……アインが言うなら?」

「そう。だって三つ目の問題は、アイくんに全てがかかってるんだから」

 

 その言葉で既に疲れを感じたが、ここまで来て後戻りなどできるはずもなく。

 

「……勝手にしろ。どうせ拒否したって無駄なんだろ」

「ほんと!? 言質取ったからね!?」

 

 半ば強引にその場所まで連れていかれて、役割が終わるまで出られないようにされるのだ。

 そんな面倒を被るくらいなら、大人しく彼女の言うことに従ったほうが──

 

「アイくん、私の代わりに先生やってよ!」

 

 ……………………。

 

 は? 

 

 


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