その怒りは誰かの為に   作:ラースライト

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 ただ、拳を振るう。機械的で、何の感慨も伺う事など出来ず、それはあまりにも無機質。

 肉を打つ感触を拳から感じ取りながら、由良は淡々と目の前の魔物を殴殺していった。

 

 オルクス大迷宮。そこが実地訓練に選ばれた場所だ。

 七大迷宮とも呼称される一つであり、多くの魔物と百層の階層より構成されたここは、多くの冒険者を惹き付けて止まない魅力と、多くの犠牲を出してしまう魔窟であった。

 クラスの行軍を引っ張るのはメルド。そして、その後ろを天之河といった流れ。因みに、由良は最後尾をのろのろとついて行くばかりで前に行こうともしなかった。

 やる気がなさそうにも見えるが、護衛が居るとはいえ何が起きるのか分からないのが迷宮だ。言うなれば、彼は殿を務めているという事であり気づかれないところで魔物の処理を行っていた。

 

 メルドの狙いでもあった天之河と由良の協力という形は、実現されなかった。

 というのも、気絶した天之河が結局のところ自分の負けを受け入れる事など出来ず、一方的に由良を敵視し周りもそれに流れてしまったから。

 

 曰く、模擬戦では本気は出せない、らしい。

 

 要はお前ばかり攻撃してズルい。自分は攻撃できてないからノーカンという事らしい。そして、極めつけが実戦ならば負けないというもの。

 つまり、聖剣の能力を制限し、魔法に関しても使わなかったからこうなっただけ、と脚色交えてそんな事を宣ったのだ。

 ハジメや八重樫などは、眉根を寄せたが周りが流されてしまえば言っても聞かない。

 何より、当事者である由良が否定も肯定もしなかった。

 その結果、周りは都合のいい方。つまりは、由良が強いという事実を、まぐれ勝ちという幻想で包んで、敵意という名の恐怖心を塗り替えた気になっているだけだった。

 

「おい、見ろよアレ!」

 

 迷宮をある程度進んだ頃、誰かがそんな声を上げた。

 そこは、部屋の様な形状になっている場所であり、壁には美しい鉱石が埋まっている事が確認できる。

 

「ほぉ、グランツ鉱石だな。大きさも中々だ。装備などには使えないが、装飾品などには重宝されているんだが、珍しいな」

 

 メルドの言葉に、皆の視線は鉱石へと向けられている。

 

「よっしゃ!俺らで回収してやろうぜ!」

「おい!勝手に動くな!まだ、安全確認も――――――」

 

 檜山が飛び出し壁をよじ登り、メルドの言葉も無視してその鉱石へと手を伸ばし――――――触れてしまう。

 瞬間、部屋の床に一面広がる魔法陣が出現する。

 

「くっ、罠だ!撤退する――――――」

 

 メルドが言い切る前に、魔法陣の輝きは増して全員を飲み込んでいた。

 

 気づけば、彼らが立っていたのは橋の上。それも、中ほどに集まった状態であり両端が遠い。

 左右は奈落。迷宮の壁が確認できるほどに、その底は深く暗かった。

 

「お前たち、直ぐに上階へと向かえ!このままでは、全滅するぞ!」

 

 メルドが叫ぶ。だが、それを許さないと迷宮は更なる牙を剥いた。

 橋の両端。魔法陣が新たに一つずつ輝くと、それぞれ新たな魔物が出現したのだ。

 後方には骸骨で赤い瞳をした魔物、トラウムソルジャー。

 前方には黒い巨体に捻じれた角を持つ魔物、ベヒモス。

 

 絶望的な状況だ。特にベヒモスは最強の冒険者でも歯が立たなかったという逸話があるほどの強敵。

 

「…………チッ」

 

 前の方でもめている様な声が聞こえてきたが、由良には関係ない。

 舌打ちを一つして拳を握ると、迫ってくるトラウムソルジャーの軍勢へと突っ込んでいった。

 

 古来より、数というのは力とされている。だからこそ、一騎当千や万夫不当という言葉が存在するのだから。

 

「オォッ……ラァッ!」

 

 力任せに振り抜かれた拳は、トラウムソルジャーの骨格をマッチ棒のように折り砕き、その体を粉砕してしまう。

 更にそこから一体の脊柱を掴み力任せにぶん回す。ぶつけた方もぶつかられた方も等しく、骨身に罅が走り最悪粉砕されるというオマケ付き。

 

「ドォオラァッ!!」

 

 砕けたトラウムソルジャーの残骸を握り潰し、次の一体に蹴りを放って踏みつけ、倒れたところでその場で両手を広げて回転し迫り来る周りを弾き飛ばした。

 その戦い方は、明らかに周囲に対して何の配慮も無い一対多の戦闘を想定した動き。

 だが、それもその筈。由良はその戦い方しか知らない。

 普段とは打って変わって大声を発するのも相手を威圧するため。無論、気合いの乗りが違うというのもある。

 剣術の流派である示現流にある猿叫にも通じる、声による気迫と衝撃によって相手を竦める手法。

 

「…………マジかよ」

 

 孤軍奮闘する由良を見る事しか出来ない彼ら。たった一人でトラウムソルジャーの軍勢を抑え込み、剰え徐々に押し戻しているのだからその強さは計り知れない。

 と、ここで護衛の騎士の一部が後方へと回ってきた。

 

「荒木!君は前に行ってくれ!ここは我々で道を開く!」

「あ?」

「ベヒモスの退却が上手くいっていないんだ!隊長だけでは手が足りない!」

「…………チッ」

 

 騎士の言葉に従ったのか、由良は足に力を籠めると向かってきていたトラウムソルジャーの体を足場に思いっきり跳躍。クラスメイト達の頭を飛び越えるようにして前へと飛んでいく。

 そして、その光景を見た。

 

「――――――ッ、ハジメっ!?」

 

 今まさにベヒモスの角によって貫かれそうになっている友人の姿を

 

 

 

 

 

 

 世界がゆっくりになる瞬間、ハジメは他人事の様に空が綺麗だとそんな事を考えていた。

 目の前に迫ってくる角。天之河の一撃も意味をなさず興奮したのか破壊力の増した頭突きと赤熱した角をハジメに防ぐ手段はない。錬成のために地面に触れていた彼はしゃがんでおり咄嗟に動けない。

 

 死ぬ。直感的にそう悟った瞬間、

 

「――――――ハジメェ!」

 

 紅蓮が突っ込んできた。

 ベヒモスの頭部に、突っ込んできた由良の拳が突き刺さりその巨体を僅かにその場に押し留める。それどころか、ほんの僅かに押し返していた。

 

「ゆ、由良…………!」

「さっさと立ちやがれ。野郎、欠片も効いちゃいねぇぞ」

 

 安堵したような声を漏らすハジメに、由良はトゲのある言葉を投げていた。

 理由は使った右拳。酷い火傷に蝕まれており、今も彼に凄まじい痛みをガンガン主張してきていたからだ。ぶっちゃけ、彼でなければ、泣き叫ぶか悶絶しそうなほどの骨身まで焼きそうな熱と痛み。

 それでも、彼は引かない。理不尽な現実に抗うために。

 

「ふぅーーー…………来いッ!」

 

 肩幅に両足を開いて左足を引き、両手を左右に開く。

 

「ギュォアアアアアアアッッッ!!!」

 

 ベヒモスが吠える。闘牛の様に右前足で橋を削る様に何度も引っ掻き、前に突っ込んでくる。

 赤熱した頭部は、直撃すれば衝撃と同時に皮膚を焼くほどの熱を持って獲物を苦しめ、死へと至らせるだろう。

 だが、

 

「ぬぅああああああッッッ!!!」

 

 由良は正面からその突進に向かっていった。

 彼の全身からは天之河との模擬戦でも見せた紅いオーラを全身から発しており、ベヒモスの角を正面から鷲掴んだ。

 肉の焼けるような音が響き、焦げた臭いが漂う。骨が軋む音を立てて、何本かは折れたのか鈍い音が響いた。

 しかし、

 

「ぅおあああああああ…………!!!」

 

 拮抗している。両掌を熱に焼かれ、全身の骨に少なくないダメージを刻み罅が入るか、折れているにも拘らず由良は僅かに押されるだけでベヒモスとの力比べに拮抗していた。

 

「由良!」

「ッ、逃、げろ!ハジメ!長くは、持たん!」

 

 今も腕の骨が折れていく中、無理矢理筋肉と全身からの謎オーラで補強した状態。全身がそんな状態であるのだから、潰されるのは時間の問題であった。

 ハジメとて、鈍い音が耳に響いている事から気付いていないわけではない。

 だが、それでも目の前の友人を見捨てれば彼が死ぬことは明らかなのだ。見捨てられる筈もない。

 

「逃げるわけ、ないだろ…………!」

 

 両手を床に押し付け錬成。ベヒモスの足元を陥没させ体勢を崩させる。

 抵抗が弱まった。その一瞬で、由良は、

 

「オオッ……ラアァッ!」

「ギュォアアアアアアア!?」

 

 ベヒモスの角をへし折った。そしてその反動で罅で止まっていた骨の亀裂が進行し、腕の骨がポッキリ逝ってしまう。

 

「ッ、はぁ…………はぁ…………!」

 

 だらりと前に垂らされた両腕は動かすだけでも激痛。それどころか、揺れるだけですら泣き叫びたくなるような痛みを訴えてくる。

 しかし、ここまでやってもベヒモスを倒すには至っていない。

 その赤い眼光は怒りに燃えており、折れた角の借りを返そうとしているのは目に見えている。ハジメが新たな拘束を施しているが、力任せに突破するのは時間の問題だろう。

 

 この間に、トラウムソルジャーはどうにか全滅することが出来ていた。

 

「退路は確保した!魔法を使える者は詠唱準備!」

 

 メルドの指示に、魔法を使える者はそれぞれが詠唱を開始。

 

「チッ!動く、なッ!」

 

 そのフォローの為に、由良はベヒモスの頭部を踏みつけて橋に抑え込む。

 

「グルァアアアアア…………!」

「く、っそが…………!」

 

 ギシギシと首の筋肉で頭を持ち上げようとするベヒモスと、渾身の力で抑え込む由良。

 そこにハジメの錬成が襲い、その強靭な肉体を更に抑え込みをかける。

 

「由良、ハジメ!下がれ!」

 

 詠唱が終わりに近づいたことを確認し、メルドが叫ぶ。

 ハジメが全身ズタボロの由良に肩を貸して離れるのを確認し、彼は指示を飛ばす。

 

「今だ!撃てェーーーーーッ!」

 

 放たれる魔法の嵐。それらはどれもがベヒモスを傷つけるには至らないが、それでも衝撃で動きを阻害することはできる。

 少し離れて、ベヒモスと再び向き合っていた二人も、その衝撃に若干目を細めながら、油断はしない。

 天之河がこの魔法の嵐にも勝る様な一撃を放ってその上で撃退されたのをハジメは知っているし、由良もまた目の前の怪物の肉体からこの程度では沈まない事を予見していた。

 

 だからこそ、二人は夢にも思わない。

 敵が背後に居るなんて(・・・・・・・・・・)

 

「ッ!な、んだぁ…………!?」

「うわぁ!?」

 

 二人の背後で火球(・・)が炸裂した。

 衝撃によって体勢が崩れ、同時に魔法によって拘束が解かれたベヒモスが、二人へ、特に由良へと向けて襲い掛かってくる。

 

ほうへんな(惚けるな)!」

 

 両腕をダメにしてしまった由良は、体を前に追って首を目いっぱい伸ばすとハジメの服へと噛みつき一気に後ろへと引っ張りヘッドバッドを躱させた。

 空を切った一撃。だがそれが、止めとなった。

 

「ま、不味いよ由良!橋が!」

わはっへる(分かってる)!」

 

 度重なる錬成と、衝撃によって橋の強度が限界を迎えた。

 崩れ始める橋。その中を口にハジメを咥えたまま、由良は飛び跳ねながらどうにか戻ろうとした。したのだが、

 

「ごあっ!?」

 

 突然、目の前が弾け衝撃と瓦礫によって二人の体は奈落の上へと吹き飛ばされてしまう。

 骨折により体がボロボロであった由良は、思わず口を開いてしまいその結果、ハジメも空中に放り出す形になり、折れた手では掴む事すらも不可能。

 そして、何が起きたのか確認するために見た橋の上へと視線を戻し、その全身から猛る紅いオーラがことさら激しく炎のように吹き上がる。

 見たのだ、見てしまったのだ。この事態を造り出した元凶を。

 

「檜山ァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

 

 怒号は絶叫となり、元凶(檜山)へと襲い掛かり叩く。

 だが、手は出せなかった。二人の体は、奈落の底へと吸い込まれるようにして落ちていくのだった。


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