アイドルと過ごす日常   作:望夢

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とりあえず筆が乗ったので2話目を投稿。


アイドルのサボタージュ

 

 目が覚めたら、知らない天井が広がっていた。

 

 昨日はどうしたのだろうか……。

 

 まだ寝起きで回らない頭のままで記憶を掘り起こすのは難しい。

 

 近くでカタカタと音がする、カチカチと何かを押している音がする。

 

 その音の方を見ると、見知らぬ男がテーブルの上のノートパソコンに向かっていた。

 

 真剣な表情で、口許に指を添えながら画面を追っているらしい。

 

 ふとその目が、横目にワタシの方を向いた。

 

「おはよう。起こしたかな?」

 

「……お、おはよう…」

 

 顔を向けた彼は人の良さそうな声色でワタシに問い掛けて来た。

 

「お茶淹れるけど、飲む?」

 

「い、いただくわ……」

 

 ワタシの返事に立ち上がった彼は、ワタシの枕元を過ぎてキッチンに向かった。その後ろ姿を見ながら、働きだした頭が昨日の記憶を振り返ってくれる。

 

 多忙を通り越して忙殺される毎日に、嫌になって行き先もわからない電車に乗って、人気の無さそうな所で降りて、駅前で佇んでいた彼に声を掛けたのだった。

 

 そのまま彼の部屋に上がり込んで、久し振りに温かい料理を口にして、そしてひとつしかない布団で彼と寝た。

 

 なのになにもされた気配はなくて、相手は男だもの、ワタシだって一応の覚悟の上だったけれど、そんな雰囲気は微塵もなくて。

 

「はい。熱いから気をつけて」

 

「……ありがとう」

 

 テーブルの上にカップを置いた彼はまたパソコンと向かい合った。仕事なのかしら。

 

「それよりぐっすり寝てたから起こさなかったけど、……平気なのかい?」

 

 そう言った彼の言葉の意味がわからないワタシじゃない。

 

「……今、何時なのかしら?」

 

「朝の7時を過ぎたところ」

 

 完璧に寝坊だった……。

 

 でも、仕事に行く気にはなれなかった。

 

「その、大丈夫……な、感じじゃない、か」

 

「どうやっても間に合わないわ。それに、なんだか、行く気になれないの……」

 

 誰かに弱音を言うなんて、いつものワタシじゃあり得ないこと。

 

 でもどうしてか、彼には簡単に弱音を口にしてしまった。それは彼がワタシを知らない他人だから?

 

 それとも、ワタシの話に頷いて、受け止めて、包み込んでくれるような柔らかい微笑みを浮かべているから?

 

 彼はワタシがはじめて出逢うタイプの人だった。

 

 ワタシの周りの人間は、ワタシをアイドルのワタシとして見てくる。学校でも、仕事先でも。

 

 それはワタシ自身、仕方のない事だと思っている。

 

 でも、それだからみんなアイドルのワタシの、作り物のワタシだけを見て、なんともないと思っているのかもしれない。それに弱音を口にするなんて恥ずかしいし、カッコ悪いじゃない。

 

 だけど、彼が向けてくる視線は、今まで色々な人たちの視線を浴びてきたワタシにとって、アイドルのワタシじゃない、ただのワタシを見る様な視線だった。

 

 学校でなら珍しい外国人、仕事でならアイドル。

 

 でも彼は、ただのひとりのワタシを見てくる。

 

 ワタシの都合の良い幻想かもしれない。けれど、この部屋に入って、アイドルの生活の愚痴を話した辺りから、彼の視線が変わった気がする。

 

「そういう時もあるさ。でも、連絡くらいはした方が良いと思う。行く行かないは別にして」

 

「そこは仕事に行った方が良いって、背中を押すトコロじゃないかしら?」

 

「そう言ってる時点で、頭ではわかっていても、それよりも心を優先しても良い時だってあるさ。無理をしても、心を病んでからじゃ遅いんだ」

 

 そう言った彼は、笑みとか苦笑い以外の、暗くて影のある表情を見せて、言葉にも実感が籠っていた。

 

「電話、借りても良いかしら。たぶんワタシの、バッテリー切れてると思う」

 

 今日の集合は6時30分。30分も過ぎているなら電話がうるさく鳴っていると思う。でもそんな気配はないからきっとバッテリー切れ。

 

「少し待って。……はい、どうぞ」

 

「ありがとう…」

 

 テーブルの上に置いてある電話機からコードレスの受話器を取って、彼は手渡してくれた。ケータイ以外の電話を使うなんてはじめてね。

 

 それでも基本は同じ。番号を打てばすぐに繋がった。

 

『もしもし? どちら様ですか?』

 

「……ワタシよ、リサ」

 

 ワタシが電話をしたのは、マネージャーのリサ。リサの声を聞いて、自分だと名乗るだけなのに喉に言葉が詰まりそうだったのをどうにか吐き出す。

 

『ノエル!? あ、アナタ今何処に居るの!? 集合時間とっくに過ぎてるのよ!?』

 

「ごめんなさい…」

 

『電話しても電源切れてるみたいで繋がらないし。今何処? 早く来てちょうだい、今日の収録スケジュールは外せないって、アナタも知ってるでしょ!?』

 

「今は……その……」

 

 リサの捲し立てる勢いに気圧される。わかってる、悪いのはワタシ。

 

 ふと彼を見ると、心配そうな顔でワタシを見ている。

 

 ……ワタシのワガママに、彼は関係ない。

 

「…………」

 

『ねぇ、聞こえてる? もしもし、ノエル?』

 

 何も言えなくて黙って居るワタシの耳に聞こえるのは、電話越しのリサの声だけ。

 

「……っ、え…?」

 

 ふと、手の中から重みが消えた。

 

「もしもし」

 

『え? 男の声? 誰よアナタ!? ノエルはどうしたの!』

 

 離れた受話器からも聞こえてくるリサの声に、ワタシは手を伸ばして受話器を奪おうとするけれど、頭の上に手を置かれて、優しく慈しむ様な手つきで撫でられてしまうと、急に力が抜けていく。

 

「すみません。自分は彼女の友人です。昨日帰りがけに彼女と逢って、あまりにも顔色が悪くて、今にも倒れそうだったのでウチに泊めたのですけど。今もとても身動きが出来る状態じゃないので、彼女を休ませてあげられませんか?」

 

 彼を見上げるワタシ。彼は笑っていた。『がんばったね』って、そう口が動いていた。

 

『そんな急に言われても、出来るわけないでしょ!? だいたいアナタは誰なの? ウチのノエルに何かしてないでしょうね!?』

 

「……熱も40度近くて、顔も真っ赤な状態で送り出せませんよ。大人だって、こんなんじゃマトモに動けませんし。とにかく病院に連れて行きますから、あとをよろしくお願いします」

 

『ちょっと、待ちなさ――――』

 

 リサの引き止める声も無視して、彼は電話を切った。

 

 そのまま電話機から回線も引き抜いた。

 

「アナタ、結構強引なのね…」

 

「でないと無理矢理にでも連れて行きそうだったから。……それよりごめん。俺の所為でキミの経歴に傷をつけたかも」

 

 一仕事終えたと言わんばかりの顔から一転、申し訳ないと影を作る彼の顔。

 

 謝るのはワタシの方なのに。

 

「なら責任持って、今日はワタシに付き合いなさい。アイドルのワタシとデートなんて、簡単に出来ないんだから!」

 

 だけど、謝ったところで結果は変わってなかったかも知れないし。だったら建設的に、感謝を込めて、暗い空気を振り切る様に敢えてワタシは、いつものワタシで彼に言った。

 

 ……ところで、彼も仕事があるんじゃないかとは、ワタシの頭の中からはすっかり抜け落ちていた。

 

「うん。少し待って」

 

 そう言って彼はスマートフォンを出して軽く操作して耳に当てた。

 

「……あ、おはようございます。……はい。…あ、それは昨日仕上げていつものファイルに入れておきましたから。発注もいつも通り、……ええ。…え? あ、はい、わかりました。……ああ、なるほど。……いえぜんぜん。じゃあ、あとよろしくお願いします。……はい。取り敢えず仕込みは終わってますから。……流石に焦がしたりしないでくださいよ? ……ははっ。…いえ。では、はい」

 

 仕事の話しだったのかしら。それにしたら最後の方は結構フランクな会話みたいだったけれど。

 

「うん。なんか、今日休みになった。だから何処にでも付き合えるよ」

 

「アナタ、休む為に電話したの?」

 

 話の流れから結果的に休みになったみたいなのに、そうでなかったらどうするつもりだったのか。

 

「こっちの仕事は融通が利くから、心配ないさ」

 

「……どうしてそこまで…」

 

「ただ放っておけないって理由じゃ、ダメかな?」

 

 こんな風に心配される事なんて普段はなくて、それに昨日逢ったばかりのワタシに世話を焼いてくれて。なのに下心なんて一切見せなくて。

 

 もしかしたら彼は底抜けのお人好しなのかもしれない。

 

 でも、そんなお人好しの優しさが、ワタシは嬉しかった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「明るくなるとわかるけど、それなりに家があるのね」

 

 朝食を食べて身支度を整えて、ワタシは彼と一緒に外に出た。

 

「夜になると街灯はまちまちで、みんな寝るのも早くて、この辺りは真っ暗になるから、確かに夜なら家は少なく見えるかな」

 

 彼からコートと帽子とサングラスを借りれば、変装は終了。サングラスは薄いブラウンだから組み合わせ的には不自然じゃない。

 

「服はどう? 母さんの古着だけど」

 

「ちょうど良いわ」

 

 コートの内の服も、彼の母の物を借りた。

 

 昨日彼に声を掛けた駅には歩いて10分程度。駅をひとつ行けば終点で、この地域の街中になるらしい。

 

「少し歩くけど、大丈夫?」

 

「このワタシを見くびらないで頂戴。パフォーマンスしながら歌うのって、結構ハードなの。体力には自信があるわ!」

 

「そっか。まぁ、すぐそこだから、大丈夫かな」

 

 そう言った彼に並んで歩き出す。都内みたいに高いビルなんてない、落ち着いた空気のある街中の道を歩いていく。

 

 なのだけど、すぐそこだと言っていた割には結構な距離を歩いた気がする。

 

「ぜんぜん、すぐそこじゃないじゃない」

 

「ごめん。でも、此処に連れて来たかったんだ」

 

 彼に連れてこられたのは、神社だった。

 

 大きな木が中心にあって、周りも木で囲まれていて。なによりすぐ近くに車の通りがそれなりに激しかった道もあったのに、まるで世界から切り離された様に静かで、神秘的な場所だった。

 

「朝早くの此処は空気も清らかで澄んでて、静かで、雑多さがなくて好きなんだ。夕方だと人の気で乱れちゃってここまでじゃないんだけど。って、言ってる意味がわからないか。ごめん」

 

「いいえ。なんとなくわかるわ。素敵な場所よ、ココ」

 

「良かった、気に入って貰えて。……こっち来て」

 

 大きな木の下のベンチに促されて座ると、本当に自分しか存在していないような静けさに、思わず瞳を閉じてしまう。

 

 風が木々の葉を揺らす音が聞こえてくる。

 

 水の音が聞こえる。

 

 このまま、この静けさに身を融かしてしまいたくなる。

 

 パンッパンッと、なにかを叩く音が聞こえて目を開ければ、彼の姿がなかった。慌てて探すと、赤い門(鳥居というらしい)が連なる先にある小さな神社((ほこら)っていうらしい)に、手を合わせて祈りを捧げる彼の後ろ姿を見つけた。

 

 邪魔をするのもどうかとも思ったから終わるまで待っていると、それなりに長く祈りを捧げて、一礼して戻ってきた。

 

「ごめん、待たせて」

 

「いいわよ別に。祈りを捧げる事は大切なことだわ」

 

「祈りなんて大した事じゃないさ。ただ挨拶して、近状報告と、ちょっとしたお願い事しただけだし」

 

「……日本って不思議よね。神様に自分の事を話したりするものなの? それに祈りを捧げるなら向こうの大きな建物じゃないの?」

 

「人それぞれかな。あと、あっちは祀ってる神様が違うんだ。ここは水の神様を祀っていて、俺がお参りしたのはお稲荷さま、キツネを祀っている方だから。祈る対象が別なんだ」

 

「そうなの。それも不思議よね、日本は。同じ敷地に別の神様が居て祈りを捧げても良いなんて。しかもそのまま別の神様にも祈りを捧げるのよね? 神様は怒らないのかしら」

 

「そこまで神事深い人間じゃなければ、日本人はその辺りは自由だから。宗教みたいに固いのはいやだけど、神様は信じてるとか、取り敢えず祈っておくとか」

 

「ホント、自由なのね」

 

 日本に住んで一年ほど。産まれたのは日本だったけれど、5年くらいで引っ越したから、小さい頃の日本の記憶なんて曖昧なものしか残ってない。

 

 この一年にしても、学校だけの暮らしだったのは二ヶ月程度で、この半年なんてそれこそこんなにゆっくり自分の時間を持てた事なんてなかったから、ワタシは日本の事は知らない事の方が多い。

 

「あっちの湧き水で穢れを祓えるんだ。行ってみる?」

 

「ワタシ、どこもヨゴレてないわよ?」

 

 水の音がする方を指差す彼に、ワタシはそう返した。すると彼は苦笑いを浮かべる。

 

「あーっと、ヨゴレじゃなくて。魂とか心とかにある悪いものを浄める、悪魔祓いに近いのかな?」

 

「失礼ね、ワタシに悪魔が憑いてるっていうの?」

 

「や、そうじゃなくて。運気を上げる為にする事なのかな。……ごめん。普段なんとなくしてる事だから改めて説明するのって少し難しい」

 

 申し訳ないと顔を沈める彼。それにワタシも少し気まずくなる。彼に悪気はないのはわかっている。ワタシたちの価値観の違い。言葉は通じても、意味が通じていない。そんな会話だった。

 

 でも、彼の思いやりは伝わってくる。

 

「アナタ、自分は何も悪くないのに謝りすぎよ。もう少し堂々としなさいよ」

 

 日本人は、自分は悪くないことでも謝る事が多い。そうでない人も居るけれど。

 

 彼も謝る事が多い。今朝だって、彼は何も悪くないのに謝られた。悪いのはワタシなのに。

 

「とにかく、ワタシの前ではその謝るクセみたいなものは禁止よ。そうすれば少しはマシになるでしょ?」

 

「…ああ、うん。やってみる」

 

 鼻先に指を突きつけながら言えば、彼は頷いた。

 

 小銭を一枚。5円玉を小さな箱(賽銭箱っていうの)に入れて、竹を伝って流れる湧き水で手を洗う。彼は顔も洗って、そして両手貯めた湧き水を飲み込んだ。

 

「うん。美味しい…」

 

 湧き水はすごく冷たいからそこまでワタシはマネ出来なかったけれど。

 

 そのあとは大きな建物(本堂っていうの)に祈りを捧げて(お参りっていうの)、また大きな木の下のベンチに戻ってくると、そこでも小さな神社に祈りを捧げる。

 

 一ヶ所で三回も別々の神様に祈りを捧げる。日本は神様が多すぎるわ。

 

八百万(やおよろず)って言って、日本はどんなものにも神様が宿るって考え方があるから。不思議なもの、神秘的なものには神様が宿っていると昔から言われてきたりしたんだ」

 

「確かに、こんな神秘的な場所なら、神様が居るって思ってしまうかもしれないわね」

 

 時間が許す限りここに居たいと思える不思議な場所。ここに居れば、イヤなことも忘れてリラックスが出来る。

 

 瞳を閉じてこの静けさを味わっていると、ぺらりと紙を捲る音が聞こえる。

 

 それは隣で本を読む彼の出した音だった。

 

「なにを読んでるの?」

 

「ん? ああ、コレ。クトゥルフ神話」

 

 そう言って彼が見せてくれた文庫本には表紙に『H・P・ラヴクラフト』と日本語で書かれていた。

 

「名前は知ってるわ。コズミック・ホラー小説よね? そういうの好きなの?」

 

「好き、なのか。これを題材にした別の作品がもともと好きで、その元ネタを知ろうとして、いつの間にか読むようになったから」

 

「それは好きの内で良いんじゃないかしら。どんな話が好きなの?」

 

「どんなって。そうだな……、この本の中ならこの『狂気山脈』とかかな」

 

 本を捲って、目次の文字を指差した。いくつかの物語が纏められている本らしい。

 

「どんな内容なの?」

 

「内容は、口で話してもあまり面白くないかもしれないけど」

 

「いいのよ。面白いか面白くないかはワタシが決めることよ」

 

「なら、話すけど。つまらなかったら言ってくれ」

 

「ええ、いいわよ」

 

 そして内容を語り出した彼は、好きなものを自慢する子供みたいに段々声を明るくさせて、熱が上がれば本当にキラキラした子供みたいな顔をしていて、なんだか可愛かった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「ふぅ。重かったわ…」 

 

「だから持つって言ったのに」

 

 夕方。買い物を終えて彼の部屋に帰ってきた。買い物袋は食材に雑貨にと色々あって、さらにはお米もあれば流石に彼一人だけに持たせて、ワタシだけが手ぶらなんて、女王サマなんてファンとかには言われる事もあるけど、ワタシだって食べる物なのだから、そんな暴君みたいなこと出来るわけないじゃない。

 

 だから比較的軽いと思った5Kgのお米を運んだのだけれど、スーパーマーケットから彼の部屋に行くには、街中の駅に戻るよりも近いと言われて歩いて帰った訳なのだけれど、たぶんコレ、街中の駅から電車で戻って駅から歩いた方が楽だった気がする。

 

 何故なら彼の部屋に向かうのに、スーパーマーケットからほとんど上り坂だったもの。スーパーマーケットから街中の駅には下り坂になる。ちなみに駅から彼の部屋に向かうのには下りと上りがあるけど、ほぼ上りの道でお米を運ぶのは少しキツかった。体力じゃなくて腕力的なもの。肩が痛いわ。

 

 彼もそれなりの両の荷物を運んだから、荷物を下ろせば自分の肩を揉んだけれど、ワタシ程堪えた様子はなかった。

 

 そのまままた夜を迎えて、彼の作った夕食を食べて、お風呂に入ったあと、自分のケータイで電話をする。

 

 コレは彼の為にもしておかなくちゃならないことだし、それにコレくらいの電話なんてなんともない程度にリラックスはさせてもらったもの。

 

『もしもしノエル!? ノエルよね? 大丈夫!? なにもされてたりしないわよね!?』

 

 電話が繋がると早口で捲し立てるリサの声が聞こえてくる。

 

「大丈夫よ、リサ。なにもされてないし、彼、とても紳士で良い人なのよ」

 

 電話をするワタシを心配そうに、パソコンに向かいながら横目で見る彼。

 

『そう。一応先方には急病だと伝えたけれど、いきなりのドタキャンだったから、失った信用は大きいし、取り戻すのも大変よ?』

 

「…ええ。わかってるわ」

 

『なっちゃったからには仕方ないけど、体調管理には気をつける様にレッスンでも言われてたでしょ?』

 

「…ええ。…ごめんなさい。……まだ少しツラいの、もう良いかしら…?」

 

『そうね。取り敢えず今週末の予定はキャンセル入れておいたから、しっかり治してきなさい』

 

「……ええ。ありがとう。おやすみ、リサ」

 

『ええ。またね。あ、ちゃんと家には帰りなさい? いくら友達だからって男の家に居ちゃだめよ? その彼がいくら優しかろうともね』

 

「………ええ。……おやすみ。――――――はぁ……」

 

 通話を終えて、一仕事を終えたあとみたいに一息吐く。

 

 ケータイを切ったワタシの、空いている手はいつの間にか握り拳を作って震えていた。

 

「……お疲れさま。お茶淹れるけど、飲む?」

 

「いただくわ。……あと、ワタシを子ども扱いしないでちょうだい」

 

 彼の手が労うようにワタシの頭を撫でると、力を込めていたはずの手から、力が抜けていった。

 

 こんなにもワタシを気づかってくれて、優しい彼を快く言われなかったのが、何故だか悔しくてイヤだった。

 

「でも、少しだけなら…、気安いのは許してあげるわ」

 

「…うん。ありがとう」

 

 そして彼は柔らかく笑って、お茶を淹れる為にキッチンに向かった。

 

 彼は本当にお人好しで、表裏もなくて、そして打算もない。

 

 だからそんな彼が悪く言われる筋合いなんてない。だから彼を快く言われなかったのが悔しくて。

 

 そう思いながら彼が淹れてくれた香ばしいお茶に口をつけた。

 

「あっっっづ、熱すぎるわよ! やけどしたらどうするのよっ」

 

「……ごめん。冷ましながら飲むかと思ってたから」

 

「…いえ。ごめんなさい、悪いのはワタシね。あと、また謝ってるわよ。ちゃんと意識しなさい」

 

「ごめん」

 

「むっ」

 

「いや、うん。気をつける」

 

「そう、それで良いのよ」

 

 今のは考え事をしながら、熱いのを知っていて冷まさなかったワタシが悪いのだもの。

 

 それでも自分は悪くないのに謝る彼に睨みを利かせると、取り敢えず満足出来る返事が出てきた。

 

 その様子にワタシは頷いて、今度はちゃんと冷ましながら口をつける。口の中に広がる温かさと味に、心がホッとして解れていく。

 

 取り敢えず、また明日もあの神社に行ってみたいわ。

 

 

 

 

to be continued…


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