「あら、藤也も観戦しに来たの?」
慌ててパチュリー様を追いかけて、2人の戦いの様子が見られるテラスに出る。パチュリー様だけでなく、フランにお嬢様、姉さんまで集まって2人の勝負を観戦していた。
「パチュリー様、本当に萃香と戦うつもりですか?一回くらい相手無しの試運転をするべきだと思うんですけど。」
「問題ないわ。あの鬼ならレミィや妹様よりよっぽど頑丈そうだし、身内じゃないから心も痛まないでしょ。」
「えぇ…パチェ、あれとやるつもりなの?本来の力を取り戻したみたいだけど、どうせ物理攻撃でボコボコにされるだけなんだから止めときなさいよ。」
「あら、虚弱体質なら改善したから平気よ?ほら、ほらっ、こんなことも出来るわよ。」
パチュリー様は証拠と言わんばかりに宙返りを披露したり、側転してみせたりしている。…それで証拠になるのかなあ?
「仮に虚弱体質が治ってたとしても、それだけで自分が頑強になってるとでも?残念だけど、元々もやしっ子のあんたじゃ、雑魚妖怪に毛が生えた程度の耐久にしかならないわよ。どっかの宵闇妖怪といい勝負ね。」
「うるさいわね。ある程度は身体強化魔法で補えるし、飛行魔法で移動速度は十分、盾魔法や結界で攻撃は防げるし、そもそも、あっちも一撃で殺すような力加減で来ることはないでしょ。」
美鈴さんが放った気功弾は萃香の正拳突きで相殺される。そして萃香は戦闘スタイルを変えて、スピードと小柄な体格を活かして撹乱、死角からの攻撃を狙っている。
「…まあ、負け筋が減ってるのは理解したわ。それで、勝ち筋は?あれ相手に大規模魔法を詠唱してる暇はないでしょうし、ちまちました攻撃なんざ効きやしないわ。純粋な鬼ってのは攻守共に物理バカだけど、基礎能力がずば抜けてるもんだから魔法耐性も十分高いのよ。」
完全に美鈴さんの視界から外れた萃香はそのままアッパーカットを繰り出す。が、美鈴さんは背後の萃香の腕を正確に掴み、大きく振り下ろすように地面に叩きつけた。気を使う程度の能力を持つ美鈴さんに死角なんてない。萃香を目で追っていたのもブラフだったんだろう。
「殺し合うわけじゃないのよ。完全に相手の攻撃をシャットアウトしつつ、反撃として最低限のダメージを通していけば実質判定勝ち…というより、そもそも勝つ必要すらないのよ。私の目的は今の力を試すこと。相手は紛うことなき上級妖怪なんだから、負けたって文句ないわ。」
起き上がる勢いでバク宙しながら距離をとる萃香。美鈴さんはこの勢いを逃すまいと急接近、萃香も今度は少しだけ身体を大きくして、美鈴さんが得意な間合いでの格闘戦を受け入れる。萃香も、本当はあの間合いで戦うのが得意なんだろうか。
「ちょっと、私はどうなのよ。吸血鬼も立派な上級妖怪よ?」
「それはそうだけど、あなた達はまだ幼体じゃない。あの鬼はあなた達とそう変わらない背格好だけど、間違いなく成体よ。…というより、私の全盛期を知っておきながらよくそんなことが言えるわね。」
大きくなった分リーチも伸びた萃香。美鈴さんは相手の変化に動揺しているのか、対応に僅かな綻びが出ている。段々と攻撃よりも防御が多くなってくる美鈴さん。萃香は防御を崩す為にラッシュ攻撃を仕掛け、対応し切れない美鈴さんの防御が崩れた瞬間、大振りの一撃を叩き込んでノックアウトした。
…凄いな。格闘術においては美鈴さんの方が上だった。だけれど、単純な身体能力や、能力を駆使した搦手は萃香が何枚も上手だ。わざわざ不利な体格のまま挑んで一時的に優勢を譲ったのも、後から間合いのズレで動揺される為の作戦だった訳か。
「あら、美鈴が負けたみたいよ。…大したものだわ。5分の1秒にも満たない僅かな隙で、やや不利だった状況から一気に勝利まで押し切るだなんて。」
「美鈴も中々善戦してたみたいだけど、相手が悪かったわね。…じゃあ、私も行ってこようかしら。」
決着が付いたのを見て、パチュリー様が意気揚々と飛び出していく。問題は萃香が連戦を受け入れてくれるかどうかだけど…いい勝負だったし、萃香も疲れてるんじゃないかな。
「でも大丈夫なんでしょうか。いくら全盛期に戻ったパチュリー様でも、萃香に軽くワンパンされたり、その一撃で勢い余って死んだりとかしなきゃいいんですけど…元々頑丈な身体ってわけでもなさそうですし。」
「…貴方が私達の話をまるで聞いてないのは分かったわ。」
パチュリー様はノックアウトされた美鈴さんを軽めの治癒魔法で回復させて、美鈴さんの定位置である正門に追いやってから萃香に戦いを申し込んだ。
「近くで様子を見てきます。気絶してもすぐに回収できるように。」
「少し気絶したって問題ないけど…まあ、さっさと回収して窓も直して貰わなきゃいけないしね。」
僕が近くに寄る間に、萃香はパチュリー様との連戦を受け入れたみたいだ。お互いに距離を取って構えている。萃香はいつもの体型になって構え、パチュリー様は魔導書を開いていつでも詠唱できるようにしている。
「っと、君か。始まりの合図を頼めるかい?」
「うん、わかった。それじゃあ…始めっ!」
開始の合図と同時に、パチュリー様がまずは仕掛ける。土が蠢いて萃香の足に絡みつき、雑草が伸びて萃香の腕を縛る。そこにパチュリー様が生み出した氷塊が飛ばされ、パチュリー様の背後に展開された魔法陣から5本のレーザーが萃香を狙う。
「ふんっ!」
萃香は腕に巻き付く雑草を引きちぎり、膝まで上ってきた土を蹴り飛ばす。更に氷塊を正面から受け止め、それを盾にしてレーザーを防いだ。
「見事な不意打ちじゃないか。私じゃなけりゃ決まってたかも…ね!」
萃香は掴んだ氷塊をパチュリー様に投げ返す。パチュリー様は結界を張ってそれを防ぎ、暴風で粉々に砕いて萃香に向かって飛ばし。それに対して萃香は重りを繋いでいる鎖をプロペラのように振り回し、砕けた氷塊を弾いた。
…流れ弾がこっちに飛んできた。光の盾で防いだけど、当たってたら多分無事ではいられなかった。氷が光の盾に当たった時、銃弾が跳ねたような音がした。氷の礫から出していい音じゃない。
「こんな小手調べで負けられちゃあ困るわ。全力を試さなきゃ意味無いもの。日符『ロイヤルフレア』。」
パチュリー様の十八番である大規模魔法、太陽の力を込めた巨大火球だ。前は詠唱にかなりの時間を要していたはずだけど、今は片手間でそれを作り上げて見せた。大きさも一回り大きくなってる気がする。
パチュリー様は火球を発射、更に触手のようなものを召喚して、火球の上から萃香に叩きつける。
「符ノ弐『坤軸の大鬼』!」
萃香が巨大化し、元の倍くらいの背丈になった。巨大化した身体で腕を振ると突風が吹き、火球は線香花火のようにあっさりと消え、触手は掴んで引きちぎられた。触手の断面から血のような液体が噴き出している。一体、何の触手なんだろう。
「ふうっ…小手調べは終わりかい?それじゃあ、そろそろこっちから行こうかな!符ノ壱『投擲の天岩戸』!」
巨大化を解除した萃香がジャンプ、空中に留まって腕をぶんぶんと振り回すと、地面に転がっている石ころが振り回してる腕に萃まり固まって、大岩へと姿を変える。さっきの巨大火球よりも更に大きいそれをぶん投げられる。
僕も近い内に萃香と戦うことになる。僕ならどう戦うか、それを考えながら観戦に徹する。
「これなら掻き消す時間もないでしょ?」
パチュリー様は身体強化魔法と飛行魔法を同時に使用、大岩を避けながら萃香の目の前に現れ、至近距離で魔力弾を撃ち込んだ。萃香は反応出来ずに吹き飛ばされ、吹き飛んだ先に回り込んだパチュリー様が風魔法を放ち、萃香を地面に叩きつけた。
「パチュリー様が押してる…?」
パチュリー様は大規模魔法を得意としている代わりに、攻撃の溜めが長かったり、詠唱中はあまり動けなかったり…魔法の火力や、結界の防御力は一級品だけど、その分隙の多さや機動力の低さが犠牲になっていた。ゲーム風に言えば、重戦車タイプの戦い方だ。だから結界を物理で破れるパワーがあって、俊敏とは言えずともパチュリー様よりは速い萃香には負けると見てたんだけど…
虚弱体質が改善したパチュリー様は、その戦い方をまるっきり変えてきた。使う魔法は瞬発性の高い魔法、ある程度溜めがいるものの、致命的な隙にはならない中規模魔法の2つ。そしてパチュリー様自身も身体強化魔法と飛行魔法を重ねて、直線スピードは魔理沙に迫る勢いだ。
攻守に速さ、技術に頭脳…今のパチュリー様は戦いにおいて必要な要素が高水準に纏まっている。これは…もしかしたら萃香に勝てるかもしれない。
「なるほど、これは面白い。同じ魔法使いでも魔理沙とは全く違うね。」
「そうね。余すことなく本来の実力を発揮出来る…私も存分に楽しめているわ。」
パチュリー様は大量の水を召喚、間欠泉の如く勢い良く放ち、萃香を押し流そうとする。萃香は拳圧で水の勢いを弱めた上で流水を受け止め、ずぶ濡れになりながらも耐え切った。僕も濡れた。
「…ぶはあっ。全く、容赦ないね。そこの彼には絶対撃てない攻撃じゃないか。もう一度、符ノ壱『投擲の天岩戸』!」
萃香は大岩を投げると同時に飛び上がり、投げた岩に追い付いて殴りつける。大岩は加速し、防御のタイミングをずらされたパチュリー様は大岩に当たって吹き飛び、風に乗って受身を取る。
「ぐうっ…けほっ、けほっ。」
「息を整える時間なんて無いよ!」
咳き込むパチュリー様に向かって萃香が攻め立てる。咄嗟の防御で繰り出された氷の壁を貫いてパチュリー様の腕を掴み、大きく振り回して地面に叩きつけた。
「ッ!」
パチュリー様は叩きつけられる地面に向かって水を召喚、泥だらけになってしまったが叩きつけられた際のダメージは抑えられる。更にその泥を萃香の顔面に被せて視界を塞いだ隙に炎を噴射、攻撃しつつ反動で距離を離す。
「火金符『セントエルモピラー』!」
火属性の魔力に金属性の魔力を足して放電、電撃が地を這って萃香の足下から柱となって噴き出す。電撃は相殺出来ないのか、萃香は大きく下がって回避した。
「…符ノ参『追儺返しブラックホール』!」
パチュリー様が追撃の為に出した火や岩が突如パチュリー様に向かって襲いかかる。スペルカードの名前から察するに、能力を使って周囲の空間をパチュリー様の所に萃めたんだろう。パチュリー様は結界で防御をするも一部間に合わず、ローブに火が燃え移る。
パチュリー様は後ろから突風を吹かせ消火しつつ距離を詰め、萃香の顔に蹴りを入れるがダメージは浅い。あんな蹴り方じゃあ全然重さが乗らない。体術がからっきしなのはパチュリー様も自覚しているだろうに何故…?
「飛ばし過ぎて魔力が底を突いたかな?強化魔法も使いっ放しだったんだろう?」
「どうかしらね…!」
パチュリー様は回転する金属の刃を生成し、萃香に向かって発射。萃香は腕の重りを振り回して叩き落とす。
「『蹴り』ってのはこうやるんだよ!」
萃香は左ストレートで防御結界を壊し、左脚を軸にして後ろ回し蹴りを浴びせる。パチュリー様は両腕で防御するも受け止め切れず体勢が崩れ、腕を掴まれ組み伏せられる。
「調子に乗り過ぎたね。慣れないことをすると疲れるのさ、覚えときな。」
「そっちこそ、勝ち誇るのはまだ早いわよ?」
パチュリー様を中心に巨大な魔法陣が浮かび上がる。その魔法陣の周囲には赤、青、緑、黄、紫の五色の賢者の石が漂い、それらの石と同色の小さい魔法陣が展開される。
「これは…」
「火水木金土符『賢者の石』。」
五曜の力を宿した石の魔力を余すことなく魔力弾へと変換し、弾幕となって萃香に放たれる。巨大な魔法陣には他の性質もあるのか、萃香の動きが鈍い。回避が間に合わず全ての魔力弾をまともに喰らってしまう。
「全弾命中。おしまいね。」
あの蹴りはブラフだったのか。魔力切れだと思わせて萃香の油断を誘い、そこを巨大な魔法陣で捕らえて最大級の弾幕を放ったわけだ。
「良い勝負だったわ。残念ながら、底を突いたのは魔力じゃなくて体力の方だったのよ。…目下の課題はそこね。」
ゆっくりと起き上がり、服や身体の汚れを魔法で綺麗にするパチュリー様。…の目の前に、大きく腕を振りかぶった萃香が迫る。
「ッ!」
パチュリー様は咄嗟に結界で防御するも、萃香はいとも容易くそれを打ち破って痛恨の一撃を叩き込んだ。
「ぐうっ…。」
「油断したね。私は『参った』なんて言ってないし、やられて気絶したわけでもない。まだ勝負は続いていたのさ。」
吹き飛んで紅魔館の外壁に叩きつけられたパチュリー様に萃香が歩み寄る。パチュリー様は悔しげな顔だ。敗因は騙し合いに負けたのと、体力不足か。奇しくもその2つは魔理沙の得意分野でもある。そっちの敗因も同じ理由だったのかもしれない。
「どうやって耐えたのよ。動きを縛ってたから防御すら出来なかったはずよ。」
「気合い入れて、踏ん張る。それ以外ないだろう?」
「…何よそれ。降参よ、降参。ここから勝てる算段なんて無いわ。」
溜息と共に降参したパチュリー様は今度こそ服と身体の汚れを落とす。あと、パチュリー様が叩きつけられた部分の外壁は完全に崩れている。ああ、仕事の量が増える…
「いやあ、楽しめたよ。さっきの戦いも良かったし、今日はツイてるね。」
「私としても上々よ。この状態ならあなたみたいな大妖怪にも通用すると分かったし、課題も見えたからね。久々の運動としても悪くなかったわ。」
「ただ、流石にこれ以上の連戦はきっついかな。最初はそこの彼や吸血鬼と戦うつもりで来たんだけどね。日を改めて来る事にするよ。」
おっと、萃香の本命は僕とお嬢様だったらしい。…そりゃそうか。その2人とは顔見知りな訳だし。
「それと、これは良い勝負の礼だよ。受け取りな。」
萃香は腰に提げている瓢箪の中身を別の小さい瓢箪に移してパチュリー様に渡す。パチュリー様はそれの匂いを嗅いで顔を顰めた。
「…お酒じゃない。しかも滅茶苦茶強い酒ね。藤也、近付かないように。あなたの場合、匂いだけで酔い倒れるわ。」
「ただの酒じゃないよ。酒虫の酒さ。大昔の知り合いから魔法薬の材料になるって聞いたもんでね。魔女のあんたなら呑む以外の使い道があるんじゃないか?」
「あら、それなら有難いわね。藤也の場合、これを入れた魔法薬の時点でアウトでしょうけど。」
「何回念押しするんですか…」
萃香は美鈴にもお酒を投げ渡して紅魔館に背を向ける。美鈴さんはお酒強いし、普通に呑む用として渡したのかもしれない。
「じゃあ、今日はこれでお暇しようかな。来週辺りにまた来るよ。今度こそ望月藤也とレミリア・スカーレットに挑ませてもらうからね。」
「おや、もうお帰りですか?悔しいので、また機会があれば手合わせお願いしますね、萃香さん。」
「ああ、一通り巡り終えたらまた相手するよ。また会おう、紅美鈴、パチュリー・ノーレッジ。」
「私は再戦お断りよ。」
来週か…今の勝負を見た後だと自身湧いてこないけど、まあ、出来る備えはしておこう。