天空(そら)の彼方に響く旋律 -穢れた七世界の中で生き抜く戦士達-   作:室谷 竜司

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Episode12. ふつうは踏み入らない禁断の空間……。 乙女の園は眩しいです……。

 前を歩く3人の背中が遠く感じる。

 俺の足取りはかなり重い。油断したら、階段で躓きそうなほどに。

 今、俺は彼方の買い物についてきたことに初めて後悔していた。

 普通は思うだろう。何故、男の俺が女性用下着売り場に足を踏み入れなければならないのか、ということを。

 だが、逆らう勇気も俺にはない。だから、トボトボと女性陣3人の後を肩を落としながらついて行っているのである。というか、半分引きずられているんだが。

「な、なあ……、やっぱり外で待ってちゃダメか……?」

「ダメ。 ここまで来たからには、最後まで責任もって付き合ってもらうからね。」

「というか、お店の前でじっと待っている方が怪しまれるかもよ?」

「くっ、そうかもしれないけど……。」

 どう足掻こうとも、彼女らは俺を離すつもりはないようだ。天留さんも、にんまりと笑顔を浮かべながら、特に止めることなく成り行きを見守っている。助け舟になってくれそうではないな。そうなってしまうと、やはりついていく以外の選択肢は、俺には残されていないみたいだ。

「大丈夫、堂々としてればなんとも思われないから。」

「そんなもんかなぁ……。」

「わかったら、2階に上がろ。」

 彼方と小雪が階段を上るペースを上げる。やっぱ、女性にとって下着ってのは重要なものなのかな。男からすれば、読んで字のごとくただの「下着」であって、それ以上の何物でもない、と思う。あくまで俺の主観的な意見だから何とも言い難いが。

 だが、女性にとっての下着は、ある意味一つのおしゃれなのかもしれない。誰かに見せるわけでもないはずなのにな。いや、見せるのか?すまん、女性経験がないからその辺り全くと言っていいほどわからない。

「はい、ここだよ。」

 なんて考えていると、既に俺は下着売り場の中に足を踏み入れていた。

 そして、目の前の光景に、俺は一瞬にして眼をそむけたくなる。

 なんだここは……。何処を見ても、ただただ色とりどりの女性用下着が陳列しているだけの空間。男からすれば、結構つらい……。

「わあ、すごいね! たくさんあるよぉ!」

「ですね、どれも可愛らしくて、目移りしてしまいますね。」

「でしょ? だからおすすめなんだ!」

 俺とは対照的に、女性陣のボルテージは上昇中のようである。くそっ、俺も女だったら平常心……、いやむしろハイテンションで買い物を楽しむことができるんだろうが、残念ながら俺は男だ。それも、自他ともに認める純情ボーイだ。

 こんなところ、やはり耐えられるわけがない。

「奥も見てみたい!」

「そうだね、いろいろ見て回ろっか。 ほら、レンくんも行くよ。」

「は、はい……。」

 半強制的に俺は奥へと突き進まされる。目をそらそうとしても、何せ一面下着だらけなので、視界の端にどうしても映ってしまう。

「というか、君らは気にしないの? 一応、俺男だよ?」

「私は問題ありませんよ。 私自身のものを買いに来ているわけではありませんからね。 それに、神奈和君の慌てる反応なんて、学校ではなかなか見られないですからね。 少しからかってみたくなりました。」

 天留さんが悪戯っぽく微笑む。いやまぁ、からかわれている自覚はあったよ。

 でも、どこかで何かを期待してしまっている自分がいたのかもしれない。そう考えると、やはり男は悲しい生き物なのだと実感してしまう。

 と、もう二人の方へと視線を向けてみる。俺の疑問に対する返答が返ってきていなかったからだ。

 すると二人とも、顔を赤くしていた。え、何その反応……。恥ずかしいのに俺を連れてきたの……?そこまでして俺をからかいたかったのかよ……。俺は、いじられキャラじゃないぞ?

「べ、別に平気だもんっ! ほ、ほらっ! これとかどう、レンくんっ?」

 半ば痩せ我慢的な感じで近くにあった上下セットの下着を俺の眼前へと突き付けてくる彼方……。赤面状態なのが、なんだか愛らしい。

「う、うん、大丈夫……。 別にわたしのを選ぶわけじゃないもんね……。 で、でも……、わたしのをレンくんに選んでもらうのも、それはそれでありかも……、って、何考えてるの、わたしっ!!」

 一方、小雪はというと、何やらぶつぶつと呟いていた。その声はあまりにも小さすぎて、俺の耳には届かなかったが、自分に暗示でもかけていたのだろうか?

 俺は一瞬気にはなったが、気にすることでもないかと思い直し、彼方へと視線を戻す。

 すると当然、彼方の持つ上下セット下着が一緒に目に入るわけで……。

 し、白か……。いいな。俺、白とか結構好きなんだ。あ、別に下着の色限定の話じゃないぞ。というか、一つの憧れみたいなところがある。なんせ、俺自身が白とは程遠い存在だと自負しているからな。

 って、今はそんな話がしたいわけじゃない。

「お、おぅ……、い、いいんじゃないかな……。」

 少しどもりながらではあるが、一応感想は伝えておく。

「だ、だよね! うん、試着してみようかな!」

 そう言うと彼方は、白色のそれを手にもって試着室へと駆けこんでいってしまった。

 結構な勢いだったが、陳列された他の商品にぶつかったりはしていなかったので一安心といったところか。てか、あんな狭い中をよく素早く動くことができたな……。身体能力は割と高かったりするのだろうか。

「って、黒咲さん、サイズとかちゃんと見てなかったような気がするんですが……。 大丈夫なんでしょうか……。」

「き、聞きに行った方がいいかもね……。」

 小雪と天留さんが続いて試着室に近づいていく。俺は一人にはなりたくなかったので、仕方なく二人の後をついていくことにした。

「彼方ちゃーん、サイズとか平気なの?」

 彼方が駆け込んでいった試着室の前までくると、小雪が外から声をかける。

 そうだよな、女性にはそういうサイズとかもあるんだもんな。男なんて、基本SかMかLかで決まるしな。まぁ、実際はもう少し細かいんだけど、それでも女性に比べればどうってことない。

 そういえば、彼方って小柄な割にかなりのボリュームだったよな。やっぱり、それ相応のサイズなのだろうか。

 俺の脳裏に昨晩の光景がフラッシュバックする。脱衣所で一瞬視界に入ってしまった彼方の……。って、何考えてるんだ、俺は……。ここは公共の場で、すぐ近くに小雪と天留さんもいるんだ。下手なこと考えてたらまずいだろ……!

「うぅ、全然合わないよぉ……。」

 次の瞬間、試着室を仕切るカーテンがサッと開かれる。

 そして、中から彼方が先ほど持ち出した上下白の下着を持って俺たち3人に顔を見せる。その格好に、俺はただ固まってしまう。

「ちょっ!? 黒咲さんっ!! 前、隠してくださいっ!!」

「ふえ? って、レ、レンくんいるの忘れてた!!」

 彼方はその場にしゃがみ込み、無防備にさらけ出した上半身を膝で隠す。だが、昨晩以上に長い時間、俺は彼方の素肌を見てしまった。ヤバい、脳裏に焼き付いてしまい、忘れようにも忘れられなさそうだ……。

 いきなりのこと過ぎて、反応が遅れてしまった。俺としたことが、何たる失態だろうか。数秒の硬直の後、俺はすぐさま後ろを向くことはできたので、問題はない……はずだ。だが、罪悪感で死にたくなってしまった。

「す、すまん、彼方……。」

「う、ううん、気にしないでよ、レンくん。 もとはと言えば、誘い込んだのはワタシなわけだし……。 そ、それに、レンくんだったら、別にワタシは……。」

「ま、まぁ今のは完全に彼方ちゃんのうっかりだからね。 レンくんは気にする必要ないと思うよ。 むしろ、ラッキーくらいに思っておけば?」

 小雪がとんでもないことを言ってきた。ま、まぁ確かに、彼方の裸体を見ることができて嬉しくないと言ったら嘘になるかもしれない。

 だが、申し訳ないという気持ちの方が断然大きい。

「い、いやいや、そういうわけにもいかないだろ。 一瞬とはいえ、男が女性の肌を見てしまうのはやっぱり最低な行為だから。」

「神奈和君、とても紳士ですね。」

「ホントにね。」

 天留さんと小雪が微笑みながらそんなことを言う。

 紳士なのかな……。俺だって、多少はやましい気持ちは持ち合わせているし、そういわれても逆になんか申し訳ない気持ちになる……。

「とりあえず、彼方ちゃんは中にいて。 サイズ教えてくれれば、わたしが取ってきてあげるから。」

「うん、お願いするね、ごめん。」

「にしても……、彼方ちゃんスタイルいいなぁ……。 本当、うらやましい限りだよ。」

「そ、そうかな?」

 カーテンが閉め切られる音がする。その音を聞いた俺は、ようやく視線をもとに戻した。ずっと売り場のほうを向いているのも、それはそれで目に毒だったのでな。

「フフッ、どうでしたか? 黒咲さんの裸は。」

「ちょっ、やめてくれよ……。」

 振り返った先には天留さんが、先ほども見せていたにんまり笑顔のまま俺の方を見ていた。温和な人かと思っていたが、案外人をからかうのが好きだったりするのかな、天留さんって。

「すみません、やっぱり神奈和君の反応が面白いもので。」

「ったく。 こっちは精神疲労半端ないんだからな……。」

「ちゃんと意識はしているみたいですね。」

「ん? なんか言った?」

「いえいえ、何も。 ではいっそ、私も1着選んで、身に着けたところを神奈和君に見ていただきましょう。」

「お、おい、マジで止めてくれよぉ……。」

 俺の声はもはやか細くなってしまっていた。これ以上俺の理性にダメージを与えてくるようなことがあったら、どうにかなってしまうような気がして怖い。

「ごめんなさい、冗談です。 流石におふざけが過ぎてしまいましたね。」

「あ、ああ。 良かったよ……。」

 心からほっとする俺。

 彼方ひとりでこれなんだ。天留さんのような大人びた雰囲気の女性の下着姿なんて見てしまったら、俺の理性は決壊間違いなしだ。

「ん? どうした?」

 気づくと、小雪がこちらをじっと見つめていた。

 なんか、少し残念そうな顔……。いや、気のせいか?

「え、あ、いや、なんでもない……わけでもないかな……。 やっぱり、レンくんもスタイルのいい子の方が好きなのかなって思って……。」

 そうして小雪は、寂しげに自分の胸元に手を置く。それから、小さくため息をこぼす。

 確かに、天留さんのように身長が高いわけでもなければ、彼方のように1箇所が突出しているわけでもない。というか、天留さんのスタイルはメリハリがあって、邪な考えなしで普通に素敵だと思う。

 けど俺は、別に天留さんのようなスタイル抜群の女性を主として好むわけでもなければ、彼方みたいな小柄で尚且つ胸の大きな子を好むわけでもない。

 確かに、外見は大切な一つのステータスかもしれない。しかし、それだけではないはずだ。俺は、外見だけで女性を判断するような愚かな真似はしたくない。だから俺は、素直にこのことを伝える。

「それも一つの魅力だと思う。 でも、やっぱりそれだけじゃなくて、俺はちゃんと内面的な部分にも目を向けたいって思ってる。 それに、小雪だって恥じる必要なんてないと思う。」

「でもわたし、この通り胸ないから……。」

「細身ってとらえることだってできるだろ? 考え方の問題なんだよ、そういうのって。 その細さって、一つのスタイルの良さなんじゃないかな。」

「なるほど、確かに心の持ちようですね。 やはり、神奈和君は紳士ですね。」

 天留さんが納得したように頷いている。

 あと、俺は別に紳士なんかじゃないからな?

「そ、そうなのかな? レンくんは、わたしにも魅力あるって思う?」

「もちろん。 小雪も、天留さんも、彼方も、みんなそれぞれ魅力を持っていると俺は思ってる。」

「ふ、不意打ちですよ、神奈和君。 そんなこと言われたら、照れてしまいますよ。」

「あ、ごめん。 ついな。」

 照れくさそうに身体をもじる天留さんに、俺は苦笑を浮かべながら謝った。流れでつい恥ずかしいことを言ってしまった。

「そ、そっか。 そうなんだ、えへへ。」

 でもまぁ、小雪が嬉しそうなのでいいか。自分に自信を持つといことのは大切なことだからな。その手助けになれたのなら、俺が恥をかくくらいお安いものだ。

「あ、あのね、レンくん……。 お、お願いがあるんだけど、いいかな?」

 小雪がまた恥ずかしそうにこちらをじっと見つめてくる。そのレモン色の瞳はとても綺麗で、思わず吸い込まれそうな錯覚に陥ってしまいかける。

「俺にできることならね。」

「わ、わたしにも、一つ選んでほしいな……なんて。」

「選ぶ?」

「そ、その……、し、下着……。」

 俺の脳は再び一時停止ボタンを押されてしまう。

 俺に、小雪の下着を選べ、と?いや、そんなまさかな、ははっ。

 だが、俺の耳は確かにそう聞き取った。間違いでもなんでもなく、な。

「ま、マジですか、それ……。」

「う、うん……。 選んでくれないかな……?」

 だが、その真っすぐな瞳には逆らうことができなかった。

 結果として俺は、首を縦に振ることしかできなかった。

「そ、それならワタシだって、ちゃんと選んでほしいっ!!」

 カーテンが再び勢いよく開く。さっきのこともあったので、俺は恐る恐るそちらへと視線を向けてみた。

 するとそこには、ちゃんと服を着た彼方がいた。うん、マジでよかった。

「ワタシにも、選んでほしいよぉ。」

「は、はい……。」

 こうなったら仕方ない……。涙を呑んで、俺は彼方と小雪に似合いそうな下着を探すことにした。

「フフッ、モテモテですね。」

「そんなんじゃないだろ、これ……。」

「さあ、どうでしょうね。」

 天留さんが横からからかいの言葉を向けてくるが、もはや俺は力ない言葉を返すことしかできなかった。

 ちなみに、最終的にどんなのを選んだかだが、彼方にはピンク色で周りに黒の詩集が入ったものを、小雪には水色で赤いリボンがアクセントのものである。選んでいる最中、二人それぞれが売られている下着を身に着けた姿を想像してしまい若干危なかった。

 また、たまたまではあったが二人のサイズを聞いてしまった。二人とも、ホントごめん……。わざとではないんだ……。

 というわけで、俺はマインドライフをごっそり削られ、ようやくこの眩しすぎる空間から抜け出すことを許されるのであった。長かったよ……。

 

 

「なんかごめんね、結局荷物持ちまでさせちゃって。」

「気にしないでくれ。 もともとそのつもりでついてきたわけだし。」

 帰り道、彼方が俺にそう謝罪の言葉をかけてきてくれる。だが、これくらい大したことではない。むしろ、今は何かしら力仕事をしていないと落ち着かなかった。

 だから、この荷物持ちはなんだかんだで俺としても助かるところがあった。

「結構買っちゃったね。 でも、彼方ちゃんの服選び、すごく楽しかった!」

「私もです。 態々誘っていただき、ありがとうございました。」

「ううん、こちらこそだよ。 みんなとのお買い物、すっごく楽しかったよ! ホントにありがとうね。」

 それぞれが感謝の言葉を伝え合う。なんかとても暖かな光景だ。

 俺の疲労した精神が、これを見ているだけで回復していっているような気がする。

「うん、俺も楽しかった。 たまにはこういう買い物もいいものかもな。」

「また行きますか? 下着売り場。」

「そ、それは勘弁……。」

「冗談です。 でも、またこういう機会があるといいですね。」

 天留さんは一瞬だけ意地の悪いにんまり笑顔を浮かべたが、すぐに目を細めて今日の買い物へと思いを馳せる。

「そうだね、きっとあるよ。 わたしたち、同じ寮なんだから。」

「そうですね。 黒咲さんも、これからもよろしくお願いしますね。」

「うん、よろしく。 あ、ワタシのことは彼方でいいよ。」

「そうですか? では、私のことも未来とお呼びください。」

「わかった。 よろしくね、未来ちゃん。」

「ええ、よろしくお願いします、彼方さん。」

 二人が顔を見合わせて微笑みあう。なんともほほえましい光景に、俺の頬も自然と緩む。キモイ顔になってないといいけど。

「なら、わたしのことも小雪でいいよ。 わたしも未来ちゃんって呼ぶからさ。」

「そうですね。 それがいいと思います。」

 それから、天留さんがこちらをちらりと見やる。

 俺は一瞬首をかしげてしまったが、すぐにその意図を理解する。そして、流石は俺というべきか、そこで口ごもる。

「レン君、とお呼びしてもいいですよね?」

「そ、その言い方はずるくないか?」

「そうでしょうか? レン君も私のこと、未来って呼んでくれますよね?」

「だから、その言い方……。ああ、もういいよ……。 未来……、これでいいんだろ?」

 半ば投げやりになりつつ、俺も呼称を変えることにする。往生際が悪いのもそれはそれで嫌だからな。

「はい、レン君。」

「ったく……。 ほら、暗くなる前に帰るぞ。」

 俺は3人を先導するように先を歩く。

 その後ろから、笑い声交じりに「はーい。」という言葉が返ってくる。

 今日1日でこれまでの人生の半分くらいからかわれた気がする。なんかもう、この3人には勝てる気がしない。

 先を歩きながら、若干諦めモードに入る俺なのであった。


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